オレと服部は庭で水まきをしている。
突然、少年探偵団がそれぞれの家庭の用事で遊びに来ないことになったからだ。
「しっかし、工藤の家はひっろいのぉ」
「そういう、お前の家だって広いじゃねぇか。日本家屋だし、オレは迷うかと思ったぜ」
「ホンマか?まぁ、言われてみればそうやな。オレもちっこい頃、よう迷うてたし、和葉もよう迷うてたで。隠れんぼするにはちょうどえぇねんけどな」
と服部。
オレもここで蘭とよく隠れんぼしたっけ。
大概オレが鬼だったけど。
一度、蘭がオニになったことがあって、オレが見つからないってずーっと泣いてたのを覚えてる。
特殊なところに隠れたわけじゃない。
ただ、隠れんぼだから…見つからないようにしていただけで…。
結局オレがオニをやることになるんだが…。
蘭は簡単に見つかった。
蘭の行動パターンはわかってたし、だいたい蘭は隠れるのが下手と言ったら怒るけど…そのくらい簡単に見つかった。
「工藤、何ぼーっとしてんねん」
そう言って服部がホースをオレに向ける。
当然のごとくオレに水がかかる。
「お、オイ!!何すんだよ」
「何や、元にもどらへんのんか?」
「何訳のわかんねぇ事言ってんだよ!!」
全身ずぶぬれになったオレは服部の態度に頭に来てホースを向ける。
「うげ、なにしやがんねん」
「テメェがわりーんだろ」
「はん、ぼーっとしとる工藤が悪いんやろ」
「オレのどこがぼーっとしてるッツーんだよ!!!」
とうとうオレと服部は水の掛け合いを始めてしまった。
ホースで……。
「…二人とも、なにしとんの?」
「もう、遊んでないで、水ちゃんとまいてって言ったでしょ!!」
声のするほうを見ると蘭と和葉ちゃんがじろっとオレと服部の方を見ていた。
「しゃーないやろ。こいつが悪いんやから」
「何アホなこと言うてんの?こんなにびっしょりになったんわ自分が悪いからやろ。あんまし手ぇやかさんといて」
和葉ちゃんのその言葉に服部はしゅんとする。
「もう、どうすればこんなにびしょびしょになるわけ?風邪ひくわよ」
そう言って蘭は持ってきたバスタオルを一枚は和葉ちゃんに渡し、もう一枚でおれの頭を拭く。
「蘭ねーちゃん、怒ってる?」
蘭が何も言わずにオレの事を拭いていることに何気に疑問に思ったのだ。
「怒ってるわよ。こんなにびしょびしょになって風邪ひいたらどうするの?」
あくまでも、コナンに対する言い方で蘭は言う。
「蘭ちゃん、ごめんなこのアホがコナン君をびしょびしょにしてもうて」
「和葉ちゃんが謝ることないわよ」
「せやけど……」
「気にしないの。コナン君、服部君と一緒にシャワー浴びてきたら?着替え出しとくわね」
そう言って蘭は中に入っていく。
「コナン君、堪忍な平次も謝り」
「オレが悪いんとちゃうで、ぼけーっとこいつがしとったから、目ぇ冷まさしたろ思うて……」
「アホ…なおさら悪いわ」
終わらない服部と和葉ちゃんの喧嘩。
いつもと少し違うのは……。
やはり二人ともどうしようもない何かに捕らわれてるからだろうか…。
「僕、先にシャワー浴びてくるね」
他人が…口はさむ事じゃねーから…オレは、先にシャワーを浴びに向かった。
「新一、和葉ちゃんと服部君、二人にして大丈夫?」
蘭にふと声を掛けられる。
「さぁな……。たださ…突然の事に昨日は夢だと思って今日は現実感がある……だけだと思うぜ……」
オレがそうだった。
最初の頃は夢だと思った。
人のからだが突然小さくなる。
そんなSF見たいな事、ある分けないって。
けど…現実だった。
蘭との距離を知るたびに…現実味が帯びていく。
目が覚めても覚めない悪夢。
いつまで続くとも知れない……この悪夢を。
「……大丈夫」
「蘭?」
「新一、いつもわたしに言うじゃない。大丈夫だって。そんな顔しないでよ。ね」
蘭に心を見透かされた気がした。
そして次の瞬間、その蘭の笑顔に癒されてしまった。
どんなに辛くても、あの蘭の笑顔があったから……オレは…ココまで来れたんだ。
「そうだな、大丈夫だよな」
「うん。それより、そんなびしょびしょなんだから、早くシャワー浴びて着替えないと、風邪ひくよ」
「わーってるよ」
そう答えてオレは風呂場に向かった。
いつもより…喧嘩の度合いが高い。
理由は簡単。
子供になったから微妙なほど微妙すぎる距離にいるから。
手を伸ばせばすぐに届く距離。
怖いぐらいに微妙な距離。
ただ違うのは子供か、高校生かの違いだけ。
「平次…、風邪ひくから…はよ風呂場に行き」
「分かっとる」
アタシに背を向け平次は呟く。
小さい背中。
アタシが平次を後ろから追いかけるようになってからよく見る背中だった。
最初は平次はアタシを追っかけていた。
途中からアタシが平次を追いかけるようになった。
届かない…。
どれだけてをのばしても届かない。
「平次……」
「何や?」
「……さっきは堪忍な。少し言いすぎたわ」
「アホ……お前が謝る事やないやろ。オレが…悪いんやから…。ちょっといらいらしとっただけや。そのいらいらを…あいつにぶつけただけや……」
「……他の人にいらいらぶつけんのはアカンと違う?アタシやったらいらいらぶつけてもカマへんよ」
「アホ…お前にぶつけられるか。……オレのせいでお前が傷つく必要あらへんやろ。…和葉は…そのままでえぇねんから……」
そう言って平次は風呂場に向かった。
いつもより強い喧嘩をしてもうてた。
理由は簡単や。
子供になってしもうたせいで今までギリギリのラインまでやったのが…それを越えてしもうたからや。
これ以上越えたら……ちがくなる線まで。
手を伸ばせば…すぐに届く距離。
アカンくらい…怖い距離や。
ただ違うのはガキか、ガキじゃないかのさ。
「平次、着替え出しとくから」
「おおきに」
オレは和葉の言葉に礼を言い、風呂場に向かう。
和葉の泣きだしそうな顔、見たなかった。
オレがこんなんなったんわ、オレのせいやのに、和葉はさも自分が悪いかのように言う。
和葉が悪いんやない。
オレが悪い。
たまたま、そのいらいらを工藤にぶつけただけや。
和葉にぶつけたくなかった。
絶対傷つく。
そうおもっとった。
小さくなったいらだちをぶつけることはたやすいやろな。
せやけど…、和葉にぶつけて和葉を泣かすようなことだけはしたなかった。
和葉が
「アタシにぶつけてもえぇんよ?」
そう言ったとしてもや。
オレがそれで楽になるから……。
なるなら和葉を傷つけてもえぇと言うことにはならん。
それやったら工藤とけんかしたほうがましや。
そう思うた。
心配かけてもうた和葉に迷惑まで掛けとうなかった…。
「服部、遅かったじゃねぇか…」
脱衣所では既にシャワーを浴び終えた工藤がおった。
「ちょっと…和葉と話しとったんや」
「あんまり…喧嘩すんじゃねーぞ。オメェがいらいらすんのはわかっけどさ…。けど………………自分が好きな女に…………………心配掛けるわけにはいかねぇだろ」
と工藤はうつむく。
「…オレは和葉のことどうも思うてへんで」
そう、和葉はただの幼なじみ。
そう思うてた方が楽や。
なまじ、他の気持ちなんかわからんほうがえぇ。
「ただの幼なじみだって言いたいんだろ。ハイハイ。オメーがシャワーからでたらお昼だって蘭が言ってたぜ」
「さよか……。ところで、工藤」
「な、なんだよ」
突然の話題転換に工藤は少し慌てる。
気付いてへんらしい。
自分が言うたことを。
「認めたんやなぁ」
「何がだよ」
「蘭ねーちゃんを自分の好きな女やて」
「ア、あのなぁ」
オレの突っ込みに工藤はうろたえる。
こら、おもろいわ。
もっと突っ込んだろ。
「今自分で言うたやろ。自分が好きな女に心配掛けるわけにはいかん……て」
「あ、だ、からそれは、オメーのっ」
「みなまで言わんでぇ。さよか…工藤も認めたんかなるほどのぉ。前はややこしゅうてかなわん女や言うてたんに」
「あのなぁ……」
「ほな、オレはシャワーでも浴びてくるわ」
そう言ってオレは風呂場に入る。
オレは認めたない。
今はまだ…。
このままでえぇのや。
って言うか和葉がオレのことどう思うとるのかが、わからへんねん。
オレのことただの幼なじみと思うてんのやろか。
それか手のかかる弟分やろか…。
どっちにしろ男とは見てもろうてへんような気がするわ。
「大きい木やのぉ」
「まぁ、大きいよな。小さいころ遊んだよ」
「ホンマか?登れるんか?登れるんやったら登ってみぃひんか?」
「大丈夫だぜ」
昼ご飯の後、特にすることがないオレと服部は庭を探検することにした。
さんざんした探検した庭だが、服部にすれば初めてのオレの庭、探検である。
そこで目にしたのは当然一番目立つ大木である。
服部が登りたいと言いだすのは当然だろう。
「登りやすい木やのぉ。これなら降りるのは簡単やな」
そう言って服部はオレが登った後を登ってくる。
「ホンマ良い枝やなぁ。この枝もう一本ここら辺にあったら秘密基地できるんちゃうん?」
「まぁな、オレもよく悔しがったぜ。ここら辺に後1本あったら秘密基地作ってたって…」
さんざん蘭にせがまれて登った木。
登るときは蘭が最初。
落ちたら、危ないから。
足と手をかけるところを蘭に教えて登らせた。
その後は蘭の半分も行かない時間でオレが登り蘭の隣に座る。
「えぇなぁ、オレも木登りしたかったわ」
「だとしてもほとんど登ってないぜ。せいぜい、1.2回ぐらいかな…」
「へぇ……」
さっきさんざん水をまいたせいか、木陰にいるせいなのか、夏の熱い日差しが心地よい風によって消されていた。
「何やってるの、お二人さん」
下を見るといつの間にやって来たのか灰原がいた。
「おめぇいつの間に……」
「いつの間にって…今に決まってるでしょ。声がするほうを見たらあなた達が木の上にいたんですもの…」
と灰原は熱さを微塵も感じさせない顔で言う。
「何や、ねーちゃん涼しげな顔してんのやなぁ。どないしたんや」
「朗報……って言っていいのかしらね。あのクスリの成分がわかったから解毒剤は簡単に作れるって事を言いにきたのよ。貴方も不安でしょ、いつ出来るか分からなかったら」
そう灰原は服部に向かって言う。
「オメェにしては珍しいじゃん、人のこと気づかうなんてよ」
「失礼ね、私だって気づかうわよ。私だって…………っ」
不意に灰原が言葉を止め、視線を家の方に向ける。
何があったのか、オレと服部からの目線では家の方は木の葉に遮られていて分からなかった。
「今日は、哀ちゃん」
「こんにちは」
蘭が来た。
「二人とも、木に登ってたの?」
そう言って蘭は木の枝に座っているオレと服部に声を掛ける。
「蘭ねーちゃん、どないしたんや?」
「ちょっと暇だったから庭にでてみたのよ。和葉ちゃんは家の中で涼んでるわよ。そうだ、哀ちゃん。今おやつにプリン作ってるんだけど、哀ちゃんも食べる?」
蘭は灰原にそう聞く。
「……いらない……私、あまり甘いもの好きじゃないの……ごめんなさい」
そう言って灰原はうつむく。
「そっか……じゃあ、しょうがないね。ところで、コナン君、服部君、降りれなくなっても知らないわよ」
「どういうことや蘭ねーちゃん」
蘭の言葉に服部は疑問に思いながらもオレをみて蘭を見ながら聞く。
降りれなくなったことあったっけ……?
「簡単に登れるんだけどね、降りるのは一人だと無理なの。懐かしいなぁ…、登って、降りれなくなったこと」
「はーーーーーーーーーーーん?」
……思いだした……。
初めて、蘭をこの木に登らせた日のこと…。
回想〜木の上の幼なじみ〜
「しんいち、つぎどうするの?」
「つぎは、ひだりあしをあげて…そうそうそこ。で、みぎてはなして、えだがみえるだろ。そこにつかまる」
「みぎてね、こう?」
「そう、…で」
オレは、したから蘭の木登りを見ている。
何度か父さんが見てオレに教えてくれているからオレは、この木の登り方を覚えた。
だからさんざんこの木に登りたいとねだった蘭を登らせることが出来たのだ。
蘭が登り、枝に座ったころ、オレは登っていく。
「しんいち、すごいねぇ」
「そうか?らん、もうすこしむこうにいって」
「え、つかまるところなくなっちゃうよ」
「だいじょうぶ、オレがすわったらオレにつかまればいいよ」
「いいの?」
「あったりめーだろ。そのためにオレがいるんじゃねーかよ」
オレはそう言って木の幹の方に座る。
外側に座ったら、蘭を支えきれないかも知れないと思ったからだ。
「オイでよ、らん」
「うん」
蘭は恥ずかしそうにオレに体をあずける。
同じ背、同じ体重なのに、なぜか蘭が小さく思えた。
「みてみろよ、らん。けしきがいつもとぜんぜんちがうぜ」
「ホントだ、しんいち。まっすぐなくもだよ」
「ひこうきぐもっていうんだよ」
「ひこうきぐも?」
「そ、ひこうきがつくりだすくもなんだって」
父さんからつい最近仕入れたばかりの知識を蘭に教える。
「ふーん。そらあおいね」
「そうだな」
同じなのに、同じのはずなのに、どこか違う。
そう思った瞬間、オレは守りたい…そう思った。
この手を放してしまったら蘭は落ちてしまうだろう。
でも蘭はオレを信頼して体をあずけている。
強くなりたい。
蘭を守れる位に…。
「おなか…すいたな」
「うん」
「かあさんがプリン作ってくれるっていってた。おりようぜ」
そう思い蘭を幹に捕まらせ降りようとした瞬間だった。
この枝に捕まる前に足を置いていた場所に足が届かないことに気がついた。
まずい、降りれない。
「どうしたの、しんいち?」
また座り直したオレに蘭は問いかける。
どうしよう。
ここで蘭に降りれなくなったって事を言ったら蘭は泣いてしまう。
蘭を泣かしたくない。
でも…降りれない。
ここは正直に言うしかなかった。
「らん、オレのいうことちゃんときいて」
「なに?」
「きからおりれなくなった」
「なんで?」
「あしが、とどかないんだ……だからおりれない」
「うそ」
おれの言葉に蘭は泣きそうになる。
「らん、ぜったいにだいじょうぶだから。らんはふあんにならなくてもいいから、おれがなんとかするから」
「ホントに?」
「オレが、うそいったことあったか?」
「ない」
蘭は首を横に振ってそう答える。
「だいじょうぶだから、あんしんして、らん」
「うん」
蘭はそう言ってオレにつかまった。
オレは一生懸命考えた。
どうやったら蘭を無事に降ろせるか。
どうやったら蘭をなかせないでいられるか。
それだけをずっと考えていた。
そのうちなかなか戻ってこないオレと蘭を母さんが探しに来て、ここにいることが分かって、父さんを呼びに行った。
そして、父さんは脚立をとりだし、木にかけ最初は蘭を降ろした。
「怖かっただろう。もう大丈夫だよ、蘭ちゃん」
「うん、でもしんいちがいたからだいじょうぶ、だったよ」
「そうか。有希子、蘭ちゃんを連れて先に戻ってなさい」
「ハイ。さ、蘭ちゃん行きましょ、プリンが待ってるわよ」
「はーい」
そう言って蘭は母さんに連れられて行った。
悔しい。
そう思った。
「新一、忘れたか?この木は一人で上ってはいけないって。オレか有希子がいるときに登りなさいと言ったのを」
「………」
悔しかった。
何も出来ないオレが。
蘭を守ることの出来ないオレが…。
「新一、よくやった。蘭ちゃんを泣かさないでいたのは褒めてあげるよ。それから、よく泣かないで我慢してたね」
父さんに言われて気がついた。
オレは泣いていた。
悔しいのと、降りれないと思った恐怖とが今更ながらに混ざって。
「オレ、ぜったいつよくなるよ。らんをまもれるぐらい。らんをこわがらせないようにするために」
とオレは父さんに誓ったのだ。
「そんなことがあったんか…」
今の今までうっかり忘れてたぜ。
「で、どうするつもり?その背じゃ、まだそこからは降りれないわよ」
意地悪く蘭はオレと服部を見る。
正確には忘れてたオレを……。
「……蘭ねーちゃん……。降りたいんだけど……だめ?」
甘えるように言うと蘭はため息をついて言ったのだ。
「分かったわよ。じゃあ、ちょっと待ってね。和葉ちゃん呼んでくるから」
そう言って蘭は和葉ちゃんを呼びに行く。
「何で和葉を呼びにいくねん」
「あら、聞いてなかったの?彼女の話を」
「へ?」
服部は灰原の言葉に首をかしげる。
「どういうことや?工藤」
「秘密だよ。分かるよすぐに…」
思いだしたくない。
あれを見てオレは絶対に父さんに勝つ!!
そう思ったんだからな。
「……彼女…気付いてないわよね」
「何がだよ、灰原」
「決まってるでしょ、貴方の正体に。他に何があるって言うの」
はぁ、その事か。
ばれてんだよ。
とは言えない。
だから灰原には誤魔化すしかない…。
「オメェの気のせいだよ」
と…。
「そうかしら……まぁ、貴方が気のせいだと思っているなら気のせいなんでしょうけど。ともかく、私は戻るわ、クスリが出来たら連絡するから」
そう言って灰原は家に戻っていった。
「どないしたんや?あのねぇちゃん」
「さぁ?」
しっかし相変わらず、可愛くねぇよな。
「どないしたん、蘭ちゃん脚立なんか持ちだして。それになんでアタシがこっちに……平次、何しとんの?」
和葉ちゃんがオレと服部をみてそういう。
「ごめんね、和葉ねーちゃん。僕が、この木に登れるって言ったから平次兄ちゃんも登りたいっ言ったの…で…降りれなくなっちゃったの」
…しっかし、オレの正体を知ってる人の前で、演じるって言うのはちょっと辛い。
がしかし、蘭と和葉ちゃんにオレの正体がバレたって事は服部は知らない。
だから仕方ないとは言える。
「で、どないすんの」
「こうするのよ」
そう言って蘭は脚立をセットしその上に登ってオレに向かっててを広げた。
「おいで、コナン君」
そう言って蘭はニッコリと微笑む。
相変わらず……、凶悪な微笑みだ。
この微笑みの前には絶対に勝てない。
しかも……現在、蘭はオレの正体を知ったことで楽しんでる。
もちろん心配もしてるが楽しんでる節がある。
しかし、ここで大丈夫と言ってずっと降りることが出来ないよりも素直にしたがっていたほうが懸命とは言えるが、知られてしまった蘭に改めてコナンとして接するのが…正直いって辛かったりする。
「コナン君、どうしたの?」
蘭はニッコリ微笑みながら、言う。
相変わらず、態度は対コナン用。
「何でいかへんねん、堂々とねぇちゃんに甘えるチャンスやないか」
「あのなぁ!!」
そういう問題じゃねーんだよ!!!
頭に来たので逆襲を思いつく。
正直言って今のこいつには有効だ。
「ほぉ、そういうお前は、和葉ちゃんに堂々と甘えるチャンスだと思ってるわけだ。なるほどねぇ」
「な、何言うてんねん。そんなんで言うたんとちゃうで。ホンマ、何言うてんねん」
カナリ動揺してるな、こりゃ。
「コナン君、早くおいで」
「あ、はーい」
結局、オレは蘭には勝てないので素直に従うしかないのだった。
「もう、わたし恥ずかしいんだからね」
「……わーってるよ」
「どうだか、分かってないでしょう」
「怒るなよ」
「怒ってないわよ。新一が素直にさえなりすればね」
「う………」
脚立をおりながらオレと蘭は会話する。
服部にも和葉ちゃんにも聞こえないほどの小さな声で…。
「全く……忘れて登るんだから、しょうがないわね」
「悪かったな」
したに降りると蘭はオレのことを降ろす。
「なぁ、蘭ちゃん、ホンマにそんなふうにせんとアカンの?」
和葉ちゃんが蘭に聞く。
「脚立、木の幹にかけるとちょっと届かないのよ。でね木の枝に掛けると危ないでしょ。だから登って降ろすしかないの」
「…………蘭ちゃん…恥ずかしいから……おらんといてくれる?」
和葉ちゃんは蘭とオレを交互に見ながら言う。
「蘭ねーちゃん、行こう」
「そうだね。じゃあ和葉ちゃん、先に行ってるね」
そう言ってオレと蘭は先に戻った。
ドキドキしてアカン。
大げさかも知れないけれど脚立がとてつもなく大きく思えた。
平次を抱っこするなんてとても恥ずかしい。
だとしてもいつまでも、こうしてるわけには行かないのでアタシはしぶしぶ脚立に登る。
「平次……」
そう言ってアタシは平次に向かって手を広げた。
「……ホンマにあんな風にせんとあかんのか?」
「しゃーないやろ。そやないと…降りられへんのと違う?」
「せやけどなぁ」
そう言って平次は顔を背ける。
その横顔は奇妙に赤くなっている。
「平次だけが恥ずかしいのと違うんよ。アタシかて、恥ずかしいんやから…」
「せやったらなぁ」
「文句言うとる場合?」
「それやったら蘭ねーちゃんに降ろしてもらうわ」
けんか腰だからつい言ってしまったんだと思う。
せやけど、それはないんと違う????
平次のアホーーーーーーーーー!!!
「蘭ちゃんは工藤君のやろ。それに、蘭ちゃんかて、平次降ろすほど暇やないねんで。それに工藤君がそれ見たらカナリ怒るとちがう?」
「言われんでも分かっとるわ……。……和葉……降ろしてくれへんか?」
「しゃーないなぁ、そこまで言うんやったら降ろしたるわ…。おいで、平次」
アタシの言葉に平次は顔を赤くしながら来る。
「和葉…堪忍な」
平次が耳元で言う。
いつもより高い声。
小さいころ聞いていた平次の声。
好きだった声。
この声聞いたら何故か安心した。
平次、好きやで。
そう言えたらどんなに良いだろ。
そんなこと言ったらどんな顔されるか分からない。
側にいられなくなる。
そんなの嫌だよぉ。
平次の側にいたい。
ただの幼なじみのままでも良いよ。
側にいられるんだったら……。
気がつかなければ良かった。
幼なじみのままの間隔でいれば良かった。
平次…。
「和葉……どないしたんや」
泣いてるのがばれてしまった。
知られたくなかった。
泣いてるのなんて。
脚立から降りても和葉はオレのことを離してくれへんかった…。
それどころかそのまま立ち止まって泣きだしてしもうた。
「何、泣いてんねん」
そう言いかったが和葉はオレに泣いとるところを知られたない見たいやった…。
せやから…オレは分からん振りして聞いた。
「和葉……どないしたんや」
「…何がや平次?」
「何がって……。自分」
泣いてたとちゃうんかの言葉を思わず飲み込む。
「和葉…迷惑掛けてホンマ堪忍な」
「何、言うてんの?アタシが好きでやってることなんやから平次は気にせんといて」
「さよか……」
何を好きでやってるんや?
和葉の言葉に不意に悩む。
ちっこくなったオレの世話か?
なんか…わからんけど不満や。
「和葉…、降ろしてくれへんか」
「えぇ、何でぇ?」
「何でやないやろ。このままやったら脚立もてへんのと違うか?」
「そやね……平次」
オレを下ろし、脚立を持った和葉がふとおれの名前を呼んだ。
「何?」
「早く…解毒剤が出来るとえぇね」
「そやな……」
「服部君と和葉ちゃん大丈夫かな?」
蘭はおやつの準備をしながらそう呟く。
「大丈夫だろ」
その蘭にオレはそう答えた。
「何とかなるよ。今までだってそうしてきたはずなんだから」
「そうだね」
そう言って蘭は微笑む。
そうやってオレと蘭もやってきた。
幼なじみの関係って奴かな?
まぁ、オレと蘭は幼なじみを一応は越してるし。
白状させられたし、知ってるし。
きちんとは…言ってないけどな。
やっぱり、きちんと体が戻ってから言うべきだと、オレは思ってるから。
「ねぇ、新一」
「何、蘭」
その時だった、台所の扉が開いたのは。
「な、なに?」
「どうせ、服部か和葉ちゃんだろ」
とオレが言うと入り口にいた人物が入ってきた。
「工藤……おまえ」
服部が不思議そうな顔でオレと蘭を見る。
あ"、うっかり忘れてた。
服部には、蘭にバレたって事言ってねぇじゃん。
「どういうことや、工藤」
服部はイスに座ってオレと蘭を見る。
「蘭ちゃん、どないしたん?」
そこに和葉ちゃんが入ってくる。
「服部君にね、ばれちゃったのよ。わたしが知ってるって事」
「ホンマぁ?まぁ、いつかはばれるんやし…えぇんと違う?」
和葉ちゃんはため息をつきながら服部を見る。
「ちょ、ちょーまてや、和葉も知ってたんか?工藤がボウズやって」
「平次が言うてたんのをきいたんや」
「オレ、何か言うたか?」
「言うてたしっかりと言うてた。ったく、秘密にしておいて欲しいって言われてたんやろ。それなのに独り言でいうなんてホンマアホやで」
「あのなぁ、人の独り言聞くんやないわ」
「…平次、あんな大声で言われたら聞きたなくても耳には行ってくるっちゅうねん」
服部と和葉ちゃんの喧嘩は終わらない。
まぁ、結局、蘭にバレたと分からなかったのは服部平次ただ一人って言うわけだ。
ホントに探偵なんてやってるのか?
と改めて疑問に思ってしまった。
〜次に続く予告にもにた何か?〜
「出来たわよ。解毒剤」
と灰原がやってきたのはあれから4日後の事だった。
「悪かったなぁ、ねぇちゃん」
そう言って服部は灰原から渡されたカプセルを見つめる。
「でも、どうして、貴方の家にあのクスリがあったのかしら……」
「さぁ、何でやろな。オトンの部屋にあったからなぁ」
と服部は思いだすように言う。
「オイオイ、不用心に飲むなよ」
こいつ、ホントに探偵か?
疑ってかかれよ!!
「なんやろな…って思って……。まさかオヤジに限ってそんな危ないもん表に出しとくとはおもわへんやろ」
「確かにな」
オレは、服部の言葉に同意する。
確かにそれは正しい。
服部の父親は曲がりなりにも大阪府警の本部長だ。
その彼が危機管理がなってないわけがないだろう。
「待って、貴方の父親って何やってる人なの?」
オレと服部の会話に疑問に思ったのか、灰原が聞いてくる。
「オレのオヤジか?大阪府警の本部長やっとるわ」
「……うそ……」
「ホンマ」
信じられないと言った様子の灰原に服部はニッコリと笑う。
「じゃあ、あの噂は本当だったの?」
「何がだ?」
「組織の重要な施設が関西にあるって言う……うわさよ」
組織のだと……。
「えぇ。あくまでも、噂でしかないわ。でも、その噂がたっていたのは事実よ」
そう言って灰原は目を伏せる。
「あくまでも、噂でしかねぇんだろ。あんまり気に病む必要ねぇよ」
「そや、ねぇちゃん、あんまし考えこまへんほうがえぇで。あの阿笠博士みたいに頭はげてまうで」
「そんなことある訳ないでしょ。ともかく、わたしはそこら辺を調べてみるわ」
そう言って灰原は部屋をでていく。
「待て、灰原」
「何?工藤君」
「あんまり、無茶すんじゃねぇぞ」
「あら、心配してくれるの?でも、その必要はないわ。それよりも貴方にその言葉、全部返すわ。貴方の方が、私より無茶するんじゃないの?」
そう言って灰原は博士の家の方に戻っていった。
余計なお世話だよ!!
「……さっきの話ホンマ何かなぁ」
「さぁな」
時間が…なくなるかも知れない。
ふとそう感じた。
蘭を守るためにはどうしたら良い?
ありとあらゆる方法を考え出す。
「服部、頼みがあるんだ」
「なんや?」
「大阪に戻ったら、本部長にオレのことを伝えてくれ」
「どういう意味や」
「……あいつらが、何かを起こす前に、こっちから仕掛けてやる」
時間がない。
蘭にオレのことをばらした。
いつ、それがやつらの耳に入るかわからねぇ。
「オレは、警視庁で一番信用のある人に言う」
「目暮警部か?」
「違う」
オレは服部の言葉に首を振る。
「誰や…」
「警視庁刑事部長小田切刑事部長…。あの人、オレが何者かって聞いてきた。多分、あの人なら分かってくれる。そう思ってる」
「そうか……分かった、協力したるわ」
そう言って服部はニッコリと笑う。
「服部…、あんまり、人のことばっか構うんじゃなくってさ…和葉ちゃんの事…ちゃんと守ってろよ」
「お前に言われんでも分かっとる」
オレの言葉にそう服部は答えたのだった。
それから何日か後、服部君と和葉ちゃんは大阪に帰っていった。
慌ただしかったけど、結構いい思い出。
で、わたしと新一(コナン)も帰る準備を始めた。
お父さんが予定よりも早く帰ってくるから。
「蘭」
「何?新一…」
「蘭、絶対に、元に戻るから。蘭にはこれ以上心配掛けたくねぇから」
突然、新一は言う。
「蘭、安心しろよ。絶対に、絶対に、元に戻ってオメェの所に帰ってくるから」
「うん、待ってるよ。新一」
「ありがとな…蘭」
辛そうに新一(コナン)は目を伏せる。
辛そうにしないで、わたしはあなたのことちゃんと待ってるから。
好きよ…新一。
だから、そんな不安そうな顔しないで。
ね。
「和葉、ホンマありがとな」
帰りの新幹線でオレは和葉に言う。
「何言うてんの…平次が気にする必要あらへんやろ。言うたやないの…アタシが好きでやってることやって。それよか、もう、心配かけさんといて…あんなんならんといて、平次、危機管理なさすぎやから…心配やわ」
「そんなことあらへんって…。和葉…大阪もどったら…オヤジのところつきあってくれへんか」
「なんで…」
「仕掛ける。そういうた。せやからオレも協力したる」
これで分かるはずや。
「わかった……えぇよ、平次」
……工藤、オレはできる限りのことしたる。
せやから……好きなようにしたらえぇ。
オレも好きなようにするから。
和葉を守る。
工藤も守る。
工藤が大切にしとるねぇちゃんも守る。
オレが決めたことや。
うまくいくかわからへん。
せやけど、うまくいくようにしないとアカン。
「うまくいくとえぇな」
「うまくいく。そう思ってないとアカンで和葉」
「分かっとるよ、平次」