Graduation

1


 さくらの季節に、アンジェリークはアリオスと出会った。
 あの入学式の光景を、彼女は今でも忘れることが出来ない-----
「アナタ!」
 声を掛けられて振り返ると、見事なブロンドの少女が、明るい笑顔を浮かべて立っていた。
「あの・・・」
「アナタも、宇宙総合科の生徒?」
「はい。あなたも一年生?」
 目の前の少女の美少女ぶりに見とれながら、アンジェリークは小首を傾げる。
「そうだよ。この科で、ワタシたちが唯一の女生徒らしいよ! アナタすごーく可愛いからさ、ワタシがまもってあげるよ!!」
 初対面のレイチェルに、いきなり手を握られ、熱っぽく語られた。
 たじろぐ-----まさにアンジェリークはその状態だった。
「あ、有り難う・・・」
 穏やかに微笑むと、レイチェルも微笑み帰してくれ、その笑顔がアンジェリークも気に入った。
 友人として、やっていけるような気がする。
 いきなり友達ができて良かったと思いながら、アンジェリークも手をしっかりと握り締める。
「ワタシ、レイチェルっていうの」
「アンジェリークです」
 お互いに自己紹介をしあって、ふたりは笑いあう。
「おい、チャイムは鳴ったぜ!」
 お互いにうち解けあった二人の雰囲気に入ってきたのは、鋭い声と、乱雑に扉が開けられる音。
 教室の引き戸が開くなり、銀髪をなびかせた長身の青年が入ってきた。
「無駄口ばっかり叩いてねえと、さっさと席に着け! ったく、女は喋ることしか能がねえんだから・・・」
 ぶつぶつと不機嫌そうに話す青年に、アンジェリークとレイチェルは、小さくなって慌てて席に付いた。

 おっかない男性だな・・・。

 少し驚いてびくびくとしながら、アンジェリークはおどおどとしているが、レイチェルは平然としている。
「今日からおまえたちを三年間、担任することになったアリオスだ。俺は、女だからといって容赦はしねえから、そのつもりで」
 威嚇するように睨まれて、アンジェリークは更に躰を縮こまらせた。

 凄い担任の先生に当たっちゃったな・・・。

 レイチェルは”あっ”とばかりに息を呑み、その後頷く。
「どうしたの?」
「聞いたことあるよ! アリオス先生ってさ、凄い女嫌いで有名で、女生徒を毛嫌いしていたって。告白しようもんなら、職員室でお説教だって・・・」
 横の席のレイチェルが小さな声で解説をしてくれるものだから、アンジェリークは益々アリオスに恐怖心を増す。
「おい! そこの女子!! 喋るな!!」
 いきなりアリオスからのお目玉爆弾を頂戴し、アンジェリークはもう泣きそうになった--

 こんな先生の元でやっていけないっ!!!!


 ------あれから三年が過ぎようとしているが、アンジェリークにとって、いまだに、アリオスは苦手な教師だった。
「アンジェ、もうすぐ卒業か〜。ワタシたち、アリオスに揉まれてよく頑張ったわよね〜!」
 しみじみとレイチェルは言い、早春の空を見上げる。
「そうね。でもそのお陰けで、お互いに目指している学科に進めることになったじゃない? 私は宇宙生物学、あなたは宇宙生成学」
 あくまでもアンジェリークは前向きに言った。
「だよね〜! 物凄く頑張ったもんね!」
 ふたりはお互いに自分の進路に満足しながら微笑み合う。
 早春はそんな季節だ。
「アンジェ、今日も残って卒業レポートをやるの?」
「うん。私、一等遅いからね。頑張らないといけないから。それに大好きなテーマだし」
 最後のレポートのテーマは、ズバリ”宇宙動物学”。
 学校で生態について研究するために飼われている、ミーアキャット・アルフォンシアを研究するのだ。
 卒業レポートは担任のアリオスに提出し、結果が良ければ卒業だ。
 優秀の美を飾りたくて、アンジェリークは最後のレポートに真剣に取り組んでいた。
「頑張ってね!」
「うん!!」
 アンジェリークはしっかりと頷くと、明るい表情で空を見上げた。

 本当に、もうすぐ卒業なんだ…。


 放課後、自由に使うことが出来るパソコン教室に行き、お気に入りのパソコンを占拠して、入力をする。
 アルフォンシアのデータを、真剣に入力をしているうちに、どんどんまわりがいなくなっていく。
 気がつくと、六時半を過ぎ、日がどっぷりと暮れてしまった。
「こんな時間か・・・。もうちょっと頑張りたいんだけど・・・」
 少しデータの入力作業で判らないことが起こり、アンジェリークは画面を見るなり溜め息を吐く。
 しかも時間も時間なので、少し焦りも感じていた。「
おい、もう遅いぞ!?」
 教室の扉がいきなり開き、担任であるアリオスが姿を現す。
「あ、すみません・・・」
 小さな声で返事をした後、アンジェリークは顔を上げた。
「コレット、まだ残ってやっていたのか?」
「はい。進めておかないと、間に合いませんから」
「そうか」
 アリオスはいつものように感情なく相槌を打った後、彼女の横にやってきて、ディスプレイを覗いた。
「詰まってるのか?」
「この入力が上手くいかなくて・・・」
 アンジェリークは、ディスプレイを指差しながら、アリオスに判らない箇所を説明する。
 それを聴くなり、アリオスは直ぐに頷いた。
「ここは、これを入力すると、答えが導かれる」
「あ、ホント!!」
 アリオスが教えてくれた通りにしてみると、きちんとした答えが出る。
 それが嬉しくて、アンジェリークは頬を上気させながら喜んだ。
 その笑顔は、アリオスの脳裏に華やかな印象を残し、彼はどきっとしてしまう。
 その胸のうちを知られたく泣くって、苦笑した。
「おまえが、俺に何かを訊いてくるなんて珍しいよな」
 確かにそうだ。
 判らないことがあっても、周りの男子生徒やアリオスに助けを求めることは、ほとんどなかった。
 何でも、ほいほいと訊くのではなく、とことんまで自分たちで調べ、解決していたのだ。
 あれだけ周りに優秀な男子生徒がいたからこそ、媚びずに頑張ってきた。
 それをするには、アンジェリークとレイチェルはプライドがあり過ぎた。
「私たちは、自分たちも一生懸命頑張らなければいけないって、努力しなければってずっと思っていましたから」
 努力をして頑張ることだけが取り柄でここまで来たせいか、彼女の口調はきっぱりとしていた。
「おまえらみてえな女は、俺には初めてだったからな。正直に”びっくり”した」
 アンジェリークの横に立つと、アリオスはしみじみと言う。
「男子が多いことこの科に入学した以上は、覚悟を決めたも同然です!」
 あまりにも力強く、きっぱりとアンジェリークが言い切ったものだから、アリオスは思わずぷっと吹き出した。

 あ・・・。

 笑われたことよりも、アリオスが笑っていることのほうが、アンジェリークには驚愕すべきことだった。
「先生!? 笑ってる」
「俺が笑ったらそんなにおかしいか?」
 笑ったことの意味自体ではなく、行為を指摘する彼女に、アリオスは苦笑する。
「先生、滅多と笑わないから・・・」
 少し俯き加減になりながら、アンジェリークは少し困ったようにぽつぽつと答えた。
「俺も笑うぜ、これでもな。まあ、笑ったのは、あまりにもおまえらしいと思ってな?」
「私らしい・・・」
 そう言われると妙に照れくさくなってしまう。
 頬を赤らめつつ、アンジェリークはアリオスを上目遣いで見た。
 それは媚びるというものではなく、不安げな自然に出た視線だ。
「ハートとふたり、いつもまっすぐに頑張っているのがすげえ判るぜ?」
「有り難うございます」
 素直に言葉を言える。
「三年間も担任をして頂いていたのに、こんなにお話をしたのは初めてですね?」
「そう言えば、そうだな・・・。ハートとは勉強のことで何度か話したが、おまえとは初めてだな」
 アリオスはしみじみと感じ、心の奥底では、少し損をしてしまったと思った。
「・・・先生が、おっかないって、ずっと思っていたからだと思いますけど、そんな先入観で損をしてしまったかもしれませんね・・・」
 白い肌をほんのりと桜色に染めて、にこりと笑う。
 それは、花のように可憐で美しかった。
 彼女も同じように”村をしていた”と思ってくれたことが、妙に嬉しかった。
「”おっかない”か・・・」
「私とレイチェルは”逆差別”だと言っていましたよ? ”私たち女子の方がキツイ”って」
 くすくすと笑いながら、アンジェリークは話して聞かせる。
 厳しいアリオスに対して饒舌になれるのは、やはり、何か魔法にかかったかもしれないと、アンジェリークは感じた。
 アリオスも、こんなに楽しそうに話すアンジェリークを見るのは初めてだ。
 そして、彼自身もこの一時が楽しくてたまらなかった。
 ふいに時計を見ると、もう七時近い。
 帰るように、アンジェリークを促しに来たのに、結局はミイラ取りがミイラになってしまった。
「おい、そろそろ支度をしろ。もう、部屋を閉めなくちゃならねえからな」
 立ち上がったアリオスを見て、アンジェリークは慌ててデータ保存をする。
「コレット、片付けたらそこで待っていろ」
「はい」
 アンジェリークは意味が判らなくてきょとんとする。
「送ってやる」
 ぶっきらぼうにただ呟くと、返事の暇を与えぬまま、アリオスは行ってしまった。

 先生・・・。

 ほんの少し、胸の奥が薔薇色に輝く。夢見心地でパソコンを立ち下げ、アンジェリークは手早く帰り支度をした。
 心が弾み、なぜだか、軽くステップを踏みながら待ってしまう。
「待たせたな? 行くぜ」
「はい」
 相変わらずのアリオスだが、それがどこか心地が良い。
 彼の後をえっちらと歩くのも楽しかった。
 シルバーメタリックのらしすぎるスポーツカーが、アリオスの愛車。
 少し緊張をしながら、アンジェリークは車に乗り込む。
「イースト・クリークだったな?」
「はい」
 助手席になりゆきで乗ってしまい、アンジェリークは小さくなりながら妙に落ちずつかずに座っている。
「おまえ、はこのまま上の”宇宙動物学”に進むが、何かやりてえことでもあるのか?」
 アンジェリークは、嬉しそうに大きな瞳を輝かせながら、アリオスを見た。
「いっぱい宇宙の動物の生態を研究して、宇宙獣医になって救ってあげたいんです。そして、将来、私の子供たちに、動物を通じて命の尊さなどを話して聞かせてあげられたらと思います・・・」
 夢を話すアンジェリークはとても輝いて美しく見える。
 一瞬、彼女が子供に話して聴かせる時に、自分がいるシーンが脳裏をかすめ、アリオスははっとした。
「その夢、叶うと良いな?」「
はい」
 アリオスは、素直に返事をするひたむきなアンジェリークの瞳の輝きが誰よりも美しく思えた。
「その角を曲がると、私の家です」
「ああ」
 家に近付くにつれて、ふたりはじょじょに言葉をなくす。
「あの緑の屋根です」
 ゆっくりと車が止まり、楽しくも甘い時間が終わりを告げる。
「有り難うございました」
「またな?」
 車から降りて、アンジェリークはアリオスの車が走り去るのを見送る。
 先生・・・。
 凄く嬉しかったの・・・。

 車が見えなくなるまで、彼女はじっと見守っていた------

コメント

アリコレの季節的にはぎりぎり「卒業」の物語です。
3回ぐらいの短く甘い恋物語です。
お楽しみいただけると嬉しいです。




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