METRO POLIS

後編


 翌日から、アンジェリークは、毎晩、アリオスからの”教育”を受けることになった。
「・・・そうだ、上手いぜ、アンジェ・・・」
「アリ・・・オス・・・」
 ベッドの上で、毎晩のように繰り返される”宴”によって、アンジェリークは、意思を持った”艶やかな女”になりつつあった。
「はあ、アリオス、好き・・・」
 彼が触れるごとに多くなる、彼女の甘い言葉。うわ言のように繰り返されるそれに、彼は愛しげに目を細める。
「おまえ、意味が判って言ってんのか?」
 耳を甘く噛まれるのがとても心地好くて、アンジェリークは身体をぞくりと揺らす。
「うん・・・。アリオスが一番大切・・・」
 純粋に紡がれる言葉に、アリオスは胸の奥が熱くなるのを感じた。
 欲望が更に燃え上がる。
「アンジェ・・・」
 まるで砂糖菓子のような、甘くふわりとした華奢なレプリカントの身体を、彼はしっかりと抱き締め、息を吐かせない。
「あ、アリオス・・・」
 彼だけの”人形”の唇から漏れる甘い声に、欲望はいやがおうでも高まる。
「アンジェ、俺、すげー興奮してるから、今夜は寝かせねえからな」
「はあん・・・」

 アリオス、ずっと触れていてほしい・・・、ずっと側にいてほしい・・・。大好き!!! 

 アンジェリークはアリオスに対して、”特別な想い”を抱くようになっていた。
 その想いは、アリオスに抱かれる度に強くなっていった。
 側にずっといたい・・・。それだけが彼女の小さな願いだった。

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「財閥を更に大きくするのに、この婚姻は悪くないだろう・・・」
 総裁室に尋ねてきた叔父から差し出された、縁談相手の書類を見ながら、アリオスは眉根を寄せた。
 書類を見た限りでは、理想的な相手のように思える。だが、その気には全くなれない。アンジェリーク以外には、もう誰も入り込む位置がないほど、彼の中で大きな存在となっていた。
「何だ、乗り気じゃないのか?」
「・・・いや・・・」
 怪訝そうな視線を叔父に向けられて、アリオスは皮肉げに口角を上げた。
「何だ・・・、一緒に住んでる”人形”が気になるのか?」
 その途端、アリオスは、誰もが凍り付くような切れるようなまなざしを刺すように向ける。
「あれは実験台だ。関係ねえ・・・」
「だったらこの話を進めていいな」
「いや、あんたの指図は受けない。帰ってくれ」
 アリオスは冷たく言い放つと、叔父を見据えた。
「私は諦めないからな、アリオス」
 アリオスの雰囲気に、これ以上話を続けることが出来ない叔父は、悔しげに一言だけ言って、部屋から出ていく。
「おい、忘れもんだ」
 乱暴に叔父に書類を投げ付けると、アリオスは厄介ばらいをした。

 アンジェに何か変なことをしなければいいが・・・。

 だが、彼の予感は当たってしまうのである。
 その頃、アンジェリークは、アリオスの為に、夕食の準備をしていた。電話がなり、アリオスだと思い、彼女は電話のカメラの前に立った。
「アリオス・・・、あ・・・」
 画像に見知らぬ男性が写っており、慌ててアンジェリークは切ろうとした。
「待ちなさい。私はアリオスの叔父だ」
 その言葉に、アンジェリークはぴたりと止まった。
「アリオス・・・、の?」
「そうだ」
 良く見ると、その面差しは、どことなく彼を彷彿とさせていた。
「君に話があってね、アンジェリーク」
「話?」
 小首を傾げながらも、彼女はどこか警戒している。
「アリオスに結婚話が持ち上がっているのを知っているか?」
「結婚・・・」
 急に、アンジェリークは肩を落とし、元気を無くす。”結婚”がどういうことか、映画を見て、知っている。だからとても哀しくて。
 レプリカントの大きな青緑の瞳から涙が溢れ、彼をはっとさせた。
「私は・・・、アリオスと一緒にいれないの?」
 その表情は、本当に”生きている”ことを感じさせる、透明な切なさがある。
「そうだ」
「スクラップ?」
 そう訊いた彼女は、誰よりも純粋に哀しそうな表情をした。
 そこにいるのは、感情を無くした”人形”ではない。ひとりの恋をする少女だった。
「アリオスにとっては、重要な結婚だ。身を引いてくれ」
 その言葉が余りにも衝撃的で、彼女はその場に崩れ墜ちる。
「アリオスのため?」
「そうだ・・・」
 力強い言葉には説得力があり、何よりも、アリオスの為だと思うと、従うわけには行かなくて。だけど、彼が他の女性のものになるんだったら、ここにもいたくなくて。
「判りました。私の電源を切ります」
 決意を秘めたまなざしは、とても美しくて、はかない。
「そうか。感情のない欠陥レプリカントと聞いていたが、なかなか話が判るな」
「・・・欠陥レプリカント・・・」
 初めて、胸が軋むような痛みを感じた。身体のあらゆる場所が悲鳴を上げている。
「知らなかったのか。おまえは欠陥品だから、アリオスの元にいたのだ」
 アンジェリークは心が崩れていくのを感じた。

 こんなに辛いんだったら…、”感情”なんていらなかった・…。

「・…明日、電源を切って貰います・…」
 アンジェリークは力なく言うと、そのまま電話を切った。

 これで、いいのかもしれない…

 アンジェリークは、そのまま身体を抱き締めて、暫く、むせび泣いていた。

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 アリオスが家に帰ってくるなり、アンジェリークは彼に抱き付いた。
「アンジェ?」
 彼が優しく包み込んでくれると、彼女はその旨に顔を埋めて甘える。
「抱いて…、壊れるほど…、抱いて…」
 彼女の切ない声に、アリオスは彼女の栗色の髪をそっと撫でて、ゆっくりと癒してやった。
「おまえからなんて…、積極的だな?」
 フッと笑って、彼は愛しげに呟く。
「お願い…」
「ああ」
 彼はそのまま彼女を抱き上げて、寝室へと運んでいった。


「アリオス…、好き…」
「アンジェ・…」
 二人は貪るように求めあい、何度も何度も、抱き合って。
 互いの名前を呼び合う。
 深い場所で繋がって、何度も与え合って…。
「はあん、アリオス」
「アンジェ…、アンジェ!」
 ベッドがきしみ、ゆりかごになって、二人を包み込んでいく。
 最高の相手とともに何度も登りつめて。
「大好き!! 大好き!!!」
「アンジェ…」
 愛をこもった言葉で囁くアンジェリークは、もう”人間”以外の何者でもない。
 ”感情”を持った彼女は、彼にはたまらなく魅力的で。
 抱きしめる腕も、愛しすぎて力が入りすぎてしまう。
「…苦しい、アリオス・・」
「大丈夫だからな、アンジェ。壊れねえよ…」
「ああっ! 壊れちゃう!」
 甘い声が寝室に響き渡る。

 今夜が最後だとわかっているから…。
 だから最後にいっぱいアリオスを感じさせて…

 二人は何度も求め合い、愛し合った。


 明け方まで激しく愛を交し合って、二人はゆっくりとまどろんでいた。
 彼が、動く音がして、アンジェリークも目を覚ました。
「アリオス…」
「起こしたか?」
「アリオス…、いっちゃうの?」
 彼女は、潤んだ瞳で彼を見つめ、彼のローブを、まるで幼子のように裾を引っ張った。
「アンジェ…」
「行かないで…、側にいて? ね?」 
 涙で潤んだ眼差しを必死に向けられると、アリオスもついつい甘やかせてやりたくなる。
「すまねえ・・・。今日は会議があるから、今夜またたっぷり可愛がってやるからな…」
 軽く彼女に口付けた後、彼は名残惜しそうに彼女から離れて、シャワーを浴びに行く。
 その後姿を見つめながら、アンジェリークは一筋の涙を流した----

 この姿を刻み付けよう…。
 でも私は明日にはスクラップだから…

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「行ってくるな?」
「行ってらっしゃい」
 明るくアリオスを送り出した後、アンジェリークはカインに電話をかけた。
「アンジェリーク、どうしたんですか!?」
 意外な相手からの電話に、姿を見るなりカインは驚いた。
「カインさん…」
 すっかり感情の起伏が見られるようになった彼女を、嬉しく思いながらも、その思い詰めた表情に、彼は眉根を寄せた。
「どうかしたんですか?」
「----私の電源って、どうやって切れるんですか?」
 その言葉に、カインは思わず絶句した。
「アンジェ! そんなこと考えてはいけません!」
「…お願い…」
 彼女は泣きながらカインを見つめ、肩を震わせる。
 その姿が余りにもはかなげで、かわいそうで、カインは切なくなる。
「そんな事を考えても、アリオス様が喜ぶと思っているのですか!?」
「----だって…、これ以上アリオスに迷惑掛けられない…から…。
 アリオスには、私のせいで結婚できないなんてことは…、ヤダから…。
 私をスクラップにして…」
「結婚…。誰からそんなことを聞いたのですか! いいですか! そのまま居なさい! 電源を切りたいなんて考えないで下さい! あなたは人間と寸分たがわないんです!電源なんてあるはずがない!!!」
 カインは必死に彼女を説得するが、アンジェリークは涙を流しながら、何度も首を振る。
「だったらスクラップになるわ…。有難う…、カインさん…。だけど・・・・、もうしょうがないの…」
「アンジェ!!!」
 その叫びをこれ以上聞きたくなくて、彼女は電話を切ってしまった。
 カインの切なげな表情を最後に映像も途切れる。
「ごめんなさい…、カインさん…」

 電源がないなら…、スクラップ工場に行こう…

 アンジェリークはそう決心すると、静かに部屋から出て行った。
 そして、”レプリカント”専用のバス乗り場まで向かった----

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「アリオス様!!!」
 部屋に入るなり、カインが必死の形相になって、彼に近づいてきた。
「どうした? カイン」
「早く! 早くスクラップ工場に!! アンジェリークが…!!!」
「何だって」
 彼はその報告を聞くなり、足早にエアカーのある駐車スペースへと向かう。
「あなたに…迷惑をかけたくないから、電源を切ると…、それがダメならスクラップになると…」
「くそっ!」
 アリオスは苛立ちながら、眉間にしわを寄せている。
「あなたの結婚の迷惑にもなると…、そんなことも言ってました…」
「くっそ! あのおっさんめ!!」
 彼は悪態をつき、近くの壁を蹴っ飛ばした。
 アリオスはそのままエアカーに乗り込むと、スピード違反も構わずに、スクラップ工場に向って走り出す。 

 健闘を祈ります…、アリオス様

 アンジェ!!! アンジェ!!!! アンジェ!!!!!!
 俺はおまえがいないと生きていけない!!!!
 頼む、まだ、スクラップにならないでくれ!!
 おまえが居なければ俺は生きていてもしょうがないから!!
 
 今朝の彼女の様子が思い出される。

 だから離れたくないと言ったのか!?
 側にいてやればよかった…

 脳裏に浮かぶは、彼女の甘い表情。
 明るい声。
 総てが彼を切なくさせる。

 アンジェ…!!!

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 アンジェ!!! アンジェ!!!! アンジェ!!!!!!

「あなたは、スクラップになりたいと・・・」
「・・・はい・・・」
 アンジェリークは、スクラップになるための面談を受けていた。
 レプリカントは、自分の権利を護るために、スクラップをする権利を与えているのだ。
「もう・・・、居てもしょうがないから…」
「はい」
「待ってくれ!!!!」
 壮絶な叫び声が聴こえて、アンジェリークも、面接官も思わず振り返った。
「アンジェ!!!!」
 そこには、銀の髪を乱し、スーツを乱して、その上息までも乱したアリオスがいた。
「アリオス・…」
 アンジェリークは、大きな瞳に涙をいっぱい溜めながら、アリオスをずっと見つめてる。
「----もう・・・、スクラップになる心配はなさそうですね・…」
 そう言って、係員は席を立ってしまった。
「アンジェ!!!」
 アリオスはそのままアンジェリークを抱きすくめて、離さない。
「バカ!!! 俺に何も言わずにどっかにいくんじゃねえ!」
「アリオス…」
 彼女は、その抱擁の強さに喘いだ。
「いいか! おまえは俺のそばにいなきゃダメなんだ!!!
 おまえ以外の女なんか欲しくねえんだよ!!!」
「アリオス…、だって・…、あなたは…、結婚するって、それがあなたの幸せだって…」
 喘ぎながら彼女は胸をしゃくりあげて、ようやく彼の背中に手を回す。
「----ったく…、もっと早く言っていれば良かったな…」
 そう言って、彼はポケットから指輪を取り出し、彼女の左指にそれを嵌める。
「アリオス…」
 彼女の瞳と同じ色の宝石の付いた指輪を、じっと眺める。
「これはおまえが俺のものだという証だ…ずっと一緒だ…」
「うん・・・うん・・・」
 そのまま彼女は彼の体にしがみついて、泣きじゃくる。
「もっと早く言っていれば良かったな…」
 彼は愛しそうに彼女の背中を撫でながら、耳元に唇を寄せる。
「愛している…」

コメント

本館30000番のキリ番を踏まれたさくら様のリクエストで、
『アンドロイドのアンジェリークが、アリオスに教えられて感情に目覚めてゆく』です。
最終章は少し長めになりました。