私には誰にも言えない秘密がある。 誰にも壊してほしくない秘密。 ずっとずっと温めてきた大切な”恋”がそこにある。 「今日のHRはここまでだ」 土曜日の正午、担任であるアリオスの声が響くと同時に、クラス委員の号令が響く。 アンジェリークもそれに合わせて立上がり、礼をした。 いつもの風景、いつものしぐさ。 挨拶が終わった後、クラスの一部の生徒たちは、担任であるアリオスに群がり、話している。 ”親衛隊”と呼ばれている彼女たちは、とても親密そうにアリオスと話し、願わくばその隣を狙っている。 そんな二人を尻目に、クラス副委員のアンジェリークは、黙々と教室の掃除をしている。 「あのこたちも掃除当番でしょ!? やればいいのに」 クラス委員のレイチェルは、不機嫌そうに掃除をしながら様子を見ていた。 「うん、いつものことだわ…」 半ば諦めたように、アンジェリークが話した時だった。 「ほら、おまえら掃除当番だろ? とっととやりやがれ」 アリオスは、彼女たちを軽くあしらうのには馴れていて、すぐに解散させる。 タイミングが良いというのは、まったくこのことである。 ありがとう、アリオス…。 「コレット、日誌書いておいてくれ? ハート、出席簿付けにこいよ?」 彼はごく自然にアンジェリークに日誌を押し付け、そのまま教室から颯爽と立ち去る。 「はい」 二人はその姿を横目で見つめながら、黙々と掃除をしつつ頷いた。 一通り掃除が終わった後、アンジェリークは日誌を書くために開いた。 そこに小さなメモ書きを見つけけ、顔を綻ばせる。 ”今夜、俺のマンションで鍋をしよう。材料買って待ってる” 心が暖まり、甘く潤んでくるのを彼女は感じる。 小さな紙だが、彼女にとっては大切なことが書いてあった。 それを大切そうにスカートのポケットに直しこんで、アンジェリークはニコニコと笑いながら、日誌に取り組む。 その間も、レイチェルはじっと待っていてくれる。 「いいことあった?」 笑いながら訊かれて、アンジェリークは、僅かにコクリと頷く。 それがレイチェルにはとても可愛く思えた。 「出来た」 「だったら先生に見せに行こう?」 「うん」 職員室に行くと、アリオスは、机に向かって細々とした仕事をしていた。 「日誌です・・・」 「サンキュ」 彼女は、同意の印を日誌に忍ばせて、彼に手渡した。 二人にしか判らない秘密のやりとりがそこにある。 彼女が名前をサインする時、最後に小さな点を打てば、OK、の意味。 逆に、何もなければ駄目な意味。 副委員である彼女の仕事のひとつが、クラスの日誌を書くことなので、それを利用した格好になる。 アリオスは、すぐに名前の後ろに点を見つけて、僅かに微笑んだ。 「ごくろうさん。二人とも帰っていいぞ」 「はい」 一礼してから、職員室を後にすると、ふたりは教室に鞄を取りに行き、鍵を閉めた。 「今日は早く帰るの?」 「うん・・・」 はにかみながらアンジェリークが頷くものだから、レイチェルはぴんとくる。 「そっか、よかったね」 ぽんと肩を抱いて、レイチェルも笑った。 家に帰り、私服に着替えた後、彼女はスーパーに向かう。 酒好きの彼のために、飲むアテを買いに行く。 「寒ぶりのカルパッチョでも作ってあげなきゃね」 アンジェリークは、刺身用の寒ぶりとそれに入れる野菜を買い求め、スーパーを出た。 彼のために買い物をしてあげたりすることが、アンジェリークは楽しくてたまらない。 結婚したら毎日こんなのかな・・・。 だったらいいな・・・。 幸せな気分で心が暖かくなるのを感じながら、アンジェリークは、愛するアリオスのマンションに向かった。 マンションに着いてまずするのが掃除。 アリオスはまめなので、よく掃除をしてあるが、本格的にするのはこの土曜日。 シーツを替え、パジャマなど、少したまった洗濯を行いながら、掃除をし、より気持ちの良い”住まい”に変える。 その後に、彼のために夕食の準備をした。 アリオスが帰ってきても、温かに過ごせるように。 六時を過ぎた頃、ようやくインターホンが鳴り、アンジェリークはアリオスを迎えにいった。 甘く温かな時間が、今、始まろうとしている。 「ただいま」 「おかえりなさい」 甘いキスを交わして、二人は週末だけの”夫婦”になる。 「お鍋出来てるから、あと、ちょっとしたものを作ったから」 「サンキュ」 彼は鞄をベッドルームに置くと、良いにおいがする、ダイニングへと向かった。 「嬉しいわ、今日はかに鍋〜」 「おまえ好きだもんな。後で雑炊にしようぜ?」 「うん」 二人は、小さなテーブルで斜め隣同士になり、くっついて離れない。 誰にも言えない関係。 だが、二人でいられればそんなことは煩わしいとは思わない。 「アテも作ってくれたのか?」 「うん…。お口に合うと良いけど」 「おまえが作るのは何でも美味いぜ?」 彼の甘い言葉に、アンジェリークは真っ赤になって照れくさがる。 アリオスは差し出されたウォッカを片手に、カルパッチョに舌鼓を打った。 「うまいな。サンキュ」 「うん・・・」 アリオスは、可愛くてたまらなくなって、彼女を抱き寄せ、その白い頬に唇を寄せる。 「こう出来るのは、家にいるから出来るんだな」 「アリオスったら・・・。さ、食べましょ? お鍋の具が煮え過ぎてしまうから」 照れながら、諭す彼女が、アリオスは可愛かった。 「だな。こいつはいつでも食えるからな?」 「もうバカなんだから・・・」 名残惜しげにぎゅっと抱き締めてくる彼に、アンジェリークは恥ずかしくて、小さくなってしまった。 かに鍋はとても美味しかった。 満足な夕餉の時間であった。 締めの雑炊はアリオスが作り、二人とも、お腹がいっぱいになるまで、それを食べきる。 「あ〜、もうだめ! お腹がはちきれそう!」 「この後に、運動するから消化されるぜ?」 お腹を彼になでられてしまい、アンジェリークは少しだけ息を乱して、顔を真っ赤にする。 「バカなんだから・・・」 「可愛いぜ?」 「もう…」 二人はしばらく互いの温もりに抱かれながら、甘いひと時を過ごした。 この瞬間だけ私は心を満たされる・・・。 私の心を満たしてくれるのは、アリオスだけ・・・。 -------------------------- 夜も深くなり、真夜中とも言える時間。 激しく愛し合った後、アリオスとアンジェリークは、同じベッドの毛布に包まって、一息ついていた。 深夜の静けさが、二人を包んでいる。 疚しいと思ったことなんて一度もない・・・。 私たちの恋は、とても神聖だから・・・。 「アンジェ、来週、旅行に行かねえか? 温泉…」 「いいの!?」 彼の思いもかけない提案に、アンジェリークは、思わず目を見開く。 「ああ。日ごろの感謝だ・・・?」 「嬉しい・・・」 アンジェリークは身体を摺り寄せて、アリオスに精一杯甘え、感謝の気持ちを表した。 それが可愛くて仕方がなく、アリオスは再び彼女を愛し始める。 「あっ、アリオス・・・!」 「黙ってろ・・・」 深夜は私たちの秘密の時間・・・。 お互いに身体で愛しあうことによって、想いを伝え合う。 近くでデートも何も出来ない、ただ、深夜にこうして愛し合うだけの私たち・・・。 だけどとっても幸せよ・・・ |