マンションに彼女を連れてゆき、アリオスはリビングのソファにアンジェリークを座らせた。
「待ってろ? 甘いミルクティーを作ってやるからな?」
「うん・・・」
彼は車の中で、全てを話したいと言い、彼女もそれを受け入れた。
何か食べながらということになり、近くのパン屋で、二人分のサンドイッチを買ってきたのだ。
彼女も台所に行って手を洗いに行き、そっと彼に声をかける。
「あのね? アリオス、何かスープでも食べる? 作るけど? さっきブイヨン買ったし・・・」
明日の朝のためにと、少しスーパーで買い物もしていた。
「ああ、頼んだ? 明日も作ってくれるんだろ?」
少し意地悪げな含み笑いを浮かべた彼に、彼女は真っ赤になってしまった。
結局、簡単なスープと、アンジェリークにはミルクティー、アリオスにはブラックコーヒーが食卓に並べられた。
「さてと・・・、おまえに話さなくちゃいけないからな・・・」
言って、彼はそのままアルバムを持ってリビングに入ってきた。
彼女も神妙な顔つきになる。
「古い雑誌の切り抜きなんかもある、まあ、読みながら聞け?」
彼女は真摯にそれを受け取ると、目を通し始める。
”レヴィアス・ラグナ・アルヴィース”といえば、知らない人はいないほどのテニスの有名選手だ。
グランドスラムを達成し、ランキングも一意に輝いた選手だった。
彼が、僅か23歳の若さで引退したとき、アンジェリークはまだ子供だったが、それでも、その名前は知っていた。
名前と顔が一致しなかったから、アリオスにも何の先入観もなく、愛することが出来たのかもしれない。
うっとりと過去の彼に見惚れながら、彼女は、ふと、一枚の写真に目を留めた。
この人がエリスさん・・・
エリスが誰なのか、すぐに判った。
『よく似ている』と誰もが言っていたが、これほど似ているとは。
彼女と写真に収まり、幸せそうに微笑むアリオスの表情が痛くって、アンジェリークは胸が苦しくなる。
身体を小刻みに震わせ、一転で眼差しが凍り付いているのが判る。
「アンジェ・・・」
その姿が愛しくて、彼はそっと彼女の身体を背後から包み込んでやる。
柔らかな感触に、彼はめまいを覚えるほどの愛しさがこみ上げてくる。
こんなに誰かを愛しいと思ったのは久しぶりだ・・・。
そして、こんなに誰かを守ろうと思ったことは、かつてなかった・・・。
彼女は彼の温もりに安堵とそして甘い想いを感じる。
「今から言うことを、寝ないで聞いてろよ?」
彼女は頬を薄紅に染めながらも頷く。
「----エリスと俺は幼馴染だ・・・。
あいつは俺よりひとつ下で、ジュニアの頃から同じテニススクールで、テニスをしていた。
俺たちの夢は”世界制覇”だった。
俺は二十歳のときにそれを成し遂げたが、彼女はまだ、だった。
そこで、俺は、エリスのパートナーとして、レシーブ練習をいっしょにしたりして、過ごしていた。
彼女を愛しく思っていた。 その笑顔があるから頑張れるような気がしていた。
互いに恋人と認め合うようになり、俺たちは婚約をした。
俺と同じ道を歩むものだと、信じて疑わなかった」
間の徐は身体をびくりとさせ、その辛さを彼に伝える。
彼はそれが愛しくてたまらなくて、彼女をさらに抱きすくめた。
「あっ・・・、アリオス・・・」
「おい、あまり甘い声を出すなよ? 我慢できなくなるだろ?」
「うん・・・」
華奢な身体をアリオスに預けながら、アンジェリークは彼の話に耳を傾ける。
「----だが、エリスは違った。
俺の要求が次第に重いものに感じてきたんだ。
自分と同じ時期にテニスを始めた俺が、先にチャンピオになり、自分をコーチしたりするのが我慢ならなかったんだろう・・・。
それに俺は、テニスのことばかりで彼女を接し、肝心の恋人としての部分を忘れていた。
あいつは”もう着いていけない! 私をあなたは恋人としてみてくれないんでしょう”といって、婚約を解消してきた・・・」
彼は苦しげに目を伏せると、そこで言葉をいったん切る。
それが余りにも哀し過ぎて、アンジェリークは抱きしめてくれている彼の腕を優しく包み込む。
「大丈夫だ、アンジェ。今の俺にはおまえがいる。最高の女がそばにいるんだから・・・」
「アリオス・・・」
彼女はそのまま涙ぐんでしまい、彼はそっと栗色の髪の口付けた。
「続けていいか?」
「うん・・・」
「で、あいつは、そのまま、海外で修行するといって、旅立った。
----だが・・・、そのまま飛行機は墜落、あいつも夢が果たせぬまま、そのまま・・・・」
彼の苦しみが彼女にはわかる。
肌の暖かさを通して感じる。
それを感じると、なぜだか切なくなる。
「・・・かわいそう・・・エリスさんも・・・、アリオスも・・・」
いつのまにか、アンジェリークは泣き出し、嗚咽する。
「おい、アンジェ、泣くなよ? 今の俺にはおまえがいて、それだけでいいんだから・・・」
「うん・・・、うん・・・」
「それで俺はむなしくなって、ラケットを置いた。
----テニスと離れてから3年間は、俺は普通に働いた。
だが、どうしても忘れられなくて、せめて教師になって、学校の顧問でもと思って、教師兼顧問として働き始めた。
大学時代に、無理して教員免許を取っておいて良かったと思った。
----そして、おまえに出会った」
彼は腕の中で彼女を向き直らせ、その青緑の涙で潤んだ瞳を覗き込む。
「-----おまえのひたむきさ、情熱、純粋さが、俺の心に長い間あった氷を溶かしてくれた・・・。
おまえの心に触れれば触れるほど、愛しくてたまらなくなった。
おまえに心を打ち明けられたとき、本当は凄く嬉しかった。
だが・・・、俺は一歩踏み出せずにいた・・・」
「アリオス・・・」
彼は穏やかに微笑んで、軽く彼女に口付ける。
「だが、いつまでも臆病でいてはいけないと、おまえが教えてくれた・・・。
おまえが道をくれた・・・」
「アリオス・・・」
言葉にならないほど彼への思いが溢れてくる。
彼女はそのまま彼の胸に顔を埋め、止まらない想いを彼に抱きつくことで伝える。
「アンジェ・・・」
そっと彼女の髪を撫で付けると、彼は彼女に囁く。
「もう、待てねえからな・・・。いいか?」
彼女は顔を僅かに上げると、そっと頷く。
それは了解の証。
彼はそのまま抱き上げると、彼女を寝室のベッドへと運ぶ。
「愛してるのは、おまえだけだ・・・、アンジェ」
彼女は僅かに頷く。
その仕草にも、彼は微笑を漏らす。
「何も言わなくたって、俺には判ってるからな・・・」
二人の情熱的な夜が今幕を明けた。
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朝日に導かれて目を開けると、愛しい男性が、甘やかな異色の眼差しで見つめているのがわかった。
「おはよう、アンジェ」
「アリオス・・・」
微笑まれて、思わず真っ赤になってしまう。
私、夕べ、アリオスと愛し合ったんだ・・・
「今日が日曜で、しかも月一回の練習の休みの日でよかったな?」
「も・・・ばか・・・」
彼女はそのまま恥ずかしくなってシーツで顔を隠してしまう。
「クッ、ほら、顔を見せろよ?」
彼に身体を抱き寄せられて、彼女はようやく顔をシーツから出す。
「アンジェ・・・」
そっと頬に手を寄せられて、彼女は彼が真剣であることを感じる。
「----これからずっと同じ道に行こうな?
テニスも人生も・・・」
「アリオス〜」
感極まり、彼女は再び泣き出してしまう。
「こら、泣くな?」
「だって・・・」
彼は彼女を再び組み敷く格好にする。
「アリオス・・・」
「愛してる・・・。おまえを離さないからな・・・」
深い唇が重ねられる。
それは誓いのキス。
二人はこれから共に生きてゆくために、貴い誓いを、今立てたのであった----
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地区大会団体決勝戦----
「コレット、しっかり、やってこい」
「はい」
アリオスの励まされてアンジェリークはコートへと向かう。
その二人の絡み合う眼差しを見るだけで、誰もが、その絆を感じずにはいられない。
そして、何者もその絆を冒すことが出来ないことを。
レイチェル、リモージュ、そしてロザリアも、二人を温かく見守っている。
二人の仲を知り、暖かく応援をしている、アンジェリークにとっては頼もしい人たち。
観客席には、いつかのカティスもいる。
アンジェリークは、ゆっくりと、コートへと向かう。
アリオス・・・
あなたが”一緒に行こう”と言ってくれたから、私はここにいられる。
あなたと共に前だけを見て歩きたいから・・・。
振り返らない・・・。
今は未来だけを信じて。
「ザ・ベスト・オブ・スリーセットマッチ。サービスコレット」
審判の声が、静まり返ったコートに響き渡る。
このボールに、私とアリオスの愛の奇跡をこめて----
「プレイ----」
アンジェリークは、青空に向かってボールを真っ直ぐにトスをした----
THE END
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スポ根と私
『愛の劇場』の第二弾が終わってほっとしています。
連載が始まったのが一月、そして、今は・・・(笑)
今回は、途中で、何度も私に放って置かれたせいか、完結をするのに時間がかかってしまいました(苦笑)
正直に言うと、途中でだれました(笑)
ですが、何とか完結することが出来て、今はすがすがしい思いが残るだけです。
途中、少し「スポ根」の要素も入れてみましたが、あくまで、「恋愛」がテーマなので、最後はおざなりにされたような(笑)
元ネタは、かの少女漫画の名作ですが、後半は外れてしまいました。
ですが、私が始めて夢中になったマンガでもあるので、書いてて楽しかったです。
(勿論、リアルタイム世代ではないですが)
次回の「愛の劇場」は多分「レヴィXアン」になると思います。
最後に、ここまで、拙い物語をお読みくださいました、皆様に心からの感謝を申し上げます。
有難うございました!!
2001.4.19.21:40 tink