19 Final Chapter
ゆったりと、川沿いの道を散歩しながら、ふたりは温かな日差しを浴びて、穏やかな気分になる。 「なあ、”運命の相手”ってどんなんだろうな」 「”運命の相手”…」 アリオスは車椅子を押すのを一端止め、アンジェリークの横に立ち彼女を見つめた。 アンジェリークもまた、息を詰めるようにして囁き、アリオスを見つめる。 「------運命の相手って…、一生その人の側にいたい…、ずっと見つめていたいって思う相手だと思うわ…。 一生をかけて、命をかけてずっと見守っていたい相手…。ずっとおしゃべりをして、夜を飛び越えて、また朝になってもおしゃべりし続けたい相手…。で、どんな人混みの中でも、必ず見つけられる相手!」 彼女は、光が満ち溢れる空を見つめながら、幸せそうに一生懸命語った。 アリオスは、アンジェリークが一生懸命語る姿に釘付けになりながら、熱心に聴いてやる。 「-------おまえのそんな相手になるやつが羨ましいな…」 ぽつりと低い小さな声でアリオスが呟いたので、アンジェリークは、一瞬、耳を疑った。 胸が熱くなって、どきどきする。 頬を真っ赤に染め上げながら、アンジェリークは少女のような初々しい煌めきを秘めた瞳で、アリオスを見上げた。 「アリオスさん…」 「おまえのその相手は…、メールの相手なのか?」 「…まだ、判らないわ、そんなこと…」 はにかみながらアンジェリークは俯くと、恥ずかしそうに膝の上でのの字を描いている。 その姿がまた初々しい。 「-------俺は、その相手になれねえだろうか…?」 熱い物が胸に突き刺さるような気がした。 それは決して痛い物ではなく、甘くて熱い驚き。 アンジェリークは、顔を真っ赤にしながらじっと彼を見つめる。 言葉が出てこない。 アリオスと”狼”-------- その結論がまだきちんと出てはいないから、言うことが出来ない。 言葉に詰まっていると、アリオスはアンジェリークを愛しげに見つめる。 こいつが愛しい。 もう、アンジェリーク以外の女は考えられないから…。 「------もう、時間だわ…。行かなくっちゃ…」 「ああ」 「おうちは直ぐそこだから、ここで…」 「ああ」 ふたりはじっと見つめ合った後、まずはアンジェリークから進んでいく。 見守るように立ちすくむアリオスに、何度も振り返って、アンジェリークは自宅へともどる。 その姿は、どこか名残惜しく、哀愁が漂っていた------ アパートに戻ると直ぐに支度をして、約束の場所へと向かうことにした。 着替えもしたのでばっちりだ。 薄く化粧をして、アンジェリークは鏡の前で少しだけにんまりと笑う。 「さてと、行かなくっちゃ!」 心臓がどきどきとして、何とも言えない息苦しい気分になった。 深呼吸をして、部屋を出て、約束の公園に向けて、車椅子を一生懸命漕ぐ。 肩から掛けられたバッグ野中には、”高慢と偏見”が入れてある。 途中何度も、アリオスの先ほどの言葉が耳を付き、甘く苦しくなった。 私の結論は、きっと、もうすぐ出るわ------ サウス公園は、桜が満開に咲き誇り、花弁が太陽の鈍色の光を浴びて輝いている。 心地よい春風が公園の中を駆け抜けていた。 最高の春の昼下がり------- どの顔もアンジェリークには輝いて映っていた。 公園の入り口直ぐのところに、噴水があり、そこで彼女は”狼”を待つ。 鞄から”高慢と偏見”を出して、それを膝の上に置くと、視線が妙に落ち着かなかった。 爽やかな春の風が吹き抜け、桜の花弁がドラマティックに散り始める。 桜の花弁の美しい乱舞の中、銀の髪を揺らしながら、端正な男性が姿を現す。 一瞬、桜の精だと思った。 だが、目をこらせば、それが誰かが判る。 アリオスだ-------- 「アリオスさん! 着いてこなくたって良かった……」 そこまで言いかけて、彼女ははっとした。 アリオスの手には”高慢と偏見”が握られているではないか。 まさかと思った。 だが、”狼”しか、知り得ない情報に、アンジェリークは心を震わせる。 アリオスはいたずらっぽくて、憎らしいほど甘い微笑みをアンジェリークに向けると、口を開いた。 「”初めまして”、”栗猫”。”狼”だ------」 アンジェリークは息を呑むと、泣き笑いの複雑な表情をする。 彼だったのだ------- 今までのパズルが一つになるような、そんな気分になる。 ピースが今、ようやく総て埋まったのだ。 どうして狼に惹かれたのか、今、ようやくその理由が判るような気がする。 「--------あの時は、おまえと知って、本当のことを言えば嫌われるような気がして…、言えなかった」 アンジェリークは、嫌いになること何てあり得ないとばかりに、首を振る。 「------私も…、ご挨拶しなくっちゃ…」 彼女は涙と笑いが入り交じった震えた声で呟くと、車椅子にストッパーを掛け、その肘掛けを握りしめる。 今度は、アリオスが驚かされる番だった。 時間はかかる物の、彼女は確実に、アリオスの目の前で奇跡を見せてくれる。 それはスローモーションのように、映画のワンシーンのように、目に焼き付いて離れない1シーン。 「アンジェ…」 力を入れて、アンジェリークは立ち上がろうとしていた------ 狼に挨拶をするために、今日まで頑張ってきたのだから。 アリオスの全身に感動の嵐が満ちあふれる。 これ以上の物はないと感じながら、彼はゆっくりとアンジェリークに近付いていく。 まずは足が地面につき、腰があがり、中腰になり、ゆっくりとアンジェリークは立ち上がった------ 誇らしくも輝かしいアンジェリークの笑顔がアリオスの胸を突く。 「こんにちは。初めまして、狼さん」 挨拶をした瞬間、アンジェリークがその場で崩れ落ちそうになったので、アリオスは慌てて彼女をその腕で支えた。 「------有り難う…」 アリオスも感極まり、それ以外の一言を言うことが出来なかった。 「------せめて、歩けなくても、立ち上がって挨拶をしたかったの…。それが出来たのも、みんなあなたのお陰だから…!!」 涙に濡れた大きなアクアマリンの瞳を、アンジェリークはアリオスに向け、切なさと愛しさを瞳で表現している。 「-------あなたでよかった…!!!!!」 ぎゅっとその胸に抱きついた瞬間、逆に抱きすくめられる。 「俺もおまえでよかった。 -------あいしてる…。やっと言える…」 「アリオス、私も…」 唇が重なり合う。 最初はふれあうだけのキスが何度も続き、お互いに見つめ合ってくすくすと笑う。 そして------ 愛を誓うための、甘い、甘い、キス------ 桜の花びらが、春風に乗って、二人の周りをダンスしながら、甘く祝福する。 メールと偶然の出会いが縦と横の糸となって絡み合った二人の恋は、春の女神に祝福されて、今、成就を迎えた------- お互いに幸せにすることが出来る唯一の相手に恵まれ、二人は共に人生を歩んでいくことを選択する。 その夜、二人はお互いに恋人同士として初めてメールを送りあった。 Subject:おやすみ。 アンジェ、愛してる。 また明日。 いつになったら一緒に住める? Subject:おやすみ。 アリオス、愛してるわ。 また明日ね? 明日から住む? THE END |
コメント 『愛の劇場』の歴史の中で最も明るいシリーズになった、 本作も無事に大団円を迎えることが出来ました。 今回明るめだったのは、辛いシーンを描くのが、少し大変だったというのがありましたが、 次回はまたメロドラマものを企画しておりますので、お読み頂くと嬉しいです。 アンジェリークの純粋さを描くのはすごく楽しい作業でございました。 温かな春と共に、この作品を完結できたことを嬉しく思います。 ここまでお読み下さいまして、有り難うございました。 タイトルは「いそしぎ」という、有名な歌から取っています。 |