クリアランスの時期にもなり、アンジェリークは、親友のレイチェルと共に、いそいそとデパートに出かけた。 貧乏学生のアンジェリークにとって、この時期を逃すと、なかなか服を買うことが出来ないのだ。 今日は気合いを入れて、彼女はクリアランスに挑む。 目指すは70パーセントオフ!である。 クリアランス会場は、デパートの催し物用のホールで、すでに凄い熱気になっている。 アンジェリークは深呼吸を深くして、レイチェルとふたり、せいのとばかりに中に飛び込んで行く。 「うわあっ!」 親友と二人、戦場の中に入って行くものの、華奢なアンジェリークは、その勢いの渦に溺れた。 余りにもの圧迫に苦しくてもがく。 これではとてもではないが、服を争奪なんか出来やしない。 「…ク、苦しい…」 一瞬、気を失いそうになったが、ふわりと躰が浮き上がるのを感じた。 「あんた、大丈夫か?」 力強い腕と甘さを含んだ感情のない声の先には、冷たい異色の瞳をした青年がいる。 「あ、すみません・・・」 「休憩をしたほうがいいぜ?」 「はい・・・」 これ以上ここにいても気分が悪くなるだけだから、アンジェリークはとにかく頷くことにした。 本当は、この青年に魅入られていたからかもしれない。 「ほら、こっちだ」 「はい」 青年に連れられて休憩室に向かう。 横に並んだ彼は、長身でスタイルも良く、スーツもとても似合っていた。 腕にデパートの腕章を巻いていたので、すぐに係りだとも判り、安心する。 連れていかれた休憩室は、とてもリラックス出来る雰囲気で、何人かの気分が悪くなった少女たちが、ソファで休んでいる。 流石は、高級デパートアルウ゛ィースである。 「そんな細い躰で無理すんなよ? 飲み物を出すから、何が良い? あいにく自販機の物で申し分けねえが」 彼は自販機を指差し、アンジェリークもそれを見る。 「ミルクティにします」 言いながら、財布を持って、立ち上がろうとした彼女を、アリオスは制する。 「待て。これはうちのサービスだからな。気にするな」 それだけを言うと、青年は自販機のボタンを押す。 自販機自体も、無料対応になっている。 全く至れり尽くせりとはこのことである。 「ほら、これを飲んで、少し落ち着け」 「はい」 渡されたミルクティと隣に座った彼が、意識を別方向に高めてくれた。 妙な緊張感が彼女を覆う。 その上、せっかくの服を買うチャンスをふいにしてしまった自分が悔しくて、アンジェリークは何とも言えない気分で溜め息を吐いた。 「どうした? まだ、気分が悪いのか?」 「・・・せっかく来たのに、こんなことになるなんて・・・」 しょんぼりと肩を落とすアンジェリークはとても愛らしくて、青年はくすりと笑う。 「服なんて、バーゲンでなくても、いくらでもチャンスがあるだろ? そんなにしょんぼりしなくても・・・」 「私には、バーゲン以外で買うことなんか出来ません! ただですら、苦しいんですから・・・」 本当に悔しそうにしょんぼりとする彼女に、アリオスはその表情に夢中になっていた。 「だったら、福袋はどうだ? 安く売ってるぜ?」 「それも嬉しいんですけど、私、トップスとボトムスのサイズが違うんです・・・」 「いくつ何だ?」 「ボトムスは7号ですが、トップスは9号なんです・・・」 彼女の胸を見つめると、それはすぐに納得がいった。 「そんな、福袋があるかもしれねえぜ? 何せここは”アルウ゛ィース”だからな? お客様のニーズに応えるぜ? 3階のインフォメーションで扱っている。値段は1000Gだ」 それを聞いて、余りの安さに、アンジェリークは耳を疑う。 「安いです! 是非見に行きます!」 この安さで服を買えるのなら、万々歳だ。 アンジェリークは、本当に嬉しそうに笑っていた。 「少し休憩したら、行くといいぜ?」 「はい」 青年は一端離れようとして、振り返る。 「あ。おまえさん、どこの服が好きなんだ?」 「好きだけで言えば、ブルーエンジェルです」 「了解」 彼はそれだけを言うと、行ってしまった。 素敵なひとだな・・・。 ほんわりと頬を真っ赤にしながら、じっと青年の行方を見つめる。 不意に携帯が鳴り、アンジェリークは慌てて出た。 「はい」 「アンジェ、ワタシ!」 「レイチェル」 電話の主はレイチェルでとてもご機嫌な様子だった。 「あのさ、いっぱい戦利品ゲットしたんだ〜! アンジェは今どこにいるの?」 「・・・休憩室」 アンジェリークは恥ずかしくて、ぼそりと呟いた。 「えっ!? ちょっとアンジェ、何やってたの?」 「あのね、争奪戦にあぶれて・・・、溺れているところを係員の人に助け出された・・・」 余りにものらしすぎる答えにレイチェルは溜め息を吐く。 これじゃあまるで、雪山遭難…。 『大丈夫か! 生きているか〜!』 まるで雪山で山岳救助隊に助けられ、霜やけの真っ赤なほっぺを叩かれる、アンジェリークが思わず脳裏に浮かんだ。 「戦利品はもちろん…」 「うん、ない」 これもまた、予想できる答えだった。 「判った。どこにいるの?」 「バーゲン会場の横の休憩室・・・」 「判った。迎えに行くから」 携帯を切った後も、レイチェルはまた溜め息を吐く。 彼女はすたすたといつものように機敏に動き、直ぐに休憩室のドアを開ける。 「アンジェ、いる?」 「レイチェル!!」 親友の姿を見るなり、アンジェリークはソファから立ち上がる。 すぐに子供のようにぽてぽてとやってくる親友が、レイチェルは憎めなかった。 「さあ、行こう」 「あ、お世話になりました」 アンジェリークは係員に手厚く礼を言うと、レイチェルとふたりで休憩室を出る。 「レイチェル、ちょっと3階のインフォメーションに行って欲しいの。そこにね、リーズナブルな福袋があるらしくて、それを買いたいの」 「いいよ」 返事をしたものの、レイチェルは首を傾げる。 売ってたっけ・・・。そんなの・・・。 3階のインフォメーションに行くと、そこには大人の雰囲気のある青年が立っており、福袋が売っている雰囲気ではなかった。 だが、格安の福袋の魅力には勝てなくて、彼女は思い切って尋ねてみることにする。 「すみません、福袋が欲しいんですが」 「はい。おいくらのですか?」 「1000Gのです!」 青年はにっこりと笑って頷くと、彼はとても大きな紙袋を取り出してきた。 「はい。これが最後のひとつです。丁度1000Gのです」 出してくれたものが余りにも立派すぎて、アンジェリークは戸惑う。 「・・・あの、これ本当に1000G?」 「1000Gですよ。凄くお得でしょう? アルウ゛ィースのスペシャルプレゼントプライスです」 青年はあくまでも柔らかな笑顔を向けるだけだ。 「有り難うございます」 アンジェリークは頬を真っ赤にしながら、素直に受け取ることにした。 「アンジェ、よかったね〜、もうけ〜!!」 「うん」 よたよたと紙袋を持っていくアンジェリークを見送った後、青年は後ろの鉄扉を開けた。 「これでよかったですか? アリオスさま」 「ああ。上出来」 アリオスと呼ばれたのは、先程の青年だった。 アンジェリークを助けて、あの整理係の青年。 「人手が足りなかったから、手伝ってたが、とんだ拾い物をした感じだぜ」 彼は甘く微笑むと、アンジェリークが立ち去った方向を見つめた----- 後はおまえしだいだぜ? 「ねえ、この福袋何はいってるのか、見たいと思わない?」 提案したのはレイチェル。 アンジェリークもそこはかとなく気になってはいたので、思わず頷いた。 「そうこなくっちゃ!!」 ふたりはゆったりと座ることが出来る喫茶店の中で陣取り、福袋の中をあけてみることにした。 「なにがはいってるのかな」 「うん…」 アンジェリークはゆっくりと袋の中を空けてみる。 その瞬間言葉を失う。 「どうしたの、アンジェ? あ〜!!」 これにはレイチェルもあいた口がふさがらなかった。 「これ全部、バーゲン対象外商品・・・。”ブルーエンジェル”の新作じゃん・・・」 中にあったのは、冬物・春物の、トップスが1枚ずつ、スカートが1枚ずつ、ワンピースが1着ずつだけではなく、ミュールと靴も1足ずつ入っていた。しかもどれもアンジェリークのサイズにぴたりとあわせられている。 「すごい・・・」 さっきのあの銀髪のひとかもしれない…。 彼がきっと・・・。 アンジェリークは絶対そうだと思い、心が甘くなるのを感じた。 一足早い春すら着ている。 「あれ、これ何」 目ざとくレイチェルが見つけたのは、1枚のチケット。 彼女はそれを手に取るなり絶句する。 アルヴィースグル−プ、アリオス総帥と1日過ごす券----- 「ちょっとこれ何なの!? ここの総帥も名に考えてるんだか・・・。確か、若くてかっこいいって聞いたことあるけどねぇ」 レイチェルは呆れたようにいい、アンジェリークはそのチケットをレイチェルから渡される。 「総帥と過ごすチケット…」 そこには総帥自らの携帯番号まで書いてある。 …若くて、素敵…。 まさか・・・。 アンジェリークの心は更に甘く揺れ、先程の整理係の青年と総帥を重ねずにはいられなかった。 TO BE CONTINUED… |
コメント 福袋ネタです。 3回ぐらいの短いお話の予定ですので、宜しくお願いします〜。 |