Sweet Valentine

7

 もう何もする気が起きなくて、アンジェリークはぼんやりとしていた。
その上、今朝は無理をして走ったせいか、足が痛んでしょうがない。

 バカだな、私・・・。
 あんな素敵な男性だもの、恋人のひとりやふたりはいるはずだもん。
 なのに、私がいいきになっていた・・・。
 恋人がいないって思ってた…。
 自分がそこの地位につけるとすら思ってた・・・。

 何かを考えようとしても何も浮かばない。
 鞄の中には完成間近の腹巻きが切なそうに眠っていた。

 昼休み、いつもと違って元気のないアンジェリークを、レイチェルは心配になって覗き込む。
「どうしたの、アンジェ・・・?」
 アンジェリークは、しばらくお弁当箱を眺めながら、じっとしている。
 今日、アリオスに渡すはずだったお弁当と同じメニュー。
 気にいっていたアルミのお弁当箱は、どこかに落としてきてしまった。
 これもまた辛くてしょうがない。
「アンジェ?」
 レイチェルが優しく呼び掛けると、アンジェリークは急にしくしくと泣き始めた。
 レイチェルの優しい眼差しを見てしまうと、緊張が一気に消えていく。
「・・・どうしたの!?」
 これにはレイチェルも度肝を抜かれた。
「・・・失恋しちゃった・・・」
 最後の言葉はもう消え入りそうになっている。
「アンジェ・・・」
「・・・腹巻き、無駄になっちゃった・・・」
 胸を引きつらせながら、彼女は何とか話せるような状態だった。
「ねぇ、まだ決定的なわけじゃないじゃん!? だったら、ウ゛ァレンタインに腹巻き渡そうよ! それで確かめればいいじゃない!!」
 レイチェルは、親友だからこそアンジェリークを力強く励ます。
 それがアンジェリークを素直な気持ちにさせた。
「・・・だって、決定的瞬間を見たもの・・・」
「決定的瞬間って・・・?」
「・・・アリオスさんが女の人を抱き締めてた・・・」
 言葉を濁すかのように、アンジェリークはそれ以上のことを言えやしない。
「アンジェ・・・」
 誰よりも純粋な心を持つアンジェリークに、レイチェルは愛しげに目を細めた。
「アンジェ、それは”誤解”かもしれないじゃん?」
「レイチェル」
 そう言われると、かなり気分は楽になる。
「ガンバって、腹巻きを完成させて、ウ゛ァレンタインに上げなよ。ね? 上手く行けばそれでいいし、そのほうがスッキリするじゃん?」
 確かにレイチェルの言う通りだと思う。
 切なくて胸がきりきり痛むが、今までのお礼を込めて、腹巻を渡したい気分になる。
「うん・・・。判った。お礼も兼ねて渡すわ」
「それがいいよ」
 アンジェリークはしっかりと頷くと、少しだけ笑った。

 そのころ。
 ようやく待望の昼食時間になり、アリオスはお弁当箱を広げた。
「ひでー寄り弁」
 苦笑しながら呟くと、それを食べ始める。
 アンジェリークが落としたものの、きちんと袋に入れてあり、しかもナプキンにしっかりと包まれていた上に、ゴムバンドで蓋をしっかりと閉めていたので、中身は無事だった。

 見られちまったのは消せられねえが、誤解を解くことは出来るはずだから・・・。

 寄った中身は良くないが、味は抜群に美味しい。
 串カツを食べに行ったときに出たものを、上手くアレンジしているのが好ましい。
 アリオスは、幸せな気分になるのと同時に、少しもやもやとした気分にもなった。

 俺はおまえと決めた以上は絶対に放さない。
 誤解を解いておまえを自分のものにする・・・。

 アリオスは、自分の心に深くそう刻み付けていた。

 ある程度予想は付いていたが、やはりアンジェリークは現れなかった。
 それが数日続くと、やはりアリオスも恋する男で、参ってしまうところもある。
 最初は彼女の気持ちが落ち着くまでと思っていたが、段々そうはいかなくなる。
 彼女のことばかりを考えてしまう。いくら、彼が切れ者であるといっても、本当の恋をしてしまえば、また別の話だ。
 あの笑顔とお弁当がないことは、かなりのダメージになっていた。

 ウ゛ァレンタインを目指して、アンジェリークは腹巻きをしっかりと編んでいく。
 意地を張ることで、アリオスと逢えなくなった、切ない思いをそれにしっかりとぶつかった。
「出来た!!!」
 腹巻きを編み終わると、思わず歓声をあげる。
 逢えなくなった思いをそこに全て注ぎ込んだのだ。
「よかった〜」
 アリオスに今までの思いをこの腹巻きに乗せてプレゼントをするのだ。
 足のけがもすっかりよくなり、このままにしておくわけにもいかないからだ。
 それに明日はウ゛ァレンタインデーだから、告白も許されるだろう。
 編み終わった腹巻きは、綺麗に手洗いをして、丁寧に干した。

 明日はきちんとお礼が言えますように・・・。

 人知を尽くして天命を待つ------
 今はそんな気分の、アンジェリークだった。


 当日は、朝から落ち着かない。
 切なくて、苦しくて堪らなくなる。
 アンジェリークは、自分の思いの深さを感じては、泣きそうになるのだった。
 授業が全て終わり、彼女はとぼとぼと工事現場に向かう。
 ひどく緊張してしまい、足がロボットのようにぎこちなく動く。
 極度の緊張からか、何度も大きな深呼吸もした。
 ようやく工事現場まで来たものの、どうしようかと落ち着かずにその前も何往復もうろうろとしてしまう。
「どうしたのです?」
 いきなり背中を叩かれて、アンジェリークはびくりと躰を跳ね上げさせる。
「あっ!?」
 振り向いて更に驚いた。
 そこにいたのは、アリオスと抱き合っていた、あの女性だったのだ。
「どうかしたの? あなたは毎朝、アリオスにお弁当を差し入れてくれるコよね?」
「あ、あの…」
 笑顔で話す女性に、アンジェリークは今にも泣き出したくなるほど萎縮している。
「待ってるわよ? あなたのことをずっと首を長くしてね? 行っておあげなさい?」
「…でも、あなたとアリオスさんが抱き合ってた・・・」
 アンジェリークが小さな声で切なそうに言えば、途端に女性は笑い出した。
「見てたのね。あれはちょっとした誤解よ?」
「誤解?」
「私のダンナがここの工事現場で働いているんだけれど、仕事に来る前に軽く跳ねられてしまったの…。
 それで動転して抱きついちゃったわけなの。軽いけがで済んだから、今日も、一生懸命働いてるわ」
 そういって、女性は視線を現場に向ける。
 そこには現場ジャンとくとして、バリバリ仕事をしている男性がいた。
 彼女の眼差しを見ていれば、どれだけ相手を愛しているのが、アンジェリークにもわかるような気がする。
「私もこの現場に関わってる、仕出屋に勤めてるから、こうやって、いつも様子見に来てるの」

 アリオスさん…っ!!
 私がカン違いしたばっかりに・・・!!!!

 誤解の余り、自分がしたことを思うと、今度は本当に涙がこぼれてきた。
「-----ほら? 思っているよりも、行動に移してご覧よ? きっと素敵なことが待っているから!」
 背中をぽんと叩かれると、アンジェリークは勇気がわいてくる。
「はい!! どうもありがとう!!」
「ほら、事務所の前で待ってるみたいよ?」
 プレハブの事務所の前を見つめると、そこにはアリオスが立っているのが見えた。
「アリオスさんっ!!!」
 もうゴールは目の前に見えている。
 逞しくて広い胸に後は飛び込んでしまえばいい。
「アンジェ!」
 飛び込んでいけば、アリオスはちゃんと抱きとめてくれた。
 しっかりと抱きしめられて、アンジェリークはその甘さに喘ぐ。
「あ、アリオスさん…。渡したいものがあるの…」
 甘えたような声で自然にいうと、彼が僅かに腕の力を緩めてくれた。
「今までどうも有り難う・・・。あの、その…。使ってくださいっ!!」
 もじもじとして肝心な一言が言えない。
 だが、アリオスは甘く微笑むとそれを受け取ってくれた。
「サンキュ。あけていいか?」
「…はい…」
 アリオスは、アンジェリークから一旦腕を放すと、ラッピングされた包みをきれいに紐解く。
 それを見ていると、アンジェリークはかなりドキドキとしていくのを感じた。
 出てきたのは、紫のラメの毛糸で編まれた腹巻。
 丁度今の時期には無くてはならない温かなものだ。
「サンキュ…。させてもらうぜ。おまえの手作り、きっと温かいだろうな」
 アリオスは甘く微笑むと、アンジェリークを抱きしめた。
「-----愛してる」
「…!!!!」
 いきなり降ってきた言葉と、触れるような甘いキスにアンジェリークは息を甘く荒げる。
「…アリオスさんっ! 私も大好き!!!」
 彼に告白をされたことで、先ほどまでいえなかった言葉が素直に口についた。
「ヴァレンタインは、何も女が男に告白する日じゃねえ。
 男から告ってもかまわない日なんだぜ・・・?」
 嬉しくて堪らなくて、アンジェリークは泣きながらアリオスを見つめる。
 彼はとびきりの微笑を浮かべると、再び、甘い甘いキスをアンジェリークに送った------

 冬の空は澄んだ水色。
 私のはハートは工事完了-----

HAPPY END


コメント

そのタイトルどおり、ヴァレンタイン創作をお届けします。
またまたぼけボケアンジェと、頭の切れる男アリオスのお話です。

ようやく完結しました。
皆様が幸せな気持ちになると嬉しいです。
Happy Vallentine!!



マエ モドル