Someday My Prince Will Come


「アンジェリーク」
 オスカーに声を掛けられ、アンジェリークはドキリとした。
「あっ・・・」
 初めて呼んでもらった名前。
 潤んだ瞳でアンジェリークは切なそうにオスカーとアリオスが消えたドアを交互に見つめた。
 自嘲気味にオスカーは笑うと、アンジェリークを優しい眼差しで包み込む。
 それが今彼がしてやれる精一杯のこと。
「行っておいで。君の”王子様”はあのドアの向こうにいるから」
 彼は手をそっと放してくれると、ドアを指した。
「有り難う、オスカーさん」
「あの瞬間から、俺には君の”王子”の資格がなかったんだよ」
 彼は頷くとアンジェリークに微笑みかける。
「ドアの向こうまで送ろう」
 エスコートしてもらって、彼女は会場を出た。
「有り難う」
 ただそれだけを言うと、アンジェリークはアリオスの影を追いかける。

 グッドラック、お嬢ちゃん!

 ホテルの外まででると、アンジェリークは辺りを必死になって見渡した。
 切なく焦る気持ちが胸を焦がす。

 アリオス!!!

 ふと銀の髪が庭園に揺れるのが見えて、アンジェリークは必死になって追いかけた。
 ただ銀の揺れる髪を頼りに、彼女は追いかけていく。
「アリオスさんっ!!!」
 彼は一瞬立ち止まったが、そのまま庭園を歩き続ける。
 こんどは適度な距離を保っているせいか、見失うことはなかった。
 彼が向かったのは庭園の奥、更に美しい花園のような場所。
 花の香りが鼻孔をくすぐり、アンジェリークの心を和ませる。

 この庭…。
 どこかえ見たことがあるわ・・・
 思い出せそうで思い出せない・・・

 物思いに一瞬ふける中も、アリオスは先を歩いていく。
 そこには教会が見えた。

 あの教会は・・・!

 いつかふたりで乗った観覧車から見えた教会。
 彼はそのまま扉を抜けて入っていく。
 アンジェリークもこの後に着いて中に入って行く。
 古びた教会はどこか神聖で、アンジェリークの気持ちを引き締める。

 ここの教会も見たことがあるわ・・・

 そっと教会に入ると、タイミング良くアリオスが振り返った。
「アリオスさん・・・」
 かちっとしたスーツ姿は、ダンスパーティに相応しく、くらくらするほど素敵だ。
「一曲、踊ってくれねえか? アンジェリーク」
「喜んで!!」
 差し延べられた手を、最高の笑顔で取る。
 しっかりと合わさった二人の手はとても熱い。
「お願いします・・・」
「ああ」
 遠くからから心地好い音が奏でられた。
 アンジェリークはそれをうっとりと聞きながら、ステップを踏む。
「似合ってるぜ? ドレス」
「有り難う。・・・今日はあなたに一番見てもらいたかった・・・」
「サンキュ」
 アリオスの手を握り締める。
 その温かさにアンジェリークは温かな思いが身体のうちで広がるのを感じた。
 アリオスに教わった通りにステップを踏むのがとても誇らしい。
「あの赤毛の男はいいのか?」
「------オスカーさんより、あなたと踊りたかった・・・」
「そうか・・・」
 アリオスは更にアンジェリークを近くに引き寄せ、ダンスをする。
「今日はおまえの綺麗なところを見れてよかったぜ?」
「アリオスさん・・・」
 じっとアンジェリークは彼を見つめた瞬間、ぎゅっとアリオスに抱きすくめられた。
「あっ・・・」
「アンジェ・・・、この間の続きをしてもかまわねえか?」
 息がかかる距離でアリオスは近付いてくる。
 それがどんな意味を持つか、判らない彼女ではない。
 アンジェリークはほんのり頬を染めると、そっと頷いた。
 アリオスの顔が更に近付き二人の唇が重ねられる。
「んっ・・・」
 甘いキスに彼女は心を震わせた。
 初めてのキスは、想像よりももっと甘く切ない。
「んんっ・・・」
 彼の肩にしっかりとしがみつき、その甘さにおぼれてしまう。
「アンジェ・・・」
 ふたりは強く抱き合った後、お互いに見つめ合う。
「この教会のある庭は、以前は民家の庭だった・・・。ここの場所には俺の祖母さんの家があった・・・。
 この教会は、祖母の家の隣にあったものを改築してそのまま使用している・・・」
 不意に子供の記憶が蘇り、アンジェリークは再びはっとした。
「ひょとして、そのおうちは、白い可愛らしいおうち? 古びたブランコのある・・・」
 遠い記憶を呼び起こしながら、ぽつぽつと話し始める。
「ああ。そうだ…。
 俺は祖母の家のあった土地を含めたこの場所を相続し、教会とともにロマンティックな場所として保存したかった。
 教会のステンドグラスを見てみろよ?」
 アンジェリークは言われた通りにステンドグラスを見上げた。
「あっ!」
 そこには栗色の天使がブランコに乗っている様子が描かれている。
 次の瞬間、アンジェリークは、記憶が怒濤のように蘇ってきたのを実感した。

 私はこの庭でブランコを見ていたら、とても綺麗なおばあさまが出てきた。
「まあ、小さなお嬢さん? ブランコに乗りたいの?」
「うん! ブランコに乗りたい!!!」
 一生懸命言ったら、おばあさまは笑ってブランコに乗せてくれた。
 とっても楽しかったブランコ--------
 そこに銀の髪の中学生ぐらいのお兄ちゃんがやってきた------

 顔を思い出して、アンジェリークは思わずアリオスを見る。
「今まで気がつかなかったのかよ?
 俺は当の昔に気づいていたぜ?」
 彼が優しい微笑を浮かべると、記憶の中の少年とアリオスの姿が重なった。

「お兄ちゃん!!! ここのブランコ楽しいよ!」
「アリオス、このこは裏のおうちの親戚の子供でね、今日はたまたま着てるのよ?」
「ふ〜ん」
「ねえお兄ちゃん!!一緒に遊ぼう!!!」
 強引に私は、おにいちゃんをひっぱって遊びに引き込んだ。
 そして------
 帰る際に教会に行っておはなしをきかせてもらった------
 幸せな王子とお姫様のお話を--------
「待ってろ、いつかおまえを迎えにくる王子様が現れる」
「うん、待ってる」
「この教会にきっと現れる」
「うん、待ってる!!!」

 今なら判る。
 あのお兄ちゃんは、アリオス--------


「おまえがいつ思い出すかと思ってたが、ようやく思い出してくれたな」
 アンジェリークは大きな瞳に涙をためながらコクリとただ一度頷いた。
「この教会をうちで保存するときに、ステンドグラスも変えてもらった。
 おまえがブランコを乗っている姿が、まるで、天使みてえだったから」
 ステンドグラスとアリオスを交互に見つめる。
 想いは、もう抑えきれないところまできてしまっている。
「アリオスっ!!!」
 アンジェリークは初めてアリオスの名前を敬称なしで呼び、その腕の中に抱きついていく。
「アンジェ」
 彼は彼女をしっかりと抱き締めると、再び甘いキスを送った。
「-------愛してる・・・。
 最初から、赤毛のヤローにおまえを渡す気なんてなかった」
「うん・・・、アリオス・・・。
 私も愛してる…」
 なきながらアンジェリークは愛の言葉を呟き、その涙をアリオスが唇で拭ってくれる。
「レイチェルには、俺から紹介させるように仕向けたんだ…」
「え…」
「あいつのところに用事に言ったとき、おまえが遊びにきていて、直ぐに判った。
 あの時のガキだってな?」
 アンジェリークはアリオスを見上げて、恨めしそうに呟く。
「どうしていってくれなかったの?」
「おまえに・・・、思い出して欲しかったからだ…」
「うん」
 二人は再びしっかり抱き合った後、見つめあう。
「高校卒業して直ぐ、この教会を借り切るからな?」
 アンジェリークは一瞬意味が判らず、小首を愛らしく傾げた。
「どうして?」
「ここで結婚式をするんだよ」
「あっ…」
 唇が近づいてくる。
 それを阻止するかのように、アンジェリークは口を開いた。
「返事は訊かないの?」
「返事なんか決まってるだろ?」
「もう…っ!」
 そのまま唇をふさがれる。

 もちろん”YES”以外に返事はないけど…。
 あの教会で”愛を誓ったものは幸せになれる”ジンクス------
 それは私たちのために用意されているジンクスかもしれません-------

 神様、
 私だけの王子様は現れました-------

コメント

アリアンの「MY FAIR LADY」です。
また? という声が聞こえてきそうだ(笑)
書きたかったんだもん〜

短期集中で書いてまいりましたが最終回。
アリアンってこの手の恋愛ものも似合ういますな

 マエ  モドル