アリオス…、あなたを私は束縛してる?

「じゃあな、行ってくるぜ、アンジェ」
「うん、行ってらっしゃい」
 週末を共に過ごした後、月曜日の朝、二人は駅で別れる。
 アリオスは大学へ、アンジェリークは職場であるスモルニィの初等部へと向かう。
 彼女は昨年度までは高等部の保険医だったが、今年度からは初等部へと転任になっていた。
 最近のアリオスは、彼女のアパートへ週末は必ず泊まってゆく。
 愛して止まない彼女と過ごす時間は、彼にとって至福だった。
 それは彼女にとっても同じ事。
「またな? 週末はたっぷり愛してやるからな?」
「…バカ…」
 耳元で甘く囁かれる言葉に、彼女は真赤になって何とか言葉を返した。
「じゃあな」
 彼を手を振って見送った後、彼女は彼とは反対方向のホームへと向かった。
 ホームに立ち、電車を待っていると、急に立ちくらみがして、彼女は慌ててホームの柱にしがみつく。

 あれ、どうしたんだろう…。急に立ちくらみだなんて…。

 思っていたら、今度は吐き気が襲われる。

 風邪かしら?

 彼女は気分の悪い身体をなんとか引きずりながら、学校へと向かった。

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 学校に行く、手早く白衣に着替えて、アンジェリークは、ひとつの考えの元、手帳を見ていた。
 不安が彼女を襲う。

 やっぱり。遅れてる…。

 苦悩の溜め息を吐くと、彼女はそのまま机に肘を付き、その手で顔を隠した。
「どうしよう…」
 アンジェリークは、切なく暗澹たる想いが心を覆うのを感じる。
 愛する男性の子供を宿して、喜ばない女性などいない。
 だが今は事情が違っている。
 アリオスは自分よりも五歳も年下で、しかも今大学生になったばかりの、前途のある若者である。
 その彼の未来を壊すようなことが、彼女にはどうしても出来ない。

 判ってる・・・。責任は年上である私にある。
 アリオスの未来を傷つけたくない・・・。
 私に子供が出来てしまったことで、彼の未来を壊したくない・・・。

 ぎゅっと血が滲むほど唇を噛み締め、彼女は不安と胸の奥の痛みに、息が苦しくなるのを感じながら、涙をほろりと零す。

 子供が出来てもおかしくない・・・。
 彼は私を守ってくれたけれども、最近は、そうじゃなかった・…。
 彼の子供がいるというだけで嬉しい。
 けれども、それで彼の未来が洋々たる物にならないとしたら、私は…

 彼女の心に、一つの決意が芽生えつつあった。

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 結局、アンジェリークは薬局で検査薬を買ったが、恐くて数日間は使うことが出来なかった。
 もし、子供がいたら彼と別れなければならない。
 そう思うだけで、使用が躊躇われていた。
 また、彼と一緒に過ごす週末がやってくる。
 電話で毎日彼と話をしていたが、その可能性の話を、彼女は結局彼にはなすことが出来なかった。

 知ったら、きっと、怒るに決まってるから・…。

 とうとう、彼と過ごす週末がまたやってきた。
 その日アンジェリークは、意を決して、検査薬を使ってみることにした。

 どうか、お願い・…

 その結果を見た時、彼女はほっと胸を撫で下ろした。
 結果は陰性。
 彼女はようやくホッと息を吐くと同時に、なんだか気が抜けてしまい、へなへなと腰を落した。
 よかったのか、悪かったのか判らず、彼女は涙をぽろぽろと零した。

 残念だったって、私、心の中でやっぱり思ってる…

 不意に、インターホンが鳴り、彼女は慌てて玄関へと急ぐ。
 アリオスが来たからである。
「あっ! アリオス」
「ただいま、アンジェ!」
 彼は必ず彼女の部屋にくる時は”ただいま”と言い、まるで家に帰ってきたように嬉しそうな笑顔を向けてくれる。
「お帰りなさい、アリオス」
 玄関先で、甘いフレンチキスをして、甘いやり取りをしあうのが、習慣になっていた。
「腹減ったな、何かあるか?」
「あ、ごめんね。ちょっとぼうっとしてて、何か作るね?」
 彼女は慌ててキッチンに行くと、冷蔵庫の中の物を見ながら、料理を考えている。
 アリオスは、いつもよりも少し苦しげな彼女に気付きながら、切なげにその姿を見つめる。

 アンジェ…、何かあったのか…!?

 彼はふと、アンジェリークがそのままにしておいて忘れていた、検査薬の箱を見つけた。
「何だ、これ?」
 拾い上げてみてみると、それは紛れもなく妊娠検査薬だった。

 アンジェ!

 彼は慌ててキッチンへと入ると、作業中の彼女を背後から抱きすくめた。
「アンジェ!」
「どうしたのアリオス? 苦しいわ…」
「俺の子が出来たのか?」
 囁かれた言葉に、彼女は一瞬息を飲んだ。
「----安心して…、多分、違うから・・・・」
「おまえ、だから最近おかしかったのか!? 電話で話してもどこか上の空で!」
 アリオスはアンジェリークを強引に腕の中で一回転させ、自分のほうに向き直らせた。 
「どうして隠してたんだ!?」
 余りにも真摯で怒ったような彼の異色の眼差しが恐くて、彼女は眼差しを伏せる。
「なあ、アンジェ!」
「----だって…、あなたに…、迷惑かけたくなかったから・…」
 肩を震わせて話す彼女は、まるで子供のようで、どれだけ不安だったか、彼に感じさせた。
「迷惑なわけねえだろ! 大体、おまえは悪くねえよ! 俺がおまえを欲しいあまりに、守らなかったのが悪いんだから」
「だって、あなたの未来を壊したくなかったのよ!」
 なきながら言う彼女の思いやりがいたいほど彼には判る。
「どうして、俺に真っ先に話さなかった・…」
 彼はそのまま冷たい炎のような眼差しを向け、彼女はそれを正視できない。
「あなたのことを考えたら、言えなかった」
「おれはそんな、男じゃねえよ。俺のことなんか信じちゃいねえのか?」
 彼の視線は氷よりも冷たく、背筋が凍りつく感覚をアンジェリークは覚える。
「信じてるわ!」
「だったらどうして真っ先に言わない!」
 そう言われると、彼女は何も言えなかった。
 自分を信じてもらえなかったと思っているアリオスには、最早どんな言葉も耳に入らない。
「俺の未来なんてどうでもいいじゃねえか! 俺たち二人の未来のことを考えたことが、おまえにあるのかよ!?」
「アリオス…!」
 彼は強引に彼女を突き放すと、そのままキッチンを出てゆく。
 彼女はその場で崩れ落ち、涙で頬を濡らす。
「帰る!」
 アリオスは苦々しく言い捨てると、そのまま乱暴にドアを閉めて出て行った。
 その音を聴きながら、彼女はその場で突っ伏して泣いた。

 アンジェリーク…、これでよかったのよ・・・・。
 これ以上、彼を束縛できないもの・…。
      

Love Is Never Surrender

前編
















































































































































コメント
今回はアンジェリークの視点で、不安になる二人の関係を描いてみました。
タイトルは有名な映画のワンシーンから取っています。
わかる方にはわかる。