「あ…」 街を歩いていて、アンジェリークは、幼馴染のアリオスを見かけ、思わず声にならない声を上げた。 美しい大人の女性と歩いていて、親しそうに話しながら、近くに停めていた車に乗り込む。 もちろん、べたべたすることもなく、書類片手に話をしていたので、明らかにビジネスライクな仲なのは判っているし、恋人でもない自分が だが、堂々としている女に、アンジェリークは少なからずも嫉妬を感じていた。 アリオスと対等に堂々としている…。 羨ましいな…。 私はいつも、アリオスについていくのが精一杯…。 リードだって出来やしない…。 あの女性(ひと)みたいに、アリオスと堂々渡り合えたらいいのに… だったら…、恋人になれるかもしれないのに… 走り去るアリオスの車を見つめながら、アンジェリークはある決心を固めていた。 ------------------------------- 家に帰るなり、アンジェリークは、直ぐに親友のレイチェルに電話をした。 勿論、相談を持ちかけるためである。 「え? アリオスさんをリードしたデートをしたいって!?」 レイチェルは開口一番、少し驚いた様子だ。 「アリオスをリードしたデートを成功させて、彼に”女”だって認めてもらうんだもん!」 アンジェリークの決心は固く、意気揚々としている。 レイチェルは、アンジェリークが拳を振り上げているのが手を取るように判った。 「で、デートにこぎつけられる自信はあるの?」 現実的な問題を突きつけられて、アンジェリークは黙り込んだ。 たしかにアリオストは親しい。 だがそれは”幼馴染”としてであって、”恋人”としてではない。 たまに映画を見に連れて行ってもらう程度で、それ以上の関係はない。 「やってみる!」 強い医師の感じられるアンジェリークの言葉に、レイチェルは、電話の前でふっと笑った。 「オッケ。判ったわ。じゃあさ、デートの計画立てて、レストランとかにも予約を入れよ? 前日には、知り合いの美容師の所に行って、綺麗にしてもらおうね。あ、予算はどれぐらい?」 「思いっきり奮発して、一万五千円。バイト料入ったし、コレぐらいはなんとかなるわ」 「上等上等」 レイチェルは、頭の中で大体のことを計算しながら、嬉しそうに頷いた。 「アンジェ、だったら、おしゃれなお店の本を持って今からそっちに行くからさ? 待っててくれる?」 「判った」 一旦電話を切り、レイチェルは嬉しそうに顔を綻ばせる。 アンジェリークにも温かい春が来るといいけどね! ここはあのこのために一肌脱がなくっちゃ!! レイチェルは、バイクでアンジェリークの家に早速駆けつけた。 日ごろ、エルンストとのデートに使用しているのか、情報雑誌には事欠かない。 それを山ほど抱えて、彼女はアンジェリークの部屋に入った。 計画は、早速始まる。 「ねえ、アンジェ、アリオスさんにごはん連れて行ってもらったことある?」 「…ラーメンとか、焼肉なら…」 その言葉にレイチェルは目を丸くする。 「それって、まともなごはんじゃないじゃない!」 「そうかな」 レイチェルは呆れる。 「-----そうね、ここは大人の雰囲気で一発勝負してみようよ? ここのカフェレストランなら、雰囲気もいいし、申し分ないと思うけど? 値段も手ごろだし…」 「どれ?」 レイチェルが指差してくれたページを、アンジェリークも興味深く覗き込む。 確かに、丁度良いような気もしないでもない。 値段も手ごろで、とても雰囲気も良さそうだ。 オーナーシェフのカティスは、ソムリエの資格も持っているというのも、何とも頼もしく、ワインもいつもお勧めのものを言えば、選んでくれると書いてある。 初心者のアンジェリークにはぴったりのお店のように思える。 「そうね、ここにしようかな?」 「決まりね!」 そのページに折り目をつけて、レイチェルは本をアンジェリークに渡した。 「頑張りなよ? 予約は早めのほうがいいから、アリオスさんを捕まえてね?」 「うん!」 友人の心遣いが嬉しくて、アンジェリークは、勇気が出てくるような気がする。 笑顔も自然と出てくる。 「ワタシもロザリア姉貴に頼んで、色々手伝うからさ!」 「有難う!」 少女たちはしっかりと握手をしあう。 アンジェリークの恋の行方をかけたプロジェクトが開始された---- ------------------------ その夜、アンジェリークは、勇気を振り絞ってアリオスに電話をかけた。 アリオスは、今、親元を離れて、一人暮らしをしている。 彼は、大学を出て直ぐに事業を起こして成功し、今や、急成長を遂げている会社の社長として、精力的に働いている。 当然、あの容姿で、”財界の風雲児”と呼ばれる彼には、女性の噂が絶えず、現に、銀行の頭取の娘との縁談の話もある。 アンジェリークは、そんな話は何も信じなかった。 信じたくなかったのである。 彼女は、何度も電話のコールをしながら、緊張を覚えた。 神様、アリオスが電話に出てくれますように…! 祈るようなアンジェリークの気持ちが通じたのか。 「はい、アルヴィース」 10度目のコールで、ようやくアリオスが出てくれた。 「アリオス? アンジェリーク」 名前を名乗ると、受話器の前で、アリオスが少し笑ったような気がした。 「----あのね・・・、来週の土曜日…、暇かな?」 はにかんだ少女の誘う言葉。 彼にとってコレが何よりも嬉しいということを、彼女はまだ気付いてはいない。 「ああ。暇作ってやるよ?」 「ホント!!!」 受話器から漏れるアンジェリークの明るい声は、アリオスの疲れを充分に癒してくれる。 「どこに行きたい? アンジェ?」 「ワタシが取って置きの所にご招待よ!」 何か考えているのかと思うが、アリオスはそれがまた楽しみだと心から感じた。 「期待してるぜ?」 「任せといて!」 彼が喜んでくれるのが嬉しくて、アンジェリークは電話の前で胸を張って応える。 「楽しみにしてる」 「うん。土曜日は夕方四時に、アリオスのマンションに迎えに行っていいかな?」 「ああ。頼んだ。 じゃあ土曜日に」 彼女の可愛らしい提案に乗るのも悪くない。 アリオスはそう思いながら、応えてやった。 「うん、おやすみ」 「おやすみ」 電話を切り、アンジェリークは暫くは余韻に浸っていた---- 「アリオス、大好き…」 ------------------------ 翌日緊張しながらカフェレストランに電話を入れると、ギリギリ予約を取ることが出来、アンジェリークはほっとした その日から、約束のひまで、アンジェリークは忙しくなる。 レイチェルの姉ロザリアから、「大人の振る舞い」のレクチャーを受け、さらには、前日は、レイチェルの知り合いの美容師に、簡単なフェイスエステとヘアエステを施してもらった。 当日---- アンジェリークは、ロザリアとレイチェルに美しく飾り立ててもらった。 栗色の髪は巻き毛に、化粧も施され、唇は深紅だ。 その上ドレスは、凝れ鮮やかな赤のスリットの入ったもので、ガーターに編みタイツという、かなり挑発的なスタイルだ。 「やりすぎじゃないかな」 戸惑う彼女に、レイチェルは笑って聞き流す。 「今日のアナタは凄く綺麗なんだから、自信を持ちなよ! これ位艶やかで大人っぽかったら、アリオスさんもなびくって!」 「うん…」 余りにもレイチェルが誉めてくれたので、アンジェリークは少し自信をもてたような気がする。 「さあ、もう時間よ? 頑張ってきてね?」 優しく微笑みながら、ロザリアは見送ってくれる。 「はい。いってきます!」 優しい視線に送られて、アンジェリークはアリオスのマンションへと向った---- |