LEGALLY ANGEL

9


 検事側の証人の嘘を暴いたことで、裁判の行方は少しだけ好転した。
 だが、これだけで浮かれてばかりはいられないと、アンジェリークは身を引き締めて頑張ることにした。
 そんな矢先、レイチェルとアンジェリークは、ふたりしてアルミスに呼び出された。
「君達は、学生の分際でやり過ぎた。この意味は何か、判っているだろうね」
 ぎらぎらとした狡猾な瞳を向けられたが、ふたりは怯むことなどありはしない。
「私はともかく! レイチェルについては今回の件は無関係です!」
 きっぱりとアンジェリークは言い切り、堂々としていた。
「だったらワタシも同罪です! アンジェひとりが怒られることはないよ!」
「まあ、女子の罪は一連託生だ。次の公判からふたりは出なくていい。司法修習もこれで終わりだ!!」
 きっぱりと言い切られて、アンジェリークたちは少しむっとした。
「以上だ!」
 ふたりはアルミスの部屋から出ると、落ち込むどころか逆に闘志をかきたてられる。
「ったく、ああいうやつがいるから、法曹界はダメになるのよ!!」
 レイチェルが息巻けば、アンジェリークも力強く頷く。
「おい、どうしたんだおまえら?」
 アリオスが怪訝そうにしながらやってくる。。
「アリオス!! 実は・・・」
 アンジェリークは頭にきた腹のうちを、アリオスに言って聞かせる。
 その表情は悔しくて堪らないといったところだ。
「おまえらもそこで怯むな。俺とエルンストが何とかするから。
 あいつだけだと裁判には確実に負ける。あいつが、今まで裁判に勝ってきたのは、優秀なアシスタント弁護士がいたからだ。俺たちのようなな?」
 さりげに、能なしだと言っているアリオスが痛快で堪らない。
 ふたりは頷き、アリオスとエルンストに委ねることにした。


 裁判の当日、ふたりは裁判所に呼ばれる。
 呼び出したのはロザリアだ。
 裁判が緊迫した状況で始まろうとし、アルミスが弁護人の席に着こうとしたとき、ロザリアから宣言が出された。
「アルミスさん、あなたはクビよ!」
 その瞬間、法廷内がざわめき始める。
 アルミスは少したじろいでいるが、ロザリアはそのままだ。
「言ったでしょ。ク、ビよ。名前だけで高い弁護料を請求する弁護士はいらないの」
 この発言には、裁判長も痛快とばかりに、微笑んだ。
「いいでしょう。代わりの弁護士はもう頼んであるのですか?」
「もちろん! 代わりの弁護士ですわ」
 法廷の扉が開き、颯爽と現れたのはアンジェリークとレイチェル。
「ふたりはまだ学生で正式な弁護士ではありませんよ?」
 ふたりはまっすぐと裁判長を見つめ、嘆願する。
「ロースクールの学生が法廷に立ったという事例は報告されているはずです」
 レイチェルはきっぱりと言い切る。
「確かにそれはあります。ですが、あなた方と一緒に弁護をしてフォローをしてくれる正規の弁護士が必要になります」
 その答えは簡単に出た。
「俺たちがサポートします」
 アリオスとエルンストが名乗り出てくれて、ふたりはほっとする。
 そうしてくれると信じていたから。
 だから何の迷いもなかった。
「よろしいでしょう。検察側もそれでいいですわね?」
 裁判長に言われると、流石に検事も頷くしかなかい。
「では、検察側の証人として、被害者の娘メリンダを出します」
 見事な赤毛に鮮やかにパーマをかけたメリンダが法廷に現れた。
 メリンダもまた、型にはまった宣誓を、法廷と聖書に誓う。
 まずは検察側からの質問だ。
「メリンダさん、当日のことを詳しく教えて下さい」
「はい、もう、刑事さんに何度もお話させて頂きましたが美容院から帰宅後、私がシャワーを浴びている時に、何か音を聞いたんです。今思うと、それは銃声だったかもしれません。
 しばらくして、気にせず射ましたが、また音がしたので、何ごとかと思ってすぐに着替えて見に行くと、ロザリアが血塗れになって、お父様の前に立っていたんです!」
 しっかりと力強くメリンダは言い、ロザリアを睨み付ける。
「それは返り血のようなものでしたか?」
「顔まで血を浴びていました」
 淡々と彼女は話し続ける。
「手に銃は?」
「なかったと思います」
 とても事務的に答えるメリンダを、アンジェリークはじっと観察していた。
 得られる情報は総て得たかったから。
「最近、お父様とロザリアさんの関係はどうでしたか?」
「お父様は、ロザリアの色香に参っている様子でしたが、彼女はいつもどこかに出かけていたわ。どこに行っていたかは知らないけど」
 ちらりと意味深げに、ロザリアを見る。
「お父様を裏切っていたかもしれないわね」
 これには、今まで感情を抑えていたロザリアも顔色を変える。
「そんなこと、ありえないわ!」
 感情的になり、彼女は思わず立ち上がる。
「被告人静粛に。証人は感情的な表現は控えるように」
 裁判長からの注意が促され、ふたりは少し姿勢を正した。
「検察側からの質問は以上です」
「では、弁護人」
 アンジェリークはしっかりとしっかりと頷き、質問台に立つ。
 緊張をほぐすように、彼女はアリオスを何度も見る。
 アリオスを見つめるだけで、それだけで安心するような気がする。
 深呼吸を一度すると、アンジェリークはメリンダをまっすぐに見た。
「その日の行動を教えて下さい、メリンダさん」
「その日は美容院に行きましたわ」
「美容院・・・」
 小さくアンジェリークは何度も呟きながら、証人を見る。
 ひっかかる。
 何かがひっかかる。
「美容院に行ったんですよね?」
「そうよ、何度同じことを言わせるの!」
 半ば癇癪を起こし鼻でせせら笑うメリンダとともに、検事も小馬鹿にするように笑っている。
 アンジェリークが緊張の余りに泣きそうになっているのを、誰もが興味本意で見ていた。
「アリオス、代わったほうが・・・」
 エルンストが小声で囁いたが、アリオスは首を横に振る。
「まあ見てろ。あいつは絶対にやり抜くから」
「アリオス・・・」
 彼はあくまで冷静で、笑みさえ浮かべていた。
 それは裏を返せば、アンジェリークをそれだけ信頼していたということだ。
 アンジェリークは何とか落ち着きたくて、アリオスをもう一度見る。
 彼の信頼と優しさの含まれた眼差しを感じ、随分と落ち着いてきた。

 落ち着いて・・・。
 落ち着けば何とかなるから・・・!

  アンジェリークは自分にそう言い聞かせ、考えをまとめる。
「弁護人?」
 裁判官に顔を覗き込まれ、彼女頷いた。
「メリンダさん、質問します。あなたはいくつからパーマをかけ、パーマをかけてから何年ですか?」
「意義あり!」
 すかさず検事からの横やりが入る。
「検察官?」
「その質問は、本件に関係がありません!」
「いいえ! 関係があります!」
 間髪入れずに、アンジェリークは反論した。
 それは自信を持った弁護士の姿だ。
「よろしい、弁護人続けて」
 裁判長は頷いてくれ、アンジェリークはほっとしたように笑う。
「メリンダさん、先程の質問の答えをお願いします」
 アンジェリークの真摯さには呆れているかのような目を、メリンダは向けてきた。
「パーマをかけたのは12の時から。もう13年になるわ」
 その答えに、アンジェリークの表情は確信を持ったものとなる。
「メリンダさん、先程シャワーを浴びたと言いましたね?」
「ええ、言ったわ」
 しめたと思った。
 アンジェリークはゆっくりと証言台に近付く。
「あなたは美容院でパーマをかけた」
「そうよ。一体何が言いたいのよ?」
 馬鹿にした笑いを浮かべ、メリンダはあきれ果てたように溜め息を吐く。
「------ええ、言いたいことはこれよ。
 通常、美容室でパーマをかけた場合、パーマがとれないようにと、その日は一日水に濡らさないように言われるわ。特にあなたのようなゴージャスなパーマではね! それはパーマをかけているものなら、誰でも知っていることだし、受ける注意よ。しかもあなたは13年もパーマをかけているのよ。知らないはずはないわよ! シャワーを浴びといたら、今ごろはこんなにゴージャスで綺麗にパーマは出ていないわ!!! どうして嘘を言ったの!?」
 メリンダの表情は一気に曇り始め、真っ青になる。
 虚を突かれてしまった。
 ただ呆然と彼女は辺りを見た後、急に泣き出す。
「ロザリアよ!! この女が悪いのよ!!!」
 髪を乱して彼女は必死になって訴えた。
「自分と同じぐらいの年の女と父親が結婚をしたら、どんな気分になるか判る? もう最悪よ! だから、この女を狙って撃ったら、それがお父様だったのよ!! たまたまだった、あれは事故なのよ!! この女さえいなければ!!!」
 静まりかえった法廷内には、メリンダの嗚咽の声が響くだけだ。
 その瞬間。
 アンジェリークは初めての”勝利”を手に入れたのだ。
 誰もが、若き弁護士の卵の華麗な推理に、ざわめき始める。
「静粛に!」
 裁判官は木槌を叩き場内の静粛を促した。
「ロザリア・デ・カタルヘナさんを無罪とし、メリンダ証人を殺人犯として収監します」
 決定が場内に響くと、直ぐさまメリンダは連れて行かれる。
 その瞬間、法廷内は大きなざわめきに包まれた。
 ロザリアの表情は晴れ渡り、アンジェリークに向かって親指を立てる。
「あなたのお陰だわ! 無罪になって、しかも、私の権威はそのまま護ってくれるなんて! 最高だわ!」
 二人はしっかりと握手をしあうと、法廷を出た。

 有名人の無罪を、ローズクールの女子学生が勝ち取ったと言うことで、裁判所から出る頃には、かなりの取材陣に囲まれていた。
 フラッシュの雨の中を、二人で楽しげにくぐっていく。
 新しい敏腕弁護士誕生の瞬間だ。
 フラッシュの雨をくぐり抜けると、シャルルがアンジェリークを追いかけてやってきた。
「アンジェ!!!」
「シャルル」
 彼は半ば興奮したように、当たり前のようにアンジェリークに一番に接近し、手を握る。
「見直したよ! 君はやっぱりすごい! 外見だけじゃなくって中身も。
 僕が間違っていた…。これからもまた、以前のように…」
「シャルル…」
 アンジェリークはうっとりとした表情をする。
 だが------
 次の瞬間、彼女の手のひらは、シャルルをひっぱたいていた。
「…アンジェ!?」
「あなたのお陰で私とレイチェルはすっかり目が覚めたの。お礼を言いたいぐらいよ。
 25までに弁護士の女と結婚しようだなんてそんなやつは、男のくずよ!
 他の女を捜すといいわ。さよなら」
 アンジェリークはきっぱりと言い捨てると、そのまま颯爽さっていく。
 それは何よりも清々しい。
 シャルルは未練がましく、アンジェリークの後ろ姿を見つめることしかできなかった。

「アリオス!!!」
 アンジェリークは、前を歩いている、精悍な若き弁護士の腕をとる。
「あれで良かったのかよ?」
「うん!!」
 幸せそうに笑う彼女を、彼もまた笑いながら引き寄せる。
「あなたのお陰だわ。ここまで出来たのは…」
「おまえが頑張ったからだぜ?」
「有り難う」
 アンジェリークはアリオスに礼を言った後、彼を切なそうに見つめる。
「-------アリオス、これで、おしまいなの? 私はもっとあなたに教えて貰いたいことがいっぱいあるの…。」
「コレっちょ…」
「アンジェって呼んで」
 アンジェリークは少しすねるように、アリオスを上目遣いで見る。
「アンジェ…。俺もおまえにいっぱい教えてやらねえといけねえことがあるからな…。
 まずは、ベッドで…」
 彼女はくすりと甘く笑うと、アリオスは彼女を引き寄せてキスをする------
 二人がお互いの気持ちをようやく確かめられた瞬間だった-------


 2年後-------
 初夏の美しい天気の元、ロースクールの卒業式が行われた。
 アンジェリークは、愛犬のアルフォンシアと共に出席だ。
 勿論晴れの日にはアリオスも来てくれている。
 彼女は卒業生総代として選ばれ、表彰をされた。
「では、卒業生総代アンジェリーク・コレット。彼女は優秀であり、この後も、アルカディアの名門弁護士事務所での就職が決まっています。アンジェリーク」
 アンジェリークと同じ名前を持つ、裁判官であるアンジェリーク教授が彼女を演台に導いてくれる。
「有り難う先生。
 私たちは、この3年間で様々なことを学び、教えあいました。みんなと一緒だったからこそ、ここまで来ることが出来ました。
 私たちは法を司る物として、時には厳しく慈悲深くなりながら、真実を導いていかなければなりません。それを教えてくれたこの貴重な3年に感謝します。
 -------私たちはやったわ!!!」
 明るいアンジェリークの言葉と共に、全員が帽子を投げた------


 アンジェリーク・コレット。アルヴィース法律事務所に弁護士として勤務予定。
 アリオス。独立し、アルヴィース法律事務所の所長として忙しい日々を送っている。ずっとアンジェリークとはつきあっており、今夜プロポーズする予定。
 レイチェル・ハート。次席で卒業し、エルンスト法律事務所に勤務予定。アンジェリークの親友となり、シャルルを捨てる。今の恋人はエルンスト。
 エルンスト。独立し、エルンスト法律事務所でshちょうとして多忙を極めている。レイチェルは最高のパートナーと思っている。
 シャルル。一番下の成績で卒業し、就職先も恋人もなし。
 ロザリア・デ・カタルヘナ。大学教授と再婚し、子供も出来幸せな日々を送っている。

 THE END

コメント

可愛い恋愛小説を書きたくて、連載開始です。
宜しくお願いします〜。
胸が大きいだけで振られてしまった、アンジェリークの奮戦記。

とうとう最終回です。
大増量で頑張りました。
皆様が楽しい気分であればとっても嬉しいです。
有り難うございました。



マエ モドル