「工藤君と始めてあった時っていつなん?」
和葉ちゃんが、新一の家のリビングの目の前のベランダに置いてある花水木にふれながら聞いてくる。
「始めて逢った時?和葉ちゃんはいつなの?」
「アタシら?……うまれた時から一緒におったからなぁ……。初めて認識したって言うなら………3歳の時やったと思うよ。平次な、かじゅは、かじゅは言うてアタシの後くっついて来るねん」
と和葉ちゃんは懐かしそうに言う。
「3歳なんだ………わたしは……4歳になるちょっと前だったかな……。初めて逢った時の事覚えてるよ……」
初めて逢った時、あの時わたしはお父さんとお母さんにつれられて、ここ工藤家に遊びに行った頃だった。
「蘭、お行儀よくするのよ」
おかあさんの言葉にわたしは素直にうなずく。
「4年…かあいつらが取材旅行に出かけて」
「そうね」
わたしはお父さんとお母さんの手に繋がれ歩いている。
始めて通る道。
こっちの方まで来た事なかった。
わたしの遊び場はもっぱらお母さんの事務所だったから。
「おっきーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
工藤家の門の前にまできてわたしはその家の大きさに感嘆の声を上げる。
「おっきーーーーーーーーー、おとうさん、おひめさまのおうちみたい。いいなぁ、こういうおうちにすみたいな」
お父さんがよく読んでくれる絵本の中に出てくるお姫さまの住んでいる家を目の前にある屋敷と照らし合わせてわたしは言う。
「蘭は、お姫さまになりたいのか?」
「ウン」
お父さんの言葉にわたしは力いっぱいうなずく。
「そうかそうか。蘭はいつでもお姫さまになれるぞ」
「ホントォ?」
「あぁ、お父さんに似て蘭は可愛いからな」
「ウン」
「何言ってるんだか」
お父さんの言葉にあきれ返りながらお母さんは門のインターホンを鳴らす。
「ハイ、工藤です」
「有希子?英理よ」
「英理ぃ?きゃぁ、久しぶり。玄関の方までどうぞ」
インターホンから聞こえるかわいらしい女の人の声はわたし達を玄関まで通す。
広い庭を通ると一本の大木がある。
緑色の葉をたくさんつけた大木にわたしは心を魅かれた。
「おとうさん、あのきにのぼりたい」
「何言ってんだ!!駄目だ」
そう言っておとうさんはわたしをかかえあげる。
「キャアハハハハハハハハ」
おとうさんに構ってもらえるのが凄く嬉しくてはしゃいでしまう。
「もう、蘭、おとなしくしろ」
そう言っておとうさんは抱っこしてくれる。
「英理、久しぶりね。小五郎さんも」
玄関の前に来ると女の人が待ちかまえていた。
「久しぶりね、有希子。あなたが結婚して引退して、優作さんと一緒に海外に行っちゃったときは驚いたわ」
「まあね。英理こそ、司法試験合格したんでしょ?今は立派な弁護士なんでしょ」
「そうね、有希子、紹介するわ。蘭いらっしゃい」
お母さんに呼ばれわたしはおとうさんから降り、お母さんの隣に向かう。
「娘よ、蘭ご挨拶なさい」
お母さんの言葉にうなずきわたしは挨拶をする。
「もうりらんです」
「かわいーーーーー。蘭ちゃんいくつなの?」
その言葉にわたしは指を三本を確認し見せる。
「みっつ」
「もうすぐ4歳になるのよ」
「あらぁ、新ちゃんと一緒ね」
「息子?」
「そうよ。中にいると思うわ。あらやだ、私ったら気が利かないで。こんなところじゃなんだから中に上がって」
その人の声にわたし達は家に上がる。
家の広さにわたしは少し怯えながらおとうさんにつかまる。
「ん?蘭、どうした?」
「なんでもない」
リビングに通されると、ソファには男の子がそのお父さんらしき人と一緒に、本を読んでいた。
「とうさん、これなんてよむの?」
「ん?これは緋色の研究って読むんだよ」
「ふーん。じゃ、これは?」
「元陸軍軍医………新一、まだ読めないんだから無理に読もうとする必要はないよ」
その男の子に目が奪われる。
カッコイイ男の子。
わたしの周りにいる男の人って言うのはお父さんか目暮のおじさんぐらい…。
「もー二人して本読んで」
そう言って男の子とその子のお父さんは顔を上げる。
「毛利君、英理さん久しぶりだね。その女の子は?」
「娘の…蘭だ」
男の子はじっとわたしを見つめる。
なんかドキドキしてきた。
そしてドキドキしているわたしの側にやって来た。
そのすべてを見透かしてしまうような深い深い青い瞳にわたしは心を奪われた。
「なまえ、らんっていうの?」
「…うん…」
名前をいきなり呼ばれ心臓の音が聞こえるくらいに鼓動をし始める。
「新一、自己紹介しなさい」
彼のお父さんが言う。
その声に彼はお父さんとお母さんの方を見ながら自己紹介をした。
「くどうしんいち、よんさいです」
工藤新一…それが彼を認識した瞬間だった。
「……おれ、しんいちっていうんだ。らん、いっしょにあそぼ?」
「なにして?」
「まだかんがえてない。とりあえずおれのへやこない、とうさんたちのはなしてるのきいててもたのしくないし」
「もーーーーーーこの子ったら生意気なんだから」
彼のお母さんの言葉に彼は耳を傾けず、わたしの手を引きリビングから引っ張り出す。
「おれのへやにかいにあるんだ」
そう言いながらしんいちはわたしの手を握ったまま階段を上る。
手から伝わる体温がわたしの体温を上昇させる。
今は夏だからとかいう季節は全く関係なくただ単に彼の行動に緊張していた。
「らん、はいって」
新一は自分の背丈の高さにあるドアノブに手をかけてドアを開けわたしをとおす。
「うわぁ…」
新一の部屋の大きい窓からは外の大木が見える。
「しんいちのへやからあのきがみえるんだね」
「うん」
わたしは外の大木を指さすと新一はうなずく。
「あのきのぼれんだぜ」
「ほんと?」
「うん。そうだ、らん、こんどいっしょにあのきにのぼろうよ」
「うん」
新一がさそってくれた。
それがすごくうれしい。
「しんいち」
「ん?」
「しんいち!」
「なーんだよ」
「えへへへへなんでもない」
凄く嬉しくて幸せな気分になれて思わず何度も彼の名前をよんでしまう。
そんなわたしの笑顔につられてか彼まで微笑む。
「らんってへんなやつ」
「ひどーい、へんじゃないよぉ」
彼のからかいに何気に怒ってしまう。
「らん」
「なに?」
「らん」
「なあに?」
「らんのまね」
「ひどぉい。まね、しないでよぉ」
名前を呼ばれるのが凄くくすぐったくてすごく幸せになってしまう。
それなのにあまのじゃくな返答。
かわいくない、そうおもって新一の側から離れる。
「らん、どこにいくの?」
新一の言葉に振り向くと凄く寂しそうな顔をしている。
そんな新一の顔を見るのがつらくなってしまってわたしは素直に新一の側に向かう。
「どこにもいかないよ。しんいちのそばにいる」
「らん、それほんと?」
「うん」
わたしがうなずくと新一は寂しそうな顔から一転してうれしそうな顔をする。
「らん、ずっとおれのそばにいろよ」
「じゃあしんいちもわたしのそばにずっといてね」
「うん、やくそくする。らんもやくそくして」
「うん、やくそくする。ずっとしんいちのそばにいるね」
2時間後、英理と有希子が新一の部屋にやって来ると二人はベッドの上で寄り添って眠っていた。
しかも手はしっかりと繋がれて……。
「……」
「どないしたん?蘭ちゃん」
「えっ?!」
和葉ちゃんの声にわたしは我に返る。
「なんや急にボーッとして…」
昔のこと思いだしてたらつい、ぼーっとしちゃったのよね。
あの時から新一が好きだったからなぁ。
ずっと側にいるって約束までしちゃったしねぇ。
「で、どんな約束したん?」
突然の和葉ちゃんの言葉に止まる。
え、わたしそこまで言ったの?
「蘭ちゃん、教えて」
和葉ちゃんは興味津々の顔をしていて、何言っても納得してくれそうにない。
正直に…話す。
「……ずっとそばにいてくれるって言う約束…したの」
「ホンマに?」
「うん、ずっとそばにいるからずっとそばにいてねっていう約束」
わたしの言葉に和葉ちゃんは驚く。
「4歳やろ。そんなころからそばにいるいう約束するなんてうらやましいわ」
「そうかな?」
「そうやで、その頃平次は舌ったらずでそんなん約束なんかしてくれへんかったよ」
そう言って和葉ちゃんはうらやましがる。
しないのかな?
でもそれは和葉ちゃんが覚えていないだけかも知れない。
新一だってこの約束の事、きっと忘れてるわ。
あの頃からだいぶ時は経ってしまったけれど、それでも、新一のことをスキなのは変わらない。
嫌いになろうとも考えたことだってある。
それでも行き着く先は新一しかいない。
初めて逢ったときから新一だけを見ていた。
他の人なんて目に入らなかった。
新一はどうなんだろ…。
「どうしたんだよ、蘭」
リビングに入ってきた新一はうつむいて考え事しているわたしを見て言う。
和葉ちゃんと服部君は庭で花水木を眺めているから…今、新一と二人きり。
「初めてね新一と逢ったときのこと思いだしてたの…」
「初めて逢ったときのこと?」
そう言いながら新一はわたしの隣に座る。
「うん……あの時約束したなぁって………」
新一に聞こえないくらいの小さな声でわたしは呟く。
「約束……したよな。あの時、蘭にさ」
え……。
もしかして…おぼえてるの…?
思わず、新一を見つめてしまう。
「ん?蘭、覚えてない?あの時約束したじゃん」
新一の言葉にドキドキしてくる。
覚えてるの…?
あの時の約束。
「覚えてるの?」
「まぁ…な……覚えてたっつーより思いだしたって言うほうが正しいな」
なーんだ……ずっと覚えてたのかと思った……。
まぁ、わたしも思いだしたんだけど…。
「蘭、これからも約束するよ。ずっと側にいるってさ」
「新一…」
「約束、したろ?初めて逢ったときずっと側にいるって」
「ずっと側にはいなかったよ」
何となく、ひねくれて言ってしまう。
「いたよ…いただろ、表向きは工藤新一としてじゃなかったけどよ」
「そう…だね、いてくれてたんだよね……」
そう、新一は江戸川コナンとしてわたしの側にいてくれた。
約束は破っていない…けれど……。
「嘘は…もうつかないよ。蘭を悲しませるような嘘はな」
そう言って新一はわたしを優しく抱き締める。
「蘭…言わなかったよな。オレ、蘭のこと初めて逢ったときからずっとスキだったんだぜ」
「うそ……。そんなの初めて知った」
「言わなかっただけ。で蘭はどうなんだよ」
新一はすべてを見透かしてしまうような深い深い青い…グランブルーの瞳でわたしを見つめる。
この瞳にわたしはあの時心を奪われてしまった。
今も、これからも、何度でも奪われてしまう。
「わたしも初めて逢ったときからスキだったよ……。新一あの時何読んでたの?」
「緋色の研究。どうしても読みたかったんだ。これの子供向けのを父さんが読んでくれてたんだけど、子供向けのだと飽きるだろ?だから子供向けじゃないのを読みたかったんだよ」
「その頃から新一ってホームズスキだったんだぁ」
「あのなぁ……。って蘭、よくそんなこと覚えてたな?」
「新一もしっかりと覚えてたじゃない」
「確かに」
その言葉にわたし達は顔を見合わせ笑う。
「…なんか忘れねーんだよな…何故か」
「うん…」
「多分、ずっと覚えてるぜ。あの時のこと。これからもな」
新一の言葉にわたしはうなずいた。
そうだね、きっと覚えてる。
初めて逢ったあの時のこと。
「平次、蘭ちゃんと工藤君寝とるけど、どないする?」
「どないする言われてもなぁ……もう少し、このままにしといたるか?」
「そうやね…」
「なんやのぉ、子供みたいに眠っとるわ」
そう言って平次は工藤君と蘭ちゃんを眺める。
「多分、小さいころの夢見とんのと違う?」
アタシの言葉に平次はまるで子供を見るような視線を二人に送る。
「そうかもしれへんなぁ、和葉見てみぃ」
そう言って平次は目をある一点に向ける。
そこにはしっかりと繋がれた二人の手が見えていた。