翌日から、アンジェリークは、毎晩、アリオスからの”教育”を受けることになった。 「・・・そうだ、上手いぜ、アンジェ・・・」 「アリ・・・オス・・・」 ベッドの上で、毎晩のように繰り返される”宴”によって、アンジェリークは、意思を持った”艶やかな女”になりつつあった。 「はあ、アリオス、好き・・・」 彼が触れるごとに多くなる、彼女の甘い言葉。うわ言のように繰り返されるそれに、彼は愛しげに目を細める。 「おまえ、意味が判って言ってんのか?」 耳を甘く噛まれるのがとても心地好くて、アンジェリークは身体をぞくりと揺らす。 「うん・・・。アリオスが一番大切・・・」 純粋に紡がれる言葉に、アリオスは胸の奥が熱くなるのを感じた。 欲望が更に燃え上がる。 「アンジェ・・・」 まるで砂糖菓子のような、甘くふわりとした華奢なレプリカントの身体を、彼はしっかりと抱き締め、息を吐かせない。 「あ、アリオス・・・」 彼だけの”人形”の唇から漏れる甘い声に、欲望はいやがおうでも高まる。 「アンジェ、俺、すげー興奮してるから、今夜は寝かせねえからな」 「はあん・・・」 アリオス、ずっと触れていてほしい・・・、ずっと側にいてほしい・・・。大好き!!! アンジェリークはアリオスに対して、”特別な想い”を抱くようになっていた。 その想いは、アリオスに抱かれる度に強くなっていった。 側にずっといたい・・・。それだけが彼女の小さな願いだった。 ----------------------- 「財閥を更に大きくするのに、この婚姻は悪くないだろう・・・」 総裁室に尋ねてきた叔父から差し出された、縁談相手の書類を見ながら、アリオスは眉根を寄せた。 書類を見た限りでは、理想的な相手のように思える。だが、その気には全くなれない。アンジェリーク以外には、もう誰も入り込む位置がないほど、彼の中で大きな存在となっていた。 「何だ、乗り気じゃないのか?」 「・・・いや・・・」 怪訝そうな視線を叔父に向けられて、アリオスは皮肉げに口角を上げた。 「何だ・・・、一緒に住んでる”人形”が気になるのか?」 その途端、アリオスは、誰もが凍り付くような切れるようなまなざしを刺すように向ける。 「あれは実験台だ。関係ねえ・・・」 「だったらこの話を進めていいな」 「いや、あんたの指図は受けない。帰ってくれ」 アリオスは冷たく言い放つと、叔父を見据えた。 「私は諦めないからな、アリオス」 アリオスの雰囲気に、これ以上話を続けることが出来ない叔父は、悔しげに一言だけ言って、部屋から出ていく。 「おい、忘れもんだ」 乱暴に叔父に書類を投げ付けると、アリオスは厄介ばらいをした。 アンジェに何か変なことをしなければいいが・・・。 だが、彼の予感は当たってしまうのである。 その頃、アンジェリークは、アリオスの為に、夕食の準備をしていた。電話がなり、アリオスだと思い、彼女は電話のカメラの前に立った。 「アリオス・・・、あ・・・」 画像に見知らぬ男性が写っており、慌ててアンジェリークは切ろうとした。 「待ちなさい。私はアリオスの叔父だ」 その言葉に、アンジェリークはぴたりと止まった。 「アリオス・・・、の?」 「そうだ」 良く見ると、その面差しは、どことなく彼を彷彿とさせていた。 「君に話があってね、アンジェリーク」 「話?」 小首を傾げながらも、彼女はどこか警戒している。 「アリオスに結婚話が持ち上がっているのを知っているか?」 「結婚・・・」 急に、アンジェリークは肩を落とし、元気を無くす。”結婚”がどういうことか、映画を見て、知っている。だからとても哀しくて。 レプリカントの大きな青緑の瞳から涙が溢れ、彼をはっとさせた。 「私は・・・、アリオスと一緒にいれないの?」 その表情は、本当に”生きている”ことを感じさせる、透明な切なさがある。 「そうだ」 「スクラップ?」 そう訊いた彼女は、誰よりも純粋に哀しそうな表情をした。 そこにいるのは、感情を無くした”人形”ではない。ひとりの恋をする少女だった。 「アリオスにとっては、重要な結婚だ。身を引いてくれ」 その言葉が余りにも衝撃的で、彼女はその場に崩れ墜ちる。 「アリオスのため?」 「そうだ・・・」 力強い言葉には説得力があり、何よりも、アリオスの為だと思うと、従うわけには行かなくて。だけど、彼が他の女性のものになるんだったら、ここにもいたくなくて。 「判りました。私の電源を切ります」 決意を秘めたまなざしは、とても美しくて、はかない。 「そうか。感情のない欠陥レプリカントと聞いていたが、なかなか話が判るな」 「・・・欠陥レプリカント・・・」 初めて、胸が軋むような痛みを感じた。身体のあらゆる場所が悲鳴を上げている。 「知らなかったのか。おまえは欠陥品だから、アリオスの元にいたのだ」 アンジェリークは心が崩れていくのを感じた。 こんなに辛いんだったら…、”感情”なんていらなかった・…。 「・…明日、電源を切って貰います・…」 アンジェリークは力なく言うと、そのまま電話を切った。 これで、いいのかもしれない… アンジェリークは、そのまま身体を抱き締めて、暫く、むせび泣いていた。 ---------------------------- アリオスが家に帰ってくるなり、アンジェリークは彼に抱き付いた。 「アンジェ?」 彼が優しく包み込んでくれると、彼女はその旨に顔を埋めて甘える。 「抱いて…、壊れるほど…、抱いて…」 彼女の切ない声に、アリオスは彼女の栗色の髪をそっと撫でて、ゆっくりと癒してやった。 「おまえからなんて…、積極的だな?」 フッと笑って、彼は愛しげに呟く。 「お願い…」 「ああ」 彼はそのまま彼女を抱き上げて、寝室へと運んでいった。 「アリオス…、好き…」 「アンジェ・…」 二人は貪るように求めあい、何度も何度も、抱き合って。 互いの名前を呼び合う。 深い場所で繋がって、何度も与え合って…。 「はあん、アリオス」 「アンジェ…、アンジェ!」 ベッドがきしみ、ゆりかごになって、二人を包み込んでいく。 最高の相手とともに何度も登りつめて。 「大好き!! 大好き!!!」 「アンジェ…」 愛をこもった言葉で囁くアンジェリークは、もう”人間”以外の何者でもない。 ”感情”を持った彼女は、彼にはたまらなく魅力的で。 抱きしめる腕も、愛しすぎて力が入りすぎてしまう。 「…苦しい、アリオス・・」 「大丈夫だからな、アンジェ。壊れねえよ…」 「ああっ! 壊れちゃう!」 甘い声が寝室に響き渡る。 今夜が最後だとわかっているから…。 だから最後にいっぱいアリオスを感じさせて… 二人は何度も求め合い、愛し合った。 明け方まで激しく愛を交し合って、二人はゆっくりとまどろんでいた。 彼が、動く音がして、アンジェリークも目を覚ました。 「アリオス…」 「起こしたか?」 「アリオス…、いっちゃうの?」 彼女は、潤んだ瞳で彼を見つめ、彼のローブを、まるで幼子のように裾を引っ張った。 「アンジェ…」 「行かないで…、側にいて? ね?」 涙で潤んだ眼差しを必死に向けられると、アリオスもついつい甘やかせてやりたくなる。 「すまねえ・・・。今日は会議があるから、今夜またたっぷり可愛がってやるからな…」 軽く彼女に口付けた後、彼は名残惜しそうに彼女から離れて、シャワーを浴びに行く。 その後姿を見つめながら、アンジェリークは一筋の涙を流した---- この姿を刻み付けよう…。 でも私は明日にはスクラップだから… -------------------------------------- 「行ってくるな?」 「行ってらっしゃい」 明るくアリオスを送り出した後、アンジェリークはカインに電話をかけた。 「アンジェリーク、どうしたんですか!?」 意外な相手からの電話に、姿を見るなりカインは驚いた。 「カインさん…」 すっかり感情の起伏が見られるようになった彼女を、嬉しく思いながらも、その思い詰めた表情に、彼は眉根を寄せた。 「どうかしたんですか?」 「----私の電源って、どうやって切れるんですか?」 その言葉に、カインは思わず絶句した。 「アンジェ! そんなこと考えてはいけません!」 「…お願い…」 彼女は泣きながらカインを見つめ、肩を震わせる。 その姿が余りにもはかなげで、かわいそうで、カインは切なくなる。 「そんな事を考えても、アリオス様が喜ぶと思っているのですか!?」 「----だって…、これ以上アリオスに迷惑掛けられない…から…。 アリオスには、私のせいで結婚できないなんてことは…、ヤダから…。 私をスクラップにして…」 「結婚…。誰からそんなことを聞いたのですか! いいですか! そのまま居なさい! 電源を切りたいなんて考えないで下さい! あなたは人間と寸分たがわないんです!電源なんてあるはずがない!!!」 カインは必死に彼女を説得するが、アンジェリークは涙を流しながら、何度も首を振る。 「だったらスクラップになるわ…。有難う…、カインさん…。だけど・・・・、もうしょうがないの…」 「アンジェ!!!」 その叫びをこれ以上聞きたくなくて、彼女は電話を切ってしまった。 カインの切なげな表情を最後に映像も途切れる。 「ごめんなさい…、カインさん…」 電源がないなら…、スクラップ工場に行こう… アンジェリークはそう決心すると、静かに部屋から出て行った。 そして、”レプリカント”専用のバス乗り場まで向かった---- ------------------------------------ 「アリオス様!!!」 部屋に入るなり、カインが必死の形相になって、彼に近づいてきた。 「どうした? カイン」 「早く! 早くスクラップ工場に!! アンジェリークが…!!!」 「何だって」 彼はその報告を聞くなり、足早にエアカーのある駐車スペースへと向かう。 「あなたに…迷惑をかけたくないから、電源を切ると…、それがダメならスクラップになると…」 「くそっ!」 アリオスは苛立ちながら、眉間にしわを寄せている。 「あなたの結婚の迷惑にもなると…、そんなことも言ってました…」 「くっそ! あのおっさんめ!!」 彼は悪態をつき、近くの壁を蹴っ飛ばした。 アリオスはそのままエアカーに乗り込むと、スピード違反も構わずに、スクラップ工場に向って走り出す。 健闘を祈ります…、アリオス様 アンジェ!!! アンジェ!!!! アンジェ!!!!!! 俺はおまえがいないと生きていけない!!!! 頼む、まだ、スクラップにならないでくれ!! おまえが居なければ俺は生きていてもしょうがないから!! 今朝の彼女の様子が思い出される。 だから離れたくないと言ったのか!? 側にいてやればよかった… 脳裏に浮かぶは、彼女の甘い表情。 明るい声。 総てが彼を切なくさせる。 アンジェ…!!! -------------------------------- アンジェ!!! アンジェ!!!! アンジェ!!!!!! 「あなたは、スクラップになりたいと・・・」 「・・・はい・・・」 アンジェリークは、スクラップになるための面談を受けていた。 レプリカントは、自分の権利を護るために、スクラップをする権利を与えているのだ。 「もう・・・、居てもしょうがないから…」 「はい」 「待ってくれ!!!!」 壮絶な叫び声が聴こえて、アンジェリークも、面接官も思わず振り返った。 「アンジェ!!!!」 そこには、銀の髪を乱し、スーツを乱して、その上息までも乱したアリオスがいた。 「アリオス・…」 アンジェリークは、大きな瞳に涙をいっぱい溜めながら、アリオスをずっと見つめてる。 「----もう・・・、スクラップになる心配はなさそうですね・…」 そう言って、係員は席を立ってしまった。 「アンジェ!!!」 アリオスはそのままアンジェリークを抱きすくめて、離さない。 「バカ!!! 俺に何も言わずにどっかにいくんじゃねえ!」 「アリオス…」 彼女は、その抱擁の強さに喘いだ。 「いいか! おまえは俺のそばにいなきゃダメなんだ!!! おまえ以外の女なんか欲しくねえんだよ!!!」 「アリオス…、だって・…、あなたは…、結婚するって、それがあなたの幸せだって…」 喘ぎながら彼女は胸をしゃくりあげて、ようやく彼の背中に手を回す。 「----ったく…、もっと早く言っていれば良かったな…」 そう言って、彼はポケットから指輪を取り出し、彼女の左指にそれを嵌める。 「アリオス…」 彼女の瞳と同じ色の宝石の付いた指輪を、じっと眺める。 「これはおまえが俺のものだという証だ…ずっと一緒だ…」 「うん・・・うん・・・」 そのまま彼女は彼の体にしがみついて、泣きじゃくる。 「もっと早く言っていれば良かったな…」 彼は愛しそうに彼女の背中を撫でながら、耳元に唇を寄せる。 「愛している…」 |
コメント
本館30000番のキリ番を踏まれたさくら様のリクエストで、
『アンドロイドのアンジェリークが、アリオスに教えられて感情に目覚めてゆく』です。
最終章は少し長めになりました。