TOUCH ME
WHEN WE’RE DANCING

後編


 学校の合宿所のベットに横たわりながら、愛する人の温もりのない夜は、なんと心もとないものだろうと、アンジェリークは思った。
 いつもなら、銀の髪をした、あの愛しい男性(ひと)が、この上なく優しく抱きしめてくれるが、今は傍らにいない。
 しかも、身重の彼女をみんなが気遣って、先に寝かされた。
「どうしてるかな…、アリオス」
 アンジェリークは、そっと切ない溜め息を吐いた。


 その頃、、アリオスもまた、眠れぬ夜を過ごしていた。
 彼女と結婚して以来、深酒になる習慣がピタリと止まっていたが、今夜はそれが復活していた。
 いつもは美味しく感じられるウォッカも、今日は味気がしない。
 そう、酔うには相手が必要だ。
 いつも微笑んでいる彼女がいるだけで、心地よく酔える。
 アンジェリークのことを想うと、今朝の出来事が思い出される。
 深い嫉妬の余り、彼女には随分荒々しい行動を取ってしまったことを、今更ながらに臍を噛む
 久しぶりに”長い夜”になると感じながら、彼はグラスを空けた----

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 年に一度の”スモルニィ聖舞祭”が、やってきた。
 6時からのダンスパーティに備えて、4時に開場になった大講堂に、参加する人々が吸い込まれてゆく。
 アンジェリーク、レイチェルを始めとする『FLOWER GIRLS』は、お揃いの格好で、訪れる人々に花を渡してゆく。
 頭には、白い花をあしらい、シンプルで上品なAラインの白いサテンのドレス、靴もお揃いの白のパンプスだ。
 しかし、アンジェリークだけは、若干違った格好をしていた。
 Aラインのドレスは、かなりゆったりとしているし、足元はバレイシューズの形をしたフラットな白い靴だ。お腹にまだ小さいとはいえ子供がいることへの、配慮だった。
「アンジェ、きっとこの格好をアリオスさんが見たら、感激しちゃうかもね」
 横で花を配るレイチェルに囁かれて、アンジェリークは恥ずかしそうに艶やかな微笑を浮かべる。
 本当に今日の彼女は綺麗だと、レイチェルは思う。
 シンプルに結い上げられた栗色の髪には白薔薇があしらわれ、レイチェルにしてもらった薄化粧がよく映えている。
「レイチェル、あなただってとっても綺麗だわ。エルンストさんも惚れ直すかもね」
 レイチェルもアンジェリークと全く同じように髪を結い、薄化粧をしていたが、少し大人めいた魅惑的な光を、彼女は放っていた。
 お互いに照れくさそうに顔を見合わせてフフと微笑みあうと、花を配ることに、再び集中した。
 大講堂へと続くロビーの奥から、俄かに女性のざわめく声が聞こえ、何事かと、彼女たちは首をかしげる。
「何かしらね、レイチェル」
「さあ〜、何だろ?」
「お嬢ちゃんじゃないか!!」
 ざわめきから聞き覚えのある声が聴こえて、アンジェリークはきょろきょろと、人ごみに目を凝らす。
「また逢ったな、スモルニィの天使!!」
 目に前に突然、あの赤毛の青年が現れて、彼女は大きな目を更に大きく開いて、息を呑んだ。
 豊かな体躯を黒のタキシードで包んだ姿は、完璧だ。
「あ、あなたは、昨日の…」
「オスカーだ、お嬢ちゃん」
 オスカーは艶やかなウィンクをアンジェリークにし、心をとろかすような甘い視線を彼女に送る。
 その視線は強い魔法のような力があり、アンジェリークとレイチェルを除く”FLOWER GIRLS”皆虜になってしまっている。
「オスカー先生!!」
 着飾った数多の女たちが、彼の名前を呼びながら追いかけてきた。
 なるほど、先ほどのざわめきの原因がコレだと、アンジェリークたちは妙に納得する。
「皆さん、お待ちですよ? オスカーさん」
「君以外に、欲しいものはない!」
 いきなりの甘い言葉と、彼が突然手を取ったことに、アンジェリークはすっかり狼狽してしまった。
 確かのこの男性は魅力的だし、かっこいいとは思う。だけど、彼女の心をとろけさせることが出来るのは、あの銀の髪の男性(ひと)だけだ。
「あっ…」
 いきなり手に口づけられて、動揺の余り身を固くする。
 「あの…、困ります…」 
 アリオスにだけは、見られたくないと、彼女は祈った。
 しかし、そのタイミングはいつも上手く行かないことが多い。
「アンジェ…!」
 レイチェルの焦るような声に顔を上げると、そこには気絶しそうなほどの衝撃があった。
「アリオス…」
 翡翠と黄金の瞳が、深い嫉妬の影を作って、アンジェリークを見据えている。
「お嬢ちゃん?」
 オスカーが唇を離し、何度声をかけても、彼女は愕然としてしまい、何も反応できない。
 彼は、とうとう諦めると、彼女の肩をポンと叩いて、大講堂の中に入っていった。
 アリオスは、出来ることなら、この場でオスカーを殴ってやりたい衝動を何とか抑え、拳を握り締めながら、ゆっくりと前へ進んだ。
 黒のタキシードを着こなす彼は、くらくらするほど魅力的で、アンジェリークを魅了して止まない。
「ア、アリオス…、あのね・・・」
 彼女が声をかけようとしても、アリオスは取り合おうともせず、そのまま彼女の横を素通りする。
「ちょっと、アリオス!! なんてことをするの!!」
 アリオスの後ろにいたオリヴィエは、アンジェリークに軽く挨拶をした後、彼を追って講堂に入ってゆく。
「アンジェ…」
 レイチェルの気遣わしげな視線を受けながら、アンジェリークは、その場で崩れ落ちそうになることを何とか堪えた。 

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 ダンスパーティが始まり暫くたっても、アンジェリークは、壁の花で過ごしていた。
 もちろん、愛しい人が嫉妬に駆られて踊ってくれないから。
 友人が用意してくれたイスに座り、切ない溜め息を何度も吐いていた。
「ね…、もういい加減にしなさいよ…」
 親友の言葉に耳を貸さず、アリオスは何杯目かのグラスを空にする。
「男の嫉妬は、男偏って知ってた?」
 アリオスは、親友をギロリと睨み不機嫌そうに眉根を寄せた。
「あれ、アンジェちゃんに近づいてるの、スモル二ィ総合病院のバカ外科医じゃない…」
 オリヴィエが言い終わる頃には、もう隣にアリオスの姿はなかった。
 彼がアンジェリークに視線を向けると、アリオスが、オスカーを邪魔するように彼女に向かっているのが判る。
「ったく、アンジェちゃんが絡むと見境がないんだから…」

「お嬢ちゃん、俺と一曲踊らないか?」
「待て」
 オスカーがアンジェリークに手を差し伸べたところで、アリオスの低い声がけん制をした。
「俺が先約だろ? アンジェ」
 自分を誘ってくれる、誰よりも愛しい声が嬉しくて、心からの微笑が、やっと彼女の顔に現れた。
「ごめんなさい。この人を待ってたの」
 太陽のような笑顔で謝られてしまうと、流石のオスカーも黙って従うしかなかった。
 彼は、彼女に促すような仕草をする。
「アリオス!!」
 嬉しそうにアリオスの手を取り、ダンスの輪に加わる彼女が、誰よりも眩しく、オスカーには見える。
「一回ぐらいは、俺と踊ってくれよ? お嬢ちゃん」
 アンジェリークの手を握るアリオスの手が僅かに、力がこねられる。
「アリオス?」
 余り嫉妬深くしてはいけないし、何よりもすぐ身を引いてくれたオスカーに一度だけでもチャンスをやらなければならないと思い、アリオスはそっとこう言った。
「一回だけならな、ただしフォークダンス程度だ…!」

 ダンスの輪の中に入ってアリオスと踊るのが念願だったアンジェリークは、嬉しくて仕方なく、向日葵のような微笑を彼だけに投げかける。
 その笑顔を見ていると、嫉妬のあまり彼女を頬って置いた自分が恨めしいと、アリオスは思った。
「アリオス、怒ってる?」
「別に、おまえのせいじゃねーだろ?」
「うん、だけど・・・」
 楽しそうに踊る二人をじっと見つめるオスカーの視線が、アリオスは気になって仕方がなく、嫉妬が俄かに燃え上がる。
 彼は、ぐいっと彼女を力任せに抱き寄せる。
「きゃ、アリオス」
 驚いてる暇も与えられず、アリオスの唇が深く彼女のそれに降りてきた。
「…んっ・・・!」
それは見せしめ。彼女が彼のものであると、オスカーに見せつけるための、一種の儀式だった。
「ヒュ〜、大胆。流石アリオス」
 オリヴィエは、遅れて来た恋人ロザリアと踊りながら、親友の行動にいかにも感心する。
 オスカーも、自分の上を行くアリオスの大胆な行動に、度肝を抜かれ、唖然とする。
 嫉妬に駆られた男には、もう何も恐いものなんてないのだ。
 ようやく、長い、長いキスが終わり、アンジェリークは切なげな溜め息を吐くと、恥ずかしそうに、そして諌めるように彼を上目遣いで見た。
「・・・バカ・・・」
「おまえは、俺のものだからな。他のバカどももこれで騒がなくなるだろ?」
 真剣に言われて、アンジェリークは益々恥ずかしく、そして彼が愛しくなる。
 11も年上で、10歳から自分を育ててくれた大人で頼りになる彼が、時々子供っぽくなるのが、彼女には嬉しくて堪らない。
「何もしなくても、私はあなたのものだわ」
 彼女の言葉が嬉しくて、アリオスは抱く手に力を込めた。


 ダンスもたけなわになり、ラスト・ダンス前の息抜き、「フォーク・ダンスタイム」としてオクラホマミキサーがかかり始めた。
「え、どこに連れて行くの? アリオス」
 アリオスは、アンジェリークを手を引っ張ってオスカーのところへ連れて行った。
「ほら、約束どおりだ。貸してやる」
「まさかホントだとはな」
「いらないか?」
「いや、遠慮なく」
 話の流れがつかめないまま、アンジェリークは、オスカーに手を引かれてフォーク・ダンスの輪へとはいっていった。
 見送るアリオスに、丁度休憩をしていた、オリヴィエが横に来る。
 彼は、アリオスを見るなりプッと吹き出す。
「何だよ」
「何だかアンタ、おもちゃを取り上げられて拗ねる子供に見えるわ」


「なあ、あの銀の髪の男はお嬢ちゃんのなんだ?」
「旦那様です」
 少女から出た衝撃な事実に、オスカーは、思わず踊る手を止めた。
「嘘だろ?」
「私結婚してるんですよ」
 事実と言わんばかりに、彼女は左手の薬指に光るリングを彼に見せた。
 艶やかな微笑の浮かぶ顔は、本当に嬉しそうだ。
「そうか、幸せなんだな」
「もちろんです!!」
 きっぱりと力強く言われて、オスカーは心の奥がチクリといたむのとどうじに、なぜか幸せな気分になれた。
「もうひとつ気になってたことがある」
「なんですか?」
「他のスモルニィの生徒は同じ格好で、なぜ君だけ少し違う?」
「あ・・・、それは、私が妊娠してるから、気遣ってのことです」
「えっ!!!!」
 今度こそオスカーは度肝を抜かれた。
 照れながら笑う彼女を見ていると、それが本当のことであると彼にはわかる。
「そうか・・・。そろそろ、お姫様は、王子様の元に戻る時間だ」
 オスカーはフッと寂しげな微笑を浮かべると、今度は彼がアリオスのところにてを引っ張ってゆく。
「よう。お姫様を帰しにきた」
「サンキュ」
 アリオスは、すぐに彼女の手を取り、挑戦的にオスカーを見た。
「あんまり、嫉妬でこのお姫様を困らせるなよ?」
 オスカーは軽いウィンクをアリオスに向け、アリオスもフッと笑ってそれに応える。
「じゃあな」
 オスカーは、二人に一瞥を投げると、彼を待っている女性グループに向かって歩き出した。
 ラストダンスの音楽が、静かに大講堂に流れ始める。
「行こ!」
「ああ」
 アンジェリークに引っ張られるようにして、アリオスはダンスの輪に加わる。
「ラストダンスは、どうしても、アリオスと踊りたかった・・・」
 アンジェリークは、アリオスの胸に体を預けながら、愛しげに呟く。
「なぜ?」
「”ラストダンス”を踊った二人は、神の祝福を受けて幸せになれるって、言われてるから・・・」
 はにかむように呟く彼女が誰よりも愛しくて、狂おしいほど愛しくて、アリオスは彼女を抱きすくめてしまう。
「二人じゃない・・・。三人だろ?」
「そっか。お腹の子供も、一緒に踊ってるものね・・・」
 二人は、最早、ダンスをするというより抱き合う格好になっている。
「ね・・・、ダンスをしている間は、ずっと、私に触れていてね・・・」
「バーカ。言われなくてもそうするぜ? ベットの中でも続きをしてやるよ。”嫉妬に狂った、お預けを食らった狼”がどうなるか、たっぷり、見せてやるぜ?」
「もう・・・、知らない!」
 愛し合う二人には、もう周りが見えない。
 そのまま抱き合うように踊りながら、甘い情熱に身を任せていた----- 
 --FIN--  


コメント
1122のキリ番を踏んでいただいたじゅん様のリクエストの後編でございます。
いかかでしょうかじゅん様。ちゃんとご要望どおりに創作できていますでしょうか?
ご要望どおりに感じていただければ、嬉しいです。
しかし、だらだらと長い上に、ヘボくてすみません。
本編に「オクラホマミキサー」が出てきますが、私、こともあろうか気づくまでずっと、
「オクラホモミキサー」と打ってました、大馬鹿者です。
ちなみにこの作品は、ORIGINAL ANGELの部屋で連載中の「WHERE DO WE GO FROM HERE」の番外編です。
時間の経過は、「WHERE DO WE GO FROM HERE」「EVERY BREATH YOU TAKE」(SWEET)「TOUCH ME WHEN WE’RE DANCING」の順番です。