「どうしてここでバイトをしてえんだ?」 「今、建築の勉強をしています。素敵な人と結婚して、子供がふたりになったら、自ら設計して家を建てたいんです。ここは子供部屋、ここは二人の寝室・・・。そんな感じで!」 夢を語る少女は、アリオスにとっては印象的だった。 栗色の髪と、表情がくるくると愛らしくも変わる大きな青緑の瞳。 純粋な夢を聞かされて、アリオスは度肝を抜かれたといっても良かった。 少女の小さな、そして温かな夢。 これの出会いがアリオスの建築家人生を変えることとなった。 小さい頃からの夢はただひとつ。 素敵なだんなさまと一緒にマイホームを設計すること。 ここはキッチン、ここはリビング、そして二人の寝室・・・。 こうして建てる家はとても幸せなような気がする・・・。 温かなマイホームで素敵なだんな様と子供たち・・・。 その夢を叶えるために、工業高校の建築科に通いながら、設計事務所でアルバイトをしている。 うちの先生は豪邸、ビル、博物館などをあの若さで手掛けている、人気建築家。 私なんて足下にも及ばないけれど、凄く尊敬できる人・・・。 そして------ 誰よりも私が大好きな人… 今日も学校が終わった後、アンジェリークは設計事務所でのアルバイトに向かう。 実務を教えてくれる高校の授業も楽しいが、現場での仕事もとても楽しい。 現場といっても、アンジェリークはまだお茶汲みレベルなのだが。 もうひとつ、アルバイトが楽しい理由がある。それは雇い主、建築家であるアリオスの存在である。 設計図を描く真摯な眼差しに、アンジェリークは恋心を抱いていた。 彼にお茶を出すのが、彼女にとっては一日で一番のイベントだ。 「こんにちは!」 いつものように元気よく挨拶すると、一瞬だけアリオスが振り向いてくれた。 「よお、アンジェリーク。コーヒー煎れてくれねえか」 「はいっ!」 早速声を掛けられて、アンジェリークは嬉しく思いながら、コーヒー豆を曳く。 香ばしいとても良い香りを楽しんだ後、コーヒーメーカーで点てた。 この事務所でアンジェリークが誇れるスキルはまだこれだけ。 だが、それでもアンジェリークは幸せだった。 「先生、コーヒーがはいりました」 「ああ。テーブルに置いておいてくれ」 「はい」 真剣に、設計図に起こしている彼はとても素敵だ。 白いシャツは上のボタンが2、3外れていてジーンズはウ゛ィンテージものを履いているせいか、とても艶やかに見える。 これに対して自分は、子供じみた服に、働くために髪は三つ編み。 かっこわるいな、私・・・。 「おい」 アンジェリークを魅了して止まない低い声が発せられ、彼女は思わず身体をびくりとさせた。 次の瞬間。食器の音と共に、コーヒーを見事にテーブルにぶちまける。 「きゃあっ!!」 「ったく!」 コーヒーはすぐにテーブルに氾濫し、こともあろうかアリオスが作成した書類をコーヒー塗れにしてしまう。 慌てて、布巾でテーブルを拭いても遅すぎて。 「すみませんっ!」 アンジェリークは余りにも恐ろしくて、アリオスの顔を見ることが出来ない。 「片付けたら、そこにあるソフトを使って設計の勉強でもしておけ」 少し冷たく突き放したような声に、アンジェリークは益々泣きそうになった。 「はい・・・」 やっぱり私のドジさ加減に、きっと先生は愛想を尽かしたんだ・・・。 アリオスが監修を担当した建築ゲームソフトを持って、アンジェリークは小さな部屋にこもった。 部屋に入るなり、泣きたくなってしまう。 いつもいつも失敗ばかりをして、本当に哀しくなった。 アリオスが渡してくれたソフトは、誰にでも簡単にまどりを取るだけで、夢の住宅を作ることが出来るものだった。 アンジェリークは泣きながらも、そのソフトを使って設計を始めた。 夢の家。子供がふたりの夫婦の家を。 そう言えばここにバイトに来るときの面接で先生に言ったんだっけ・・・。 「どうしてここでバイトをしてえんだ?」 「今、建築の勉強をしています。素敵な人と結婚して、子供がふたりになったら、自ら設計して家を建てたいんです。ここは子供部屋、ここは二人の寝室・・・。そんな感じで!」 アンジェリークは、その時のアリオスの表情が忘れられない。 からかうような、それでいて優しい表情をしていた。あの光が忘れられない。 「こんな痛いことを言った私を、拾ってくれた先生だけど、今度のことで完全に怒っちゃったよね」 そう考えると、どうしようもなく涙が流れた 涙で視界が曇って上手く見えない。 アンjウェリークは無意識に、アリオスと自分を思い浮かべた”夢のうち”を、一生懸命作り始めた。 |
| コメント 明日に続きます・・・。(苦笑) 明日には完結いたします〜 |