Knowing Me Knowing You

後編


 アリオスは今度は産婦人科のナースステーションに内線をかけた。
「はい、産婦人科です」
 その声にアリオスは神に感謝をする。
 アンジェリークだったからだ。
「・・・アンジェ」
 耳元に聞こえた艶やかな声に、彼女は心の底が潤むのを感じる。
 だが、余りもの突然の彼の内線に、彼女は苦しくなる。

 今ごろ、どうして・・・。
 もう、私なんか、飽きたはずなのに・・・

 彼女は心を何とか静める努力をするが、上手くいかない。
「先生、ここは産婦人科です、外科ではありません」
 冷たい声だった。
 その声が少し震えてることを彼は感じる。
「判ってる、そんなこと」
「だったら何のようですか。誰かかわりのナースに代わります」
「待ってくれ」
 電話を切りかねない彼女の勢いに、アリオスは慌てて止める。
 冷たい彼女の態度で、自分がどれほどその心に傷をつけたかを知り、彼は臍を噛む。
「----おまえと話がしたい」
「すみません。私語をしている時間はありません。すぐに次の分娩が待っていますから」
 彼女は自分の心の中の冷静さと言う冷静さを全てかき集めて、彼女は冷たく電話を切った。
 伝ををきった後、アンジェリークは全身の力が抜けてゆくのを感じる。
 胸の痛みが思い出され、涙になって一筋零れ落ちた。

 これでよかったのよアンジェ・・・。
 もう、振り回されたくないもん。
 アリオスのことは大好きだけれど、愛してるけれど、彼がそうじゃなかったら、私・・・、もう満足できないかもしれない・・・

 アンジェリークは涙を拭うと、そのまま次の仕事の為に、ナースステーションを出てゆく。
 以前なら、二人で夜勤明けにデートをしたものだが、今夜の夜勤は格別に切ないものになるような気がしていた----


「アンジェ・・・」
 電話のツー音を聞きながら、アリオスはとんでもないことをしてしまったと、今更ながらに気がついた。
 そして、自分がどれほど彼女を必要とし、愛しているかを。
 彼は席から立ち上がると、今度は直接産婦人科へと向かう。
 アンジェリークに逢う為ではなく、もう一人のアンジェリークである、リモージュに逢って、協力をしてもらうために。

 アンジェリーク。
 おまえが逃げるなら、俺は捕まえる。
 おまえを絶対離さないから、離したくないから。
 今度捕まえたら、決して離さない。
 おまえに言いたい・・・。
 ”愛している”と----


「リモージュ!!」
「あら、アリオス先生」
 彼の姿を見るなり、彼女は駆け寄ってくる。
「ようやくきましたね?」
 そういう彼女は明らかに楽しそうで、大きな青い瞳をくりくりさせている。
 同じ名前を持っている、彼の愛しいアンジェリークと、この産婦人科の婦長。
 だが、こちらのほうが、一枚も二枚も策士のような気が、アリオスにはする。
「夜勤明けに、アンジェリークを俺の部屋に寄越してくれ」
「それは出来ません!」
 きっぱりと、にこやかな顔で言われてしまうと、彼は苛立ちを覚えた。
「どうしてだ!?」
 眉根を寄せ、張り詰めた冷酷さを彼女に突きつける。
「そんなことをしたら、あのコ、逃げるわよ。いいから、私の言うとおりにして?」
「なんだ?」
「いいから、いいから、後で内戦しますから、今は帰ってくださいね?」
 彼女はアリオスを外科病棟へと追い立てる。
「おいっ!」
「またあとで!」
 わけがわからぬまま、アリオスは、産婦人科を追い出されてしまった。
 アリオスの後姿を見送りながら、理もーキュは幸せそうな溜息をひとつ吐いた。
「あ〜、恋人が、偶然とはいえした後始末をするのも大変だわ〜」
 その顔はあくまでも嬉しそうだったが----

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「アンジェリーク、服に着替えてからでいいから、ヴィクトール先生にこの書類を持っていってくれるかしら? 先生は、アリオス先生の部屋で仕事しているから、それを届けるだけでいいわ」
「・・・はい・・・」
 アリオスの部屋----
 そういわれただけで、彼女の心は少し重くなる。
 彼女の横顔は少し翳る。
「じゃあ、頼んだわよ?」
「はい」
 ポンと無造作に書類を渡されると、笑顔と共にリモージュは、他の仕事に行ってしまった。
「・・・しょうがないか・・・」
 重い足取りで、彼女はロッカー室に入っていった。
 シャワーを浴び、私服に着替える。
 私服で行けば、すぐに逃げることが出来るから。
 彼女は支度を済ませると、重い足取りで外科病棟へと向かう。
 その姿をリモージュは影から見ていた。

 二人とも、がんばってね!

 彼女は嬉しそうに微笑むと、ロッカー室へと消えた。


 アンジェリークは、意を決してアリオスの元へと向かった。

 アリオスの部屋・・・。
 私にとっては思い出の部屋・・・。
 ここで彼と始めて結ばれたんだっけ・・・

 もう遠い昔のような気がする。
 彼女はそっとノックをすると、意を決してドアを開けた。
「失礼します・・・」
 中に入ると、そこにはヴィクトールの姿などなく、代わりに銀の髪を乱した、私服のアリオスがいた。
「アンジェ・・・」
「あ・・・、あの・・・、ヴィクトール先生は・・・」
 彼女はドアの先から動こうとしない。
「アンジェ」
 近づいてきたアリオスを、彼女は避けるかのように逃げようとする。
 だが、その胸に彼女はすっぽりと覆われてしまった。
「・・・あっ、止めて・・・!!」
 甘い声があがりアリオスの心をかき乱す。
 彼女を抱きすくめ、彼は力をこめる。
 逃げられないように。
「すまなかった・・・、俺が変な誤解しちまったばっかりに、おまえを傷つけてしまった・・・」
「誤解?」
 彼女もはっとする。
 彼があのような態度を取ったのが、その誤解のせいだとしたら・・・。
 明るい希望が彼女の心を覆い尽くした。
「----あの新人歓迎会の日、俺は夜勤明けだったから、アパートの前で、おまえを待ってた。そうしたら、おまえはオスカーと一緒で、てっきり朝帰りをしたかと思っちまったんだ。だから・・・」
 彼女はようやく事の真相を知り、気持ちが明るくなってゆくのを感じる。
「そうだったの・・・、私・・・、あなたが、私に飽きたかと思ってた・・・」
「飽きるわけねえだろ?」
 彼は華奢な彼女を強く抱きしめる。
 彼女を深く傷つけたと思うと、それだけで心苦しい。
「許してくれ・・・」
「ううん・・・、私こそ、あんなに冷たくしてごめんね・・・」
 彼は彼女の瞳をじっと見つめる。
「恥ずかしいから、ちゃんと、聞けよ?」
「うん」
 彼は両手で彼女の顔を覆い、顔を近づけてゆく。
「愛してる・・・」
 心がこもったたった一つの言葉。
 アンジェリークがもっとも欲しかった言葉。
 彼女は感極まり、真珠のような美しい涙を一筋だけ流す。
「リモージュとロザリアに、感謝だな?」
「うん・・・。アリオス・・・、愛してるわ、私も・・・」
「ああ」
 二人は今までの溝を埋めるかのように唇を重ねる。
 何度も、何度も、唇を吸いあい、舌を絡めて、相手を求め合う。
 ようやく手に入れた、真実の愛をかみ締めて。
「さてと、記念だ」
「記念って、いやん!!」
 彼に抱き上げられると、彼女は奥の仮眠室に連れて行かれる。
「おまえに一杯伝えてえからな、愛してるって。その後も続きは俺の家でしような?」
「も・・、バカ・・・」
 二人は、今までにない幸せを噛み締めながら、ベットに倒れこむ。
 愛を、真実の愛を確かめるために----


 お二人とも、お幸せにね?

     



コメント

18000番のキリ番を踏まれた卯月様のリクエストで、
「ドクターオスカーと朝帰りをしたナースアンジェを、ドクターアリオスが目撃」です。
別名表バージョン(笑)。
裏バージョンもしっかりUPしますので、卯月様よろしくお願いします!!