アンジェリークの父親は諦めにも似た表情をすると、大きな溜め息を吐く。 「アンジェはまだ17だ。気持ちはこれからも変わる恐れがある。今でなくてもいいのではないのか?」 これには、アンジェリークがきっぱりと否定し、しっかりとした眼光で見つめてくる。 「それは有り得ないわ、お父さん。アリオスと離れるなんて考えられないもの、私…」 思い詰めたように唇を噛み締めると、彼女は苦しげに父親を見つめた。 「アンジェリーク」 彼の娘は昔から、意地っ張りなところがあり、一度言い出したら聞かない。 「アンジェ、あなたの気持ちも判ります。それにアリオスくんが必ずあなたをしっかりと守ってくれることも」 母親は、アンジェリークの気持ちを十分に判った上で、夫を見た。 「お許しになってあげて下さい。この子はアリオス君しか愛せないんです。遅かれ早かれそうなってしまったんですから・・・。それが私たちが考えていたより、少し早く来てしまっただけですから・・・」 穏やかだが、どこかきっぱりとした口調は、アンジェリークに似ている。 やはり、血は争えないと、アリオスは思う。 しばらく、アンジェリークの父親は押し黙っていた。 その間、誰もが黙っている。 時折、アンジェリークが切なそうな表情でアリオスを見たが、彼は自信に満ちた目線と彼女の小さな手をしっかりと握り締めることで、安心させる。 その表情を見ると、父はかなり複雑な気分になった。 「・・・考えておく」 やっとのことでそれを言うと、父親はリビングから立ち去ってしまう。 「ごめんなさいね。だけど、良い返事を待っていてね?」 母に優しく言われて、ふたりはしっかりと頷いた。 「こちらこそ、突然、お邪魔してしまって、このような申し出をしてしまい、驚かせて申し訳ありません」 彼はけじめよろしくきちんと挨拶をする。そこには、立派なひとりの大人の男性の姿がある。 「俺は絶対に諦めませんから」 「ええ。判ってるわ。私も、主人もね」 十分に承知とばかりに、アンジェリークの母も深々と頭を下げた。 「今から実家にも事情をを話に行きますので、アンジェをお借りします」 「判ったわ」 アリオスはアンジェリークを立たせてやると、手を引いて今度は実家に向かう。 ふたりの雰囲気をみていると、とてもしっくりときていて、母親は微笑む。 あなたたちはもう離れられないわよ・・・。 アリオスの実家にくると、アンジェリークは急に堅くなった。 「いつも、来てるじゃねえか」 「うん、でも・・・」 少し緊張した面持ちの彼女に、アリオスはぎゅっと手を握って緊張をほぐしてやる。 「大丈夫だ。いつもどおりにしてればいい」 「うん」 アリオスに連れられて中に入ると、不思議と心が落ち着いてくれた。 「おふくろ、おやじ、話がある」 アンジェリークを連れてリビングに入るなり、アリオスは、くつろいでみかんを食べている、両親に向かって宣言する。 「-------俺、こいつと結婚するから」 一瞬、アリオスの両親は固まる。 だが、息子の言ったことを反芻すると、喜びがこみ上げてきた。 「あ、アンジェちゃん! とっても嬉しいわ!!」 アリオスの母親は、以前から夢見た最高の結末に、興奮ぎみだ。 「うちの子になるのがこの子なら、大歓迎だ」 もちろん、アリオスの両親は自分の娘同様の彼女が嫁で、手放しで喜んでいる。 「後はおまえの親父様だけか」 「うん」 切なげにアリオスを見つめるアンジェリークを、彼は更に手を握り締めた。 「心配するな」 「うん。アリオスを信じているから」 ふたりは見つめあって、自分たちの世界を、恥ずかしげもなく作っている。 「じゃあな、親父、おふくろ。またな?」 「おじさん、おばさん、また」 嵐のようにふたりは仲良く、アリオスの実家から出る。酒盛りをしようとした、アリオスの両親は少し拍子抜けしたようだった。 再び、アンジェリークの家に戻ると、玄関先まで彼女を送り届ける。 「アンジェ、また改めて挨拶にくるから」 「うん。アリオス、あのね?」 上目遣いで見つめてくる彼女に、アリオスはその大きな瞳を覗きこんだ。 「・・・ちゃんとした、プロポーズ、受けてないよ・・・?」 消え入るような声で甘く言う彼女に、アリオスは抱き寄せて、耳元に唇を寄せてくる。 口元には、めまいがするほど大好きなアリオスの笑顔が湛えられていた。 「俺のものに・・・一生、なってくれるか?」 背筋がぞくりとするような声で甘く囁かれ、彼女は立っていられなくなる。 「・・・はい・・・」 ほんのり頬を赤く染めて、アンジェリークは頷いた。 「風邪引くから、中に入れ」 「うん」 家の中に入ると、母親がぱたぱたと玄関先に出てきた。 「ごめんなさいね、今日は」 母は本当に申し訳なさそうに、アリオスを見つめる。 「いいえ、こちらこそ、突然押しかけてしまいまして、申し訳ありませんでした。また改めて、ご挨拶に上がろうかと思っています」 きちんと挨拶をアリオスはすると、一礼をした。 このTPOをわきまえた礼儀ただしさも、アンジェリークの母の気に入るところだ。 「今日はこれで失礼します」 礼儀正しくアリオスは頭を下げると、玄関からスマートに出ていく。 彼をじっと見送った後、幸せと不安が入り混じった表情で母親を見た。 「お母さん…」 「アンジェ…、大丈夫よ。お父さんもいつかは判って下さるわ…」 母親は優しく娘を抱きしめると、その栗色の髪をそっと撫で付ける。 「いつかはあなたが、アリオスくんのお嫁さんになるよう気がお父さんも私もしてたのよ…。だけどこんなにその日が早く来ると思わなくて、驚いただけなのよ?」 「うん…」 母親に優しく肩をだかれ、アンジェリークは甘える。 「きっと上手くいくわ」 「うん、おかあさん」 アンジェリークは母親を信じて、暫くは待つことにした。 その夜、アンジェリークの両親は話し合いを持った。 「あの子ももう17歳なんですね…。早いものです。想像通りの相手と結ばれるようですが、少し早かった かもしれませんね」 17年もの慈しんで来た一人娘のせいか、父親は押し黙ったままだ。 「-----アリオスくんの傍にいることが、一番あの子が望んでいることだと思うんですよ。 今日のあの二人をご覧になりましたか? あれではもう離れようがありませんわ…。 私たちでは引き離せませんわ…」 父親は、ただ考え込んでいるかのような、複雑な表情をし、黙っていた------- 日曜日、朝食の席に着くと、父親がおもむろに切り出してきた。 「アンジェ、今日、アリオスくんを家に呼びなさい」 「うん、判ったわ」 父親はそれ以上アンジェリークに話す事はなかった。 彼女は朝食後早速アリオスの携帯に連絡を取り、彼が2時ごろに家にきてくれることになった。 それが決まると、アンジェリークは、甘いものが嫌いな彼のために、定番のジンジャークッキーを焼き、準備を整える。 2時過ぎにアリオスが家にやってくると、アンジェリークは直ぐに飛び出して行った。 「いらっしゃい」 「アンジェ」 両親が見ていないのをいいことに、二人は軽いキスをしてからリビングに向かう。 「こんにちは」 リビングにはすでにアンジェリークの父親が座って庵、この間と同じように、かなり難しい顔をしていた。 これは骨を折るかもしれねえな・・・。 覚悟を決めて、アリオスはその前のソファに腰を下ろす。 「アリオスはコーヒーでいい?」 「ああ。お父さんもそれでいい?」 「ああ」 アンジェリークは二人に頷くと、キッチンにコーヒーを淹れに行った。 ふたりぶんを用意してクッキーをお盆に置くと、少しだけ緊張しながら、リビングに戻り、それらを出す。 「アンジェ、おまえも座りなさい」 「はい」 アンジェリークはごく自然にアリオスの横に座ると、父親を見つめる。 「-------おまえたちの結婚を許す」 淡々とそれだけを言うと、彼は立ち上がった。 「お父さんっ!」 アンジェリークは父親を追いかけていくと、そのまま父の背中に抱きつき、感極まった声を上げる。 「…有難う、お父さん…」 「幸せになれ」 「うん…」 アンジェリークは涙声だが、しっかりと返事をし、父親から離れた。 その彼女を、今度はアリオスが受け止める。 「アンジェを幸せにしてやってくれ」 「宇宙で一番幸せにします」 ふたりの男は見つめあい、アンジェリークはいま、父親からアリオスにバトンが渡された。 「頼んだ」 彼はただそれだけを言うと、そのまま自分の部屋に戻っていく。 「…お父さん…」 泣きながら父親の背中を見つめるアンジェリークの涙をアリオスはそっと受け止める。 「------おまえを絶対に幸せにするから」 「うん・・・。私もアリオスを幸せにするから…」 「頼んだぜ?」 ふたりは笑いあうと、見詰め合って、お互いの深い気持ちを確認しあう。 「…ずっと、ずっと、あなたを見てきたから、これからもずっと、ずっと見ているわ」 「ああ。俺もずっとおまえだけをみつめるぜ?」 二人は手を取り合って新しい道に進んでいく。 たったひとりの人をお互いに見つけ、共に歩いていく。 アリオス…。 あなたが私のONLY YOUだから…。 |
tawagoto… お約束の大団円です。 やっぱりハッピーエンドはいいですね〜 |