今日は”夜想祭”だって、天使の広場の人たちが言ってた・・・。
行きたいな…。
もちろん、アリオスと一緒に…
窓の外に広がる夜空を見上げながら、アンジェリークは切ない溜め息をまたひとつ吐く。
レイチェルは、エルンストさんと一緒に行くって言ってた…。
陛下や、ロザリア様も、きっとあの方々と行くのだろう…。
----そう、私だけが一人ぼっち…。
愛しい人が誘いに来れない事位判ってる・・・。
だけど…、やっぱりこういうイヴェントには、大好きな男性(ひと)と過ごしたい。
「アリオス…」
切なくその名を囁いて、また溜め息を吐いてしまった。
不意にドアがノックされ、アンジェリークははっとした。
アリオスかもしれない…。
彼女の脳裏にその考えが浮かび、表情が明るくなる。
「はい?」
期待を胸に恐る恐る返事をしてみる。
だが----
「お嬢ちゃん俺だ」
オスカーだった。
彼女の希望をしぼんで、思わず苦笑いする。
アリオスなわけ、ないのにね…
「待ってください、オスカー様。すぐに開けます」
あくまでも落ち着いて、アンジェリークはドアを開けると、オスカーを部屋に迎え入れる。
「こんばんは、お嬢ちゃん」
「こんばんは」
今夜のオスカーも、非の打ち所がないほど素敵だった。
隙なくよく似合ってる執務服も、燃えるような緋色の髪も、そして、情熱的なアイスブルーの瞳も…。
総てが完璧なのはわかっている。
だが、心がときめかない。
アンジェリークの心をときめかすことが出来るのは、最早あの銀の髪の青年だけということを、彼女は改めて知る。
私…、どうしようもないほどアリオスが好きなんだ…
そんな想いを持て余しながら、彼女はオスカーに少し儚げな笑顔を向けた。
「オスカー様、今夜はどうされたんですか?」
「野暮なことを聞くなよ、お嬢ちゃん」
言って、彼はアンジェリークに甘く微笑みながらウィンクをする。
それに釣られて彼女の笑顔も明るくなる。
「今日は"夜想祭”だろ? 良かったら一緒にと思ってな?」
「"夜想祭”…」
戸惑うように彼女は呟き、少し辛そうに俯いた。
"夜想祭”----
行きたいけれど、やっぱり愛しい男性(ひと)と行かなければ意味がない…
「ごめんなさい…、オスカー様・・・、私やっぱり・・・」
「お嬢ちゃん」
優しい響きだった。
「え?」
その声に導かれるようにして、アンジェリークは顔を上げる。
「…本当のことを言おう。実は陛下に頼まれたんだ。"皆でいっしょにオーロラを見ましょう"ってな。だから、俺が代表で迎えに来たわけだ」
「陛下が…」
「お嬢ちゃんがひとりでここにいるのが可愛そうだろうと仰ってな。どうせなら、一緒にと…」
女王の優しい気持ちに、アンジェリークは心が洗われ、満たされるような気がして涙ぐむ。
「どうだ?」
「もちろん、行かせて頂きます!」
「それでこそお嬢ちゃんだ」
アンジェリークは、女王に感謝の思いを捧げながら、オスカーに大輪の花のような笑顔を浮かべた。
陛下…、お心遣い、有難うございます…
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二人は、早速、集合場所である、"日向の丘”へと向かった。
やはり、「年に一度女王陛下がオーロラを出現させてくれる」お祭りなだけあり、沢山の恋人同士たちが、自分たちの世界に浸りながら、仲良く歩いてる。
アンジェリークは、それを微笑ましく見ていた。
昼間のデートで、アリオスにこの場所に連れて行ってもらったことがあった。
あのときの私たちも、他の人から見たらこう見えたかしら…
「お嬢ちゃん?」
深いオスカーの声が、彼女の懸想を破った。
「あ、何でもないです、行きましょう…」
フッと何か意味深な微笑を彼は彼女に向けると、先を促す。
「行こう、陛下がお待ちだ----」
「おい、アリオス、今日はもういいぞ! 陛下たちの警護は俺たちがやっておくから、おまえは先に上がれ。いつもおまえはしっかり働くから、まあ、そのご褒美だ」
「有難うございます」
銀の髪の青年は隊長に軽く会釈をする。
いつもとは違い今日の要人警護は私服姿で行っていた。
夜想祭を愉しむ要人をリラックスさせるためである。
仕事を早めにあがって言いといわれた青年は、少し怪訝に思いながらも、持ち場から離れた。
彼はそっと天使をあしらった懐中時計を見る。
どうせならアンジェを夜想祭に誘ってやりてえが、今からだと、オーロラが出るまで間に合わねえだろな…
それに、俺とこっそり逢って、付き合っている事を、他の奴らに気付かれちゃ、あいつもヤバイだろうしな…
青年は満天の星空を見上げる。
先ほどの少女と同じように、愛しい女性(ひと)が誘えないことへのもどかしさに、溜め息をひとつ吐いた----
滝の前に差し掛かり、アンジェリークは愛しそうに目を細める。
この滝で流しそうめんが出来そうだって言ったときに、アリオス笑ったっけな・・・
最近の彼は良く笑ってくれるようになった。
それが私にとって嬉しい…
「お嬢ちゃんは、ここに何か言い想い出でもあるのか?」
「そ…、そんなこと、ありません…」
頬を初々しく染めて俯く彼女に、オスカーは大人の魅力そのものの笑みを浮かべる。
「フッ、まあいい。お嬢ちゃんにそんな顔をさせる男がいるとは、このオスカーもそいつにお目にかかりたいものだがな」
“逢った事がある人”だと、アンジェリークは、心の中で囁いた。
「ホントはそいつとここには来たかっただろう?」
ニヤリと笑ったオスカーに、アンジェリークは顔を林檎のように赤くして、恥ずかしそうにする。
その姿が可愛らしくて、彼は見守るような眼差しを彼女に向けた。
それは恋人のそれではなく、明らかに兄としてのそれだ。
「こんな可愛い顔は、大切な男の前だけでしろよ。そそられてしまうからな」
「もう…、オスカー様のバカ…」
上目使いで咎める彼女に、彼は大きな笑い声を上げた。
その笑い声に、アンジェリークもとうとうクスリと笑い出す。
二人の楽しそうな笑い声が闇夜にこだます。
その笑い声を遠くで聞きながら、青年は丘の上から遊歩道に降りてきた。
恋人同士が笑っているのか。平和なこった・・・
だが、その笑い声に近付くにつれて、彼の眉間に深い皺が刻まれてゆく。
二人ともどっかで聞き覚えのある声だが…、まさかな…
穏やかでなくなってゆく心中をなんとか抑えながら、アリオスは滝へと降りてゆく。
あいつ…、あそこでそうめんが出来そうだって言ってたっけな…
ったく、そこが可愛いところなんだがな・・・
ふと、彼の目の前に、男女のシルエットが浮かび上がる。
楽しそうに笑う二人。
その姿が早く見たくて、彼は道を急ぐ。
もちろん、彼女が他の男(やつ)よオーロラを見るなんて堪えられないから。
アリオスがそれに近付き、月明かりで男女の姿が露見したのはほぼ同時だった。
彼は苦しげに息を飲む。
「アンジェリーク…」
険しい表情が、冷たい氷になった時、アンジェリークは彼の姿を捉えた。
「アリオス・…」
彼の黄金と翡翠の異色の眼差しが、冴え冴えとした冷酷な光を湛えてる。
嫌だ…、アリオス誤解してる…
アンジェリークは、余りにもの衝撃に、足がすくんで動けない。
「-----そういうことかよ…」
唇の動きで、彼女はアリオスが何を言ったかがわかる。
彼はその言葉を吐き捨てると、踵を返して、森へと入ってゆく。
「待って!!」
そこのオスカーがいることすらも忘れて、アンジェリークはアリオスの後を追いかけてゆく----
二人の様子を見つめながら、オスカーは深い微笑を浮かべていた。
ちょっと、タイミングが悪かったみたいですね、陛下…
Say You Love Me
〜前編〜
TO BE CONTINUED…

コメント
12345番のキリ番を踏まれた美和様のリクエストで、
「オスカーと”夜想祭”に言ったアンジェリークが、アリオスに目撃されてしまう」をテーマにした創作です。
すみません、終わりませんでした(苦笑)
すぐに後編を更新しますので、よろしくお願いします
