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小さな試写室。 アリオスはスクリーンに写し出される影像を、食い入るように見ていた。 彼が見ているのは「間奏曲」というタイトルの、海外映画。 ヒロインの女優は、この映画がデビュー作であるせいか、もぎたての果実のように初々しい。 ヒロインのプリンセスとボディガードの秘めたる恋を描いた物語は、絵空事のようだが、そのヒロインの存在感は、彼の心に重く響いた。 アリオスは、ハリウッドの敏腕プロデューサー・監督として知られ、その女優発掘の手腕も高く評価されている。 彼が発掘した女優は全て大スターになっている。 その彼の目に適ったのが、スクリーンに写し出された新人女優アンジェリーク・コレットだった。 映画を見終わるなり、アリオスは立ち上がると、足早にオフィスまで進む。 「カイン、至急、先程の映画の脚本家、版権元、主演女優アンジェリーク・コレットのエージェントの電話番号を調べてくれ」 「かしこまりました」 アリオスは机に座り、両手を組み、顎の下に持っていった。 あの女優は原石だ・・・。磨けば絶対いいものが出てくる。 「アリオス様、調べて参りました」 「サンキュ」 秘書のカインからリストを渡され、彼は早速電話を手にとる。 自ら交渉に出馬されるとは・・・。よほど、あの映画も女優もお気に召されたらしい・・・。 確かに、あの純粋な瞳の輝きは、アリオスさまの心を捕らえるだけのことはある。 ----------------------- 「ハリウッドでカメラテストを受けてみないか?」 「え!」 この映画一本だけで、もう出演しないはずだった。 もともとは、この映画のヒロインも、脚本家である彼女の叔父カティスに「どうしても」と言われて出演したものである。 元来から「女優」という仕事に興味のないアンジェリークにとっては、この話は「寝耳に水」だった。 「ハリウッドでカメラテストだなんて・・・」 いきなり叔父に呼び出されて告げられた言葉は、これだったとは。 困惑ぎみのアンジェリークの表情を、カティスは穏やかに見つめる。 「何せ相手は、あの大プロデューサーで監督のアリオスだ。話のタネに受けてみてもいいんじゃないか? ハリウッドには招待されて行くわけだし、観光メインにすればいい。大スターにも逢えるかもしれないしな」 「叔父ちゃまは人ごとだと思って・・・」 うらめしそうにアンジェリークは見つめるが、カティスは全く取り合わない。 「いいか? これはチャンスだぞ。 おまえのカメラテストをしたいと言ってきているのは、あの敏腕プロデューサーアリオスだぞ? 彼に見込まれれば、スターは間違いないって言われてるんだぞ? どれだけの女優が彼の気を引こうとしてるか、知っているのか?」 「叔父ちゃま」 熱心に説明する叔父に、アンジェリークは困惑してしまう。 「飛行機のチケットを送ってきてくれた。私も一緒に行くから、ハリウッドに行こう」 すでに予約されたチケットを見て、アンジェリークは観念したように溜め息を吐いた。 「判ったわ。観光がてらに行きます」 「そうか・・・。カメラテストは楽な気分で受ければいい」 「うん」 少し不安を感じながら、彼女はためらいがちに頷いた----- ----------------------- 出発する日には、割り切った気持ちになれた。 観光気分でアンジェリークは荷物をまとめ、飛行機に乗る。 アメリカ見物も悪くない気分だった。 ロサンゼルス空港に着くと、出迎えてくれたのは、穏やかそうな青年と、高級リムジン。 アンジェリークはこの待遇に目をを丸くした。 「ようこそカティス先生、アンジェリークさん」 それだけで、アンジェリークはカティスへの待遇なのだと理解する。 「ホテルをご用意させて頂いておりますので、ご案内致します」 「有り難う」 アンジェリークも促されて車に乗り込んだ。 少しだけ”スター”の気分を味わえたみたい・・・。 それだけで、欲の全くない女優アンジェリークは満足だった。 翌日、早速カメラテストのため、アンジェリークはスタジオに連れて行かれた。 メイク室に連れていかれ、プロにメイクをしてもらった後、衣装も着せられる。 ごく普通のブラウスとスカート。 生地はとても上等で、トータルで着ると可愛らしかった。 スタジオに入ると、すでにセットが作られており、照明やカメラもスタンバイしている。 カメラテストと言うよりは、撮影といっても良かった。 「撮影監督のオスカーだ。 ただ、映り具合をチェックするだけだからそのつもりで」 「はい」 スターになりたいだとか、そんなことは更々考えていないアンジェリークに、緊張などはない。 「では、今から3分だけ、あのセットのベッドで寝てくれ」 「はい」 「間奏曲」を撮ったセットを再現していたので、アンジェリークはいそいそとベッドの中に入った。 ------本当にただ寝ているだけだった。 うとうとし始めたときに、撮影監督から「カット!!」という声が掛かり、彼女は安心したように起き上がる。 「もう終わりですか?」 「ああ」 その瞬間、アンジェリークは満面の輝くばかりの笑顔を浮かべ、ほっとしたように飛び上がった。 「-------!!!!」 この様子を、アリオスはスタジオの直ぐ横の部屋でモニターで見ていた。 自然での簿の簿とした彼女の表情に、彼は脳天を直撃された想いだった。 見込みどおりだと、アリオスは感じ、彼はすぐさまスタジオに向かった。 一方アンジェリークは、まだカメラテストが終わっていないことを知らずに、セットから出て来る。 「これで終わりですね?」 オスカーを真っ直ぐと見た後、アンジェリークははっとする。 視界に、銀の髪をした、存在感のある長身の青年が入った。 整った容貌と不思議な瞳が、アンジェリークの心を奪う。 ゆっくりと彼が近づいてくる。 「ようこそ、アンジェリーク。ハリウッドに…」 「------はい」 アリオスに手を差し出され、アンジェリークは恍惚とその手をとる。 二人は運命の出会いをした------- |
| コメント この間、TVで、バーグマンとセルズニックの逸話をやっていて、 書きたくなりました。 今回のアンジェはどちらかといえば、ジェニファー・ジョーンズちっくだろうけど。 2,3回の予定です。 |