初めて彼女を見た時、身体に電流が走った。
 "天使”の存在を、初めて感じた瞬間だった-----



「センセー、足怪我しちまった」
 保健室のドアを開けながら、アリオスはわざと苦痛で顔を歪ませる。
「また、あなたなの」
 呆れ返った声が保険医から漏れ、栗色の髪を揺らしながら、困ったように腕を組んだ。
 その表情一つ取ってみても、アリオスには彼女が5歳も年上だ何て考えられない。
 彼女の名はアンジェリーク・コレット。
 私立スモルニィ学院高等科産休保険医。
「仕方ねえだろ? 俺は好きで怪我してんじゃねえよ」
 とはいうものの、彼女に会いたくて、彼は保健室に日参しているのは事実だった。
「後、3ヶ月で卒業なんだから、大人しくして。で、今日は何の怪我かしら?」
 保険医である以上、彼女はいたって冷静だ。
「スパイクで足を切りました」
「それを早く仰い!!」
 可愛らしい彼女の声が更に高くなり、慌ててアリオスを診察椅子に座らせた。
「とにかく座ってね。すぐに消毒するからね」
 慌てて消毒道具を取り出し、彼女はばたばたと準備をする。
 その様子も、どこか頼りげがなく、彼を苦笑させた。

 あんたが俺より年上だと言うことを、忘れそうだ…

「はい、準備できたわ。アリオスくん、足出して?」
 言われるまま足を差し出すと、アンジェリークは血が染み付いた部分の靴下を剥ぎ取り、手際がいいのと無造作の丁度中間ぐらいの手当てをする。
 普通、血だらけの患部を見れば、卒倒する女性が多い中、彼女はなんでもないように扱う。
 途中、オキシフルが傷に染みて、アリオスは顔を一瞬歪ませた。
「傷、大したことないわよ。良かったわね?」
 先ほどまで手当てをしていた厳しい表情とは代わって、彼女は、柔らかな少しはにかむような、輝かしい笑顔を彼に向ける。
 彼の心に甘い思いを齎すその笑顔は、何よりも彼の心を幸せにしてくれた。
 この笑顔ゆえに、彼は彼女に完全に参っていた。
「はい、おしまい! 今度こそ気をつけてね?」
 "今度こそ!というところを強調しつつ、ふふとアンジェリークは笑っている。
 この笑顔を魅せられてしまったら、もう、我慢できないと彼は思った。
 彼の心に、ずっと温めていた想いが露見した。
「センセ!」
 立ち上がろうとして、突然、彼に手首をつかまれ、彼女は小さく息を飲んだ。
 華奢な腕。
 余りにもの初々しい反応。
 それらが彼の情熱に火をつける。
「アリオスくん…!?」
 紺碧の瞳を大きく見開き、彼女は呆然と彼を見つめる。
 その頬は僅かに紅色に染まって、彼の狩猟欲を高める。
 黄金と翡翠が対をなす、欲望に煙る瞳を見せ付けられると、アンジェリークは引き込まれずに入られなかった。
「----先生…」
 よく響く低い声は、最早少年のそれではなく、青年のものだ。
 持っている腕をそのまま自分の胸に当て、真摯に彼女を見つめる。
 アンジェリークは、最早、動くことが出来ない。
「----愛してる、アンジェリーク…。俺とつきあってもらえねえだろうか?」
「なっ!」
 突然の告白に、彼女一瞬心臓が止まるかと想った。
 こんな風に情熱的に告白をしてきた男性(ひと)は今までにいない。
 だが、理性が彼女の思いを打ち砕く。
 "彼とは先生と生徒でしょ"と囁いてくる。
「----アリオスくん…、ふざけるのは止めて?」
「ふざけてなんかねえよ!! ずっと、あんただけが好きだった」
 彼は踏み込むように言うと、掴んだままの彼女の腕をそっと口元の持ってゆく。
 それをアンジェリークは理性で堪えた。
「はい、ストップ!」
 突然、目の前にバインダーを置かれ、アリオスは動きを止める。
 その隙に、彼女は彼から腕をさり気に離すと、彼を困ったように見つめた。
「大人をからかうのは止めなさい? 解ったら、さっさと授業にお行きなさい?」
 天下無敵の彼女の余裕の微笑みに、彼はぶすっと眉を上げ、憮然と彼女を睨む。
「----大人ぶるんじゃねえ!」
「とにかく、ささっと授業に行きなさい? ね?」
「教師ぶるな!」
 銀の髪が艶やかに揺れ、激しい眼差しがアンジェリークを捕える。
「とにかく、帰りなさい」
 彼女は決して起こることはなく、ただ彼に微笑だけを浮かべている。
 それが彼女が精一杯だったことを、もちろん彼が判るはずもなく。
「解った、帰る」
 そう云って、アリオスは椅子から立ち上がると、入り口へと向かう。
 アンジェリークは、生徒の戯れと思って、溜め息をついたのもつかの間。
 彼は急に彼女に向かって振り向いた。
「----俺は、 諦めねえぜ? アンジェリーク」
 彼の真摯な響きの言葉に、彼女は苦笑いするしかなかった。

 私たちは、教師と生徒よ…。アリオスくん…

 アンジェリークは、切なげに空(くう)を見つめた。



「え〜、そんなことあったんだ!! 最近の高校生って、何考えてんだろうね!」
 仕事がはね、親友のレイチェルとクラブで飲みながら、アンジェリークは、今日逢った出来事を話していた。
「ホント! きっと冗談だろうけど、びっくりしちゃった」
「で、そのコどんなコなの!?」
 興味深々とばかりに、レイチェルはアンジェリークに身を乗り出して訊いて来る。
「うん。うちって、五年前に、中等科が共学になったでしょ? そのときの第一期の男子生徒。だから、今は高三。学年トップの子よ」
「じゃあ、アンジェの後輩! 将来有望ジャン!」
「レイチェル…、あなたの後輩でもあるじゃない。いい子なんだけどね…」
 困ったように溜め息をつきながら、彼女は苦笑いをした。
 ふいに、フロアーから歓声が上がり、彼女たちはフロアに注目する。
「何が起こったのかしら? アンジェ」
「さあ、誰か凄い子でも踊ってるんじゃない?」
 呑気にアンジェリークが言っていると、女性客が囁く声が耳に入ってきた。
「あの銀髪のコ、めちゃ、めちゃカッコいい上に、ダンスがうまいわよね〜」
 銀の髪----
 アンジェリークは妙にそれが引っかかり、酒を飲むグラスを思わず止める。
「翡翠と黄金の瞳って、神秘的よね〜」
 アリオスだ----
 凄い音を立てて立ち上がると、アンジェリークはそのままフロアへと向かった。
 案の定、そこには若い女性に囲まれて踊り、時には頬にキスをしたりする、艶やかなアリオスがいた。
「アリオスくん!!」
 彼女の凛とした声がフロアに響き、彼はぴたりと踊るのを止めた。
「アンジェ!!」
 ライトを弾いて輝く銀色の髪を揺らしながら、幸せそうな微笑を浮かべた彼が、女たちを振り切って、彼女のところにやってきた。
「----どうして、あなたがこんなところにいるのかしら?」
「受験勉強の息抜き。アンジェは!? ----まさか、男!?」
 嫉妬に燃え盛るような視線を彼に向けられて、彼女は思わずはにかむようでいて、太陽のような笑顔を彼に向ける。
「そんなわけないわよ。親友と来てるの」
 ホッと胸を撫で下ろすように溜め息をつく彼が、可愛いと彼女は思わず思ってしまった。
「そう。じゃあ、俺と一緒に踊らねえか?」
 手をさりげなく差し出されたものの、彼女はそっと栗色の髪を横に揺らした。
「アンジェ…」
「----アリオスくん、未成年がこんなところにきちゃダメよ。今夜は帰りなさい?」
 途端に、彼の顔は曇り、不機嫌そうになる。
「それは…、教師としての命令なのかよ!?」
「----そうよ。アリオスくんは出来ると思って言ってるのよ」
 笑顔で穏やかに言われてしまうと、彼は一溜りもなかった。
 アンジェリークの笑顔に逆らえやしない。
「----解ったよ…」
「よかった。だったら、駅まで送っていくね?」
「サンキュ」
 彼女の申し出に、彼の表情に自然と深い笑みがフッと浮かぶ。
「待っててくれ。すぐに支度する」
 踵を返し、彼は自分の咳に上着を取りに行く。
 その精悍な背中を見つめながら、彼女は胸がドキドキするのを感じる。

 18歳の背中って、こんなに広かったんだ…

 さっきまで一緒にいた女たちをアリオスが適当にあしらっている間、アンジェリークはレイチェルの元の戻った。
「ごめんなさい、レイチェル。生徒を入り口まで送っていくから、待っててね」
 席にかけていたコートを取りながら、彼女は穏やかに言う。
「いいって。どーせもうすぐエルンストも来るしさ? どうせならゆっくりしてて?」
「そんなことするわけないでしょ?」
 ふふと笑いながらも、どこか嬉しそうに彼女は席を離れた。
 その華奢の姿を見送りながら、レイチェルみまた幸せそうに微笑む。

 あのコ・・・、あなたに完全にメロメロみたいね…

「待たせたな、行こうぜ?」
「じゃあ、そこまでね?」
 女たちの羨望の眼差しを背中で痛く感じながら、アンジェリークはアリオスを送っていった。


 おしゃれな繁華街の中にクラブはあり、駅までは三分ほどと、便利な場所にあった。
「アリオスくんは、どこの大学を受けるの?」
「アルカディア大の法科」
「へえ、やっぱり凄いわね!!」
 彼女が余りにも素直に感嘆の声を上げるので、アリオスはついつい口角を上げてしまう。
「まあ。ルヴァは大丈夫だって言ってくれってっから、心配ねーとは思うけど、時々、本当に大丈夫だと思う時があるけどな」
 いつも自信に漲っている彼の表情が、一瞬、翳る。
 おそらく、自分にしか見せない表情----
 その表情が、アンジェリークの思いに火をつけた。

 アリオスくんがこんな顔をするなんて…

「----じゃあ、おまじないをしてあげるわ。合格するように…」
 少し恥ずかしそうに呟くと、彼女は上目遣いで彼を見つめる。
「ね、少しだけ屈んで?」
 言う通りに彼が屈むと、柔らかな唇が頬に降りてきた。
 一瞬、何が怒ったか判らなくて、アリオスは目を見開く。
 が、すぐに幸せが身体に漲ってきて、甘やかな笑みが顔に広がる。
「サンキュ! 頑張れる、これで」
「うん! 頑張ってね」
 彼女の笑顔が彼を捕えて離さない。

 2人の恋は、こうして始まった----


 TO BE CONTINUED…     

Never Been Kissed

〜23年目のキス〜

前編
































































































































































































コメント
10000番のキリ番を踏まれたさくら様のリクエストで「年上のアンジェに手玉に取られるアリオス」のはずだったんですが、
逆に翻弄されているような…(苦笑)
アリオスがアンジェにメロメロだけど、彼女は年上ゆえの冷静さがあるところをかきたかったんですが・・・。
さくら様すみません。
ゼロブレイク阿倍野に向かってかましてくださっていいです。
後編頑張ります…