「アリオス、明日から二日間、大切なお客様をこの宇宙にお迎えするからそのつもりでいてね」
「大切な客!? 守護聖どもか?」
愛しの女王陛下からのお達しに、アリオスは怪訝そうに眉根を寄せる。
彼らが大好きだった”天使”を独り占めにしたことを、チクリと言われるのは堪らない。
「違うわ。守護聖様も大切だけれども、故郷の宇宙の惑星ウィンザのプリンセスよ」
柔らかな微笑で告げられ、彼は益々表情を険しくさせる。
「"プリンセス”だあ? ったく、何でそんな面倒くさいもんが来るんだよ」
「とにかく、協力してね? 何でもこの宇宙に勉強を兼ねた視察をされるって、陛下からのお達しなの」
彼の天使に穏やかに微笑まれると、流石のアリオスも逆らうことが出来ない。
「わかったよ、協力させていただきます」
目に零れ落ちた銀糸の髪をかき上げながら、彼はさも面倒くさそうに言った。
「よかった!! アリオス、大好き!!」
はじけるような笑顔を彼に向けると、アンジェリークはそのまま抱きつく。
彼の天使は、彼を骨抜きにする方法を無意識で知っているのだ。
「だったら…、"ご褒美”の前借をさせてくれるんだろうな?」
「え?」
甘美な囁きに、アンジェリークが顔を上げると、アリオスは憎らしいほど魅力的な笑みを唇に浮かべていた。
少しイタズラっぽい甘い微笑み----
大好きな微笑を浮かべられると、彼女は頬を染めて見惚れる。
「いいみてえだな? だったら、貰うぜ?」
「きゃっ!!」
アリオスに軽々と抱き上げられ、彼女はそのままベッドに連れて行かれた。
あくまでもソフトにベッドに寝かされ、アンジェリークはアリオスに組み敷かれる格好になる。
「アリオス…」
恥ずかしさに潤んだ彼女の青緑の瞳が、彼を魅了せずにはいられない。
「今日はいつもよりもたっぷり可愛がってやるからな? 覚悟しておけ?」
彼女の心の準備が整う暇もなく、彼はゆっくりと彼女を愛し始める。
何度も、何度も、彼は彼女を愛した。
朝日が昇る頃、ようやくアンジェリークはアリオスから開放され、つかの間の休息を取った---
昨夜のアリオスへの"ご褒美”のせいで、アンジェリークは寝坊をしてしまい、身支度が整ったのはぎりぎりだった。
故郷の宇宙のVIPを迎えるに当たって、それに相応しい装いをという補佐官の配慮から、彼女は女王らしく、薄紅色のドレスを身に纏った。
もちろん、アリオスの好みであるからである。
謁見の間には、アンジェリーク、レイチェル、そしてアリオスが揃い踏みしている。
「女王陛下、プリンセスがお見えになられました!!」
侍従長の言葉に、彼女は恭しく頷くと、姿勢を正した。
重厚な音を立ててドアが開かれ、一人の女性が入ってきた。
肩を出したデザインの白いシンプルなドレスを身に纏い、静々と歩いてくる。
結い上げられた艶やかな金色の髪。
切れ長で妖艶な蒼い瞳。
そして、色気のある口元。
アンジェリークの想像を裏切り、彼女は完全に大人の女性だった。
「ごきげんよう、新宇宙の女王陛下。私は"プリンセス・アーニャ”と申します。お見知りおきを」
ドレスをついと摘まんで、深々と頭を垂れて、お辞儀をする。
その姿は品があり、堂々としている。
「こちらこそプリンセスアーニャ! 短い時間だと思いますが、どうぞこの宇宙で楽しんでいってくださいね」
「はい」
アーニャは顔を上げると、ぴたりと視線が止まった。
彼女の視線はそのまま一箇所に留まっている。
「アーニャ?」
優しく声をかけながらも、アンジェリークは恐る恐る彼女の視線を追ってみた。
やっぱり…
心の中で不安げに彼女は呟く。
予想通り、アーニャの視線はアリオスに向いたまま動かない。
それどころか、うっとりと彼に見惚れてしまっている。
彼女の瞳は艶やかで、真っ直ぐアリオスだけを捕えていた。
その視線がアンジェリークには痛くて堪らなかった。
苦しくて、切なくて、"女王”でこの場所にいることを忘れてしまいそうになる。
アーニャは、何て真っ直ぐな瞳でアリオスを見るんだろうか…
艶やかで、大人っぽくて、私とは正反対…
彼女は何とか、その精神力だけで冷静に装い、姿勢を何とか正した。
「アーニャ? よろしいですか?」
「あ、申し訳ございません、陛下」
取り繕う姿も、アーニャは堂にいっている。
「あの、陛下?」
「何でしょう?」
「陛下のお隣にいる男性の方はどなたですか?」
アーニャのあまりにものストレートな質問に、アンジェリークは、一瞬動揺した。
その動揺をアリオスは敏感に感じ取り、アンジェリークにしか判らない深い眼差しを刹那彼女に送ると、むすっとした表情をアーニャに向ける。
「アリオスだ。女王陛下直属の、新宇宙の王立派遣軍の司令官だ」
「まあ、王立派遣軍の!」
きらきらと瞳を輝かせ、アリオスを誘うようにうっとりとアーニャは微笑んだ。
その声は少し興奮気味だ。
「陛下! 私、父王に新宇宙の"王立派遣軍"を視察してくるように言われております。アリオス様にご案内いただけませんか?」
あまりにも正統な理由を示されて、アンジェリークは言葉を繋げることが出来ない。
本当は、彼と彼女を二人っきりにしたくない。
しかしそれを口に出すことは出来ない。
アンジェリークは仕方なく、アーニャが断れない唯一の方法を出すことを決めた。
「私がご案内しますよ?」
「いいえ! 陛下に手を煩わすわけには参りませんので!」
もっともらしいことを付け加えて、アーニャは一向にひこうとしない。
「だったら、俺だったら手を煩わすのはいいってことなのかよ?」
彼は益々不機嫌そうに呟き、眉根を寄せた。
「アリオス…」
小さな声で彼を制するものの、そのアンジェリークの声は困ってはいても切れ味が悪い。
「アリオス様、現場の声を聞いて濃いというのが、父の言いつけです。何卒宜しくお願いします」
ここまで言われ、頭を下げられてしまうと、アンジェリークには反対することなんて出来ない。
覚悟を決めて、彼女は不安が渦巻く心を抑えるために、深呼吸をした。
「----判りました、アリオス、プリンセスアーニャを案内してください」
「…判った…」
怜悧なアリオスは、彼女の意図を解して、しぶしぶ頷く。
その途端に、アーニャの顔はそれこそ輝き、妖艶な笑顔を浮かべていた。
女王陛下がアリオスを好きなのは判ったけれど、私だって負けないわ!!
だって、一目惚れだもの
心の中でめらめらとアンジェリークへの対抗意識を燃やしながらも、それを隠せるアーニャは、一枚上手かもしれなかった。
「どうして、すんなりOK出しちゃうのよ!! あの女、アナタへの敵対心がメラメラだったじゃない…」
控えの間に戻るなり、親友に戻ったレイチェルに、いきなり喝を入れられた。
「だって…」
しゅんとする、ただの恋する少女に戻ったアンジェリークが、ひどく儚げにレイチェルには感じられる。
「いい!! アナタは、アリオスの正式な奥さんなんだよ? それは陛下もご存知なんだよ? だから堂々と彼の所有を宣言すればいいじゃない!!」
「ん…、ありがと…、レイチェル!!」
親友に抱きついて、アンジェリークは不安な心を紛らわす。
絶対あの女のことだから、何かしてくるに決まってる…
アンジェを守ってあげなきゃ
図らずもレイチェルの予感は当たるのである----
結局、晩餐会の時間近くになるまで、アーニャはアリオスを放してはくれなかった。
そのせいで、晩餐会の準備でも、アンジェリークとアリオスはすれ違い、一緒に行くことが出来なくなった。
先に、レイチェルと共に広間に着き席に着いていたアンジェリークは、一抹の不安を覚える。
アリオス…、いつもはちゃんと公式の場所ではエスコートしてくれるのに…
「お待たせして申し訳ございません、陛下!」
凛とした声が響き、アンジェリークもレイチェルも立ち上がった。
恭しくも重いドアが開けられ、そこに現れたのは、アーニャと、彼女に無理やりエスコートをさせられたアリオスだった。
あまりもの衝撃で、アンジェリークは顔色をなくし、その場に崩れ落ちそうになっていた----
後編に続く