イツモヨリオマエヲ強ク感ジテイル
ドコニイテモ
イツデモオマエノソバニイルカラ
早ク気ヅイテ
俺ハココニイルカラ
早ク見ツケテ----
「あっ」
まただと亜梨子は思い、つい大きな声を上げた。
突然降って来た亜梨子の声に、彼女の隣にいた麻衣と美紀は、驚いて一斉に彼女を見た。
「またなの…?」
麻衣は眉根を寄せ、不気味がるように亜梨子の顔を眺める。その表情は、幻聴などとんでもないと言いたげだ。
「またやわ」
大きな溜め息を吐きながら、亜梨子は軽く頷頷いてみせた。
最初はただの幻聴に過ぎないと思った。しかし、亜梨子だけに囁かれる言葉が回を増すごとに、不思議な気概感を彼女に与え始めていた。特に今日は、この感覚がいつもより強い感じがする。
「もうすぐ、ライヴが始まるから、ライヴ中に幻聴が聞こえても、変な声を上げないようにね。みんな怒るかもしれないしさ」
「うん」
美紀の注意に、ライヴ初心者の亜梨子は、神妙な面持ちで返事をする。今日は大事な友人のライヴだから気を引き締めずにはいられない。
亜梨子は、この春、大阪の高校から、横浜の名門”港坂大学“に入学した。そこで友人になったのが、坂梨麻衣、斎藤美紀、藤臣零史だった。
仲間である零史が、ベースを担当している大人気インディーズ・バンド、”エンジェル・ウィング“のライヴに皆で押しかけたのだ。
しかし、本当のところは、美紀も麻衣も、“エンジェル・ウィング”の大ファンで、それに亜梨子がおまけで着いて来た、というのが正しかった。
亜梨子は会場を見渡す。
(人気あるんや“エンジェル・ウィング”って。あたしスゴイ人と友達なんやわ。それにしても、この込み具合は、チビスケのあたしには辛いわ)
“エンジェル・ウィング”の人気がある証拠に、狭いライヴハウスの中は定員以上の観客で埋まっており、さながら満員電車のすし詰め状態だった。この動きが取れない中で、十代から二十代の女の子たちの熱気が充満しており、今にも爆発しそうになっている。亜梨子は身体が小さく、細いせいか、この状況はあまり有難い物ではなかった。
彼女にとって、開場を待っている間に、バンドのメンバーのコスプレをしている少女たちを見るのも、“おしくらまんじゅう”状態でライヴを見るのも、初めての経験だった。しかしそれは、珍しくもあり、楽しくもあった。
「人気あるんや“エンジェル・ウィング”」
「そりゃあそうよ! 今日のライヴチケットだって、プラチナペーパーもんよ! あたしたち、いつもチケット取るのに苦労してたけど、ありんこが零史君と友達のおかげで、見れるもん!! ホントありがと!!」
麻衣は熱っぽく亜梨子に語り、その瞳は、情熱と“エンジェル・ウィング”への愛によって、いつもより輝きを増している。
「まぁ、零史君以外のメンバーも、カッコええん?」
「そりゃあ!! 皆美形よ! ツインギターなんだけど、リードギターのカズマは妖艶な魅力がいいし、サイドギターのリョウは大人の魅力で、あたし、一番好き! とにかく美しいの〜!! ベースの零史君は、巷では、艶やかなワイルドさでひょーばん。で、ドラムスのジュンはキュートで食べちゃいたいぐらいなの。でもやっぱり一番人気はヴォーカルのカイね。クールな魅力でゾクゾクする。
あの鳥肌が立つ甘い低い声もサイコーよ!
最も、ファンにもめちゃくちゃ冷たい人だけどね」
いつもクールな美紀だが、“エンジェル・ウィング”を語る時は、情熱が迸り、声がいつもより上ずっている。その表情も本当に幸せそうである。亜梨子そんな二人の解説を熱心に聞いている。
亜梨子は思う。麻衣も美紀も本当に”エンジェル・ウィング“が好きなんだと。あおれが何だか羨ましく思えていた。
会場の照明が落され、オーディエンスはざわめき、彼らの視線はステージに集中する。
「始まるよ! ありんこ!!」
麻衣の囁きに、亜梨子は生唾を飲み込みながら頷く。彼女の身体に、甘い緊張が走り、
興奮が駆け抜ける。
会場に、ギターの甘いフレーズが流れ始めた。
その途端、亜梨子は甘美な旋律を覚える。
(あたしの大好きなラフマニノフの”ラプソディ“をロックにアレンジしている…。なんて、素敵なんやろぉっ!)
青白い光の中、ギターのカズマが静かに登場する。彼は漆黒の髪を艶やかに揺らし、その細く長い指でギターをつま弾く。彼の優美な雰囲気の黒い瞳が、ライトの光を弾き、妖艶な輝きとなってオーディエンスを恍惚とさせる。細いがきちんと鍛えられた肉体に、黒いレザーのジャケットとパンツが纏われ、彼の容姿のセクシーさを際立たせている。
カズマの名を絶叫する少女や、
「押すなよっ!! バカヤロー!」
と、罵声を浴びせる少女たちもいて、亜梨子はカルチャーショックに見舞われた。
(なっ、何なんやろ)
今度は、アコースティック・ギターがそれに重なり、美しいハーモニーを醸し出す。
サイドギターのリョウが、くせのかかった長い髪を優雅に揺らしながら、ステージに現れた。
一瞬、女かと見間違えるほどの美貌と、明らかに男性のそれである色香に、くらくらするファンも少なくない。深紅の唇、優しさと鋭さが交差する視線は、人々の心を甘い疼きに溶かしてゆく。彼の、黒のかっちりとしたスーツを着こなす姿は、一度はその色香に溺れてみたいと思わせるものだった。
リョウには、吐息にも似た、甘い声援の束が降りかかる。
やがて、二連のギターにベースの音が重なる。ベーシスト・レイジが、黒いラフなスーツ姿で登場する。
「レイジーっ!!」
亜梨子たちは、わざと鼓膜が破れるほどの絶叫をし、零史を苦笑させる。
レイジは美しかった。琥珀色の野性的な瞳はとても綺麗で、伸びきった前髪がそこに暗い影を作っている。彼がベースを奏でながら、軽く頭を振ると、ふわりと前髪が揺れ、その形の良い双眸がライトに曝される。そこに浮かんだ冷ややかな微笑が、恐ろしいほど魅力的で、オーディエンスからは溜め息が漏れる。
今度は、ドラムスのジュンがドラムスティックを振り回しながら、温かい笑顔を浮かべながら、登場した。大きな瞳は”可愛い“という表現がぴったりだったし、背が高いわりには華奢な身体からは、とても”ドラマー”には見えなかった。ジュンは、その大きな瞳に浮かぶ人懐っこい笑顔で、オーディエンスを一撃した。まるで女の子のような容姿で、白―スーツを着ている姿はプリンセスそのものだ。ショートのヘアスタイルもよく似合っている。
その彼がドラムセットに着いた瞬間、力強いドラミングを披露し、亜梨子は度肝を抜かれた。
最後に、美しいピアノの調べが、奏でられ始める。
亜梨子は急に足がガクガクと震えるのを感じた。先ほどの甘美な旋律が大きくなり、彼女の身体を波打つ。心臓の鼓動も早くなり、
思わず胸を抑える。
SEのラフマニノフのラプソディを静かに
奏で終わり、ピアノの前に座っていた青年が立ち上がった。
その途端。
「カイーーーー!!!!」
先ほどにも増して、黄色い歓声がライヴハウス中に響き渡る。
ヴォーカルのカイに、スポットが浴びせられ、彼の超然とした姿がステージに浮かび上がった。
亜梨子は息苦しくなり、思わず口をを開ける。その瞳は呆然とカイを見つめることしか、最早出来ないでいる。
カイは完璧だった。
彼は異様に華やかで、光をまつわらせている。身長はゆうに一八五以上はあり、細身ではあったが、筋肉のついた均整の取れた肢体だった。背中は広くて精悍だ。モデルにしてもおかしくない、完璧なプロポーションの持ち主だった。
彼の形の良い切れ長の榛色輝く瞳は、激しさと冷たさが交差し深い影を作っている。筋の通った形のよい鼻、潔癖そうな唇、高い頬に、理想的な額、整った顎のライン。それらを縁取る、襟足が肩までのレッドブラウンの髪。
どれをとっても完璧と言わざるをえない美貌だった。
亜梨子は思わず息を飲み、全身が小刻みに震えるのを感じた。それは、カイの美貌のせいではなく、”寂しさと焦燥“が同居する冷たい眼差しが、彼女の心を掴み上げたからだった。
(誰カヲ探シテイマスカ?)
彼女は大きな瞳を更に開け、彼を見る。
なんだか、彼の心の奥底まで覗き込んだ気がする。
その瞬間、亜梨子の頭の中を閃光が瞬き、右脳に堪えがたい痛みが走った。あまりの痛みに気が遠くなり、思わずうめく。
「う−っ!」
「ちょっとありんこ! 静かにしなさいよ!
いいとこなんだから!」
亜梨子の頭痛を知らない美紀は、囁くように彼女を諌めた。
「あっ…」
その声が合図であったかのように、亜梨子の頭痛は瞬時にして消えた。彼女は何度も頭をかしげ、頭をポンポンと叩いて、にへらと笑った。
「真面目に見ろ!!」
美紀に言われて、亜梨子はその大きな瞳を皿のようにし、耳を澄ませる。
「SO LET‘S GO!」
カイの艶やかな声を合図に、曲が奏で始める。
それと同時に、オーディエンス全体がステージに向かって手を伸ばし、ジャンプを始める。もちろん、美紀も麻衣も例外ではない。
「ちょ、ちょっと!」
亜梨子は、その場でもみくちゃになり、ジャンプをせずにはいられなくなってしまった。
カイの低く艶やかな声が音に乗り、ライヴハウスに響き渡る。
カイの魅惑的な声に、亜梨子は眩暈を覚えた。背中にゾクリとするものが走り、甘美な旋律を呼吸する。酸素がいくらあっても足りない。心臓の鼓動は早くなって行くばかりだ。
「とっ、鳥肌―!!」
彼女にとってカイの声は衝撃だった。
まるで雷が身体に落ちて、その電流が迸る情熱となって前身を駆け巡ったのである。
「カァーイ! 大好きやでー!!」
亜梨子は、先ほどの麻衣と巻けず劣らずの声で叫び、必死になって手を振った。
「ちょっと、亜梨子!」
「ありんこっ!」
麻衣と美紀は恥ずかしくて、必死で亜梨子の暴走を止めようとしたが、彼女は平然としている。
亜梨子のその姿が目に入ったのか、いつもは無表情のカイが、その整った口角を僅かに上げ、冷たい微笑を少し浮かべた。
「いやぁ!! 笑ったわぁ」
亜梨子は興奮のあまり、心臓がそのまま飛び出してしまうのではないかと思った。血液が逆流し、嬉しさが溢れ出すのを感じる。
彼女は全身を小刻みに奮わせながら、その瞳はカイだけを追い、その耳は彼の声だけを聴いていた----
亜梨子の心と同じく、ライヴは大いに盛り上がっていた。
カイはそのよく通る深みのある低い声で、朗々と歌い上げてゆく。青の声は、聴くものを魅了せずに入られない。
この時、亜梨子以外のオーディエンスは気付いていた。彼の声が、何時にも増して力強く、大いなる愛が迸っていること
TO BE CONTINUED
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コメント
「アンジェリーク」のアリオスとアンジェリークをイメージモデルにしたオリジナル創作です。
ここから,事態が急展開してゆきますので、宜しくお願いします。
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