How To Steal A Million

Steal5

 いよいよ、エレミア美術館での決行の日となった。
 アンジェリークの足はと言えば、あまり調子が良さそうにない。
 だが、この数日、アリオスは毎日通って、時間が許す限り、そばにいてくれた。
 彼女にとってはそれが何よりも”クスリ”になる。

 アリオスがいれば、何だって出来るし、嬉しい・・・。

「今日も来たぜ?」
「アリオス!」
 アリオスが来たときだけは、レイチェルは奥のリビングに通してくれるようになった。
 ふたりのアツアツぶりに当てられている、と言えば、その通りになるのだが。
「あっ、いらっしゃいませ、アリオス警視」
 エルンストが奥から出てきたので、アリオスは驚いてしまう。
「おまえ、どうしてここでくつろいでいるんだ?」
「ここは私の家ですから、ご遠慮なく」
「レイチェルの旦那さんなの」
 耳うちされて、アリオスはなるほどとばかりに頷いた。
「今日は公休か?」
「ええ。警視も今夜の捕物にご参加されるのでしょう? がんばってください」
 エルンストは相変わらず感情がなさそうに言うと、店に出ていく。
「あ、そうそうICPOは・・・」
「捜査権がない・・・、だろ」
 言われる前に、アリオスはぴしりと言い放った。
「その通りです。安心いたしました」
 エルンストは、何やら意味の含んでいそうな笑みを浮かべると、レイチェルの手伝いに店に出ていった。
「ったく・・・」
 溜め息を吐いた後、彼は、ソファに腰をかけるアンジェリークの横にそっと腰掛けた。
「アリオス・・・」
 横に座るなり、ぎゅっと抱き締めてくる彼の胸に身体を預けながら、彼女は、たっぷりと甘える。
「エルンストがレイチェルのね・・・。お似合いだな」
「でしょう?」
「まあ、俺たちほどじゃねえけどな?」
「もう・・・」
 アンジェリークははにかむと、アリオスの胸に顔を埋めてしまった。
 丁度、レイチェルとエルンストが二人のために、ランチを運ぼうとドアを開けたところで。
「あっ・・・」
 ふたりの顔を見るなり、アンジェリークは恥ずかしくなってしまい、離れようとしたが、逆にアリオスにぎゅっと抱き締められてしまった。
「ラ、ランチです」
 エルンストはほんの少し顔を赤らめながら、ランチを机の上に置き、レイチェルもしょうがないとばかりにランチを置く。
「うらやましいか?」
 勝ち誇ったように言うアリオスに、腕の中にいるアンジェリークはそれこそ火が出るほど恥ずかしかった。
「もう。このバカップルは! さっさと食べて!」
 レイチェルは冷静に対処していたが、堅物エルンストはそういううわけにはいかなかったようだ。
「じゃあごゆっくり」
 ふたりの熱にあてられて、エルンストたちが部屋を出た後、二人だけのランチタイムが始まった。
 そばにいるだけで、お互いが幸せを感じる。
 食事が終わり、アリオスは立ち上がった。
「アンジェ、俺たちもエルンストとレイチェルみたいになれればいいな?」
 そう言いながら、アリオスは軽くアンジェリークの唇を奪った。
「あっ・・・」
 甘い囁きと言葉に心を乱される。
 アンジェリークは潤んだまなざしをアリオスに向けた。
「おまじないだアンジェ」
「アリオス・・・」
「じゃあな」
 アリオスは手を上げると、静かに部屋から出ていく。
 その後ろ姿を切ない気分で見送ることしか出来ないでいた。

 アリオス、さっきのキスとその意味は何?
  ねえ? あなたはやっぱり、全てのことに気が付いているのね? アリオス・・・。

 今夜で全て決着が着く・・・。俺の心はもう決まっている・・・。




 夜が更けた。
 アンジェリークは足にテーピングをして、車の中でスタンバイをする。
「アンジェ、しっかりね?」
「うん、頑張るわ」
 アンジェリークは、エルンストのデータの元、エレミア美術館に侵入をした。
 警備の隙を突いて、大胆不敵にも警察の機材搬入トラックに忍び込んだ。
 機材というのは、天使の涙を素早く追いかけることが出来ようにと真似たグライダーなどである。
 彼女は、大きな荷物の隙に身体を忍び込ませた。
 
 これもエルンストさんのお陰かな?

 門を潜り、彼女は様子を伺った後に、音も立てずにトラックから飛び降り、外に出た。

ここからだわ・・・。

 やはりここでもレイチェル作の秘密兵器を使い、窓の一部を音を立てずに綺麗に穴をあけ、中に侵入した。
 いつものようにトランシーバーでレイチェルが指示をくれる。
「時間は30秒しかないわ。慎重にね?」
 声を出すことは出来ないが、アンジェリークは頷いた。
 監視カメラにはいつものように同じ正常時の影像を送るように機械を投げる。
 その間にターゲットの絵画に向かった。
 トリックは用意している。
 アンジェリークは手元にあるスイッチを押し、ターゲットに向かって、投げた。
 一瞬、誰もがよい心地になる。
 ふんわりとした後、言い様のない幸福感に包まれながら、その場でバ束Tらと倒れ始めた。
 アンジェリークが投げたのは睡眠ガス。
 しかも2分後には目覚めてしまうのだ。
 彼女はもう一つ沿おう地を取り出し、素早くそれを床に置く。
 すると立体映像が現れて直ぐに絵が在るように見えた。
 シール型の上、床と同じ色をしてるので判らない。
 その間にアンジェリークは警報装置を潜り抜け、見事に絵を装置から手早く離した。
「後60秒」
「OK」
 彼女は絵を持つと今度はそのまま先に進み、事務所の裏口を目指した。

 1分後-------
 アンジェリークが過ぎ去って直ぐ、警備員たちは目覚めた。
 うとうとしていた気もするが、時計を見ると時間は進んでいないし、目の前には絵もある。
 誰も何も起っていないと思っていた。
 次の瞬間。
 タイミングよく、ガラスが割られる音が美術館内に響いた。
 外回りの誰もが、そこに現れたと重い音の方向に走っていく。
 音はレイチェルがボールを投げ入れてガラスを割ったもの。
 それを目指して捜査員はおとりとも知らずに走り出した。
 ただ一人を残して-------
 アリオスである。

 おかしい・・・・
 これは罠かも知れねえ!

 彼一人反対方向に走っていった。


 その頃アンジェリ−クは警備が全くなくなった裏門に出てそこから美術館の外に出たところだった。
 リックにしょっていたローラースケートを足につけ、公園まで走ろうとした。
「・・・っ!!」
 やはり無理がたたったのか、足に激痛が走った。
「------そこまでだ。天使の涙」
 その声には聞き覚えがある。
 アリオス、その人だった。
「その足じゃあ、これ以上進めねえだろう?------アンジェリーク」
 確信を込められた一言だった。
 アンジェリークは身体を一瞬だけひるませたが、そのまま立ち去ろうとした。
「待て!」
 素早くアリオスに手を捕まれて、アンジェリークはバランスを崩した。
「・・・つ」
 そのまま彼女は崩れ落ち、足首を庇うようにして蹲る。
 その瞬間、見事にアリオスに仮面をはがされてしまった。
「アンジェ…」
 そこには大きな青緑の瞳があり、アリオスは直ぐにアンジェリークであることが判った。
「------この絵は、私の子供の頃の絵なの…。
 如何しても手に入れたかった・・。
 今までのコレクションは、全て、失踪した私とレイチェルの育ての親が所有していたものなの・・・。
 彼らの行方を捜すのに、この絵は欠かせなかった…。
 そうすれば、私たちと同じホームの子供たちが救われるから・・・」
 素直にアンジェリークはうなだれながら、真実を始めてアリオスに話した。
 最初から判っていたこと------
 アリオスはそうおもった。
 やもえぬ理由がない限りは、彼女が盗みを働くはずはないと。
 アリオスは何かを吹っ切るかのようにフッと笑うと、アンジェリークの身体を抱き上げた。
「------アンジェ、今、俺の所属はICPOだ…。
 したがって捜査権も、逮捕権もねえ」
「アリオス…」
「-------仲間にしてくれ?
 エルンストのように」
 アンジェリークは信じられなかった。
 彼が仲間になってくれるなんて。
 嬉しさがこみ上げてきて、彼女は泣きそうになる。
 他声を上げることが出来ないので、アンジェリークはただアリオスに頷いてみせた。
「サンキュ」
 軽くキスを下後、アリオスはアンジェリークを一旦下ろすと、引き締まった表情で見つめる。
「俺たちの最初の共同作業はここから離れることだ」
「うん」
「俺がおまえをおぶるから、おまえは絵をちゃんと持って置け」
 アンジェリークが頷いたので、アリオスは彼女のローラースケートを早速脚につけ、彼女をおんぶする。
「行くぜ!」
「うん」
 そのまま2人は闇に駆け抜けていった-------
「エルンストとレイチェルには?」
「大丈夫!
 私に発信機ついてるから、今のこと筒抜け…」
「だろうな…」
 2人の視界には、レイチェルとエルンストがいる車が目にはいってきた。
 暗闇の死角。
 そこでローラースケートを脱いで、車へと乗り込んだ。
「アリオス警視、今日からアナタは私と同じ、天使の涙に無関係のICPOです」
「ああ」
 声を掛けてきたエルンストに、アリオスはしっかりと頷く。
「いいの?」
 アンジェリークは、彼がいつも誇りにしていた刑事の仕事を奪ってしまうのではないかと、切なそうな顔をした。
「バーカ?
 俺は最高のものを手に入れたんだからな? 何よりも価値のある、たとえ100万ドルの価値をする美術分よりも価値のある、おまえだ------」
「あっ・・・」
 そのままアリオスは奪うようにキスをする。
「あなたももう充分資格はあるわ?」
「何が?」
「-----だって私のハートを盗んだじゃない?」
 アリオスはその甘い言葉が嬉しくて更にキスをしてくる。
 バックシートで繰り返される甘い世界に、レイチェルとエルンストはみて見ぬふりをするしかなかった---------



 天使の涙は今日も巷でその名を轟かせている。
 その正体が、ICPOに所属する二人の夫を含めた、二組もの夫婦でなっていることは、誰も知らない。
 今日もまた、天才的な盗みのテクニックが巷を騒がせている-------      

コメント

100001番のキリ番を踏まれたDAI様のリクエストです。
アリオスはICPOの刑事。
へぼくて済みませんです。
 なのに今回で完結。
DAI様ごめんなさいでス・・・。

マエ  INDEX