いろんな事実が突きつけられた時で…。
撩があたしに側にいてもいいって言ってくれたようなそんな時。
「英理先生………」
「栗山さん…私は大丈夫よ。あなたはもう帰りなさい」
先生と呼ばれた英理は栗山に気丈に声をかける。
「でも、先生」
「心配する事ないわ。大丈夫よ。こんな所で負ける訳にはいかないわ。こんな事ぐらいで負けてたら弁護士なんて勤まらないでしょう?」
英理の強気に見せている表情に栗山は頷いて家路についた。
「そうよ。負ける訳にはいかないのよ。嫌がらせなんて……」
英理は無造作に荒らし回られた事務所を見てそう呟いた。
「ごめんなさい、お邪魔しちゃって」
あたしは目の前の二人に謝る。
撩と飲み屋で意気投合した毛利小五郎さんとそのお嬢さんと来年は高校生になる蘭ちゃん。
あたしは、米花町にある『毛利探偵事務所』にいる。
外泊なんかしやがった撩をあたしは迎えに来たのだ。
蘭ちゃんから電話があった時は本気で驚いた。
可愛い声。
あたしなんかとぜーんぜん違う声色に怒りを通り越してショックだった。
外泊相手から迎えに来いだなんて電話があるなんて………。
一歩前進したかと思えば、その実全く変わりようのないあたし達。
そんな時に可愛い声の『女の人』から電話があったら…正直勝てるなんて思わなかった。
いや、それ以前に勝負にならない気がした。
最も、蘭ちゃんが18歳以上の女の人じゃなく、まだ15歳の女の子で、撩がそこにいる理由っていうのも分かってホッとしたんだけど。
「そんなにどなるなよ~~~」
「知るか!!!!!依頼あったのに、こんなんでどうすんのよっ」
「依頼~~んなもんパスっ。どうせ、お前の事だから、男だろ?」
「残念でした。あんたの希望通り、女からの依頼」
はぁ。
ホントは受けたくないんだけど。
このバカがため続けたツケがたくさんたまってるのよっっ。
………女からの依頼だからと言って蹴るわけにはいかないのよ。
今まででどのくらい依頼が来なかったなんて怖くていえる訳ないだろうがこのバカやろーーー!。
ともかく、いったん家にもどりこの酒臭いバカを風呂場に押し込め、シャワー浴びさせて身だしなみ整えさてからもう一度出かける事となった。
全くもぉ、ホント、だからって二日酔いってどういう了見よっっ。
「だからってそんなに怒るなよ。頭に響くだろう?」
「誰のせいだ誰のっ。二日酔いの薬飲ませたでしょう?」
「そうすぐに効くかよ…」
「もうホントに大丈夫?」
「…………」
「あんた、どれだけ飲んだのよ……。あんたざるじゃなかったっけ?」
「うるへー」
撩は少しだけだるそうに席に沈み込む。
で、結局運転しているのはあたし。
一応の心遣いだって事、気付いてるんだか、気付いてないんだか。
「で、依頼人はどういう人だ?」
女性と聞いただけで喜んでいる隣の男にため息をつきながらあたしは一応記憶にいれた依頼人のデータをいう。
「依頼人の名前は妃英理さん。弁護士さんよ。依頼内容はボディーガード。期間は明後日の裁判まで。彼女が抱えている裁判が今厄介な事になってるみたいね。詳しい事は事務所でだそうよ」
「…で」
「でって、何よ」
嫌な予感を抱えながらあたしは撩に聞き返す。
こういう時の『で』って結構最悪な事言い出すのよね。
「決まってるだろ?美人か?彼女の年は?いくつだ」
…………………………………。
はぁ、気分悪そうな顔して何聞くかと思ったら、やっぱりそんな所か。
二日酔いでもそういう所だけはヤッパリ、変わる事がないらしい…。
「知らないわよ。っていうか普通、わざわざ、いくつですか?って聞く?それに女性に年齢聞くなんて失礼でしょ」
「失礼だとしても口説くのには重要だろう?」
「このバカっ。ふざけた事いってる暇があったら少しは休んでろ!!!」
撩をぶん殴って大人しくさせて、あたしはため息ついて。
弁護士事務所まではそんな感じだった。
妃法律事務所
事務員のお姉さんに声をかけたバカを張り倒した後、事務所内に通される。
「お前なぁ」
「あんた、依頼人が待ってるのに、ナンパなんかしてるんじゃないわよっっ」
「ンな事言ったってよぉ」
ぶつくさ言う撩を捕まえてあたしはため息をつく。
と
「いいかげん、痴話喧嘩もやめたら?」
事務所で待ちかまえていたのは
「??麗香?」
「な、何で麗香さんがいるのよ」
麗香さんが応接セットに座っていた。
「え?あたしはねぇお茶飲みに来たの」
お茶を優雅に飲みながらそうあたしの問いに答える。
「どういう事?」
「フフフ。英理センセとは知り合いなのよ。昔お世話になったの」
昔…お世話になったってあぁ、刑事時代の時の事ね。
「姉さんとも知り合いなのよね、英理センセって」
へぇ。
……どんな人何だろう。
「かなり美人よぉ、英理センセは。スタイルも良いしね。撩、美人だからって口説いちゃダメよっ」
なんて言いながら隣に座って不埒な事をしようとした撩に麗香さんはハンマーで潰す。
ん~、さすが麗香さん。
そういう所はキチンと抑えるわよね。
「美人は口説かなきゃ礼儀に反するだろう?」
「な~に、ふざけた事言ってるのよ。弁護士さんなんだから訴えられても知らないからね」
「ベッドの中で訴えられるんだったら全然オーケー」
この男はホント、一度死んだ方がいいんじゃないの?
「…………撩。あんた、死にたい?」
「あ、香ちゃんタンマ。ちょっと撩ちゃんまだ死にたくないなぁって」
「だったら、依頼人口説くのはやめろ!!ついでにその肩に回ってるのも外せ!!!!」
どさくさに紛れてって言うかもう麗香の肩に手なんて回してんじゃないわよっっ。
ホント、見てて頭に来るっっ。
「あらぁ、あたしは別にいいのよ。撩の愛情表現だし」
「そういう問題じゃない」
あぁ、なんでここに麗香がいるのよっっ。
周りの美人のせいであたし達の中は一歩どころか二歩も三歩も後退するんだわ。
「それよりも、撩。ホントに英理センセの事口説いちゃダメよ。英理センセは」
と麗香が言った時だった。
「お待たせしました」
入り口から入ってきた女性。
スーツに身を固め、眼鏡をかけたちょっときつめな美人。
「妃英理です」
そう言ってにっこりと微笑む姿はクール美人。
アップにされてる髪と眼鏡が知的さを増す。
「おおおおおおおお」
そんな所が…………撩好みだったらしいです。
相変わらずだ…ホント。
「そこのもっこり美人な先生。どうですか?ボクと一緒にもっこりしませんか?」
「…きゃああああ」
突然飛びついた撩に彼女は叫びついでに、
「えz?あ?うわあああああああ」
見事な一本背負いをかけてくださいました。
「っててててて」
「もぉ、撩ってば最後まで人の話聞かないんだから。英理センセってナンパな男の人ってキライなのよ。ちなみに結婚してるからね」
と麗香さんはやっぱり優雅にお茶を飲みながら言う。
「ね、香さん心配する必要ないのよ」
なんて笑ってくれちゃって。
「麗香、知り合いなの?」
「そうですよ、英理センセ。言ったでしょう?彼らが例の『シティーハンター』って」
「っ?」
麗香の言葉に彼女は驚く。
「って、麗香さん、この依頼って」
「まぁ、あたしからの紹介?って奴?英理センセがちょっと困ってるって言うから、この間のお礼も兼ねてあなた達を紹介したって訳」
…………この間のお礼?
ギロっと撩を見やればあたしと視線を合わそうとしやがらない。
「撩、後でじっくりと聞かせていただきます。構わないわね」
「は、ハイ」
ったくぅ。
野上姉妹の色香にやられやがってこの男はっっ!!!!
「…この男本当に頼りになるの?」
「なります。大丈夫です。こんなサイアクな男ですけど、腕だけは確かですから」
不安そうに撩をみる英理さんにあたしは一応のフォローをする。
このバカの行動のせいで依頼がパーになったらお終いだもの。
いくら麗香からの依頼だろうがここは黙って我慢しよう。
あとで、お仕置きすればいいだけの事。
「腕だけはって強調するなよ」
「事実でしょう。って言うか、あんたは黙ってなさい!!!」
無理やり撩を黙らせてあたしは英理さんに依頼内容を確認する。
「それよりも香さん…とおっしゃったかしら?彼と別れる気があるんだったら私弁護しても構わなくてよ。こんな女にだらしがない人と一緒にいたら、あなたダメになってしまうわ」
突然、英理さんは身を乗り出して言ってくる。
「いや…えっと…まぁ、こう悪い所だけじゃないですから……」
フォローになり切れないフォローを一応する。
麗香さんもフォローできないみたいで苦笑い。
撩は撩でふてくされてるし。
………タハハハ。
進展しないかしらなんて思ってていきなり別れの相談なんて。
あたし、ダメになりそうに見えるのかしら。
「と、ともかくあの、依頼内容なんですけどっっ。3日後の裁判までのボディーガードって事でいいんですよね」
強引に話を戻してあたしは英理さんにもう一度依頼内容を確認する。
「えぇ、引き受けてくださるのかしら?」
「構いませんけど……。でもこういうのって警察の役目なんじゃ…」
そういうあたしに英理さんは視線を伏せる。
「どういう事?」
「…正直、あんまり警察の厄介になりたくないって所なのよ。次の裁判…って言うか公判に重要な証人が出廷するの。その証人はやっと出てくれるらしいんだけど…」
「ちょっとでも危険を感じたら出ない人。だから私の護衛は警察には頼む訳にはいかないと言う訳」
そう麗香さんの後を継いで英理さんは答える。
「で、探偵やってるあたしに相談してくださったわけ。でも旦那さんでも良かったんじゃないんですか?」
「冗談じゃないわよ、どうして私があんな人にボディーガードを頼まなくちゃならないのよ」
麗香さんの言葉に突然英理さんは強気になって答える。
「はぁ、もうちょっと素直になった方がいいんじゃないですか?英理センセ」
「麗香、私は素直よ」
と大人げなく英理さんは答える。
「もしかして、英理さんの旦那さんって撩みたいな人?」
「もしかしなくってもあたり」
こそっと麗香さんに問いかければため息ついて答えが返ってきた。
詳しく聞けば来年高校生になるお嬢さんもいるらしい。
なんか意外。
とはいえ、はぁ、この先ちゃんと大丈夫かしら。
撩の言動を考えると頭が痛くなった。
「こんな所で本当に大丈夫?」
英理さんは部屋に入るなり言う。
「まぁ、ボディーガードなんだから当然だろ?」
「…あなたがいるから私は余計に不安なんだけれど」
「ひどいなぁ、英理センセはぁ」
「気色悪い猫なで声出さないで頂けるかしら?」
うーん、今回ハンマー入らないかも。
「えっと部屋は一応、あたしとおんなじ部屋なんですけど、構いませんか?」
「構わないけれど、どうして?」
英理さんはあたしの言葉に疑問を持つ。
まぁ、当然よね。
ため息つきつつあたしはお決まりになってる言葉を言う。
あのバカさえちゃんとしてくれればそんな事しなくてもいいんだけど。
「一応、同居人がアレなんで」
と撩をあたしは指す。
事務所で事務員の栗山緑さん(ストレートロング美人)を口説いた事、ここまで来る道中、英理さんはしっかりと撩と言う人物を知ったはずだ。
あれが大半と言うかほとんどだし。
「でも、あなたと一緒なら安全って言う保証はないわ」
「大丈夫、あの男はあたしの事全然女性扱いしませんから」
「あら、あなたとても美人なのに信じられないわね。男って近くにいる女性の事よりも遠くにいる女性の方が気になる見たいだから、しょうがないって言えばしょうがないのかも知れないけれど」
怒りと共に吐き出された言葉はものすごーく実感がこもってた。
英理さんの旦那さんって一体どんな人なんだろう。
「冴羽さん、これから出かけますけれど」
「え?今から何処に?」
「仕事です。次の公判に出てくれる証人との打ち合わせがあるの」
今回英理さんが扱っている裁判は民事裁判でこの裁判に勝てれば今回とにたようなケースに格段に有利になると言われている噂の裁判だった(新聞にも載ってた!!!)。
原告側の弁護士団の一人である英理さん。
今回のその重要な証人は英理さんが見つけてきたらしく、こういう所からもかなり有能な弁護士さんだと言うことが伺える。
「ともかく、ボディーガードをお願いするわ。ただし証人には姿を見せないで。いいわね」
で、あたしもスーツ着て英理さんのお供する事になった。
あたしは彼女の秘書と言う形。
証人に見せる為の書類はあたしのかばんの中に入ってる。
几帳面な性格の様で英理さんは一つ一つ説明してくれた。
これも証人を不安がらせない為の配慮。
「おまぁ、大丈夫か?おっちょこちょいなんだからへますんじゃねぇぞ」
「余計なお世話よ」
車の中でそんなやり取りをしてあたし達は証人の所に向かう。
その車内盛り上がっていた会話は撩と英理さんのクーパー話。
英理さんの愛車も実はミニ・クーパー。
撩の車とは同車種なのよね。
撩のは赤だけど、英理さんのはボディーが青。
車中は大変な盛り上がりだったわ。
「ここでいいわ」
英理さんはそう撩に言う。
目的の場所から少し離れた所で車を止める。
車の通りはない路地。
幹線道路から一本入った路地は以外と音が少ない。
「ここからなら証人に見つかる心配ないわ。冴羽さんは、私たちから見えない所にいてくれればいいわ」
そう言った時だった。
スピードあげて路地に入ってくる車。
「っっ」
こっちに向かって一直線っ。
「撩っ」
あたしの声と同時に撩のパイソンが火を吹きその車のサイドミラーを打ち抜く。
その衝撃に驚いたのか、それともこちらが銃を持っている事に驚いたのか、その車はスピードを緩めずに走り去っていった。
「何、今の」
「……もしかして英理先生を襲ってきてた連中か?」
「きっとそうね。後をつけられていたのかしら」
襲われそうになったのに英理先生は妙に冷静で、こんな事には慣れっこの様だった。
「何、失敗しただと?」
「も、申し訳ありません。向こうには銃を持ってる奴がいましてっ」
「銃だと?ともかく、あの女さえいなければ証人なんて誰もいなくなるだろうよ!!!」
どこかの屋敷での事……。
「……冴羽さん」
「何ですか?英理センセ」
英理さんの呼び声に撩はにっこりと微笑む。
あぁ、あのバカが何処にいるかなんて口に出したくもないわ。
「仕事の邪魔なの。あなたという人は何度言えば分かっていただけるのかしら?」
頭を抱えて呟く英理さんの目の前には明日使用される裁判資料が山積みになっていた。
昨日、証人にあう事は無事に出来て、明日の裁判で発言してくれると約束してくれた。
あたしも立派に英理さんの助手を務められた。
まぁ、最も英理さんの言う通りに資料を出すだけだったんだけど…。
「今のあなたに必要なのは、仕事ではなく休息だ」
もっこりバカの言うことにも一理ある。
昨日も夜遅くまで英理さんは裁判資料とにらめっこしていた。
だとしてもだ。
「さささ、そんな格闘するみたいに資料を見つめてないで。こっちで僕ともっこりでも」
…はないだろう。
「冴羽さん、また投げ飛ばされたいの?」
英理さんはじっとにらみ付ける。
「それともハンマー?撩はどっちがいいのかしら?」
あたしもついでにハンマーを取り出す。
「か、香!!!」
「あんたは、大人しく事務所の外で見張ってなさい!!!!」
怒鳴りつけて追い出す。
「あんだよぉ~そう怒鳴るなよ」
「あんたねぇ、英理さんの邪魔してるの分かってないの?さっさと外に行きなさい!!」
「ちえ~。まぁいいや。香の許可が出たって事で緑ちゃんと遊んでこようっと」
フッ。
甘いわよ、撩。
「残念だけど、冴羽さん。栗山さんだったら昨日から休みを取ってもらったわ。あなた方の負担を少しでも軽くしようと思って」
とにっこり笑う英理さん。
この妃法律事務所の事務員である栗山緑さん。
彼女が昨日から休みを取っているという事はあたしと英理さんだけが知っていた。
当然のごとく撩には秘密。
「大人しく、あんたは外に行きなさい!」
「しょ、しょんな~~。緑ちゃんとせっかく仲良くもっこりデートでもしようかと思ったのに」
「何考えてんのよバカ!!!」
呆れて思わずそれ以上言いたく無くなった。
「香さん、昨日の話考えてみない?」
「へ?」
いきなり英理さんがあたしに言う。
昨日の話ってなんだっけ…。
「彼と別れる気があるんだったら、私、間に立っても構わないわよ」
ハハハハ、その話ですか………。
「彼だったら、たくさんの慰謝料とれるだろうし。どのくらい彼と一緒にいる?麗香さんの話からあなた達かれこれ5年近くは一緒にいるって聞いたんだけど。そのくらいだったら…そうね…」
と計算機を取り出して英理さんは計算を始める。
「彼から与えられた精神的被害も考慮すると………」
え、ちょっと待って、英理さん。
「あたし達、別に、あの、別れるとかそういう間じゃないですからっっ。ただの仕事のパートナーですからっ」
「そう?でも仕事のパートナーだとしても彼と一緒に暮らしたと言う理由だけでも立派に慰謝料は請求出来るわよ」
「あの~」
どうしよぉ。
思わず撩の方を見てしまっても、苦笑い浮かべてるだけで助けようともしてくれない。
そうよね、そうだろうよ!!!
こいつはあたしがいない方がいいんだからっっ。
だとしてもね、悪いけどあたしはあんたのパートナーで居続けるつもりだからねっ。
「英理さん、心配しなくても大丈夫。あたしの精神的被害は他の所で返してもらうつもりですから。それより、あした裁判なのに大丈夫なんですか?」
「……そうだったわ。でも、もし気が変わったら、ちゃんと言ってね」
「ハハハハ」
英理さんはよっぽど撩みたいなタイプがキライらしい。
麗香さんの話だと、旦那さんが撩みたいなタイプみたいで……。
「ん…?」
撩がふと声を漏らす
「撩?」
あたしの声を目で制したまま撩は事務所の外へと向かった。
英理さんは裁判資料を見ていて撩が出ていった事には気付いていない。
撩…なんか、変だったわよね………。
昨日の奴らが来たんじゃ…。
一応、窓の外を確認してあたしは入り口に向かいドアを開ける。
でも、そこには誰もいなかった。
…って撩、何処に行っちゃったの?
ドアを開けても誰もいない。
が、間違いなく気配はある。
隠してるつもりなのか、おれが出てきても現れる様子がない。
さて…どうするか。
外でなにも物音がしなければ、…まぁ、間違いなく出てくるな。
香なら。
おれの様子に気付いていたはずだし。
………。
銃を持っていたらまずいが…おそらくたいした奴らじゃない。
オレの事知ってる奴だったら、おそらくはここに出てくるか、隠れてないでここから消えて外におびき出すはずだ。
昨日の一件で奴らはおれが『ある程度の何者』かと言う事に気付いた。
そして、やり過ごして英理さんを傷つけるなり何なりして裁判を止めさせる。
おれとやりあうよりはそっちの方が楽だろうしな。
ま、香が出てきたとしても問題ないだろう。
危険はないな。
逆に連中の方が心配だ。
…なんてな。
ともかくその場を通りエレベーターに乗り込むふりをする。
おそらく、奴らが隠れているのは非常口。
非常口は幸いな事にエレベーターの乗り口とは妃法律事務所を挟んで反対側にある。
好都合だな。
チンと言う音と共にエレベーターの扉が開く。
乗り込む振りをして素早く影に隠れる。
と、事務所の扉が開く気配がした。
「………撩?」
香の声。
おそらく奴らもこの声を聞いてるはずだ。
「何処に行ったんだ?あのバカ」
バカはないだろうバカは。
「ったくぅ、事務所の前にいろって行ったのに撩の奴まさかナンパに行ったんじゃ」
あのなぁ…。
普段の行いが行いだけに香は今一つオレの行動に信用を持たない。
勘弁してくれよ……。
空気が動き、気配が動く。
「えっっ。な、何ナノよっっあんた達!!!」
香の叫び声。
影からそっと見れば、マスクを被った男が3人。
一人は香を羽交い締めにしてる。
事務所の扉は閉まってる。
どうやら香は自分が扉の前で番をするつもりだったらしい。
「あんた達ね、英理さんの事務所を荒らしたり、昨日あたし達を襲ってきたのはっっ」
羽交い締めになりながらも香は必至に抵抗する。
ったく、頼むから大人しくしててくれよ…殴られたらどうするんだ。
「こっちはある人から依頼を受けてね、証言してもらいたくないんだよ。明日の裁判でお嬢さんには。だから少しは痛い目にあってもらわないと困るんだ」
昨日、…英理さんと一緒にいた所を誤解された訳か。
香は証人で、オレはさしずめ刑事って所かな?
「じょ、冗談じゃないわよっっ。そんな事したってあたしは明日の裁判で証言するわよ」
香も気付いたようだ。
「あんた達の事だって言ってやる。あたしを脅そうとして証言するのをやめさせようとしたってね。脅したって無駄なんだから」
「だったら、証言させないようにすればいいだけの事だろう?お嬢さん」
そう言って奴らは香の首もとにナイフをつけた。
「………っっ」
さて、どうする。
事務所の英理さんはこの事に気付いているのか?
「こ、殺したって無駄なんだから。気付いてないの?残念ながらあたしは証人じゃないの」
そう言ったって奴らが信用するかしないかどうか分からないって言うのに香は言う。
「明日の裁判で何があるのかあたしは聞いてないんだから、残念でした」
「このアマっ」
そう言って、香を羽交い締めにしていた男は香を突き飛ばした。
突然、突き飛ばされた香は倒れずにぎりぎりで立ち止まる。
「だとしても、この場でお前は殺すしかないんだよっ」
倒れなかった香に驚いたのかナイフを持ってきた男は突進してくる。
ここまでだな。
懐にある銃を抜き、男が持つナイフに向かって撃つ。
「ぐぁっ」
ついでに手をかすめたらしい。
手を狙ったんだから当然だ。
「撩っっ」
「大丈夫か」
香に近寄り手を差し伸べる。
「あんた何処にいたのよっ」
「何処ってそこの影?」
「……あんたねぇっっ!!!!!」
「まぁ、待てってっっ」
撃たれた男が立ち上がり、仲間と見合ってこちらに向かってこようとした時だった。
「何事な訳?」
タイミング良く…と言っていいのか事務所の扉が開き、英理さんが出てくる。
「英理さん、出てきちゃダメ」
香がそう言うのも遅く英理さんは男に羽交い締めにされていた。
「オイ、この弁護士先生が殺されたくなかったら銃を捨てろ」
英理さんにはナイフが当てられてる。
一難さってまた一難ってやつか?
さてさて、どうするか。
「私は弁護士よ。あなた方の暴力に屈するつもりはなくってよ」
「何をっ」
「あなた方、捕まったらまずは証人を脅した脅迫または強要罪に、暴漢罪に、傷害罪、ナイフを持ってるから銃砲刀剣を用いる傷害罪、ついでに銃刀法違反に業務妨害も。それからあなた方ね、私の事務所を荒らしたのは。それも追加で住居侵入もよっ。10年以上の懲役をあなた方はもらいたいのかしら?」
「そんなのはったりだ」
「はったり?失礼だわ。これでも法律家よ。素人であるあなた方よりはよっぽど詳しいわ。分かったのならこの手を離しなさいっ」
「ふざけるなっ」
そう言ってナイフを持った男は逆上するっ。
「英理さんっっ」
銃を構えた瞬間に見たのはおれが投げ飛ばされたあの華麗な一本背負いだった。
「バカね」
英理さんに投げ飛ばされた男は目を回し、手を怪我した男はいまだ立てずに、そして残った男は腰を抜かしていた。
「さて、英理先生の言う通り警察のご厄介になってきな」
ま、美人な刑事さん呼んでやるからさ。
貸し返してもらうにも都合もいいしな。
冴子に電話したらすぐにやってきた。
「は~い、撩。助かったわこれで事件が立件できるわよ」
「事件って英理さんの方じゃねぇのかよ」
「あら違うわよ。英理さんのは民事訴訟。私の方は事件の立証。事件には大物政治家も一枚絡んでるっていう話なの。訴訟問題がはっきりすれば大物政治家も逮捕出来る訳。黒い噂の絶えなかった某大物政治家ね」
そう冴子はにっこりと微笑む。
………………。
は?
「で、結局撩は冴子さんに利用された訳だ」
冷たい目線を香はオレに送ってくる。
これは不可抗力だろうが。
「やだ、利用って、人聞きが悪いわ」
「冴子、あなたそんな事やってたの」
「え?まさか撩だけよ、先輩」
と小悪魔な笑顔を見せる。
頼むから、やめろっ。
香がどんどん不機嫌になるだろうがっっ。
被害受けるのオレなんだぞ!!!
って……ん先輩?
「………先輩?」
「そ、美人な先輩でしょう?彼女私の大学のOBなの」
とにっこり微笑む冴子。
え~~~!!!
「英理先輩は美人で才女で有名だったのよ。高校の時にはミスコンで優勝するし16歳の時にハーバード大学に留学を勧められるし」
「ミスコンで優勝したのは友人よ。私じゃないわ」
「でも美人だったのは本当でしょう?」
「うっそぉ、信じられない。そんな人が日本で弁護士事務所なんて開いてるなんて…」
「麗香から聞かなかったかしら?来年高校生になる娘さんがいるって。英理さんは学生結婚なのよね」
冴子と英理さんの間で交わされる会話にオレと香はあぜんとなって聞いていた。
「先輩、戻ってもいいんじゃないの?」
「冗談じゃないわ。あの人が頭下げるまで戻るつもりはないわよ。冴子、あなたもつまらない男に引っかかるのだけはやめなさいね。ねぇ、冴子。香さんとは知り合いなのでしょう?あなたも説得して、冴羽さんは確かにある部分では信用できるけど、それ以外では信用なんて出来ないわ、こんなんじゃ香さんが不幸になってしまうそう思うでしょう?」
…って英理さんまたそこに戻るのかよっ。
って言うか英理さんの旦那ってどんな奴だよ!!!
「え?えっ?あ、あ、か、香さんはなんて?」
案の定言われた冴子は戸惑う。
って言うかなんで冴子、オレの方見んだよっっ。
オレのせいってか?
………せいか。
「香さんは大丈夫って言うの」
「あ~~。あたしも、よく分からないの、英理先輩、この二人は大丈夫よ。香さんのハンマーがあるし、しっかり香さんが撩の事捕まえてるものネ。香さん、撩っ」
香に振ってついでにオレにも振る。
って言うか、にらみ付けるのはやめてくれよっ。
…いたたまれない………。
「あ、そうかなそうナノかな、アハハハハハ」
ともかく、香は笑って誤魔化し、オレは、苦笑いを浮かべるしかなかった。
……英理さんをここまで『怒らせている』旦那に一言文句が言いたくなった。
だから、こんなに責められてる(気分)になんじゃねえか!!!!
頼むから、ほっといてくれっっ。
今回の公判も無事終わり、証人も無事証言する事が出来た。
あたし達の仕事もこれで終わり。
英理さんは最後まであたしが撩と別れるべきだって言い張るけど…。
申し訳ないけど、あたしにはそんなつもりないってはっきり言った。
さすがに撩の前で言うにはちょっと恥ずかしかったからたまたま二人きりになれた時に。
英理さんは知らないから、あたしがどんな気持ちで撩の側にいるのか…。
撩はどう思ってるのか知らないけどね。
「そう…ごめんなさい。知らないのに余計な事を言ってしまって」
「英理さんが悪い訳じゃないですから。知らない人はみんな言いますよ、あんな男とは一緒にいない方がいいって。でも、……あいつがその…えっと……好き……だから………一緒にいるって言うだけじゃないんです。うまく説明出来ないんですけど。あたしは足りないものをあいつからもらえて、あいつに足りない物をあたしがあげてる…ようやく…そう言う関係になれたかな…って。ホントにもらってるんだか、あげられてるんだかよく分かんないんですけど」
受け取ってくれてるのかも分かんないし。
「…ちゃんと冴羽さんはあなたが与えてる物を受け取ってると思うわ。短い間だったけど、あなた達を見てそう思う。でも冴子や麗香のように応援は出来ないっていうのは分かってもらえると嬉しい」
英理さんの言葉に頷く。
英理さんは心配してくれてるんだ。
親身になって。
母親ってこんな感じなのかな…。
英理さんに失礼かも知れないけど、一瞬自分の母親を見たような気がした。
一瞬だけどね。
今は、マンションでのんびりと午後のコーヒーを飲んでる。
撩は何処に行ったんだろ。
「うわあああああああああああ」
へ?!
行きなり撩の叫び声。
ちょ、ちょっと。何事よっ。
撩が叫ぶなんてただ事じゃないわよ。
「ちょ、頼むから落ち着いてくれよ小五郎さん」
小五郎???
って毛利小五郎さん?
「来てるんだろう!あいつが。撩ちゃん、香ちゃんがいるって言うのに、あいつに手を出すって言うのはどういう事だ!!!」
へ?
「あいつって」
「お父さん、ちょっとどうしたのよっ。お母さんがここにいるの?」
喧騒と共に入ってきた撩と小五郎さんと蘭ちゃん。
「お、お母さん」
で、蘭ちゃんはこっちみてそう言った。
…お母さん??
って事は英理さんがお母さんっっ。
「お母さん、お父さんと離婚しちゃうの?で、冴羽さんと結婚するの?」
ちょ、ちょ、ちょっとどうしてそういう事になるのよっ。
「ら、蘭なにバカな事言ってるのっ」
英理さんも寝耳に水って感じで慌ててる。
そりゃそうよね。
って何でそんな事になってるのよっ。
「撩っどういう事?」
「オレもしらねえよ。いきなり小五郎さんがっ」
撩の困惑気味の声。
どういう事?
「英理、どういう事だ!!!」
「何馬鹿な事いってるのよ、少し落ち着きなさいっっ」
英理さんにつかみかかりそうになった小五郎さんを英理さんは一喝する。
「冴羽さん、答えてください」
「いや、だからね。香~」
「…………………………えっと、英理さんの旦那さんが小五郎さんで、その娘さんが蘭ちゃんで」
はぁ。
そういう事か。
「何がそういう事かなんだよ、香っっ見てないで助けろっ」
蘭ちゃんは空手をやっているらしく、撩に空手技をかけている。
いやぁ、すごいわぁ。
「だから、香、見てないで助けろって」
……でも自業自得な所もある訳よね…。
「英理っっ答えろ」
「はぁ、二人とも、勘違いもいい加減になさい!!!!!!」
英理さんの一喝で蘭ちゃんも小五郎さんも静かになる。
「冴羽さんと香さんには仕事を手伝ってもらっただけよ。どういう噂でそうなるの、二人とも少しは冷静になりなさい!!!」
小五郎さんと蘭ちゃんは納得いかないと言った風に顔を見合わせ、あたしの方を見る。
「英理さんが言ってる事は本当。今日あった裁判の資料集め(本当の事を言う訳にはいかないし)の手伝いをしたの。英理さんの知り合いがあたし達とたまたま知り合いでね」
「冴子の友人よ。あなたも知ってるでしょう?野上冴子」
「あぁ、冴ちゃんか」
………冴ちゃんですか…なんか冴子さんがそう呼ばれてるなんて意外。
「私の言葉を疑うって言うんだったら、冴子に確認してみなさい」
そう言って英理さんは電話を差し出す。
「…くっそっ。蘭、帰るぞっっ」
そう言って小五郎さんは帰ってしまった。
「…お母さん…」
蘭ちゃんは小五郎さんが帰る後ろ姿を見てそれから英理さんに視線を戻す。
その視線はとても寂しそうで…。
英理さんもその視線の意味を分かったみたいで。
「今日は、一緒に夕飯食べない?」
そう言った。
「うん」
「じゃあ、先に行って待ってなさい。ちゃんと小五郎捕まえておいて」
「分かった。冴羽さん、香さん、ごめんなさいっ」
そう言って蘭ちゃんは嬉しそうに帰っていく。
「ごめんなさいね。小五郎が勝手に誤解して。でも、冴羽さんいつこんな事あるか分からないわよ」
「ハハハハハハ」
「笑って誤魔化さないでもらいたいわ。じゃあ、今回は本当にありがとう、助かったわ。またどこかで逢うかもね」
英理さんはそう言って部屋を出た。
「……大丈夫かな」
「さぁな。英理センセがオレになびかねぇ理由が小五郎さんだとはね」
「何バカな事言ってるのよ」
ソファにぐったりと座った撩を後ろに見てあたしはベランダに出る。
上からは英理さんと蘭ちゃん少し離れて小五郎さんが歩いていた。
その様子はヤッパリ親子に見える。
何となく羨ましかった。
「撩、今日夕飯どうする?」
振り向いて聞いてみる。
「…たまにはどこか食いに行くか?」
珍しい、あんたがそんな事言うなんて。
「嫌だったら別にいいんだぜ。オレは飲みに行くし~」
「ダメ、依頼料をあんたの飲み代にする訳には行かないのよっ」
「だったらどうする?」
「連れてってくれるんでしょう?」
「だから、言ってんだろ?」
そう言って静かに微笑んだ。
「お久しぶりです、英理さん」
「相変わらずもっこり熟女の英理センセ」
「香さんも元気そうね。冴羽さんも相変わらずだ事」
香の言葉にはにっこりと微笑み、おれの言葉には頭を抱える英理さん。
法曹界のクイーンと呼ばれる英理センセはキッとオレをにらみ香に聞く。
「で、気は変わったのかしら?」
「残念ながら」
「そう、その気になったら、ちゃんと言ってね」
相変わらずなのは英理さんの方で。
「ロクデモナイって自覚してるのかしら?」
「ホントきっついお人」
「冴羽さん」
「ハハハハハハハ」
その場をおれはヤッパリ笑って誤魔化すしか出来なかった。
…あん時とはちょっと状況が変わってるから、まぁ、いたたまれなくはないけどな。
けど、厳しい追求だけは勘弁して欲しい。
香と見合って思わずため息つき合った。