「あんためっさ可愛いなあ〜、俺とつきあわヘン!?」 「え!?」 アンジェリークが振り返ると、そこには少し軽そうだがとても素敵な青年が立っていた。 「ホンマ、俺はお買い得やで〜」 唖然と見つめる彼女に、彼は、甘い微笑を浮かべてみている。 「あの…、私、急ぎますから…」 足早に彼女が歩き始めると、青年は懲りずについてくる。 「なあ、どっかいこうな? おごるから」 「あなたと遊んでる暇はありません」 アンジェリークは不機嫌そうに言い、さらに歩く速度を速めた。 「なんや、そんな顔したら、せっかくの可愛い顔も台無しやで〜」 「ほっといてください!」 「何怒ってんのや? 彼氏にすっぽかされたんか?」 その一言に、アンジェリークの足はぴたりと止まる。 彼氏にすっぽかされた。 まさにその通りだった。 夫であるレヴィアスと映画を観に行く約束をしていたのだが、二時間たっても約束の場所には現れなかった。 携帯に電話をしてみると留守番電話で、友人の恋人であるレヴィアスの同僚に確認を取ったところ、急患が入ってしまい、オペをしている最中なのだという。 彼女は肩を落とすと、そのまま映画を一人で観に行くことにしたのだ。 映画は、前から彼女が楽しみにしていたコメディ映画で、レヴィアスは余り観ないが、妻の為に付き合ってくれると、言ってくれたのだ。 「あなたには関係ないでしょ」 「きっつ〜」 ご機嫌ななめなアンジェリークは、再びすたすたと映画館に向かって歩いてゆく。 ああいう、ナンパな男の人って嫌い…。 そのてんレヴィアスはそんなことないもの… 「なあ、映画に行くん?」 「ナイショ」 どこまでもついてくる青年に、アンジェリークは困ってしまう。 「あのね!」 立ち止まって振り向くと、彼女は左手の指をしっかりと青年に掲げた。 「私、これでも結婚してます! ほかの方にあたってください、ね?」 青年は驚いた様子で、アンジェリークの左手に燦然と輝くマリッジリングを見つめる。 それも食入るように。 「あ〜、結婚してんのか〜。こりゃすまんことしてしもうたわ。ごめんな〜」 本当に、すまなさそうに青年は眉尻を下げ、手で謝罪のポーズをする。 「堪忍な?」 「…はい。じゃあ、私、急ぎますから」 軽く笑顔で会釈うぃオすると、アンジェリークは再び歩き始める。 「急ぐって?」 「あ、映画が始まるから…」 「そうなんや」 ”もう追いかけない” アンジェリークは彼の言葉を一応はこう捕らえていたのだが、青年はついてくることを止めない。 「どうして後についてくるんですか?」 「いや〜、俺も映画観とうなってな?」 アンジェリークは困惑気味に青年を見た。 「あ、ちゃうで! ちゃう、ちゃう!! マジでな? ほら〜、俺こう見えても映画好きでな? コメディもんなんかめっさ好きなんやわ。今日もな、チンク主演の”ミス・ビーン”を見ようかな〜て、思おとったんやわ」 青年は一生懸命否定する。 その必死な姿に、アンジェリークはようやく微笑んだ。 「私も同じ映画を見る予定だったんです」 「旦那とやろ?」 「ええ」 「やったら、旦那の席はちゃ〜んと空けといたるさかいな〜」 「へ?」 驚いたのはもう遅くて。 二人はそのまま更新するかのように、一列で映画館に向かった。 入るのも別々で、席も、隣同士ではなくて、アンジェリークが目で、青年が後ろだった。 「あ、ポップコーンとコーラ買うてきたから、食べて飲み?」 「あ、スミマセン…」 遠慮がちに受け取る少女に、青年は苦笑する。 「何や、そんなんであんたを釣ろうとは思わんで? まあ、一緒に映画を見ることになったんで、ちょっと挨拶代わりや。あ、心配せんでええで? それで俺は破産なんかせえへんし、ヘンな薬も入ってへんし」 「はい」 青年の話は、どこか和ませてくれて、彼女はくすりと笑ってしまった。 「あ、そうやで! 女の子は笑ったんが一番やで? 旦那もそのほうが喜びよるわ」 「はい!」 「ええ返事や」 うん、うん、と何度も頷きながら青年は満足そうに言う。 ホントに裏表の内容に思える。 「そうや? 俺の名前はチャーリーいうねんけど? あんさんは?」 「----アンジェリーク…」 「天使ちゃんか〜」 不意に、映画の始まりを告げるアナウンスが鳴り響く。 「あ、こうしちゃおれんわ! 俺映画に集中するからな?」 「はい」 二人はスクリーンに集中し、会話は知れ出終わってしまった。 映画は申し分なく面白かった。 だが、途中で、アンジェリークは何度も空いている隣の席を見つめた。 レヴィアスが側にいてくれたら名な…。 もっと楽しかったのに… ようやく映画fが終りアンジェリークはシートから立ち上がる。 するとそこには先ほどの青年がいて。 「映画館の入り口まで一緒しよ? 今日逢うたんも何かの縁やし、な?」 「そうですね」 せめて映画館を出るまでという、チャーリーの意見を受け入れると、二人は、映画の話をしながら、暫しの時間を楽しんだ。・ ------------------------------------------ 遅いな…、アンジェ… ”もったいないから一人で映画を観る” このようなメールを受け取ったレヴィアスは、映画館の前で、今や遅しと妻を待っていた。 今日のお詫びにと、どこかに夕食に連れて行こうと思いながら。 時計を彼はちらりと見る。 もうすぐだな… 妻の姿を認めたとき、レヴィアスは思わず声をかけた。 「アンジェ!!」 その声を掛けられたとき。 彼女はチャーリーと楽しそうに話している最中だった。 アンジェ…!!!! レヴィアスの異色な眼差しは俄かに嫉妬心が剥き出しになり、冷たい炎が燃え上がってゆく。 その気配に気がついたのか、アンジェリークははっとしテレヴィアスがいる方向に振り向いた。 「レヴィアス!」 声をかけて、駆け寄ろうとしたとき、彼の怒りが後ろにいたチャーリーに向いていることに、気がついた。 何もしてはいないが、何か後ろめたい気分に、アンジェリークはなる。 「お楽しみなようだな? アンジェリーク」 その声は低く、彼女の心を刺すようにえぐる。 「違うの!! たまたま一緒になって、映画のお話をしただけ」 慌てて否定をしても、レヴィアスには届かない。 「だったら、おまえは、逢ったばかりのもの全てと仲がよさそうに話すのか?」 「違うわ!!」 彼女は栗色の髪を何度も吸って否定し、縋るように彼を見つめる。 重い沈黙が二人を覆い尽くす。 「あ〜。あの〜。お二人さん、俺、帰るさかいな? 早々、旦那さん、このこと俺は何もないで〜。ホンマに〜」 チャーリーはホントにすまなそうに言うと、ここは、二人にさせたほうがいいと思って、早々に立ち去ることにした。 チャーリーが何もないといってくれたものの、レヴィ明日の眉間からはしわが取れない。 「ホントに、ただおしゃべりしただけなの!!」 「だったら、なぜそんな表情をする?」 フッと自嘲気味に微笑むと、レヴィアスは燃え盛るような眼差しをアンジェリークに向けた。 「後ろめたいことがあるからじゃないのか!?」 「そんなことない!!」 「そんなに他の男がよければ、とっとと行け!」 その言葉に、アンジェリークの大きな瞳から大粒の涙が零れ落ちる…。 彼女の胸から出た血のようなものだった。 「----もう…、私なんか…、いないほうがいいよね…」 華奢な肩が震える。 その声にレヴィアスははっとする。 言ってはいけないことを行ってしまったかもしれない… 手を伸ばそうとして、アンジェリークはそれを跳ね除ける。 「判ったわ! もう! レヴィアスなんか知らない!!!!」 そのままアンジェリークは勢いをつけて走っていく。 アンジェ… レヴィアスはこれほど後悔したことはなかった…。 |
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