撮影スタジオの廊下で、いつものように何もない場所で躓く少女が一人。 「きゃっ!」 「おっと」 目の前にいた少女が、いきなりバランスを崩したので、アリオスはその手で受け止めた。 「ご、ごめんなさい」 身体を震わせて、潤んだ大きな瞳で見つめる少女に、アリオスは胸を突かれた。 可愛い・・・! 「あ、アンジェリーク!」 明るい金髪の少女の声に、ほっとしたように息を吐くと、”アンジェリーク”と呼ばれた少女は、すぐにアリオスから離れた。 「レイチェル〜!」 「アンジェリーク!」 縋るようにレイチェルの影に隠れた少女は、アリオスをかなり警戒しているようだ。 参ったな・・・。 アリオスが困った顔をして銀髪をかき上げていると、レイチェルは済まなそうに笑う。 「ごめんなさい、このコ、男性に免疫がなくて」 この言葉に安心をするも、アリオスは内心複雑で。 ちらりとレイチェルの背中からひょっこりと顔をだし、済まなそうに頭を下げる栗色の髪の少女が、愛くるしい。 「ああ、俺は気にしちゃいねえ。ところで、2スタはどこか判るか?」 「はい、ここの突き当たりです」 レイチェルの言葉に、アリオスは頷くと、すたすたと歩いていく。 「サンキュ」 その言葉はアンジェリークの心にリフレインのように残っていた---- アンジェリークとレイチェルは、通っている学校のPRモデルに選ばれ、撮影スタジオに来ていた。 ふたりがスタジオに入ると、そこには先程の銀色の髪をした青年がいた。 まさかあの人がカメラマン・・・。 「待っていました、お二人とも!」 学校の総務担当のエルンストがカッチリとしたスーツを着て、二人に向かって歩いてくる。 「エルンストさん、こんにちは」 「エルンスト、やっほ〜!」 レイチェルの親しげな挨拶に、エルンストは咳払いをする。 二人は幼馴染みで恋人同士なのだ。 この二人が、お穣様学校の代表のモデルだったのか・・・。 さっきの人だ・・・。アンジェリークは恥ずかしそうに見つめて、俯いている。 「アリオス先生」 「先生は止めてくれ、柄じゃねえよ」 「では、アリオスさん。こちらが今回、我校生徒を代表してイメージモデルを勤めさせていただく、レイチェル・ハートと、アンジェリーク・コレットです」 アリオスが軽く頷くと、レイチェルがまずは挨拶をする。 「レイチェル・ハートです! よろしくお願いします!」 金髪の少女ははっきりと明るく答えたが、栗色の髪の少女は不安げに俯いている。 「アンジェリーク・コレットです。宜しくお願いします・・・」 ぺこりと頭を下げるぎこちなさも可愛らしい。 「アリオスだ。今回のカメラを担当する。よろしく」 さらりと自己紹介をすると、レイチェルはびっくりする。 「えっ、あのファッション誌や、ブランドの広告写真とかで有名な!?」 「理事長のお知り合いを通じて、実現したんですよ」 エルンストの言葉に、レイチェルは頷く。 有名な方なんだ・・・。 アンジェリークは遠くから伺いながら、感心する。 「じゃあ、そこに二人並んでくれ? ポラで軽く撮る」 アリオスの一声で、アシスタントの青年がやってくる。 「オスカー、レフ板頼む。照明、二人の肌を健康的に映してくれ、少し明度は落として」 てきぱきと指示をするアリオスに、アンジェリークは目を丸くした。 「ほら、ぼっとしてねえで、中央に立て!」 「はいっ」 少し強い口調で話すアリオスに、アンジェリークは身体を僅かに震わせながら、中央に立つ。 「オッケ。他愛ない話でも始めてくれ。今日の弁当のおかずだとか、何でも」 言われた通りにしないと、アンジェリークは恐かったので、震える声で話し始めた。 「今日は手作りお弁当だった」 一生懸命、震える声で話す彼女が可愛く思えてしまうのが、アリオス自身が不思議で。 今まで、プロばかりを撮ってきたせいか、新鮮なのか・・・? 少女たちは会話を続け、少し、緊張を解き放ちつつある。 「アンジェは料理が上手だもんね〜」 「そんなことない・・・」 真っ赤にはにかみながら友人を見つめ、また、レイチェルもアンジェリークを優しく見ている。 アリオスは、流石に高名なカメラマンのせいか、シャッターチャンスを見逃さない。 二人とも楽しそうだな・・・。 何度かポラロイドで写真を試し撮りをし、彼の唇にうっすらと笑みが浮かんだ。 「オッケ。ちょっと休憩」 合図を、アリオスが送ると、一斉に照明が消え、レフ板が下ろされた。 「アンジェ、休憩していいって」 「うん」 僅かに頷くときに、アンジェリークはふわりとやわらかな微笑みを浮かべたが、アリオスはそれが輝かしく見えた。 無意識に、ポラロイドカメラのシャッターを切る。 フラッシュの光に、アンジェリークは驚いて目を丸くした。 アリオスはフっと笑うと、すぐに椅子に座り、無造作に置いた写真を、煙草を片手にじっと見つめる。 浮かび上がってくる画像の、少女たちの表情の素晴らしさに、彼の異色の瞳が鋭く光る。 特に、栗色の髪の少女の表情の素晴らしさに、アリオスは心を奪われてしまう。 今までにない、初々しさだな・・・。だが、どうしてあんなに男に免疫がねえんだろうか!? 「いかがですか!?」 心配で見にきたエルンストに、アリオスは表情こそ変えないが、出来が素晴らしいことを伝える。 「このふたりだったら、良い写真が撮れるぜ?」 「そうですか!?」 明らかに嬉しそうなエルンストの表情に、レイチェルが寄ってくる。その後ろには、アンジェリークがまるでイソギンチャクのように着いて来ている。 「アリオス先生、見せてもらっていいですか?」 「ああ」 すっと差し出されたポラロイドを、レイチェルは長め、アンジェリークもひょっこりと顔だけ出して見つめる。 「可愛く撮れてるよ? アンジェ?」 「本当に?」 ほんの少し嬉しそうに微笑むアンジェリークを見ていると、アリオスは仕事を放り出して、この場からさらって行きたいような衝動に駆られてしまう。 モデルは商品。 アリオスには常にこのような感覚があり、モデルを恋の対象としてみたことすらなかった。 だが----- 自分よりも一回り誓いこの少女に、強烈に惹かれる。 「なあ、アンジェリークとやら、ちゃんとこっちに来れねえか?」 「え…、あの…」 恥ずかしがるのとは違った、すこし怯えているようにも取れる。 「スミマセン、先生このコ、男性恐怖症なんです?」 「男性恐怖症!?」 その言葉にアリオスは眉根を寄せて、訝しがる。 「このコ、幼稚園から高校までずっと温室のスモルニィ女学院育ちなんですよ。で、男は全くダメ。ワタシは転校組だからなんともないですけどね?」 「ごめんなさい…」 アンジェリークは本当にすまなそうに頭を下げる。 コレはゆっくり近づかなきゃなんねえな…。 「だ、だけど、何とか…、頑張りますから…」 一生懸命の彼女が可愛い。 アリオスは微笑をアンジェリークに浮かべると、髪をクシャっと一瞬撫で上げる。 「期待してるぜ?」 「あ…」 アンジェリークは、今、自分がされたことにびっくりしてしまって、目を大きく開けて立ち尽くしている。 「アンジェ、大丈夫?」 「ううん、大丈夫…」 アンジェリークはぼんやりとしている。 嫌じゃなかった…? ぼんやりと固まっている彼女に、アリオスは心の中で溜息をついた。 コレは長期戦になりそうだ… |