「待って! アリオス!!」
アンジェリークが追いかけてゆくものの、アリオスは1歩たりとも待ってはくれない。
「アリオス!!」
あまりに彼女が切なげにその名を呼ぶので、彼はようやく立ち止まり、振り返った。
「アリオス…」
彼女の表情が明るくなる。
だが、それは一瞬だった。
「着いて来るんじゃねえ」
鋭い一言が、アンジェリークの心に硝子となって突き刺さる。
「アリオス…」
彼女はすまなそうに眉根を寄せ、痛む胸を切なそうに両手で抑えた。
「オスカーともよろしくやってるみてえじゃねえか。こんなところで油売ってねえでさっさと戻ったらどうだ?
----ったく、判ったらもう二度と俺の前に現れるんじゃねえ!
早く消えちまえ!」
いつもは意地悪なことを言っても結局は優しい彼が、今日は冷酷で、残酷だ。
涙が自然に溢れてくる。
「アリオス! お願い聞いて!!」
「聞くも何も、おまえがオスカーと一緒に”夜想祭”に行ったのは明白じゃねえか。知ってるか? この祭りは”恋人たちの為のもの”だ。おまえとあいつはそういうことなんじゃねえのか?
とっととあいつのところに戻ればいいじゃねえかよ」
テノールは感情を湛えず発せられる。
「違うの! 陛下が誘ってくださったから、迎えに来てくださっただけなの!」
必死の想いでアンジェリークはアリオスを説き伏せようとした。
彼が自分の世界から消えてしまうなんて、そんなこと考えたくもない。
彼の表情がピクリと動いた。
「それ、ホントか?」
先ほどよりは幾分か和らいだ口調。
アンジェリークはその声のトーンに少し安心する。
だが、油断することは出来ない。
「そうよ。だって、このお祭りだって、本当は…」
「本当は?」
彼女の言葉を繰り返すアリオスの声は、先ほどのような厳しさはもうない。
彼女は鼻をすすりながら、寂しそうに俯いた。
「本当は…、あなたと一緒に見たかったんだもん…」
肩を震わせて俯き、涙を手で拭う彼女はまるで子供のよう。
アリオスの心の中に甘い暖かさと、彼女をほんの一瞬でも傷つけてしまった罪悪感が苦く広がってゆく
惚れた女を信じてやらねえ何て、俺はサイテーだ。
「アリオス?」
彼の気配がして、顔を上げると、そのままふわりと抱きすくめられた。
「-----すまなかった…」
低く甘く囁かれて、アンジェリークはその旨に顔を埋めながら、何度も首を振る。
「信じてくれるの?」
「ああ。さっき、金の髪の女王を特別に警護してたからな。もちろん、見つからねえようにだが」
「うん・・・。だけど私もちょっと軽率かな? アリオス以外の男性と、送ってもらうとはいえ、二人っきりで歩いてたから…」
「おまえは、悪くねえよ」
優しい光を帯びた異色の眼差しを彼女に向けると、彼はそっとその顎を持ち上げた。
「ったく、おまえはいつも他人のことばかり考えるんだからな? 悪いのは勘違いした俺だ」
彼女の艶やかな瞳が濡れて光り、彼に向かってあなたは悪くないと訴えている。
「俺はおまえのこういうところが、一番愛しいがな」
唇が近付き、彼女は彼のそれを受け入れる。
最初は謝罪のためのキス。
軽く、甘い、触れるだけの、羽根のようなキス。
何度か唇を重ねるうちに、それは深いものとなって行った。
彼の舌が蠢くように彼女の歯列を割り、口腔内を優しく舐め取ってゆく。
何度も角度を変え、キスをし、唇を吸い上げ、舌で舐める。
「ア…リオス…」
彼女の唇からは、甘く彼の名前を呼ぶ声が漏れる。
華奢な腕が、彼の首に巻きつけられたときだった。
遠くから誰かの気配がする。
アリオスは唇を素早く離し、神経を研ぎ澄まさせる。
「アリオス?」
縋るようにアリオスを、アンジェリークは見つめる。
「大丈夫だ。奴らじゃねえ。気配が違うからな」
「うん…、だけど、一体誰だろう」
不安げに彼の腕をぎゅっと掴み、彼女h無意識に彼に身体を寄せた。
「大丈夫だ。俺がいるだろう?」
「----うん・・・。アリオスのことを信じてるから、それは不安じゃないわ。
ただ、ただね、アリオスに何かあったらと思うと…」
彼女は本当に天使だと、アリオスは心からその想いを噛み締める。
彼女のこのようなところが、死ぬほど愛しいと、彼は自覚する。
「アンジェ…、心配すんなよ。そこがおまえのいいところでもあり悪いところでもあるんだからな」
フッと優しく微笑み、彼女の額にキスをする。
「後でたっぷり殺気の続きをしてやるから、これで我慢しろよ?」
「もう…、アリオスのバカ…」
いつもの決まりきった彼女の台詞に、彼はクッと咽喉を鳴らして笑った。
「すみませ〜ん! こちらに栗色の髪のアンジェリークさんっていますか〜」
声がして、徐々に人が近付いて来る。
声と足の使いから見ても、それは明らかに少年のそれだった。
姿が月光に照らされて見えてくると、やはり少年だ。
息をからしてやってきた少年は、手に手紙を持っていたようだった。
少年は、アリオスとアンジェリークの姿を見つけるなり、駆け寄ってくる。
彼女を見つけたと言わんばかりに。
「あなた、アンジェリークさん?」
「そうですけど…」
彼女は戸惑うように答え、アリオスは彼女の不安げな気持ちを察して、彼女の華奢な腰を少年の目の前でこれ見よがしに抱いた。
その仕草に、少年も、アンジェリークも頬を赤らめる。
「あ、これ、金髪のアンジェリークさんって方と、オスカーさんって方から預かってきたんだ」
「有難う…」
差し出された手紙を、アンジェリークは戸惑いながら受け止めた。
陛下とオスカー様が…?
「じゃあ、確かに渡したよ」
元気良く少年は言って、走り去ろうとする。
「あっ!」
何か思い出したように少年は振り返ると、二人をじっと見つめる。
「どうしたの?」
「金の髪のアンジェリークさんとオスカーさんもお似合いだったけれど、お姉さんとお兄さんも凄くお似合いだよ! ”夜想祭”楽しんでね!」
少年は照れくさそうに言い残すと、もと来た道へと戻っていった。
「…もう…」
アンジェリークは嬉しそうに、そして少しはにかみながら、アリオスの精悍な胸に体を預ける。
「ガキは素直が一番だ。----ところで、その手紙は何だ?」
「うん…。開けてみるね」
アンジェリークはそっとその封筒を開け、はっと息を飲む。
「どうした?」
その表情を、アリオスは覗き込む。
「…陛下ったら…」
泣き笑いの表情で手紙を握り締めると、彼女は彼にそのまま差し出した。
「読んで?」
「ああ」
受け取って読んだアリオスも、目を見張る。
「これは…」
驚愕にも取れる彼の吐息が漏れる。
そこにはこう書かれていた。
『アンジェリークへ…。
そろそろお目当ての男性に逢えたかしら?
これは、いつも頑張ってくれているあなたへ、私からのプレゼント。
今夜は彼と素敵な思い出を創ってね。
二度とないひと時を----
健闘を祈るわ。
P.S.彼との誤解は解けたかしら?
ごめんね。タイミングが悪かったみたいね』
「やっぱり、適わねえな。あの女王陛下には」
アリオスは深い微笑をフッと浮かべ、夜空を見上げる。
「そうね…」
彼女も同じように夜空を見上げ、はっとした。
「アリオス! あれ! オーロラ!!」
闇の中に、幻想的な色を湛えたオーロラが降りてきて、森の木々を照らして、美しく魅せる。
「一緒に…、見れて…、良かった…」
女王への感謝と、再びアリオスと一緒に幻想的な自然のショーを見ることが出来て、胸が一杯になる。
アンジェリークは涙を流しながらも、しっかりとその美しい姿を瞳に留めようとする。
「ほら、泣くな? 泣いたら、折角のオーロラが見えねえだろ?」
クシャリと彼女の栗色の髪を、彼は愛しげに撫でる。
「うん…」
「しょーがねーな」
彼は彼女を自分の方に向かせると、そっと唇で涙を拭う。
「泣き虫だな、おまえは。ちっとも変っちゃいねえ。気が強いところもあると思えば、こういうところもあるんだからな」
「悪い?」
しゃくりあげながらも彼に抗議する彼女が、ひどく愛しいと、アリオスは思う。
彼の指が彼女の唇を優しく撫でる。
「これからも、ずっと傍にいてね?」
「ああ。いつまでも----」
二人の唇が重なり合う。
オーロラに見守られて、二人は誓いの口づけを交わした----
Say You Love Me
後編

コメント
12345のキリ番を踏まれた美和様のリクエストで、「オスカーと夜想祭に行ってアリオスに見つかってしまう
アンジェリーク。最後はハッピーエンド」なお話の後編です。今日、サイト改装のために回っていた素材屋さん
で素敵なオーロラの壁紙を見つけて、早速使ってみました。
お話の内容は、美和様いかがでしたでしょうか?
コメディヴァージョンも考えたのですが(アリオスが散々オスカーの邪魔をしまくる(笑))
こちらに落ち着きました。
今回、トロワじゃあアリオスって何やってるか判らなかったので、
アンジェのために、「警備隊」には行って、身辺警護を影からしている。
という設定にしました。
タイトルはパティ・オースティンの同名の曲から。
昔子供の頃、この人と、パティ・ラベルの区別がつかなかった(笑)馬鹿ですね。
