SORROW

後編


 目覚めたとき、全身が重かった。気怠く、だが身体自体は甘く疼いているのが判る。
 目を開ければ、身体にはシーツが掛けてあった。
 アンジェリークは自分の素肌を見て、決して消え去ることがないであろう、力づくで奪われた証しを見た

 。・・・あの時のアリオスは何か恐ろしいものがあった。
 けれど、その腕も胸も不思議と優しい温かさがあった・・・。
 抵抗したくない気持ちとしたい気持ちの間に、確かに私は揺れていた・・・。

 ドアの開く乾いた音がして、アンジェリークははっとした。
 入って来たのはアリオス。
 白いシャツは僅かに乱れている。
 それがどこかなまめかしい。
「お目覚めのようだな、お姫様」
「アリオス」
 ゆっくりと歩いてくる彼を固唾を飲んで見る。
 彼はどかりとベッドに腰を下ろすと、彼女の身体を優しく包み込んだ。
 アンジェリークは甘く息を吐く。
 もうあらがいたい自分がどこにもいないことを、彼女は知っている。
「・・・アンジェ、俺を憎め」
 低い声には複雑な色が含まれている。
 アンジェリークは、その声に、初めて彼の心を感じたような気がする。
 涙が一筋零れ落ちる。
「そう出来れば、どれほど楽かしれないわ・・・。だけど、私には出来ないもの・・・!」
 震える言葉が意味するものは、アリオスへの複雑な恋心であった。
「アンジェ・・・」
 先程、奪われた時も、時折囁かれた甘く切ない囁きが、彼女の心を潤ませる。
「アリオス・・・、どうして私を奪ったの? 父への当てつけ、ビジネス?」
 身動ぐこともせず、アンジェリークは淡々と話すが、アリオスは答えない。
「ねえ!」
 何度かせがむように言って、ようやくアリオスは口を開いた。
「・・・おまえが欲しかったから、抱いた」
 一瞬、苦しげにアリオスは宙を見つめると、彼女の身体から離れた。
「俺の任務は、おまえの父の命を奪うことだけだ・・・」
 アンジェリークは小刻みに身体を震わせ、大きな青緑の瞳には、哀しみを湛えている。
「父を・・・殺すの・・・?」
「組織からの命令だ」
「そんな・・・!」
 唇を噛み締め、アンジェリークは肩を震わせる。
「・・・俺を酷いヤツだと思うだろ? 恨めよ・・・。憎んで憎しみ抜け」
 背中を向けたアリオスに、アンジェリークは胸を突かれる。
 その広い背中には、複雑にも様々な感情が渦巻いている。
 寂しさと孤独感を、アンジェリークは切なく、感じた。
「アリオス!!」
 突然、背後からアンジェリークに抱き付かれて、アリオスははっとした。
「お願いっ! 父の命だけは助けてあげてっ!」
「アンジェ」
 ぎゅっと自分を抱き締めてくれる柔らかな存在に、アリオスは怯んだ。
「もし、父が悪いことをしているのなら、社会的な制裁は受けるべきだと思う・・・! だけど・・・!」
 アンジェリークは彼の手を取り、ぎゅっと握り締める。
「私があなたのそばにいるのは駄目?」
「アンジェ・・・」
 彼女の切ない言葉に、アリオスもまたその小さな手を握り返す。
「…私が、父のところに帰らなければ、かなりのダメージよ…。それじゃあダメなの? あなたのそばにいてもいいんだったら・・・」
 アンジェリークの意思の強い清らかな思いが温かさに含まれ、アリオスに伝わる。
「それでかまわねえのか!?」
 アリオスは、アンジェリークの手をそっとほどき、彼女に向き直った。
 真摯な視線がぶつかりあう。
「構わないわ」
 凛としたまっすぐな声が、アリオスに向かって投げ掛けられる。
「判った。生け贄か・・・。それでも構わねえ。おまえの望みを受け入れる」
 アリオスはそのまま振り返ろうとして、アンジェリークに抱き付かれる。
「アンジェ!?」
「私は”生け贄”なんかじゃないからね? あなたの・・・」
 そこまで言って、アンジェリークは深呼吸を一度すると、アリオスを優しく包み込んだ。
「私が決めたの・・・。このまま、お父様の道具として嫁ぐよりも、ずっと幸せかもしれないわ・・・」
「これから逃げる日々が続くんだぞ? それでもかまわねえのか?」
 低い声で、アリオスはアンジェリークを諭し、金と翡翠の宝石のようなまなざしを向ける。
「あなたとなら構わないわ」
 その決意の深さに、アリオスは僅かに微笑み、逆に彼女を抱き締めた。
「俺はおまえを離さねえからな、覚悟しろ」
「・・・うん・・・」
 アンジェリークもぎゅっと彼を抱き返す。ゆっくりと唇が降りてくる。
 それはさきほどのものとは違って、甘く優しいものであった。
 甘く啄むようなキスを二人は何度もし合った。
「アリオス・・・」
 唇が離された後、アンジェリークは甘い吐息と共に、彼の名を呼んだ。
「さっきは・・・、おまえだから、俺は冷静でいられなかった・・・」
 アンジェリークは嬉しかった。心が彼に付いていく。
「・・・私だって、本当は嫌じゃなかったもの・・・」
 その瞬間、アリオスはアンジェリークをさらにしっかりと抱きすくめた。
「アンジェ・・・!」
 二人はようやく素直になって、しっかりと抱き合う。
「アリオス・・・」
 アンジェリークは身も心も、アリオスだけに捧げることを決心した。

 アリオス、あなたの瞳から寂しさを消して上げたい・・・
 そのためなら私は何だってする・・・。

「アンジェ、早急にここを離れなければならねえ・・・。すぐに服と下着と偽造パスポートを用意する」
「うん・・・」
 アリオスはベッドの横にあるクローゼットから、まだ未使用の女性用の下着や服を取り出し、アンジェリークの前に置いた。
「これは?」
「おまえを人質に取ることも想定して、用意しておいた」
 アンジェリークは、コクリと頷いて、それを手にとり、一枚ずつ袖を通していく。そのあいだアリオスも身支度を整える。
 カラーコンタクトで瞳の色を調節し、紙は黒く染め、オールバック。
 それに眼鏡を掛けて変装をする。
 アンジェリークは、眼鏡を掛けさせ、それに金髪のショートカットのウィッグを被せる。
 その姿で、今度は写真をとり、それをアリオスは素早くパソコンで加工し、僅か一時間ほどで偽造パスポートを作ってしまった。
 その手際の良さに、アンジェリークは目を丸くする。
「周到に用意はしていたの?」
「こんな生業だ、これぐらいはなんともねえよ。俺は一つの組織に荷担して生きているわけではねえから、自分のみは自分で守らなきゃならねえからな」
「…うん・・・」
 アンジェリークはアリオスの横ににそっと立つ。
「-----だが、俺と一緒に行くとおまえが言ってくれた以上、おまえの身は俺が守る」
「うん…」
 アンジェリークは頬を染めると、アリオスに身体を寄せ、彼もその身体を抱きしめる。
「アンジェ…、言い忘れていたな…。
 -----愛してる…」
 何よりも欲しかった言葉が、語って欲しいものから語られる。
「アリオス…、私も…」
 アンジェリークは感極まり、美しい涙を流す。
 胸が満たされて、何も無くても言葉だけで満たされるなんて、アンジェリークは今まで知らなかった。
 本当の幸福はこんな所にあるのかと思う。
「泣いている暇はねえからな…」
「…うん…」
 アンジェリークは何度も頷き、アリオスに抱きついた。

 あなたは私の為に組織を裏切ってくれた。
 あなたとなら、たとえ地獄に落ちても平気…。


 アンジェリーク…。
 おまえとならば、奈落に落ちても、何があっても俺は平気だ…。

 二人はしっかりと手を握り合う。
「この手を離すなよ?」
「・・・うん・・・! 離さないわ…」


 この後、二人の捜索は行われているが、誰も行方はまだつかめてはいない----

コメント

53000番のキリ番を踏まれたnatsu様のリクエストで、
「不良アリオスとお嬢様アンジェリークの身分違いの恋で、アリオスは鬼畜で野獣」です。
一応は、お嬢様とそのボディーガードです。
はははは、最後は「夏の嵐」のようになってしまいました。
natsu様いかがでしょうか…?
ZERO BREAKな出来でスミマセン…