SPECIAL EDITION前編
「レイチェル、これから時間ある?」
「うん! もちろん!」
珍しいアンジェリークからの誘いに、レイチェルは顔をほころばせる。
アンジェリークが、育ててくれた男性とめでたく結婚したのはつい半年ほど前。
そして今は、彼女はお母さんになろうとしている。
そのせいか、最近は余り放課後を一緒に過ごせなくなってしまった。
以前なら、週一度程度は、家の手伝いをしていても時間があったのに、最近の彼女は家に帰ってすぐ仕度をしないと、間に合わないため時間がない。
これも全て、彼女にメロメロな旦那のせいだと、レイチェルは思う。
以前の彼は、週一度程度は女性をとっかえひっかえしてはデートをしていたようだが、彼女と想いが通じ合ってからは、毎日家へとんぼ返りなのだ。
そのため、アンジェリークと一緒に過ごせなくなってしまったのだ。
「アリオスさんは今日遅いの?」
「うん。お仕事で依頼人の方と一緒にお食事をするんだって。だから、わたしもゆっくり、買い物でもして帰ろうかと思ってるの」
彼女の表情は年頃の少女のそれに戻る。
「買い物付き合うよ♪ ついでにお茶して行こうね〜。もちろんアンジェの奢り」
「ふふ、いいわよ」
少女たち楽しげに、放課後のショッピングに出掛けた。
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「アンジェ、可愛いマタニティドレス見つかってよかったね〜」
「うん…、レイチェルこそ付き合ってくれて有難う」
二人の少女は楽しげに、ベビー専門店から出てきた。
すっかり満足げのアンジェリークと、嬉しそうなレイチェルは、互いの顔を見合わせて微笑んでる。
「あ、そうそう、アンジェ、これ」
ごそごそとレイチェルは鞄から小さな包みを取り出すと、それをアンジェリークに差し出した。
「はい、アンジェ」
「えっ、何?」
「いいから開けてみて」
にこにこと楽しげに笑うレイチェルに首を傾げながら、アンジェリークは包みを開けた。
「あっ!」
そこにあるのは嬉しい驚き。
包みの中にあるものは、小さな、本当に小さな黄色い靴下だった。
「レイチェル…」
親友の気遣いが嬉しくて、アンジェリークはうっすらと涙を貯める。
「これだったら男の子でも女の子でも使えるでしょ?」
「ありがと…、レイチェル」
アンジェリークは、それこそ嬉しそうに靴下を何度も何度も優しく撫でる。
愛しげに目を細めながら。
そこには、少女ではなく、聖なる母としての顔があった。
「さあ、後はケーキをおごってよね〜」
「うん!」
二人は仲良く、行きつけのケーキショップへと向かった----
いつものようにバナナケーキと紅茶で話に花を咲かせ、長らくこのような時間を持てなかったのを埋めるかのように、二人は語り合った。
「あ〜満足〜!!」
「ふふっ、レイチェルったら」
すっかり長居をしてしまったのか、二人が店を出たのは7時近かった。
「ね〜アンジェ、今日の夕飯どうするの?」
「うん。家に帰ってサンドウィッチでも作ろうと思ってるの。だったら、アリオスがもしお腹がすいても、食べれるでしょ?」
「いい奥さん…、あれ、あのレストランで話してるの…、アリオスさんじゃ…」
「えっ!?」
その名前を聞くだけで、アンジェリークの声は明るくなる。
レイチェルはすぐにはっとした。
「あ、ひ、人違い、人違いね」
声を引き攣らせて答えるレイチェルに、アンジェリークは怪訝そうに彼女を顔を覗き込む。
「人違いって、アリオスに似た人はそういない…、…!!」
必死に隠そうとしたレイチェルを知り目に、彼女の目に飛び込んできたのは、艶やかな女性と向かい合わせで話し込んでいるアリオスだった。
「----多分…、あの方がクライアントよ…」
頭ではわかっている。
アリオスの表情は真剣だし、女性の表情も深刻だ。
けれども、いざ、この光景を目の当たりにすると、言いようのない嫉妬の炎に焼かれるような気がする。
固まっている彼女の肩をそっと抱いて、レイチェルは気遣わしげな視線を送った。
「アンジェ、帰ろ? ね、アリオスさんはこれがお仕事なんでしょ…」
「うん…」
判ってる。
判ってるけれど、そう思えない私がどこかにいる。
彼に心から愛されてるのも判ってる。
だけど…
だけど、不安になるの。
どうしても、不安になるの。
「さ、行こ? 後で、アリオスさんにきけばいいじゃない、ね?」
「…うん…」
促されて、後ろ髪を惹かれる想いで歩き出したときだった----
彼女の目に信じられない光景が映った。
急に泣き出した女性の涙を、アリオスがハンカチで拭ってやっていたのである。
アンジェリークは深く息を吸い込むと、余りにもの衝撃に両手で口を抑えた。
そこから嗚咽が漏れてしまう。
「アンジェ!!」
あまりにもショックで、ぐらりとしたアンジェリークの華奢な身体を、レイチェルが支える。
レイチェルの声も悲痛だった。
その声に反応するかのように、アリオスははっとしてウィンドウの外をみた。
そこにいたのは、蒼ざめた表情のアンジェリーク----
「アンジェ!!」
彼は、クライアントもそっちのけで席を立つと、そのまま店を出てゆく。
「あ…!!」
それに反応するように、彼から逃げるように、アンジェリークは駆け出した。
「アンジェ!! 走ったらだめよ!!」
レイチェルの制止も聞かず、彼女は走る。
アリオスも風のように店から出てくると、そのまま銀色の髪を乱しながら、夕闇の街を、アンジェリークを求めて疾走する。
彼らが去った後、レイチェルはふと店を見た。
そこにはアリオスの他に、オリヴィエの姿がしっかりとあった----
「バカアンジェの早とちり…」
レイチェルはもう苦笑いするしかなかった。
「ったく、アナタたちは犬も食わないわよ」
楽観視していたレイチェルだったが、実際はもっとひどい事態に陥ろうとしていた。
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「アンジェ!!」
「来ないでよ!!」
二人のおっかけっこは、あっさり近くの公園で今、幕を閉じようとしていた。
お互いの息が少し上がっている。
「・…浮気者…」
やっとのことで泣きながら少女は囁く。
「違う…!」
「違わない!!」
青年が苦しげに否定したものの、その言葉の響きは彼女の心を逆なでるだけだった。
「----だって、アリオスは、あの女性(ひと)の涙を拭ってたじゃない…」
「あれは違う…」
「いつもそんなこと…言って、ひくっ、私…、アリオスが帰ってくるのが遅い時、何…してたか…、ひくっ、知って…、るもん…」
声を引き攣らせ、肩で息をする少女に、アリオスは苦虫を噛み潰したような思いをする。
「…あれはおまえと結婚する前じゃねえか…」
結婚前とはいえ、彼女への思いを打ち消すために、好きでもない女を日替わりで抱いたりした。
それがこんなところで出されてしまうとは。
「----アリオスのバカ!! 私の気持ちなんて、何にも判ってない!!」
「それはおまえも同じだろ!?」
売り言葉に買い言葉。
まさに今の二人はその状態だ。
犬も食わない喧嘩にしては、随分エスカレートしてきている。
「わかった。この子は私が一人で育てる!!」
アンジェリークは自分の腹部を両手で包み、なみだをぼろぼろと流す。
「ダメだ! そのこは俺のこだ!!」
アリオスは必死になって、アンジェリークを引きとめようと懸命になる。
「単なる生物学的にね!!」
「何だと…」
二人はすっかり気まずくなってしまい、お互いに蒼ざめながら、見つめあう。
「もう、離婚よ!! 大嫌い!!」
「アンジェ!!!」
引きとめようとアリオスが手を伸ばしたとき、彼女はその手を振り払い、そのままどこかへ走っていってしまった。
残されたアリオスは、その場で呆然と立ち竦む。
アンジェ…、おまえがいないと、俺は…!!!
俺は生きていけない!!!
彼の心から血が滲み出ていた----
TO BE CONTINUED
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コメント
CHATであき様とお話しているときに「アンジェに離婚を言い渡されたアリオス叔父さんはどうなるのか!?」
という話題になり、出来上がったのがこのお話です。
「WHERE DO WE GO FROM HERE〜波風編」
この二人は普段バカップルなので、たまには試練も…ということになりました。
身に覚えのない浮気で責められ、前のことがあるから自業自得
この設定もCHATから生まれました。
有難うございます♪
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