7月7日晴れ
 ゴールデンウィークでの事件で鳴り物入りのように探偵となったオレは、某市長のひき逃げ事件をきっかけに、探偵としての知名度は群を抜いて上がるようになった。
 その日も、目暮警部の要請を受け、事件現場にいた。
 解決したのはその日の夕方。
 結局、学校を休んでしまうことになっていた。
 蘭と一緒に帰るために、オレは学校の校門をくぐった。
「新一君、結局、今日学校さぼり?」
「おめぇに言われる筋合いはねぇよっ」
 昇降口のところで、昔なじみの園子に会う。
「蘭は、どうした?」
「蘭?蘭なら体育館で空手の練習」
 と少しあきれ気味に言う。
「はぁ?部活は会議があるからってなしだろ?」
「そんなこと言ったって蘭がやるって言ってるんだからしょうがないでしょ。ほらほら、こんなところ突っ立ってないで、さっさと体育館に行った行った」
 園子に背中を押されオレは体育館へ向かう。
「何かあったか知ってる?蘭…詳しく教えてくれなかったんだけど…おじさまとおばさままたけんかしたみたいなの。ともかく、蘭の事よろしくねっっ」
 そういって園子は先に帰っていった。
 だからか…。
 昨日の夜突然蘭から電話がかかってきたのは…。
 何があったんだと聞いても何も答えない。
「ただ、かけたかっただけ」
 と言う。
 何の理由もないのに蘭がオレの家に電話かけるはずがない。
 のんびり歩いても10分の距離。
 たいがい何かあったらオレの家にくるはずの蘭が、電話をかけるというのはよっぽどのことなのだ。
 体育館の外から中を眺めると、蘭は一人黙々と空手の型の稽古をしていた。
「蘭、何してんだよ」
 オレが居たことに一瞬驚いたが、またすぐに稽古を始める。
「何って見れば分かるでしょ、空手の型の練習。都大会は準優勝だったんだもん…次は優勝したいから…」
 寂しそうに蘭は言う。
 今年の大会、蘭の両親は見に来なかった。
 忙しいって言ってたっけ…。
 蘭を溺愛してるおっちゃんでさえこなかったっけ…。
 まぁ、オレと園子は見に行ったけどさ。
「来年、優勝したらご褒美やるよ」
「ホント?」
「あぁ」
 蘭を喜ばせたくってオレはそういう。
 今年の準優勝の時もなんかあげたような気がするけどな。
「じゃあ、トロピカルランド連れてって」
「トロピカルランドぉ?前行ったじゃねぇかよ」
「それはみんなででしょ?わたしは新一と行きたいの」
 と蘭はオレの方を見ないで言う。
「かわんねぇじゃねぇか」
「違うわよっ」
 って……それってそういう意味か?
 そういう意味でとっていいのか?
 まぁ、オレも蘭と一緒に行きたいけど。
「新一、久しぶりに練習つきあって」
 なかなか次を告げないで居るオレに蘭は話題をかえる。
「あぁ」
「ホント?」
「あのなぁ、つきあえって言ったのはおめぇだろ?」
 そういってオレはネクタイをはずした。
 で、組み手の練習。
 オレは交わすだけ。
 なれたもんだよなぁ、蘭の空手の技を交わすこと。
「ちょっと打ってきてよ。よけるだけじゃわたしの方が練習にならないでしょ?」
 蘭はよける練習もしたいらしい。
「オレは空手出来ねぇよ」
「ちょっと…本気でやるわよっ」
 って事は、今まで、手を抜いてたって事か?
 とたんに技の威力が増す。
「お、おいちょっちょっちょっと待てっっておイッ」
 今まで、気楽によけてたのに真剣にやらないとまずいことになってきている。
「本気でやってくれる?」
 一応、蘭の空手の練習を見ていた&一緒にやってもいたので、一応、組み手も出来ることはできるけど……。
「新一っ」
「わーったよしゃあねぇなぁ」
 よけるだけで精一杯なんだけどな…。
 蘭は…練習に打ち込むことで忘れたいんだと思う。
 それをオレが手助け出来るんだったら…それはそれでいいよな。

 夕方、職員会議が終わり体育館もしめられる頃、オレと蘭は家路へとつく。
「どうして、お父さんとお母さんって仲よくしてくれないのかな」
 蘭はうつむきながらそういう。
「………おばさん、出てったのか?」
「うん……もう少しもう少しって言ったのに、昨日、お母さん、マンションの方に戻ったの…」
「そっか……」
 だから、電話してきたんだな。
 受験の間、蘭の母親は家にいた。
 けんかは絶えなかったらしいが高校受験というものがあるためにひどいけんかはなかったそうだ。
「今日、おっちゃんいるのか?」
 小さく蘭は首を横に振る。
「だったら、オレの家で、夕飯どうだ?一人で食べてもつまんねぇだろ?」
 元々誘うつもりだったけれど、どさくさに紛れ、誘ってみる。
 一人だとつまらないのはオレもそうだけど。
 蘭はもっと寂しいだろう。
「いいの?」
「かまねぇよ」
 オレの言葉に蘭はにっこりとほほえんだ。

「わぁ、あれ笹じゃない?どうしたの?」
 蘭がオレの家の門のところで歓声を上げる。
 玄関のところに飾ってあるのは巨大な笹。
「昨日、博士と一緒にとりに行ったんだよ」
 オレと蘭の声が聞こえたのか、博士が笹の後ろから顔を出す。
「おっ帰ってきおったか。準備はできとるぞ」
「博士、一人で飾り付けしたの?」
 見れば、笹にはたくさんの飾りが付いていた。
 折り紙の七夕の飾り。
 昨日の夜元気のない蘭を喜ばそうと博士と一緒に作ったのだ。
 さんざんからかわれたが。
「そうじゃ、新一がの蘭君を元気づけたいといっとってなぁ」
 オレの顔をにやにや見ながら博士は言う。
「博士、余計なことを、言うんじゃねぇょっ。蘭、短冊に願い事書いてさ、飯食ったら川に流しに行こうぜ」
「う、うん」

「えっと、お父さんとお母さんが仲直りしますように…っと。新一は何書くの?」
 短冊に蘭は一生懸命願い事を書く。
「ほら、七夕のお祭りって牽牛と織女が逢うために白鷺が橋渡しするじゃないそれみたいに、わたしがお父さんとお母さんの橋渡しするの」
 そういった蘭は次の予定を考えながら願い事を書いている。
 昔からずっとやっている行事だけど、高校生になってもやるとは思わなかったけど。
 そういえば、去年もやったっけ。
 まぁ、蘭が喜ぶからな。
「別に…ねぇけど毎年書いてる博士の発明が有名になりますようにか?」
 そういいながら短冊にオレは書く。
「これ、ワシの発明は、人気なんじゃぞ。新一、自分のこと書いたらどうじゃ?」
「オレのことってなんだよ」
 博士の言葉にオレは首を傾げる。
 オレの事って何だ?
 有名な探偵になれますようにとかか?
 まぁ、一応有名にはなってるよな。
 世界一の探偵になれますようにかな?
 これ、書いてねぇよなぁ。
 あれこれ考えているオレに博士は言った。
「この前の身体検査、蘭君身長はいくつじゃったかな?」
 うっっ……。
 いたいところをつかれる。
 中学まで、オレは蘭と身長がさほど変わらなかった。
 高校には行ってようやく抜けたのだ。
 それでも、まだ蘭との理想の身長差にはなっていない。
「わたしがかわりに書いてあげるね。新一の身長が伸びますようにっと」
 博士とオレの会話を聞きながら蘭は短冊に書いていく。
「オイ、オレはこれから成長期に入るんだよっ!!」 
 そういっても聞き入れられなかったのは何でだ?
「夕飯作ってあげるね。冷蔵庫の中のもの勝手に使ってもいいよね」
 オレの返事を聞かずに蘭は台所へとたつ。
 その間にオレは最大重要な願い事を書く。
 見られたくはねぇよな…。
 叶ってほしいけど。
 蘭も同じように考えてるか…わかんねぇし。
 とりあえず、書く。
 ほかの飾りと混ぜて見られないように。

 夕飯の後、オレと蘭は苦労して大きい笹を提無津川へと引っ張って行った。
「このくらいの明るさだったら、星が綺麗に見えるんだね。わたし、きれいな星見るの中学校の林間以来だよ」
 あまり明るくない川の街灯が星空を見やすくしている。
「今年、都が出した条例のおかげだよな。七夕のときは電気は消しましょうって言うさ」
「そうだね」
 オレの言葉に蘭は静かにほほえむ。
 河川敷では、きれいな星空を見ようという人がちらちらと見える。

「なんか、星がたくさん見えんねんな」
「ホンマや…何でやろ…って何でおまえもおんねん。」
「ってアンタ今まで気ぃつかんかったん?」
「アホ、気ぃついとったわ!!って言うか何でおまえもついてきてんねんって言うてんねんや」
「アタシは、おばちゃんから言われてきてんねん。あほなことせんようにっ見張るようにって言われてんねんで。アタシ、あんたのお姉さん役やもんしゃあないやろ?」
「あのなぁ」

「綺麗だねぇ」
「よしっオレがもっと綺麗な星空にしてやるよ」
「えぇ、そんなこと出来るの?」
「まぁ、見てろよ。わん・つー・すりーっ」
 ぽんっ
 キラキラと光が天から雪のように舞い降りてきた。
「すっごーい」

「綺麗やわ」
「見てみぃ、誰かが銀紙振りまいたんや」
「ホンマや…。けど、綺麗やね」
「まぁなぁどこの誰がまいたかわからんけど。まぁ、えぇやろ」

「すごーい、スゴーくきれいっ」
「だろ?いくらでも見せてやるぜ」
「ホント?」
「あたりめぇだろ?オメェが見たいって望むなら、金色の夢だって見せてやるぜ」
「プッ」
「なんだよ」
「キザだよねぇ」
「バッバーロォ」

「綺麗…」
 蘭が空から降り注ぐ光に目を細めながら見つめる。
「…ん…どっかのバカが銀紙まき散らしたんだよ。それがライトに当たって反射して星が落ちてくるように見せてるだけ」
「もう、デリカシーないんだから、綺麗なんだから良いじゃない」
「まぁ……な」
 静かに沈黙が走る。
 心地よい、静けさ。
「…新一…」
 心地よい静けさをそっと壊さないように蘭はオレの名を呼ぶ。
「ん?何?」
「来年も一緒に見たいね…」
 オレも思っていたことを蘭はいともたやすく言う。
「………オメェが見たいって言うなら、見てやっても良いぜ」
 オレはひねくれてるのか素直に言えない。
「っ。素直に、一緒に見てあげるってぐらい言えないのっ?」
「ばっバーロォ、んな事恥ずかしくって言えねぇよ」
「へっ?」
 思わず口走った素直な感情を蘭につっこまれる前にオレは次の句を告げる。
「何でもねぇよ。来年の七夕だろ?一緒にいてやるよ」
「うん」
 ごまかせたか?
 来年も、この先も一緒にいれたらいいのに。
 それだけを願うことが難しいなんて今はまだ知らずにいた。

「コナン君、少しの間このままでいさせて」
「蘭ねえちゃん…」
 突然抱きしめられたことにとまどう。
 雨降りの七夕。
 去年は、特別だったのかもしれない。
 雨の降らない七夕。
 だが今年は、この時期の特有の梅雨に阻まれ雨が降っている。
 逢うはずの牽牛と織女は天の川の目の前で立ち往生し、橋渡しをするはずのカササギは雨の激しさに飛ぶこともままならない。
 じゃあ、今の二人は雨に阻まれた牽牛と織女なのだろうか。
 そう思っていても、今だけは許してもらえる。
「逢いたいよ…」
 困らせるとわかって口からでる言葉は止めることは難しくて。
「新一…」
 名前を呼んで受け答えするのが可能なら答えるはずなのに。
「蘭…ねえちゃん」
 当の本人は、思い出したかのように装飾していく。
「名前さえもきちんと呼んでくれないんだね」
 ますます困らすだけの言葉が頭の中を駆けめぐる。
「どうして何も言ってくれないの?」
 ほら…。
 だから…頭に巡った言葉は我慢して心の中でだけとどめて。
「待ってて…良いんだよね」
 と…前に聞かされた言葉に応えるようにわたしは頭の上から言う。
「良いんだよね……わたしが待ってても」
 ささやくように言った言葉。
 勘違い…じゃないよね。
「良いんだよ…」
 呟くように聞こえた言葉に時間が止まるように覚える。
「待っていてほしいんだ……………って…言ってた」
 答えをくれたようで嬉しい。
「ごめんね、コナン君。抱きしめちゃって」
 そういってわたしはコナン君を解放する。
「ごめんね、困らせちゃって」
 わたしの言葉にコナン君は顔を真っ赤にする。
「お姉ちゃんと七夕の笹の飾り付けしようね。博士が取ってきてくれたんでしょ?明日は晴れるかなぁ?はれたら、川に流しに行こうね」
 コナン君は顔を真っ赤にしたまま頷く。
 来年は…一緒にいられたらいいな。
 そう、願い事も書いて…わたしは短冊を笹にくくりつけた。

*あとがき*
新一×蘭の高校1年の時と今の話。
タイトルは、ドリカムの歌から。


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