レインボーダイスの輝く夜〜君とで逢ってから〜

 家に帰ってきたら…快斗の姿はなかった。
 靴は…あるから部屋にいるのかな?
 そう思って青子は、快斗がいるはずの部屋に向かった。
 扉を開けると快斗はベッドの上に座り、壁に寄り掛かって眠っていた。
 気持ち良さそう。
 快斗が眠っているところに丁度、陽が差していて、青子は不意に思ってしまって……快斗が眠っていることを良いことに、青子はその隣で一緒に眠ることにした。
 少しだけ癖毛がちの髪。
 長いまつげ…。
 可愛いなって思ってしまう。
 ホントこーやって眠ってるときは無邪気だよね、快斗って。
 青子に意地悪しないし。
 その時…気付いた。
 快斗の目に涙があることを。
 なんで…どうして?
 青子には…理由がわからなかった……。
「快斗…泣かないで。快斗、青子は快斗の側にいるから…」
 そう言いながら青子は、快斗のことを抱き寄せた。

「ン?オメェもだれか待ってんのか?」
 オレが隣を見ると泣きだしそうな少女が一人誰かを待っていた。
 彼女の泣きだしそうな瞳にオレは心を魅かれた。
「ウン…お父さんとお出かけするの。でも…おしごといそがしくて行けないかもって言ってたから……」
「ハイ。オレ、くろばかいとってんだ、よろしくな」
 そう言ってオレは父さんから習ったばっかりの手品を彼女に披露した。
「うわぁ、うわぁ」
 みるみるうちに彼女に笑顔が広がっていく。
 そこで…落ちた。
「あおこね、なかもりあおこっていうの。よろしくねっ。ねぇ、かいと、他にも見せて」
 青子の言葉にオレは頷いてマジックを披露した。
 まだ、つたないけれど、それでも、彼女の笑顔が見れるのならと思ってオレは一生懸命、青子にマジックを披露した。
「すごいねぇ。かいとっなんでそんなにマジックができるの?」
「それはなっ」
 理由を説明しようとしたその時だった。
「青子っ」
「快斗っ」
 オレと青子を呼ぶ声。
 その方向をみると…オヤジと知らないおじさんがいた。
「おとうさんっ。おしごと終わったの?」
「そうだよ。青子、ちゃんと待ってたか?」
 そう言って知らないおじさん…青子のお父さんは駆け寄った青子を抱き上げた。
「ウン。あのね、かいとといっしょだったから大丈夫だったよ」
 そう言って、青子はオレを見る。
「快斗、中森警部殿だよ。わたしの知り合いなんだよ」
 そう言うおやじの表情は、微妙な何かが含まれてはいたけれど、その何かは分からなかった。
「警部、警部殿も今夜のわたしのショーにいらっしゃるんですよね」
「えぇ、行きますよ。青子にも君のショーを見せたいのでね」
 中森警部は青子を見てそう言った。

「快斗っ快斗っ。快斗のお父さんってすごいね」
「だろう、オレのオヤジは世界一なんだぜっ」
 そう言って快斗は屈託なく笑う。
 本当に盗一おじさんが好きみたいだった。
 今日、青子は快斗の家に泊まりにきている。
 怪盗キッドが出たらしく、お父さんは今日は泊まりで怪盗キッドを捕まえに行って、青子が一人になるからって快斗の家にお邪魔している。
 大抵お父さんが夜いないときには快斗の家にいる。
 さながら快斗の家は保育所みたいなものになっている。
「快斗、青子ちゃん。もうお休みなさい」
 快斗のお母さんは青子と快斗にそういう。
「えぇ…良いじゃん」
「良いじゃんじゃないの。そんなこと言ってると明日のショーには連れていかないわよっ」
「うっ」
 おばさまの言葉に快斗は言葉を詰まらせる。
 明日はおじさまのショーがある。
 それに青子と快斗は行くことになっていた。
「快斗、ねよ」
「ほら、青子ちゃんもこう言ってるんだから、もうお休みしなさいっ!!」
 青子の言葉とおばさまの言葉に快斗はしぶしぶ了承し2階にある快斗の部屋に向かう。
「しゃあねぇ。ねようぜ、青子」
「うん」
 そう言って青子は快斗と一緒に眠る。
 でも、まだ眠くなくって…ベッドの中で快斗とお話しする。
「おじさんも大変だよナ」
「なんで?」
「かんちょうきっど?だっけ」
「かいとうきっどだよ」
「そうそれそれ」
「もう、快斗ってばおばかなんだから」
「なんだとぉ!!」
 そう大声で怒った快斗の声に、おばさんが気づいたらしく、階段を上ってくる音が聞こえる。
「やべっ」
 息を殺し布団の中に潜る快斗に青子もマネをし布団に潜る。
 扉が開き、おばさまが部屋の中を見回していたのかほんの数秒で扉が閉まる音がする。
 その音を聞き足音が遠ざかるのを確認した後、大きな息を吐く。
「ハァ、行ったな。母さん」
「快斗のせいだよっ」
「なーんでオレのせいになるんだよ」
「だってぇ!!」
「青子っしずかに」
 快斗の指が青子の口にそえられる。
 ドキッとした。
 何でだろう。
 快斗の仕草にドキドキする。
 初めて快斗に会ったときもドキドキした。  
 って言うか青子、ナンパされたんだよねえ。
 普通、5歳とか6歳とかの子供がナンパする?
 今も子供だけど(7歳)。
「青子、おきてる?」
「起きてるよ?何、快斗?」
 快斗が小声で青子に話しかけてくる。
「あのな今度のオレのたんじょう日の時にオレぶたいに立ってマジック見せることになったんだ」
「快斗、それホント?すごいね」
「だろ、青子来るだろ?」
「いいの?青子が行っても」
「当たり前だろ、青子、オマエはオレの助手なんだからなっ」
 その言葉に青子は頷く。
 この頃快斗がマジックを学校とかみんなの前で披露するとき、青子は必ず、快斗の助手をやっていた。
 だいたい、青子が快斗にけしかけてお楽しみ会とか学芸会とか遠足とかそういうときに快斗にマジック見せてと言ってマジックをみんなに見せていたのだ。
「それに……」
「それに?」
「なんでもねぇよっ。ねるぞ、青子」
「ウン」
 快斗の言葉に青子は頷いて目を閉じる。
「……ホントは…青子に見てほしいんだっ」
「えっ?」
「お休みっ」
 快斗はそう言って眠ってしまった。
 青子に見て欲しいって言ったんだよね。
 そうならそうって言えばいいのに。

「ハイ、中森です」
 秋の長雨が降り注いでいる夜7時ごろ、一本の電話が中森家にかかってきた。
 何か、予感めいたものがあったのかも知れない。
 そう思ってはみても…何も出来ない状況があった。
「あぁ、青子ちゃんかい?ワシは大阪府警の服部っちゅうもんやけど…お父さんはおるかな?」
 電話の主は服部平蔵。
 大阪府警の刑事ではあるが、現在警視庁に出向してきている。
「お父さんですか?ちょっと待って下さい。お父さん、服部のおじさん」
 青子は、平蔵とは何度かあったことがあり彼の特有の人懐っこさもあり、青子は彼になついていた。
「もしもし?電話変わりましたが。どうかしましたか、服部刑事部長」
「黒羽…盗一さんとは…確か君とは…」
「盗一君は私の友人ですが…彼が…」 
 嫌な予感が…銀三の背中を伝う。
 こうやって警視が電話をかけてきたのには訳がある。
 何があるのか分からないが銀三は覚悟を決めた。
「服部刑事部長、何かあったのですか?」
「一度…、彼の自宅の方へ電話をしたんやけど………」
 その言葉に銀三は思いだす。
 今日は快斗達は出掛けていることを。
「確か、彼の家の人は出掛けているはずですよ。青子がそう言ってました…」
「そうやったか……。……黒羽盗一さん…ショーの最中に事故におうて…亡くなりはった」
「……それは………本当ですか?」
 銀三は平蔵の言葉に声が出なくなるのに気付く。
「お父さん、どうしたの?盗一おじさん…何かあったの?」
 そんな銀三の様子に青子が不安に思ったのか、彼の元に近付き聞いてきた。
「…青子…、何でもないから。青子は心配するんじゃないよ」
 そう青子に言い聞かせながらも銀三はただ呆然としていた。
 が…、ふと我に返る。
「、何故、刑事部長殿自らご連絡して頂いたのですか?」
「……不審な点があるんや…君もきてくれへんか?彼の…身内の方と一緒に…」
「…分かりました。今から行きます」
 そう言って銀三は平蔵からの電話をきる。
「お父さん…何があったの?」
 呆然と立っている銀三にやはり青子は心配なのか不安げに銀三を見上げている。
「何でもないから…青子は心配するんじゃない」
「心配するよ。盗一おじさんに何があったの?」
 その言葉に銀三は応えられない。
「ねぇ、お父さん?」
 青子の言葉を無視するようなカタチで、銀三は快斗の家に電話をした。
「快斗君かね。お母さんいるかな?」
 銀三の様子に青子は不安を拭えない。
 何があったのか。
 不安でたまらなかった。
「…ちょっと、今からお宅に向かおうと思うのですが……時間ありますかな?」
「どうかなさったのですか?銀三さん」
「……盗一君の事で……」
「主人の?」
 銀三は快斗の母親の言葉に小さく頷く。
「……何があったんですか?おっしゃっていただけませんか?」
「…申し訳ありません。電話で軽々しく言えるような事じゃないんです」
「……っ」
 押さえるように聞こえてきた嗚咽に似たような何かに銀三は目の奥の熱さを我慢するかのように歯を食いしばる。
「…出掛ける準備をしておいていただけますか?」
「私…一人でよろしいですか?」
「構いませんよ…。まだ…快斗君には……辛いでしょう」
 思わず銀三の口から漏れたその言葉に青子はハッとする。
「お父さん…快斗の家に行くの?青子も行くっ」
「青子、急に何を…」
 突然の青子の言葉に銀三はかけていた電話をそっちのけに青子を見る。
「快斗の家に行くんでしょう?青子も快斗の家に行くっ。快斗の側にいるっ」
「青子っ…我が侭言うんじゃない」
「我が侭じゃないもん。青子、快斗の側にいるっ」
 盗一に何かあったこと…その何かに気付いてしまった青子に銀三は止める言葉が見当たらなかった。
「……快斗君のお母さんが良いって言ったらだぞ。分かっとるな?」
 ため息をつき銀三は快斗の母親に青子の事を告げる。
「そうですか。その方が…私としても安心です」
「すみませんな…。では、今からそちらに参ります」
「…お手数かけます…」
 その言葉に銀三は電話をきる。
「……青子……」
「何?お父さん」
「迷惑、かけては行かんぞ」
「青子、迷惑なんかかけないもん。青子、快斗の側にいたいだけだもん」
 泣きだしそうな青子を銀三は抱き締める。
「…青子…」
「お父さん。盗一おじさん死んじゃったの?」
 自分の中ではそう思ってもどこかで否定していた青子は銀三に問いかける。
 その言葉に銀三は応えられなかった。
 まだ、どこかで否定したい気持ちが銀三の中であったのかも知れないし、コレから、快斗の家に行き、快斗の側にいると言い張っている青子が、快斗に何かの弾みで言ってしまうのを恐れたのだ。
 快斗には…まだ何も知らせたくなかった。 
 父親を尊敬していた快斗。
 自分の誕生日に父親と共演した快斗には。
「こんばんはっ。快斗、起きてますか?」
 夜の8時頃、青子と銀三は二人そろって黒羽家にやってきた。
「青子、どうしたんだよ?」
 不思議そうに玄関に出迎えた快斗に青子はニッコリ笑って答える。
「今日から青子、快斗の家におとまりすることにしたの。ちょっとの間だけどね」
 そう屈託なく青子は快斗に言う。
 まだ知らないであろう快斗に青子は自分もわからない振りをしているのである。
「ふーん」
「じゃあ、快斗、青子ちゃんをよろしくね」
「よろしくねって母さん、どこに行くんだよ」
 玄関に出てきた母親に快斗は驚きながらも聞く。
「どこって、どちらですか?」
「盗一君のショーの打ち上げですよ」
 銀三は黙って盗一のことを出す。
「打ち上げだったら、オレも行くっ」
「ダメよ、快斗。明日は学校でしょう?青子ちゃんも学校だから、うちにきたのよ。じゃあ、青子ちゃん、快斗のことよろしくね」
「ハイ、おばさん、お父さん。快斗のことは青子にまかせてっ。行ってらっしゃい」
 その言葉に銀三と快斗の母親は寂しく微笑みながら出掛けていった。
「なんだよっ母さんのケチっ。でも、打ち上げって今日、最終日だっけ?」
「快斗っ宿題やった?青子わからないところあるんだけど、教えてくれる?」
 青子は、話しを盗一のことから外すように快斗に話しかける。
「ん?良いぜ。こいよ、青子」
「うんっ」

 ショー会場。
 炎上したセットの周りや客席、入り口、楽屋、全ての場所に鑑識が入っていた。
「オォ、中森、こっちだ」
「ん?目暮……」
 目暮警部の姿を認め、銀三は近寄る。
「彼女が……」
「盗一君の奥さんだ…」
 銀三の言葉に彼女は頭を下げる。
「……確認…していただけますかな?」
「ハイ……」
 しゃんとしていならがも…どこか漏れ崩れそうな所が見えながらも彼女は刑事に付き添われ確認に向かう。
 ここに来る車中で銀三は平蔵から聞いたことを彼女に話したのだ。
「目暮…間違いないのか?」
「……おそらくな……」
 平蔵から聞いたこと、殺人であるかもしれない事を目暮警部に問いかける。
「中森警部」
 近ごろ刑事を退職した毛利小五郎が銀三に話しかける。
「ん?毛利、君もいたのか?」
「あぁ……たまたま見に来てたんだよ。家族でな……」
「別居中じゃなかったか?」
「うるせぇ……。娘が…な……チケットを貰ってきたんだよ。それにいるのはオレだけじゃねぇぞ」
 と小五郎が後ろに視線を向けると、推理小説家の工藤優作がいた。
「工藤さん、あなたもいらしゃったのですか?」
「えぇ、家族で見に来てたんですよ…。目暮警部、どうなんですか?」
 優作の言葉に銀三、そして小五郎は視線を向ける…。
「……まだ…はっきりしたことはわからんが…言えることは不審な点があるということだけや…」
 そう言ったのは服部平蔵だった。
「服部刑事部長っ」
「遠山警視殿まで……」
 大阪府警から出向してきていた遠山警視も一緒に現れた。
「嫌な予感がするんや…この件に関しては…」
 そう言って平蔵は目を伏せる。
「…中森警部っちょっとよろしいですか」
 先ほど快斗の母を盗一のところまで連れていった刑事が銀三に話しかける。
「…彼女の様子は?」
「被害者の付き人と言う人物が付き添っています」
「寺井さんか…わかった。儂も行こう」
 銀三はそう言って現場に近寄る。
 何も言わず、彼女は遺体の側にたたずんでいた。
「中森警部……盗一様は…盗一様は……っ」
 盗一のマジックの時の助手を務めていた寺井が悔しそうに歯を食いしばる。
「寺井さん…どうしたんですか?言って下さい。何があったんですか?」
「……中森さん……いつか…こう言うときが来るとわかっていました……」
「奥様っ」
 彼女の言葉に寺井と銀三は目を見開く。
「奥さんっ何を言ってるんですか?儂にはさっぱりわかりませんぞっ」
「……主人は……っ」
 そう言って彼女は今までこらえていたものを吐きだすかのように泣き崩れた。

 雨の降り続く日、黒羽盗一の告別式が執り行われた。
 話しを聞いた日、快斗は眠れなかった。
 それでも、泣きださずにいられたのは、青子がいたからだった。
 盗一が死んだ日から青子は快斗の側を離れようとはしなかった。
 通夜の日も、そして、告別式のある今日も……。
 雨はまだやむ気配を見せない。
 慰問客の中に快斗や青子と同世代の子供たちがいた。

「……ねぇ、もう、観れないの?」
「……あぁ、父さんが言ってた」
「だって、今度マジック見せてくれるって言ったよっ」
 そう言って泣きだした少女に少年は慰めるように言う。
「…泣くなよっ」
「だってぇ……」
「オメェが泣いたってしょうがねぇだろっ」
「だってぇ……」
「オメェより…辛い人がいるんだぞっ。だから、泣くなっ」
 泣きそうな少年は泣いている少女を慰めるようにハンカチで涙に濡れた顔を拭いている。

「快斗君、そんなところにいないで、中に入ってなさい」
 そう言って快斗と青子がいる大木の側にやって来た親戚の人に快斗は首を縦に振らない。
「おばさん、快斗はココにいたいそうです。青子がいるから大丈夫だって、寺井さんや、快斗のお母さんに言って下さい」
 青子はしっかりとその親戚の人に顔を向けながら言う。
「…でもねぇ」
「大丈夫だからっ、快斗は大丈夫だから、行って下さいっ」
 強い調子で言葉を吐く青子にその人はひるんだのか会場内へと入っていく。
「…アリガトな…」
「……青子、快斗の側にいるから…」
 泣きだしそうな顔を見られたくないのか、快斗は青子の方を向かないで言葉を紡ぐ。

「……まだ雨やまへんのか?」
「みれば分かるやろ。もう、アンタもうちょっとおとなしくできひんの?」
「雨止んだほうがえぇんとちゃうか?」
 そう言って続いていく関西訛りの少年と少女の会話にあたりは少しだけ和む。
「…もう見れへんって悲しいな…」
「オレ…あのおっちゃんのマジック好きやったで」
「アタシも好きやで。めっちゃおもろいねんもん」
「そうやな。せやけど…あん時のオマエの顔めっちゃおもろかったなぁ」
「待って、あん時っていつ?」
「あん時言うたらあん時やで」
「ちょー待ってよ。わからへんよ。教えてぇな」
「あん時言うたらあん時やで、当ててみ」
「な、そんなんずるいわ!!!教えてよ!!」
「当ててみ言うてんねん。クイズやで」
「なんでぇ」
「静かにしぃっ」
 騒ぎ始めた少女と少年に母親らしき人物が喝を入れる。
「あんたら、おとなしくする言うてたから連れてきたんやで」
「ごめんな、おばちゃん」
 要領がいいのであろう。
 少女の方が先にその女性に謝る。
「ほら、アンタはどうすんの?」
「ごめんなさい」
 そう言って謝った少年に女性はニッコリと微笑む。
「そう謝るんやったらえぇねんや。ほな、行きましょか?」
 そう言って彼女達は会場の方へ向かう。

「快斗…どうする?」
 告別式が始まったのか会場の方から雨の音に混ざって読経の声が聞こえてくる。
「………」
「ココにいる?」
 青子の言葉に快斗はかすかに頷く。
「分かった…」
「青子……。青子は…行ってていいよ」
「……青子は快斗の側にいるっ」
 そう言って青子は快斗の側を離れない。
「……快斗の側にいちゃダメなの?」
「………」
 その青子の言葉に快斗は応えずうつむく。
「青子は快斗の側にいたいよ。快斗、苦しそうなんだもん…。こんな苦しそうな快斗一人じゃほっとけないよ……」
 そう言ってうつむく青子に快斗は静かに言葉を紡ぐ。
「……泣きたいんだけど…なみだが出ないんだ…。何でだろう?分かんなくってなやんじゃって…それでも…」
「青子がそばにいるから快斗は泣けないの?」
「違うっ」
 青子の言葉に快斗は思いっきり否定する。
「違うよ…青子……。…オレ、青子がいるからちゃんとしてられる。青子がいなかったらオレちゃんとしてられない」
 快斗はしがみつくように青子に抱きついた。
「快斗っ。大丈夫だよ、青子は、快斗の側にいるから。だから、快斗、青子がいるから安心していいよ」
「オレ…青子以外の人に泣いてるところ観られたくない……」
「…大丈夫だよ、大きい木の影にいるし…青子が快斗の泣いてるところ隠してあげる」
 そう言いながら泣きだした青子に快斗は微笑む。
「何で…オメェも泣くんだよ…」
「だって…だって…ふぇーん…」
 青子は…泣いていなかった。
 あの日から、ずっと、快斗のそばにいて快斗の側で笑っていたのだ。
「青子……青子っ」
 そう言って二人は今まで我慢していたものを流すように泣いていた。
 その声は…強くなった雨音に紛れ気付くものは誰もいない…。
 ただ、その場にやって来た銀三だけが…快斗と青子が泣いていたのに気付くのだ。
 涙で顔を濡らして寄り添うように木の陰に座って眠ってしまった快斗と青子を見て。

 ……温かい……。
 何でだろう…。
 久しぶりにみたな……昔の…オヤジの葬式の時の夢……。
 柔らかい感触がオレにまとわりついている…。
 目を開けると青子がオレを抱きかかえるように眠っていた。
 …もしかして、青子のせいか?
 オヤジの葬式の時の夢を見たのは……。
 そんな訳ねぇか…。
 結局……青子がオレの家って言うか母さんがオレの面倒みれる状況になくって青子の家で寝起きしてたのは…一ヶ月ぐらいだったっけ?
 確か49日の法要の日までオレは青子の家にいたんだよな……。
 って青子っ人のこと抱き締めたまま寝てんじゃねぇよっ。
 声に出そうとしても出せない。
 オレが辛そうにすると青子はオレの側から離れない。
 青子のおかげで…オレは今までオレでいられた。
 青子にさんざん心配かけてんのに…青子はそれでもオレを許してくれて、オレの側にいてくれている。
 オレは棚の上に手を伸ばす。
 さっき家に帰ったときに見つけた宝石…。
 オヤジが死んだと同時に行方がしれなくなったレインボーダイス。
 それが、オヤジの隠し部屋から見つかった。
 あて先はオレ。
 そしてカッコして青子宛に…。
 レインボーダイス。
 レインボーダイヤのさいころ。
 昔のヨーロッパの貴族がコレで遊んだらしい。
 父さんからの手紙ではある人物からのもらい物だったのがとある美術商に持ち去られ、勝手に美術展に出された一品。
 その美術商は世界的な美術品のバイヤーだった。
 盗品の。
 当時の事件、つまり怪盗キッドの履歴を調べてみたら、その事件に関することが乗っていて、怪盗キッドから本来の持ち主である黒羽盗一に返されたと…書かれてあった。
 ふざけてるよな。
 それを観たとき思わず笑ってしまった。
 盗んだ本人が盗まれた人物だったんだから…。
「んっ」
 少しだけ動いたオレに青子が目を覚ましたのか身じろぎをする。
「青子…目ぇ覚めたのか?」
「ん?快斗…起きたの?」
「……まぁな……っつーか…さぁ」
「何?快斗…」
「……………オレ…動きたいんだけど…」
「あっゴメンっ」
 そう言って青子は顔を真っ赤にしてオレを解放する。
「アリガトな…青子」
「…急に何?快斗どうしたの?」
「なんでもねぇよ。ったく、分かっていってるだろ?」
「何が?」
「オメェなぁっ」
 不意に青子が顔をうつむく。
「…青子…青子は快斗の側にいるからね。だから、快斗は安心していいんだからね」
「……青子…わーってるよ。……そうだ、…青子、これやるわ」
 そう言って青子に、レインボーダイスを渡す。
「何これ?」
「レインボーダイヤのダイス。オヤジからだと…」
 そう言って青子宛の手紙とともに渡す。
「盗一おじさんから?」
「あぁ。オレ、もうちょっと寝るわ」
 そう言ってオレは青子の膝に頭を載せて目をつむる。
「ちょっちょっと、快斗っ。もう」
 青子が慌てているのに気付かない振りをする。
 オヤジは…分かっていたのだろうか。
 オレが怪盗キッドになることを。
 そして青子が…オレが怪盗キッドだということを知ってしまうことを。
 青子が泣いてる。
 オヤジからの手紙を読んで。
 オレ宛の手紙と同じ封筒の中に入っていた。
 読もうと思えば読めた。
 だけど…読めなかった。
 オヤジが、何を青子に書いたのか、オレが知る必要はあるんだろうか?
 オレ宛の手紙にはただ青子を泣かすんじゃないと書かれてあった。
 たった一言それだけ。
 母さんはまかせたとか書いてあるとばっかり思っていたのに拍子抜けした。
 でも、その事を言われるとは容易に想像が出来た。
 小さいころのオレは青子を泣かせてはオヤジに怒られていた。
 そして、オヤジのマジックで青子は泣きやんで笑いだすんだ。
 それが悔しくって…しょうがなかった。
「快斗…起きてる?」
 青子がオレに聞いてくる。
 その言葉にオレはじっと聞いてる。
「寝てるの?そっかぁ……。おじさんね、青子に快斗のこと頼んだって書いてあったの。青子が今までやってること分かってるみたいで不思議だったよ。やっぱり、盗一おじさんってすごいんだね。青子と快斗のことすっごいよく分かってるんだもん。快斗…青子、快斗の側にいるからね」
「…オレも…青子の側にいるよ」
「快斗っ起きてたの?」
 青子はオレの言葉に驚く。
「オメェの声で眠れねぇっつうの」
「ゴメン…」
「冗談だよっ。ったく…本気にすんじゃねぇよ…。青子…」
「何?」
 オレの言葉に青子はふんわりと微笑む。
「オレの側で…笑ってろよ」
「うん…そうするよ」
 太陽が沈んだ時レインボーダイスが輝く。
「え……?」
「ダスク…ダイヤ…」
「だすくだいや?」
「黄昏のダイアモンド…世界中でたった一つしかない…ダイアモンドだよ。夕暮れどきちょうど太陽が沈んだころに輝くダイアモンド…」
 起き上がりオレは青子の手からレインボーダイスを受け取る。
「観られるとは…思わなかった…。まさかレインボーダイスがダスクダイアだったなんて……な」
「おじさんからの贈り物だね」
「そうだな」
 オヤジが何でオレと青子にコレを渡そうなんて思ったんだろう…。
 考えても答えなんて出なかった。
 ただコレをみて嬉しそうにみている青子の顔を見れたんだから…それはそれでよしと思えるのだから…いいんじゃないのかな…。
 きっと…。

*あとがき*

これも誕生日物。
ただし、人にあげた奴。
イラストを頂いていた方の誕生日プレゼント小説でした。
アニメでちび青子とちび快斗が出たときで喜びの勢いでネタがふくれた話。
当時のあとがきみたら、お子さま勝平ちゃん声よりも、おこさまみなみさん声に萌えたらしい。
確かに可愛かったなぁ。
ちび快斗も好きだよっっ。

人の誕生日プレゼントの癖して…なんだよこの暗い話はっっ!!!
って言うツッコミを自分で入れた話。