Sweet Valentine

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 小さなときから、ずっと騎士様を待っていました・・・。
 童話で読んだ、戦う凛々しい騎士様------
 王子様なんかよりも、ずっと、ずっと頼りになる、素敵な男性--------
 いつかドラマティックに私の前に現れてくれると、ずっと信じている------

 アンジェリークは、いつものように、通学路を一生懸命歩いていた。
 今日は親友のレイチェルが委員会なので、彼女は一人である。
 お惚け娘ぶりを発揮して、もちろんぼんやりと、"騎士様”のことを考えながら歩いている。
 子供の頃から、ひとりで考えるのは”騎士”さまのこと。
 このせいで、彼女に振られた男たちがあまたといることを、自身は全くといっていいほど気がつかなかった。
 親友のレイチェルも、”この思い込みさえなければとっくにカレシは出来ている”と踏んでいる。

 いつ出会うのかな〜。
 ”騎士様”、アンジェはもう17歳ですよ〜。

 今日もまた、まだ見ぬ騎士様に心で叫ぶ17歳の乙女であった。
 当然考え事をしているので、周りの何も見えない。
「おい、危ないっ!!」
「・・・え! きゃあっ!!」
 いきなり声をかけられて、振り返ろうとしても、もう後の祭り。
 アンジェリークは、そのまま勢いよくバランスを崩し、崩れていく。

 いきなり言われたって、もう遅いわよ!!!

 そのまま彼女は目に星を感じた。
「いたたたっ…!!」
 見事についたしりもち。
 まわりを見れば、そこはどこだと直ぐにわかった。
 穴の中・・・。
 しかもかなり大きな穴である。
「おい、大丈夫か?」
 先程、直前に注意をくれた声が聞こえて、アンジェリークが上を見上げると、背の高い青年が、降りてきてくれる。
 彼の身のこなしは凄くて、アンジェリークは思わず見惚れる。
 飛び降りた瞬間に、銀の髪が甘やかに揺れて、まぶしい朝日を弾いてる。
 その姿は、夢を見た”騎士”さまに見えなくもない。
 豊かな身長を持つ肢体も、細身だがしっかりと鍛えられている印象がある。
 青年は作業ブルゾンにネクタイ、しかも黄色いヘルメットといった、完全なる”土方ファッション”だった。
 しかし、どんなスタイルであろうと、アンジェリークには関係ない。
 本当に、童話に出て来た”騎士様”そのものに見える。

 本当に、騎士様そのものだわ・・・。

 うっとりと見つめている彼女に、青年は怪訝そうな表情を浮かべる。
「おい、腰を強く打ってるってことはないだろうな?」
「大丈夫です」
 青年が手を差し伸べてくれた瞬間、アンジェリークの妄想の中では、既に”土方ファッション”が、騎士の甲冑に変わってしまっている。
 もちろん、自分はちゃっかりとお姫様である。
 彼女は青年の手をしっかりと取って、立ち上がると、少し足に痛みが走った。
「…っ!」
「どうした?」
「足首が痛くて…」
 先程までは全く気が行かなかったが、かなりの痛みを伴っている。
 上を見れば結構な深さだったので、恐らく、落ちたときに足を捻ってしまったのだろう。
「どれ、見せてみろ」
「…はい…」
 青年はそのままかがんで、アンジェリークの足に触れる。
 それだけでも胸がひどくどきどきとする。
「・・・痛いっ!!」
  流石に、青年が左足首を握ったとき、痛みで泣きそうになってしまい、思わず声を上げた。
「すまねえ。痛かったか?」
「…あ、ちょっと」
「そうか」
 よく見ると青年の瞳は、左右色が違っている。
 翡翠と黄金------
 その神秘的な瞳の色に、アンジェリークは更に魅せられていく。
「上に戻って、とりあえず応急手当だけでもしねえとな…。
 -----しかし」
 彼はそこで言葉を切ると、少しおかしそうに呟く。
「工事現場のボーリングしている穴に落ちたのは、あんたが始めてだぜ? 少なくとも、俺が知っている限りでは…」
 青年はおかしそうにアンジェリークを見つめ、憎らしいほど素敵な笑みを浮かべた。
「まあ、普通は・・・、”立ち入り禁止”って、ちゃんと書いてあって、しかも、工事用の柵があれば乗り越えてこないがな」
「…すみません…」
 これには素直に謝るしかなかった。
 大体、彼女が周りを全く見ずに、”騎士様”のことを考えていたのが、主な原因なのだから。
「おい、ロープを下ろしてきてくれ!」
「あい」
 青年が言うと、直ぐにロープがするすると下ろされてくる。
 彼はそれを直ぐに手に取ると、自分の腰に巻きつけた。
「おまえさんは軽そうだからな。片手で十分だ」
「え?」
 息を呑んだときには、もう遅かった。
 青年の力強い腕にそのまま引き寄せられてしまう。
「あっ…」
 その逞しくも意外にがっちりした腕と、男らしい腕の力に、アンジェリークは甘く息を乱した。
「少し我慢してくれ? 上に上がるまでの辛抱だ」
「…はい」
 そう言われるものの、胸は激しい高まりを見せ、どうしようもない。
 僅かに震えてすらいる。

 どうか・・・、神様。
 私の心がこんなにドキドキしていることを、騎士様に知られませんように…!!!

 心から祈りながら、アンジェリークは青年にしがみついた。
 彼女の愛らしい震えを敏感に察し、彼は甘い微笑を浮かべる。

 流石はお嬢様学校の生徒だな…?

 アンジェリークがしっかりとつかまると、青年は彼女の躰を腕一本で支えて、上に上がり始める。
「・・・すみません・・・。私重いのに…」
「おまえさんは、全く重くないぜ?」
「…有り難うございます・・・」
 何で礼を言ったのか、アンジェリーク自身も全く判らないままだった。
 青年がゆっくりと地上に上がってくれる。
 逞しくて、頼りになる腕の中にしっかりと包まれると、安堵と胸のときめきが渦を巻いている。
 僅かの時間であったが、青年の腕の中は、とても温かくて、”我が家”に帰った気分にすらなるのであった。
 上まで上がりきると、青年は一旦アンジェリークから躰を離す。
 その瞬間、なぜだか名残惜しい溜息が彼女の口についた。
 上について、青年が先程言ったことが真実であるということを初めて気がついた。
 彼女はマンションの造成地に、入り込んでいたのだ。
 考えるだけで本当に恥ずかしかった。
「ちょっと待ってろ? 直ぐに手当てしてやるから」
「・・・はい」
 アンジェリークはまるで少女のように、恥ずかしそうに俯きながら、じっと青年の様子を眺めている。
 彼は、腰に巻きつけたロープをたくみに解いてかかる。
 通称”ドカジャン”と呼ばれるブルゾンのしたには、作業服そこからネクタイがチラリと見えている。
 いつものアンジェリークなら、とてもじゃないが”カッコいい”と思わないスタイルを、今は、心からファッショナブルだと思っていた。
「ほら、事務所に行くぜ?」
「あ、きゃあっ!」
 そんなことは想像なんてしていなかった。
 いきなり青年に抱き上げられたのである。
 これには本当に恥ずかしくてしょうがなかった。
「あ、あの…」
 真っ赤になりながら、抗議らしい抗議をアンジェリークはすることが出来やしない。
「-----その足だったら、歩けねえだろ? 応急手当てしたら、直ぐに病院にいくぜ?」
「はい・・・」
 事務所まで、軽々しく運ばれ、アンジェリークはすっかり頭がぼんやりとしていた。
 それは熱ではなく、恋の熱に冒されていたからであった。
 事務所は、プレハブ2階建て。
 ストーブなども入っていてとても温かい。
 ハーブティだとかしゃれたものは一切ないが、緑茶を出してくれたので、それを遠慮なく頂きことにした。
「あったかい・・・」
「それで躰をあたためておけ? その間に手当てをするから」
「ア、はい・・・。きゃっ!」
 青年はアンジェリークの靴と靴下を脱がせて、直ぐにその様子を見る。
「腫れてるな…。ちょっとひどいかもしれねえな・・・」
 彼は真摯に言うと、足に応急的にシップと、包帯を巻いてくれた。
 手当てを受けている間も妙に恥ずかしい。
 アンジェリークは躰がほんのりと熱くなるのを感じた。

 これはお茶のせいだから・・・。

 温かなお茶のせいにした、恋のせいには、まだしたくはなかった-------


 応急手当が済んだ後、アンジェリークは青年の車に乗せられて、病院に向かった。
 普通の作業車だと思っていたが、意外や意外、シルバーメタリックのスポーツカーである。
 青年が運転するのをちらちらと横目で眺めながら、アンジェリーク浜かkになる。
 決して、彼とは視線を合わそうとはせずに、あくまでも『チラリズム』だった------

 病院での診断の結果、アンジェリークは捻挫だった。
 しかも少し重度のものなので、当分の間は病院に通わなければならないとのことだった。
 診察の間も、見守るように傍についていてくれた青年が、アンジェリークはことのほか嬉しくて、不安にならずに済む。
 だがけがに関しては、自業自得とは全くこのことを言うこと、彼女は骨身にしみて感じた。
 家に送ってもらうときも、何だがふわふわとした気持ちで車に乗り込む。
「すまなかったな? 改めて謝罪をきちんとさせてもらう。医療費、その他はうちの会社で持つから」
「そんな!! 私が勝手に工事現場にはいって、けがをしたのに、そこまで気を遣っていただくなんて・・・」
 本当に恐縮するばかりで、アンジェリークは小さな躰を更に縮めながら言う。
「とにかく改めてご家族にご挨拶はするが、今日も一応な」
「すみません…」
 落ち度がないのにも拘らず、きちんと対応してくれる青年に、益々好意を抱いてしまうアンジェリークであった。
「これ、俺の連絡先だ。おまえさんにも渡しておくから、何かあったら連絡してくれ。あ、暫くは、あのマンションの現場にいるから、そこに訪ねてもらってもかまわねえが」
 青年は、アンジェリークに名刺を差し出してくれる。
 そこには。
 アリオス
 一級建築士/一級インテリア設計士/国際建築家協会会員
 アルヴィースラボ主催
 と、書かれていた。
「建築家なんですか・・・」
「ああ。あのマンションも俺が設計したもので、たまたま監督に来ていた」

 土方さんじゃなかったんだ・・・

「うちの現場で起きたことだからな。責任は取るぜ?」
 アリオスの潔い態度に、アンジェリークは益々恋を覚えるのだった。

「まあ、アンジェどうしたの!!」
 インターホンで出て来た母親が、アンジェリークを見るなり驚く。
「私、設計士のアリオスと申します。このたびは、お嬢さんが、うちの現場でけがをされましたので、そのお詫びに本日はうかがわせていただきました」
「まあ…」
 アンジェリークの母親はアリオスから名刺を受け取りながら、娘の痛々しい足を見つめる。
「あ、お母さん、アンジェが悪いの。私が、ぼんやりしてて、工事現場に入り込んだことに気がつかなくて、穴に落ちたから…」
 本当のことを母親に言うのは気が引けたが、アンジェリークは素直に言う。
 これには、母親も呆れ果てた表情をする。
「まあ!! この子は全く・・・! すみませんええ、うちの娘が粗忽で」
「いいえ。こちらも落ち度がありますから。また、改めてご挨拶に伺わせていただきますから」
 きちんと挨拶をするアリオスがアンジェリークにはとても素敵に写った。
「本当にすみません」
 アンジェリークは母親と一緒に頭を下げさせられた。
「足のけががひどいですので、また病院のほうに通っていただかなければなりません。治療費はかからないように、病院には手配しておきますから」
「そんなことしなくてけっこうですのに」
「一応は。では、また」
 アリオスは軽く会釈をすると、車に乗り込む。
 車が走り去るのを見つめながら、アンジェリークは心が熱くなるのを感じた。
 恋の始まりだった-------

TO BE CONTINUDE…

コメント

そのタイトルどおり、ヴァレンタイン創作をお届けします。
またまたぼけボケアンジェと、頭の切れる男アリオスのお話です。
ヴァレンタインまで、ゆっくりと完結させたいと思っていますので宜しくお願いします。

やっぱりふたりは、書いてて甘くて楽しいですね〜



モドル ツギ