緊張した面持ちで、アンジェリークはアリオスの部屋のドアの前に立っていた。 ここでヘンな所を見せちゃダメだもの! 頑張らなくっちゃ! 彼女は姿勢を正すと、インターホンに手を伸ばす。 ボタンを押せば、アリオスの艶やかな声が機械越しに聞こえてきた。 「はい?」 「アンジェリークです」 「ああ、待ってたぜ?」 相変わらず、アリオスの声に聞き惚れてしまう。 畏まって玄関前で待っていると、鍵が空く音がして、アリオスが出てきた。 彼は仕立ての良いダークブルーのスーツを着ており、その艶やかさに、アンジェリークは思わず息を呑む。 やっぱりアリオスカッコいいな… 「今日のおまえは、えらく大人っぽいな?」 じっくりと味わうような視線が、アンジェリークには少し照れくさい。 「アリオスも素敵よ?」 なるべく余裕を持った笑顔でアリオスに接し、アンジェリークは大人の振る舞いに勤める。 「さあ、今日はどこに連れて行ってくれるんだお姫様? ナビはきっちりしてくれるんだろうな」 片手で車のキーをあそばせながら、アリオスはニヤリと魅惑的な微笑を浮かべてくる。 それに負けないように、アンジェリークも、彼に微笑を浮かべて頷いた。 「任せておいて?」 アリオスの車に乗って、二人は予約しているレストランに向う。 しっかりと頭に地図を叩き込んだアンジェリークは、余裕を持ってアリオスをレストランへとナビゲーションした。 「ついこの間まで、ビービー泣いてたガキがえらく成長したものだな?」 「失礼ね? これでももう17歳なの! 立派な大人よ?」 「はいはい」 ククッと喉を鳴らして笑いながら運転する彼に、アンジェリークはほんの少し憎らしく思う。 「笑ってないで、次の角を右に回って左手のお店よ? そこには駐車場があるから」 「はい、お姫様」 「もう」 アリオスは、言われたままに角を右に回り、その左手に見えたカフェレストランの駐車場に車を停めた。 彼は、先に車から降りると、助手席のドアを開けてくれる。 少しドキリとしたが、アンジェリークは、それを出さないように、当然のような顔をして車から降りた。 「じゃあ行きましょ?」 「ああ」 ごく自然にアリオスは、アンジェリークの腰を抱き、彼女は心臓が飛び出てしまうのではないかと思ったが、それを押さえる。 そして、彼の腕を手に取る。 アリオスは、満足げにふっと笑うと、彼女のリードに任せて店に入っていた。 「----予約していたコレットですけど…」 「お待ちしていました。さあどうぞ」 ウエイターに案内されて、二人は席へとついた。 アンジェリークはすました感じでニコリと笑うと、出されたメニューもそこそこに、ウェイターを見上げる。 「お食事は、お勧めコースで。後…、ワインは、ソムリエのお勧めのものを」 「畏まりました、マダム」 アリオスは、アンジェリークの受け応えを殆ど聴いてはいなかった。 気になったのはただ一つ。 ウェイターの視線であった。 ウエイターが、黒いカーディガンから覗く、アンジェリークの発育途上の豊かになりつつある胸に、視線を落としていたからである。 見るな! 俺のアンジェリークが穢れる!! アリオスは、いつもと違って艶やかなアンジェリークを見る男たちに、嫉妬の念を抱いていた。 「では、ソムリエをお呼びしますので、お待ちくださいませ」 「お願いね」 アンジェリークが満面の笑顔をウェイターに向ければ、アリオスはさらに嫉妬深くなってしまう。 今日のアンジェリークは本当に美しくて艶やかで、余裕があるのかないのかがわからないところが、アリオスをさらに刺激してしまう。 大人と子供の揺れる端境期---- それがどれほど彼女を艶やかにしているか、アンジェリークは知るよしもない。 ったく…。 あいつの”戯言に”上手く付き合ってやろうと思ったのは間違いだったな…。 俺は既にこんなに夢中にさせられている。 もう、どうしようもないほどにな・・・。 「お待たせいたしました、マダム」 アリオスより年上である、この店のオーナーでありソムリエであるカティスがやってきたとき、アンジェリークは少しほっとしたかのように笑った。 それがアリオスには益々気に食わない。 「あの、辛口の口当たりの良いワインをお選びいただきますか? グラス一杯を彼に」 カティスを見つめながら注文しているアンジェリークの横顔を見れば、それは艶やかな女のそれになっている。 決して少女の表情ではもうない。 完全に主導権は、アンジェリークに今ある。 彼女が彼を恋に於いてリードしているのだ。 それがアリオスには悔しかった。 大人の彼女を感じてしまい、彼は悔しくて堪らなかった。 とてつもなく欲情してしまう自分が…。 もうこんなに綺麗になっちまったんだな…。 「お嬢さんのために、最高のものを用意しますよ?」 「有難うございます」 くすりと笑ってソムリエを見送る彼女を、アリオスはこの場で抱きしめたい衝動に駆られる。 だがそれを何とか彼は押さえ込むと、アンジェリークを見つめた。 「良い店だな?」 「そうでしょ?」 アンジェリー^区は、本当に嬉しそうにアリオスに応えて、微笑みかけてくれる。 それがあればもう何もいらないとすら彼は思う。 「あ、お食事とワインが運ばれてきたわ?」 「おまえは?」 「私は子供用シャンパン」 少しむくれたように言う彼女が可愛い。 アリオスはふっと笑うと、目の前に差し出された、ワインを手に取った。 「アンジェ、乾杯しようぜ?」 「うん」 アンジェリークもグラスを手に取り、嬉しそうに微笑む。 「二人のこれからに乾杯しようぜ?」 一瞬、アンジェリークはドキリとした。 その言葉に彼女は頷くと、アリオスに向ってグラスを傾ける。 「乾杯」 二人は未来に祈りを込めてグラスを重ね合わせた----- 料理も、ワインの味も申し分なかった 二人は雰囲気と味をしっかりと堪能し、楽しい時間は瞬く間に過ぎていった。 「そろそろ行きましょうか?」 「そうだな」 アリオスも一服煙草を吸い終わったところだったので、アンジェリークのタイミングはスマートといえた。 二人は立ち上がり、その時にアンジェリークのドレスのスリットから、綺麗な脚が見える。 網タイツのそれは、アリオスを満足させるのに、充分すぎるほど艶やかで、色っぽい。 「俺に払わせてくれ? これだけはな?」 細い腰をこれ見よがしに抱かれ、アンジェリークはやっとのことで頷く。 アリオスは、アンジェリークをうっとりと見つめる男たちに見せ付けるかのように、彼女の腰を抱き、精算する間もずっとその状態でいた。 車に乗り込むと、丁度八時過ぎだった。 「有難う、アリオス。かえってご馳走になって悪かったわ…」 「アンジェ…。こちらこそサンキュ。良い店を連れて行ってくれて」 アリオスはそう言うと、不意に、アンジェリークを抱きすくめた。 「あ、アリオス…!?」 今まで大人ぶっていたアンジェリークは、急にいつもの彼女に変わる。 「こんな綺麗な格好、俺以外の男のためにするなよ?」 耳元で艶やかに囁かれ、一瞬、彼の唇が耳を掠める。 「あっ…」 その艶やかな声に、アリオスはさらにアンジェリークを抱きしめた。 「おまえは最高の女だぜ? おまえ以上にいい女なんて、俺はしらねえな?」 「アリオス…」 アリオスの視線が彼女を捕らえた。 アンジェリークはそれに導かれるように瞼を閉じ、アリオスはゆっくりと唇を重ねてくる。 最初はやさしく触れるだけのキス。 それが徐々に深いものになっていく。 「ふわあ…」 したが巧みに入り込みあいうをされ、アンジェリークはぎこちなくも彼に応えた。 そのぎこちなさが、アリオスにはまた悦びだった。 彼の手がゆっくりと彼女の剥き出しになった足にかかる。 優しく撫でられて、アンジェリークは電流が走ったような気がした。 唇を離され、ぼんやりとアンジェリークはアリオスを見つめる。 「-----愛してる…」 その瞬間大きな眸から大粒の涙が零す。 アンジェリークは嬉しくて堪らなくて、アリオスの胸にそのまま顔を埋め、抱きつく。 「私も愛してるわ…!」 「これだけはな? おまえにリードされたくなかったからな?」 栗色の髪をなでながら、アリオスはアンジェリークをあやすように言う。 「----やっぱり背伸びするより、こうやって自然にあなたの腕の中でいるほうが、私には合ってるかもね?」 「----いや…」 アリオスは優しい視線を向けると、少し笑いかける。 「おまえが頑張ってくれたから、俺はこうして、ちゃんと自分の気持ちを伝えられたんだぜ?」 「…ン…」 アリオスはアンジェリークの柔らかな頬にキスをした後、抱擁を解き、車の運転に集中する。 「アンジェ…」 「何?」 「今夜は帰さねえからな?」 さりげなく彼は主導権を握り返す。 それがまたアンジェリークには嬉しい。 「もう…バカ…」 二人はそのままアリオスのマンションへと向う。 アンジェリークの可愛らしい行為がアリオスの胸にしっかりと届いた、思い出の夜となる。 また、主導権を握り返すからね? アリオス? 少し楽しみなアンジェリークであった。 |