後編
やっぱり、私は、子供だもん・・・。アリオスお兄ちゃんにとっては・・・。 「どうぞ。ジュースだけどね」 魅力的な声が聞こえ、アンジェリークが顔を上げると、肩までの艶やかな髪を揺らした青年が立っていた。 差し出されたジュースをアンジェリークは受け取りながら、戸惑う表情で青年を見つめる。 「つまらなそうにしていると思ってね?」 青年は魅力的な笑みを浮かべると、アンジェリークの隣に立った。 「あなたは?」 「僕はセイラン。君は?」 「アンジェリーク・・・」 アンジェリークは、青年の整った横顔に、しばし見とれながら、名前を囁く。 「アンジェリークか・・・。良い名前だね?」 「有り難うございます」 頬を赤らめながら、彼女は照れと嬉しさを混ぜ合わせたような表情をする。 「楽しんでる?」 「あ、はい・・・」 言葉を濁す彼女に、セイランは苦笑いをした。 「余り楽しそうにないね? あの彼が気になる?」 目線でアリオスを指した瞬間、アンジェリークの表情ははにかんだそれになる。 華やいだその表情は、恋する少女そのもので、セイランに向けた表情とは別の意味を持っている。 「・・・はい」 「素直だね? 感情に素直になることは良いことだよ?」 「有り難うございます」 そのはにかんだ表情が、やけに可愛らしかった。 アリオスはようやくジェシカから開放され、ほっとしながら、ジュースを片手に、アンジェリークを探す。 「アンジェ・・・」 ようやく壁側にいる彼女を見つけ、近付こうとして、はっとする。 楽しげにセイランと話している彼女に、言いようのないもやもやとした感情が沸き上がってくるのを感じた。 しかも、アンジェリークの表情はとても光って、今までで見た中で一番美しく思える。 もう大人のそれだ。輝きと薫りは艶やかなオーラとなって彼に現れる。 「彼、いるよ?」 セイランに促されて見てみると、アリオスが不機嫌に立っていた。 「アリオスお兄ちゃん…」 アンジェリークは、厳しい眼差しを向けてくる彼に、切なげな視線を這わせる。 「上手くいってるみたいじゃねえか?」 彼の表情は冷たく、アンジェリークを見据えているといってもいい。 彼女は立ち上がり、彼に近づこうとした。 「色目を使う相手を間違ってるんじゃねえか? アンジェリーク」 「あ…」 その冷たい言葉に、彼女は次の言葉を繋げることが出来ない。 体が震えて、嗚咽を何とかかみ殺す。 「あんまり色目ばっかり使うな。気分が悪くなる。その男に色目を使って、泥団子でもやれよ? ガキくさくな?」 アリオスは、もう止められなかった。 嫉妬というどす黒い感情を知られたくなくて、彼女にきつい言葉を浴びせ掛けてしまう。 アンジェリークは胸がえぐられるかと思ったが、何とか身体を支えて、アリオスから無言で離れた。 「・・・うん」 彼女はそういうと、再びふらふらと奥の席に行く。 その後姿を見つめながら、アリオスは心が重く苦しくなるのを感じる。 言い過ぎたかもな…。 だが、止められなかった… 「アンジェリーク!」 追いかけられないアリオスに代わって、セイランがアンジェリークを追いかけて行った。 それを見ながら、アリオスはやけになり、アンジェリークに見せ付けるかのように、他の女性のところに行って、これ見よがしに腰などを抱いている。 それをアンジェリークは、青ざめた表情で見つめていた。 「セイランさん…、私、ちょっと気分が悪いので、退席していいですか?」 「どうしたの? 送ろうか?」 「いいえ、ひとりで…」 力なくアンジェリークは返事をすると、セイランだけを残して、会場から出て行く。 「あれ、どうしたん! アンジェちゃん」 とりあえずは、パーティの主催者であるチャーリーのところに挨拶に行った。 「気分が悪いので、お先に帰ります…」 「だったら、アリオス呼んだろか? あいつに送ってもらったら…」 「いいんです…!」 きっぱりと否定すると、アンジェリークは、凛とした表情で姿勢を正す。 「有難うございました、レイチェルには帰ったとお伝えください」 「アンジェちゃん…」 アンジェリークはチャーリーに力なく笑うと、パーティ会場を後にした。 チャーリーは閉じられたドアと、アリオスを交互に見た後、アンジェリークのために、アリオスの元に向かった。 「あ、アリオス」 「何だ」 その一言で、彼が怒っていることは直ぐに判り、チャーリーは二人に何かが合ったことを敏感に察知する。 「アンジェちゃん帰ったで。気分が悪いって言って…」 アリオスは一瞬だけ動揺したが、直ぐにいつもの無表情に戻る。 「そうか」 「一人でな」 「…!!!」 セイランが苦笑ながらアリオスの下にやってくる。 「ひとりで帰るって、帰っていったよ。僕の誘いを断ってね?」 アリオスはそう聞いた瞬間、もう、入り口に向かって駈けていった。 「チャーリー、すまねえ、俺も途中退出だ」 「オッケ!」 アンジェ!!!! その頃、アンジェリークは一人とぼとぼと駅までの道を歩いていた。 アリオスお兄ちゃんのバカ!!!! 心の中で悪態をつきながら、彼女はしゃくりあげる涙を我慢して、ずっと俯いて歩いていた。 ネオンの灯が涙で揺れて見える。 私には、ムリだったのかな・・・。 背後から派手にクラクションが鳴らされる。 アンジェリークはぼんやりとしていたせいか、気にしない。 「アンジェ!!」 その名前をようやく呼ばれて、アンジェリークは思わず振り向いた。 そこにはアリオスの車があり、彼は、彼女の姿を見るなり、車から降りてくる。 「あ…」 アンジェリークは、視線を俯かせ、アリオスを見ようとはしない。 「送る」 「一人で…」 「気分が悪いんだろ!?」 彼は眉根を寄せると、アンジェリークの顔を上にあげさせる。 「いやっ!」 顔を上げたアンジェリークは、大きな瞳から涙を滲ませている。 その瞬間、アリオスはアンジェリークの唇を奪っていた。 「あっ…」 「うるさい唇は黙らせるのに限るからな?」 アンジェリークは、大きな瞳を呆然とアリオスに向けている。 「一緒に帰ろう…。話は車の中だ」 「うん…」 アリオスに導かれて、彼女は車の中に乗り込んだ。 「アンジェ、怒ってるか?」 「え?」 アリオスの言葉は優しい響で、アンジェリークを包み込んでいる。 「おまえを泣かせたか?」 アンジェリークは首を振った。 「サンキュ…」 アリオスは優しく囁くと、彼女の身体をそっと抱きしめる。 「あっ…」 甘い声がアンジェリークから漏れ、アリオスはさらにその腕に力を込める。 「おまえが余りにも綺麗になっちまったから、俺は戸惑っていたかもしれねえ…」 そこまで言うと、アリオスはアンジェリークの目をじっと見つめた。 「愛してる…」 「アリオスっ!!」 言葉が、心の染み渡り、アンジェリークは甘く喘ぐ。 幸せで、嬉しくて堪らなくて、アンジェリークは、応える代わりにしっかりと彼を抱きしめる。 ずっと。ずっと追いかけていたあなたを、ようやく捕まえることが出来ました… 二人は深く唇を重ねあい、お互いの愛を伝え合った----- |