アンジェリークも、とうとう臨月を迎え、無理をしない程度に学校に通う体制に入った。 高校の卒業の単位も足りているし、特別推薦で、王立の大学が決まっているせいか、彼女はもうゆったりとした気持ちで学校へと通っていた。 学校の荷物は全て、親友であるレイチェルが持ってくれる上、朝はアリオスが車で送ってくれる。 もう制服も入らなくなってしまったので、彼女はマタニティ・ドレスで登校をしていた。 双子のせいか、お腹もかなり突き出ていて、華奢な身体ゆえに目立ったりもする。 だが、学校のみんなが協力してくれ、アンジェリークの出産を、誰もが自分のことのように待ち望んでくれていた。 幸せな中、彼女はうれしい悩みもある。 それは、子供たちの父親であるアリオスのことである。 「ね、アリオス、このお腹で二階に上がるのも大変になってきたし、予定日まで後2週間だから、下の客間使っていい? 夜中に産気づいても困るから。ちゃんと、電話の内線の子機、置いておくから、ね?」 彼女は強請るように彼を見つめる。 本当は、このお腹じゃ、彼が寝るのに気を使うだろうと、気を使ってのことである。 「ああ。判った」 彼は素直に返事をしてくれたので、彼女はほっとした。 だが、彼も一緒に一階の客間に引っ越してきたのである。 「え? アリオスも下に来るの?」 「あたりまえだ。おまえと離れたくない。決まってるだろう?」 「でも・・・」 「なんだよ! おまえは子供と俺とどっちが大事なんだ?」 途端に不機嫌そうに彼は眉根を寄せ、 彼女をとがめるように見つめる。 その鋭い眼差しに、アンジェリークは慌てて否定をする。 「アリオスが大事よ! これは絶対だわ。あなたがこの世で一番だもの」 「だったらなぜ、ンなこと言うんだよ?」 彼の表情は益々険しくなる。 「だって、このお腹よ? ただでさえアリオスは、お仕事をがんばってくれているのに、寝るときまで気を使わせることなんて出来ないわ・・・」 「アンジェ・・・」 途端に、アリオスの表情は明るいものとなり、愛しげに彼女を抱きしめる。 抱きしめるといっても、最早かなりお腹が突き出てる彼女を、腕で包み込むといったほうが正しいのだが。 「俺は別に気を使ってるわけじゃねえ。おまえにいつでも触れていてえし、側にいてえよ。それに、夜中に陣痛が始まったら、困るしな?」 「うん・・・、有難う、アリオス」 そっと頬に口付けられて、アリオスは満足げに微笑む。 「だから、一緒に寝ような?」 「・・・うん」 はにかみながら頷く彼女の姿が可愛くて、彼は愛しげに目を細めた。 実際に、ドクターストップがかかった時以外は、妊娠中だろうと、アリオスは気にせず彼女を愛した。 今またドクターストップがかかり、アリオスは少し欲求不満気味。 かといって他の女性は全く欲しいとは思わない。 愛する女性を、愛したくても愛せないからである。 だが、せめて、一緒には眠りたい。 彼女が出産のために入院してしまえばそれも適わなくなり、アリオスには少し我慢の日々が続くのだ。 アンジェリークは、時々このような、少し子供い彼がどうしようもなく愛しくなってしまう。 彼が子供っぽくなるのは、決まって、彼女が絡んだとき。 アンジェリークをどうしようもなく愛しているが故なのだ。 すでに、彼女が勉強部屋として今は使っている、かつて寝室として使っていた部屋には、子供たちのものが完璧に運び込まれていた。 二人分のベビーダンス、ゆりかご、ベビーベッドも二人分、おもちゃも、服も、二人分である。 これにはアリオスの親ばか振りがいかんなく発揮されていて、ことあるごとに彼が買い揃えたものである。 もちろん肝心なものはアンジェリークの意見は入っている。 その上今のアリオスは胎教にもこっていて、アンジェリークは、やれ情操音楽だの数式などを聞かされている。 だが、彼の大事な人はあくまでアンジェリーク。 彼女が辛そうにしているときは決してしなかった。 このように愛する夫であるアリオスの愛に一身に受けて、アンジェリークは出産へと備えているのだ。 --------------------------------------- 予定日が近づいたある日、アンジェリークは、出産が間近であると言うことを、”印”によってしった。 彼女は、来るべく命の誕生への期待に胸を膨らませる。 「ただいま、アンジェリーク」 「お帰り、アリオス」 アリオスが帰宅するなり、彼女は彼に告げた。 「アリオス・・・、もうすぐ、赤ちゃん産まれるみたいだから、明日から、学校休むね?」 恥ずかしそうに、だが、誇らしげな彼女の表情に、アリオスは優しく彼女を包み込む。 「いよいよだな・・・」 「・・・うん・・・」 彼女は深く優しく微笑む。 その表情は清らかで美しく、アリオスは彼女への愛しさでいっぱいになった。 「怖くないか? おまえは、俺以外に家族がいねえから、いろいろ不安に感じることがあるんじゃねえか?」 「大丈夫よ? だって、私は一番愛している男性(ひと)の子供を産むのよ? 嬉しいだけで、不安なわけがないじゃないの? ね、アリオス」 アンジェリークは、慈悲深い女神のように優しく微笑むだけ。 その笑顔はアリオスの心を浄化してゆく。 彼は、深い、微笑を彼女に向けると、甘い口付けを彼女に落とした。 その甘さに、アンジェリークは深く愛しさが増すのを感じた。 夜も二人は手を取り合って眠りにつく。 「もうすぐ、二人きりじゃなくなるな?」 「うん・・・。でももっと幸せに、楽しくなるわ」 「そうだな・・・。子供が喜びを何倍にもしてくれるからな?」 「うん・・・」 アリオスは、彼女のすっかり大きくなったお腹を撫でる。 愛しげに、優しく。 アンジェリークもまた、彼の手に自分の手を重ね合わせる。 「愛してる・・・」 「私も愛してるわ・・・、アリオス・・・」 二人は出来る限りで身体を寄せ合い、抱きあう。 お互いが深く愛し合った証である子供たちが、二人の絆を寄り強固にしていった---- ----------------------------------- 11月22日---- その日は二人にとっては特別な日。 アリオスの誕生日であるこの日は、アンジェリークにとってはお祝いに忙しい日でもある。 だが、今年はそうはいかない。 外に食事を行くにも、産気づく可能性があるために出来ないのだ。 「ごめんね、今日、誕生日なのに、その代わり、ケーキとお食事はがんばって作るからね?」 「無理すんなよ」 ”いってらっしゃい”のキスが交わされる。 甘い口付け。 「いってらっしゃい!!」 「ああ、いってくる」 アリオスを見送った後、彼女はほっと一息を着くために、リビングのソファへと腰掛けた。 「・・・!!!!」 腹部を鋭い差し込むような痛みが襲い、彼女は顔をしかめ、その場にうずくまる。 来た・・・!! すぐさまそれが陣痛だとわかったアンジェリークは、収まるまで、とにかく、冷や汗を出しながらも我慢をした。 最初の陣痛は、次の陣痛が来るで間合いがある。 すぐに病院へと連絡を取ると、シャワーを浴びて、入院のして、病院に来いというものだった。 すでに入院の準備はしてあり、いつでもスーツケースが持っていけるように、リビングに準備がされている。 彼女が次に電話をしたのは、ロザリアのブティックだった。 「はい、”BLUE ROSE”です」 「ロザリアさん? アンジェリークです」 その電話にロザリアはぴんと来る。 アリオスが仕事でダメな場合は、ロザリアが彼女を病院まで連れて行くことになっていた。 「陣痛が始まったのね?」 「はい。病院までお願いできますか?」 「判ったわ。すぐに支度していくから、待ててね」 「はい、お願いします」 電話を切ると、ロザリアを待つ時間を利用して、アンジェリークはバスルームでシャワーを浴びる。 手早くシャワーを浴びた後、彼女は服に着替えて、鴨居を乾かし、ロザリアの到着を待つ。 「あ・・・、また、来たっ!!!!」 彼女はお腹を押さえて必死に耐え抜く。 この波が去った後、今度はアリオスとレイチェルに手短にメールを打った。 陣痛が始まりましたから、病院に行きます。アンジェリーク それが打ち終わる頃、ロザリアが到着した。 「アンジェちゃん!! 遅くなったわ! 準備は出来ている?」 「はい、スーツケースはあれです」 指を指して、彼女はロザリアに教える。 ロザリアはそれを持ち、アンジェリークを支えるようにして車へと向かう。 アンジェリークは、車に乗り込むと、じっと、自宅を見つめた。 今度帰ってくるときは、新しい家族がふたりも増えているから、よろしくね? 「さあ、行くわよ」 「はい」 ロザリアの車は、そのまま病院へと向かった---- --------------------------------- 休み時間に、レイチェルはアンジェリークが入院をしたことを知った。 がんばれ、アンジェ!! そしてアリオスも、法廷の休憩時間にそれを知る。 アンジェ・・・!!! がんばれよ、俺もすぐに仕事を片付けていくからな? アリオスは、本当はすぐにでも駆けつけてやりたかったが、大きな裁判の途中のためそうも行かず、祈るような気持ちで、仕事を再開する。 オリヴィエも、アンジェリークのクラスメートも、ヴィクトールも祈る。 誰もが、今、彼女の無事の出産を願っていた。 |