Lies And True Love


 何度も、お互いの想いを心に身体に刻みつけるかのように、ふたりは愛し合う。
 夜が白むまでふたりはお互いの情熱に溶けあった-------


 朝日が上るのと同時に、アンジェリークは起き、ベッドからゆっくりと出ていく。
 横にはまだアリオスが眠っている。
 寝顔を見ると、涙が溢れそうになる。

 アリオス・・・。
 ずっと、ずっと好きだから・・・。
 あなた以外の男性はもう愛せないのよ・・・。
 あなたが傷つくようなことをしたくない・・・。
 あなたが幸せであることが、私は一番嬉しいことだから・・・。

 乱れた下着とワンピースを拾いあげて身支度をする。
 何かを着る度に、切なさが溢れかえる。
 何とか嗚咽を押さえてアンジェリークは服を着替え終わると、アリオスをもう一度見つめた。
 眠っているアリオスを心に刻み付けるかのように、たっぷりと見つめた。

 有難う・・・、アリオス…。

 心の中で囁いてから、アンジェリークは甘いキスをアリオスに送る。
 一瞬だけ唇に触れるキスは、アンジェリークの心が深く込められていた。
 唇を離した後、アンジェリークは振り切るかのように寝室を出て行く。
 切ない心を込めて、もう一度だけ、アンジェリークは振り向いた。
 大きな青緑の瞳は僅かに涙が滲んでいる。
 その表情は誰よりも美しく、そして清らかだった。
「さよなら…、いつまでも愛してるわ、アリオス…」
 切ない声で呟いた後、アンジェリークは部屋を後にする。
 流れる涙が妙にしょっぱかった------

 アンジェ・・・

 ドアが閉まる音がした後、アリオスはゆっくりと目を開けた。

 アンジェ・・・

 アリオスもまた、切なくて堪らなくなる。
 彼はベッドから降りると、カーテンの隙間からそっと外を眺める。
 アンジェリークがマンションから出て行く姿が見え、アリオスは銀の髪をかき上げ、思い詰めたように目を閉じた。

 …もう。
 自分に嘘をつくことは出来ねえな…

 アリオスは、以前から考えてきた計画を、実行する瞬間が訪れたと判断し、電話を手にとる。
「もしもし、エリザベスか? あの計画だが、ちょっとばかり変更したいことがある・・・」

                 -------------------------------

 あれから二月か・・・。

 この二ヶ月間、アンジェリークはアリオスとコンタクトを取ることは無かった。
 夜が来るたびに、あの情熱的な夜を思い出してしまい、涙を流す。
 そんな状態が続き、アンジェリークは随分とやつれてしまった。
 そのうえ------
 あの情熱の一夜の産物が、アンジェリークの胎内に宿っていた。

 この子がいれば生きていける・・・。
 最近はそう思うようになったもの…。
 アリオス・・・。
 最後の最後に、大切な命を有難う・・・。

 今日は朝から何度もカレンダーを見る。
 聴いたところでは、今日はアリオスとエリザベスの結婚式。
 アンジェリークにとっては、”最悪の日”。地獄の一日と言っても良かった。
 朝も5時から目が覚め、何をするのも上の空だ。
 7時30分になり、なぜだか、玄関のインターホンがなり、アンジェリークは慌てて玄関先に出て行った。
「アンジェ!! 遊びに行こう!」
「レイチェル…」
 ドアの先にいるのはレイチェルで、気を使ってか誘いに来てくれたようだった。
 アンジェリークがアリオスをずっと好きだったことや、今回の妊娠を唯一知っている。
「ねえ、気分転換。エルが車出してくれるから、ね!」
 親友の気遣いにアンジェリークは癒されると同時に、感謝せずにはいられない。
 彼女は柔らかな微笑を浮かべると、しっかりと頷いた------


 エルンストが運転してくれる車に乗って、アンジェリークはゆったりと景色を眺めていた。
「ねえ、レイチェル、今日はどこに行くの?」
「あなたがとっても好きな場所! 内緒!」
「ねえ、教えて!」
「だ〜め」
 ふたりはまるでじゃれあうかのようなやり取りをし、エルンストを和ませる。
 アンジェリークもまた、このやり取りを楽しんでいた。

 有難うふたりとも・・・。
 一人でいたら、私きっと、とても塞ぎこんでいたと思うわ・・・

 暫く走り、車は高級ホテルの駐車場に停まった。

 まさか…

 ここまで来て、アンジェリークはようやくどこに連れて行かれたかが判った。
 アリオスとエリザベスの結婚式場。
「------帰る…っ!!」
 気付くなり、アンジェリークはドアを開けようとした。
 そこには-------
「アンジェ」
 アリオスがグレーの燕尾服姿で立っており、アンジェリークは逃げるように彼から遠ざかる。
「アンジェッ!」
「いやっ!」
 半分泣きながら切なそうにする彼女の手を、強引に掴むと、アリオスはそのままアンジェリークを担ぎ上げた。
「サンキュ、エルンスト、レイチェル。後でな?」
 暴れるアンジェリークに構わずに、アリオスはすたすたと彼女をホテルの更衣室に連れて行った。
「アリオス…っ!」
 部屋で下ろされるなり、アンジェリークは力強くアリオスに抱き締められる。
「今から、メイクと衣装係が来る。言うとおりにしてくれ・・・。おまえの悪いようにはしない・・・。頼む」
「うん…」
 頷くしかなかった。
 アンジェリークが頷くとほっとしたように、アリオスはメイクと衣装係を招きいれた。

 そこからが呆気に取られた。
 軽い肌のマッサージから始まりメイク、髪・・・。
 ここまでで1時間30分。
 そして、衣装係が衣装を出してきたときに、アンジェリークは息を呑んだ。

 これは・・・!!!

 それは紛れもなくウェディングドレスだった。
 しかも、腹部は緩やかになっていて、清楚な感じのするものだ。
 これには声がでなかった。
 
 アリオス・・・。
 これはどういうこと・・・

「まあ、とってもお綺麗よ!」
 鏡に映ったウェディングドレスを着た自分が、何だか信じられない。
「出来たか、アンジェ・・・」
 アリオスがタイミングよく部屋に入ってくると、女性たちは席を外してくれる。
「アリオス…。どうして・・・」
 大きな瞳は涙をいっぱいためてアリオスを捕らえていた。
「俺の花嫁になるのは、おまえだ・・・」
 アリオスは静かに近づくと、アンジェリークの顎を指で持ち上げる。
「エリザベスさんは?」
 アンジェリークは震える声で、自分の恋敵に名前を口にする。
「あいつは元々別に好きなやつがいた。最初から、俺と結婚するふりをして、その男と結婚する計画を立ててた」
 淡々と計画の種明かしをするアリオスは、どこか楽しそうだった。
「でも、エリザベスさんは昔からあなたにお熱だったじゃない?」
「あれは”初恋”らしい。
 今の恋が本物だといってる。実際俺もそう思うがな」
 アリオスは深い光を宿しと眼差しをアンジェリークに向け、ただじっと彼女を見つめる。
「俺の本物の相手はおまえだ・・・。
 俺がおまえを捨てると思ったか?」
 アンジェリークは嬉しくてただ泣くばかり。
 躰を震わせル彼女を抱き締めると、アリオスは唇で涙を拭う。
「おい、折角綺麗にしてもらったんだからな? 泣くな…」
「うん・・・」
 アンジェリークは頷きながら、何とか涙を止めた。
「俺とあいつの結婚は、事業の利害が一致した縁組だったが、あいにく、俺もあいつも違う相手が好きだったからな? 俺はおまえ、あいつは、あいつの家にいる運転手だ」
「あっ!」
 アリオスが「あいつは運転手と帰った」とよく言っていたことを思い出し、アンジェリークはなるほどとばかりに頷く。
「だから、今回の計画を綿密にな手タ。俺とあいつは結婚せずに、あいつは運転手と結婚するな。事業提携はそのまま変わらず行い、あいつの親父が反対した場合は、すぐに提携を切るって言っておいたから、大丈夫だろう・・・。
 で、おれもおまえと一緒になりたかった。
 なるつもりで今日呼んだ…。
 同じ日に結婚式をするから、エリザベスやレイチェルにも協力してもらった・・・」
「レイチェルにも・・・」
 だからこそ、おなかをゆったりとしたドレスが選ばれたということを、アンジェリークはようやく気がついた。
 親友の心遣いには涙が出そうになる。
「------この二ヶ月は、おまえとの式の準備で忙しくて連絡が取れなかった・・・。許してくれ」
 アンジェリークはそんなことはもうどうでも良いとばかりに、頭を振った。
「いいの・・・」
「サンキュ」
 アリオスはそこまで言うと、アンジェリークを真摯な眼差しで見つめた。
「------結婚してくれ…」
 シンプルなプロポーズだった。
 アンジェリークもまた間髪いれずに頷く。
「はい」
 誓いのキスがアリオスから送られた。
 触れるだけの甘いキス。
 「これ以上やると、押し倒したくなっちまうから」と笑いながら行って、アリオスは婚約指輪を差し出した。
「婚約期間は一時間もねえがな?」
「有難う…」
 左薬指に填められた指輪は、アンジェリークの瞳と同じ色をしていて、とても美しい。
「アリオス・・、あのね、私・・」
 おなかの子供のことを言わなければならないと、アンジェリークはアリオスを見上げる。
「------子供のことは、本当に嬉しい。俺たちの子供だ、きっと幸せになれる」
「うん・・・!!」
 再びしっかりと抱き合うと、ふたりはお互いに愛情に満ちた眼差しで見つめあう。
 ノックの音がした。
「そろそろお時間です・・・」
 その問いかけにアリオスはふっと笑うと、アンジェリークに腕を差し伸べる。
「行くぜ? 俺の奥さん」
「ハイ、アリオス」
 アンジェリークはしっかりと腕を絡ませて、一歩ずつ歩いていく。
 明るい未来へと、今、ふたりは歩き始めた-------

コメント

やっぱりハッピーエンドは書いてて楽しいです!
わ〜い!!

マエ モドル