蘭が隣にいる。
当たり前のことだった。
幼なじみの特権。
蘭の隣にオレはいて、オレの隣に蘭はいた。
でも、そのままの関係で、柔らかな茶色の髪も、まっすぐに見つめる少しだけ潤んだ瞳も、つややかで柔らかそうな口唇も、無邪気に笑うほほ笑みも…すべてがオレのものではなかった。
触れるのは簡単だった。
でも、触れたら今ままでの関係は壊れてしまって、隣にはいられなくなってしまいそうだった。
でも、ある日崩すつもりでいた。
だが、崩すことは出来なかった。
それどころか、工藤新一として蘭の隣にいることさえ出来なくなってしまったのだ。
江戸川コナンとして、隣にいて初めて分かった。
蘭の気持ち。
蘭への気持ち。
蘭の想い。
蘭への想い。
抱き締めたいのに抱き締めることの出来ない現実。
目線の高さ、腕の長さ。
蘭の側に常にいるはずなのに。蘭の側にオレはいないつらさ。
もう二度とあんな思いはしたくない。
蘭の泣きたいのに我慢している顔。
枕を涙で濡らしていたこと。
すべて、すべて知ってしまった。
蘭に二度とあの思いはさせたくない。
事件で呼びだされることが多くなったオレは都内近郊で起きた事件の解決のために動いていた。
事件そのものは単純だったが、それを取り巻く複雑な人間関係が事件の真相を分からなくさせていた。
だが、オレは人々が称賛する推理力をもって犯人である男を見つけだした。
「どうして、あなたが……」
オレの問い詰めから自供した犯人の恋人の女性が涙目で犯人の男に尋ねる。
長い沈黙の後に男は答えた。
「…君の…君の笑顔を…守りたかったから」
キミノエガオヲマモリタカッタ…?
「わたしの笑顔?」
「そうだ、あいつらは君からすべてを奪っていくだけには飽き足らずに、君の笑顔さえも奪おうとしていたんだ」
体中に衝撃が走る。
「…オレは君の笑顔を守るためなら殺人さえも厭わない。愛しい、誰よりも愛しい君を、そして、君の笑顔を守るためなら…」
ダレヨリモイトシイキミノタメナラ……?
違う、それは、違う。
「…ですが、あなたがしたことは、あなたの大切な人から笑顔を本当に奪ってしまったようですな」
目暮警部が犯人の男に向かって静かに言う。
傍らには泣き崩れている恋人…。
「連行しろ」
警部の言葉に犯人の男が連れていかれる。
「工藤君?どうしたのかね?」
「いえ、何でもないです。今日は、この辺で戻らせていただきます。失礼します」
何かを言いたそうな目暮警部をかわしながらオレは帰路につく。
その間、犯人の男の言葉が耳についてはなれない。
「誰よりも愛しい君を、そして、君の笑顔を守るためなら…殺人さえも厭わない」
そう言った犯人の男。
もし、もし、蘭に何か合ったら……。
蘭のあの笑顔を守るためなら…………。
…コナンになる前のオレならそんなことは考えなかっただろう。
でも、今のオレには何よりも蘭が大切だ。
誰よりも………。
もし…………。
「あ"ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
何考えてるんだオレは!!!
オレは探偵だ。
そうなる前に蘭のことを守ることが出来る。
事を解決することが出来る。
全身全霊を掛けて。
気がつくといつの間についたのか毛利探偵事務所の前にいた。
蘭が自宅にいるかどうか分からなかったが蘭の携帯を鳴らしてみる。
「…新一?どうしたの?事件解決したの?」
蘭の優しい声が携帯を通して聞こえてくる。
「解決したからTELしてんだろ。ところで、蘭、今どこにいる?」
「今?うちにいるよ」
「じゃあ、おりてこれる?今オレ下に来てんだけど」
オレの言葉に蘭は通りが見える窓からヒョコッと顔を出す。
「うん、ちょっと待ってて」
そう言って蘭は携帯を切り部屋の中に入る。
「お父さん、まだそんな格好してたの?依頼人と新米花ホテルのレストランで会うんじゃなかったの?」
「お、もうそんな時間かぁ」
おっちゃんの声が事務所から聞こえる。
げーーっおっちゃんいんのかよぉ。
「しっかりしてよね、わたしちょっと出かけるから」
「出かけるってまさか新一のとこじゃねーだろうなぁ」
げっばれてる。
そのおっちゃんの声に思わずオレは見えないところに身を潜める。
「ち、違うわよ。……と、ともかく行ってくるわね」
そう行って蘭は出てくる。
「…新一、お待たせ」
「蘭、少し散歩しようぜ」
提無津川のほとりを歩く。
「わぁ、気持ちいいね、新一」
夕方のさわやかな川風に蘭の髪が優しくたなびく。
「どうしたの新一」
「へ?」
蘭が突然言う。
「なんか、いつもと様子違うよ」
「バーロ…んなの気のせい」
蘭の言葉に軽くかわす。
「そんなことないよ。分かるもん」
「わかんねーよ」
「分かるよ、新一のことだもん。新一のことぐらい簡単に見抜けるよ」
と、蘭はうれしそうに言う。
「で、何があったの」
蘭は土手に座って聞く体勢に入る。
言わなかったらずーっとこうしてそうだった。
かなわねーな、蘭には。
「……ちょっと考えることがあってさ……」
そう言ってオレは土手に寝ころんで空を見上げる。
「新一らしくない。新一は新一だよ」
オレはオレ?
蘭の言葉に意味が分からない。
「探偵で、気障で、カッコつけで、自信たっぷりで、推理オタクで、超がつくほどのホームズオタクで、意地悪で、それからそれから…」
と、蘭は思いつくかぎりのオレの悪口を言う。
どんどん悪口になっているのは何故だ?
まぁ、いいけどよぉ。
「……新一、そのままでいいんだよ」
そのまま……か。
そうか、そうだよな。
何も考える必要ない。
ただ、蘭のことが好きで、蘭を守ることさえ考えればそれでいいんだ。
あと、蘭を泣かさない為にオレは行動しなくてはならない。
もう二度とあの時の涙を…見たくないから。
夜…、蘭はオレの腕の中にいる。
「……新一…、どうしたの??」
「…蘭…オレ、蘭とずっと一緒にいたい」
何て言っていいか分からない。
同棲して欲しい……でいいのかな。
これじゃあれか……。
「蘭、オレと一緒に暮らさない?」
長い沈黙の後オレは今まで考えていたことを蘭に告げる。
「新一……それって…」
「多分、周りはいろいろ言うかも知れない、問題たくさんあるかも知れない……。邪魔するやつだっているだろうな…。でも、オレはそんなことに構うつもりはないオレは蘭以外の人と一緒に暮らしたいと思わない。蘭、オレと同棲しないか?」
そう、構うつもりない。
わがまま。
そう言われたって構わない。
若すぎる。
一時の熱情……。
そう言うものじゃない。
オレは蘭とずっと一緒にいたい。
これは一時の熱情じゃない。
昔っからそうだ。
蘭の側にいられればそれで良かった。
コナンの時でさえも蘭の側にいた。
最初は……阿笠博士に言われたことだとしても………。
蘭以外の人間なんて考えられねーよ。
「……新一……わたしでいいの?」
「バーロ、何言ってんだよ。オメー以外に誰がいる?蘭はオレと暮したくないの?」
「暮したい、一緒にいたい。ホントにわたしでいいの?」
「当たり前だろ。オレは蘭以外の人は好きになれない。一生、蘭以外の女なんて考えられねーよ……」
本音……。
電気消してるから蘭の顔見えないから、言えるんであって……。
卑怯……かな?
「……………嫌?」
「嫌なんて誰が言うと思ってるの新一のバカ!」
「バカはねーだろバカは。絶対離さない。他のやつらになんて触らせたくない」
そう言ってオレは蘭を抱き締める。
「……ありがとう……凄くうれしい……」
オレのムネで蘭は泣き始める。
蘭を好きなだけ泣かせておく。
今はまだ幸せのままでいたい。
少しの沈黙の後オレは蘭に告げる。
「蘭…………やらなきゃならねー事いっぱいあるよ。おっちゃんとおばさんの説得、うちの両親の説得、学校の説得。学校の方は当分隠せるだろうけれど……問題はおっちゃんとおばさんだろうな」
「……うん……」
「蘭、守るよ、絶対。何が合っても」
その言葉を最後にオレと蘭は眠りにつく。
何が合っても守る。
蘭がいれば、蘭といれば大丈夫。
何でも出来る。