手術の10日前から、アンジェリークは入院した。 その日は、アリオスも付き添い、彼女をリラックス出来る環境を作る。 もちろん、アンジェリークの病室を個室にし、自分が付き添える環境を整え、そこから毎日出勤する。 誰もがアリオスの献身的な変化に目を丸くした。 「アリオス、ちゃんと家に帰って疲れを取らないと駄目よ?」 心配そうにアンジェリークが言っても彼は耳を貸さない。 「帰らねえ。おまえの側にいたい。それだけだ」 キッパリと言われ、アンジェリークは苦笑いする。 彼の気持ちは嬉しいが、やはり、身体が心配だ。 二人が一緒の時は、あてられるからと、看護婦はあまり覗きにこない。 それをいいことに、アリオスは益々アンジェリークと甘い雰囲気になるのであった。 いよいよジュリアスがやってきて、様々な検査をアンジェリークは受けた。 出来る限りでアリオスはアンジェリークに付き添い、彼女を精神面で支える。 いよいよ明日が手術になり、アリオスはアンジェリークの手を握りながら、サイドベッドに横になった。 「アリオス」 不安げに呼び掛けるアンジェリークに、アリオスはしっかりと手を握る。 「今夜は、一緒に寝て?」 「ああ」 何も訊かず、アリオスはアンジェリークの横に入り込むと、彼女をしっかりと抱き締める。 「人間ゆたんぽ」 「アリオスあったかい・・・」 小さな身体が寄り添ってくるのを、アリオスは心地好く感じた。 「明日、頑張るね?」 「ああ。俺も外でずっと待っているからな?」 「うん・・・」 アンジェリークはアリオスに抱き付いて、その想いに答える。 「アリオス、やっぱりあなたは、私の”スペシャル”よ? 人生最大の。 神様、私に最後にこんな素敵なプレゼントを用意してくれたんだ・・・」 しみじみと呟く彼女の肢体をアリオスはさらに強く抱き締める。 「俺だって、お前が最高のプレゼントだ。 この後も、俺はいっぱいおまえからプレゼントを貰うんだからな?」 「何を?」 「おまえに幸せにしてもらって、子供もいるな・・・」 「うん・・・」 アンジェリークは泣きながら、アリオスにすがりつき、アリオスは何度も背中をさすった。 「アリオス、頑張るね。いっぱいいっぱい頑張るから・・・。プレゼントいっぱいあげるからね・・・」 「ああ。楽しみにしてる」 アンジェリークは満足そうに息を吐く。 「眠いか? 眠れよ・・・」 「うん・・・」 アリオスの腕に抱かれて、アンジェリークはゆっくりと瞳を閉じる。 安らかな寝息を立て初めたアンジェリークを、アリオスは優しく見守る。 「おやすみ、俺の天使・・・」 アリオスも目を閉じ、眠りに落ちる。 彼女の寝息を子守歌にして。 --------------------------- アンジェリークの手術は、正午に始まる。 麻酔が施される前に、アリオスはアンジェリークを見舞った。 「いってくるね」 「ああ、ずっと見守ってるからな」 2、3言葉を交わした後、アンジェリークは、アリオスに満面の笑顔を浮かべた。 それは信頼の証し。 アリオスは最後に彼女の小さな手を握り締めて、麻酔室へと送り出してやった。 アンジェ、がんばってくれ! 俺の心はずっとおまえの側にいるから・・・。 手術中のランプがつき、アリオスは、レイチェル、ロザリア、アンジェリークの祖母と共に、アンジェリークを手術の行方を見守っている。 「アンジェちゃんきっと大丈夫よ。恐らく成功するわ」 「ああ」 アリオスは手術室から目を逸らさずに答える。 「あなたは本当に変わったわ。アンジェちゃんは魔法使いなのかしら?」 昔を知るロザリアは、僅かに微笑みを浮かべている。 「あいつの魔法の威力が出るのは、手術がうまくいって初めて出るんだ」 「そうね。あなたの言う通りよ・・・。でも、どんな魔法をアンジェちゃんはかけたのかしら?」 アリオスはまっすぐと手術室を見つめながら、口を開いた。 「瞳だ・・・」 「瞳?」 「ああ。あいつの瞳は、笑っていてもいつも影があった。決して癒されないような陰りが・・・。それにどうしようもなく惹かれた」 愛しさを言葉の端々で溢れているのが、ロザリアには判る。 「俺が遊びで女に近付く男と知っていて、あいつは俺を選んだ。”自分が死んでも苦しまない相手”としてな・・・。今は、それを感謝している・・・」 アリオスは話している間も、片時も手術室から目を離さなかった。 時計の時間を刻む音だけが彼らを包む。一分、一秒がどうしようもないほど長い。 誰もがこの瞬間だけ、神の存在を信じた。 アンジェリークが手術室に消えて四時間後。 ランプが消えた。誰もが固唾を飲んで見守る中、ジュリアスがいつものように落ち着いた表情で出てきた。 アリオスが真っ先に駆け寄る。 「先生、アンジェは・・・」 ジュリアスは僅かに口角を上げると頷いた。 「成功です」 「ありがとうございました」 アリオスは心から頭を下げ、レイチェルたちも涙ぐんで喜んでいる。 「アリオス、君の”愛の力”だ」 ジュリアスはアリオスの肩をぽんと叩くと、そのまま病室に向かう。 その後を、手術を終えたアンジェリークが乗ったストレッチャーが行く。 誰もが安堵した瞬間であった。 --------------------------- アンジェリークの意識が回復したのは、翌日の朝方。 ジュリアスから概算の目覚める時間をアリオスは訊き、それで仮眠を合わせて取ったので、とっておきの瞬間を迎えることができた。 「・…ンッ…」 ゆっくりとアンジェリークの瞼が動き、アリオスは顔を近付ける。 「アンジェ?」 「…アリ…オス…」 長い睫からゆっくりと瞳が開かれる。 「…助かった、私助かった…んだ…」 自分の周りにある医療器具に悪態を吐きながらも、アンジェリークは喜びに溢れるような声で呟いた。 「そうだ…」 アリオスは、アンジェリークにキスの雨を降らせながら、彼女が生きていることを実感するように言う。 「アンジェ、これを…」 アリオスはまだ点滴がつけられているアンジェリークの細い左手を手にとって、指輪を見せた。 「アリオス…」 これ以上言葉を紡ぐことが出来なくて、アンジェリークはただ彼の名を囁く。 「まだちゃんと言ってなかったな? ------アンジェリーク、俺の妻になって、俺を幸せにしてくれ…」 シンプルな言葉。 だが、アリオスの想いが充分に詰まっている言葉であった。 「----はい」 アンジェリークはたった一度だけ頷くと、涙で潤んだ眼差しをアリオスに向ける。 嬉しくて堪らなくて、アンジェリークは肩を震わせている。 「幸せにするからな?」 しっかりといいながら、アリオスはアンジェリークの左手薬指に指輪を填める。 「私も幸せにするね?」 「ああ」 アリオスはまだ動くのが不自由なアンジェリークに近づく。 「愛してる…」 「愛してるわ。 あなたは私にとって、永遠のスペシャルよ…」 アリオスの唇が近づく。 ふたりは、、今、誓いのキスを交わした----- --------------------------- 退院したアンジェリークとアリオスは、手を繋ぎながら公園を散歩していた。 「あ、この橋!」 「この橋がどうしたんだ?」 アンジェリークは、少し含み笑いで彼を見ると、池を指差す。 「私ね、以前、ボートに乗っているときに、ここを通って、あなたを見たの」 「俺を?」 「うん…。あなたは、以前私に言った台詞とそっくり同じ台詞を言って、ここで女の人と別れ話をしていた。 -----それで思ったの・・・。 あなたなら、私が死んでも傷つかないって…」 アンジェリークは懐かしそうにとうとうと語っている。 だがその表情には、以前のような哀しげな光はなかった。 「-----私にとっては運命の場所だったかも…」 「俺にとってもな?」 アリオスは感慨深げに囁くと、アンジェリークの頬に手を当てる。 「この池に誓う。 おまえを幸せにすると。 おまえを泣かすようなことはしないと」 私も、この池に誓うわ…。 あなたを幸せにすると…。 あなたを泣かすよな事はしないと…」 互いに見つめあい、誓いの言葉を述べると、どちらからともなく唇が近づいてくる。 ふたりの唇はしっかりと重なり、今、永久の愛を誓う。 二人の心は今溶け合う。 二人の誓いを完全なものにするかのように、春の日差しが輝くように見守っていた----- 神様、素敵な贈り物をどうも有り難う… |
The End
コメント
68000番のキリ番を踏まれた朝倉瑞杞様のリクエストで、
「哀しげなアンジェリークを救おうとするアリオス」です。
ようやくかんけつしました。
タイトルは、「これが愛というものだから」です。
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