アリオスがスモルニィの教師としてアンジェリークに顔を合わせる最後の日、つまり今日は三学期の終業式。
レイチェルとランチを取り、ショッピングをして、家に着いたのは6時を少し回っていた。
ポストをみると、一通のエアメールがアンジェリークの元に届いている。
それはもちろん、海外にいる両親から。
電話ももちろんするが、時差の関係から、手紙が有効なコミュニケーションの手段なのだ。
今日は、恋人であるアリオスの送別会が有り、彼とデートが出来ないため、レイチェルと遊んだ後の早い時間の帰宅となっていた。
いつもより、早く手に出来る手紙。
「何かな〜」
いつものように、嬉しそうに手紙の封を切る。
「えっ…!?」
手紙の内容を目の当たりにし、アンジェリークは思わず息を飲む。
「いやっ!! いやっ!! 絶対にいやっ!!」
全身に震えが来て、彼女は何度も首を振る。
涙がとめどなく溢れて、どうしようもなくなっている。
アリオス!! アリオス!!
彼にどうしても逢いたいという気持ちが、否が応でも高まってゆく。
アンジェリークは、鞄から彼の部屋も鍵とジュエリーボックスを取り出すと、それらを手紙と共に制服のポケットの中に入れ、家の戸締りだけは忘れずにして、家を出た。
歩いても30分はかかるであろう、彼のマンションまでの道程を、彼女は小走りで駈けて行く。
そこにいないのは判っている。
だが、彼の部屋に行って、彼の香りのするものの傍で、とにかくいたかった。
そうすれば、彼の傍にいるような気がするからだ。
離れたくない!! 傍にいたいの!! あなたが傍にいないと、私の心は死んでしまうのに…!!
どんなことがあっても、彼の傍にいたい----
その思いだけが、彼女を彼の元へと走らせる。
「大好き、大好き、大好き!!」
まるで呪文のように呟きながら、彼女は走りつづける。
二人が付き合うきっかけを与えてくれた"スーパー・ビッグドラゴン”の看板が見えてきて、余計に涙が止まらなくなる。
このスーパーではたくさんの思い出が詰まっていて、それを思い出すだけで泣けてくる。
一緒に買い物をしたのも、レタスを取ってもらったのも、嫌がる彼を無理やり実演販売の試食に連れて行ったのも、おひとり様1個限りの商品を一緒に買ってくれたのも、みんなみんなここでだった。
いっぱい、いっぱい思い出が詰まっているのに、もう当分はここへは通えなくなってしまうなんて、そんなのイヤだ!!!
想い出が涙と一緒に溢れてくる。
傍にいたい!! 傍にいたいの!!
先ほどよりもスピードを増しながら、彼女はアリオスのマンションへと急いだ。
彼の部屋に着くと、一息を吐く為にキッチンへと先ずは向かう。
コンロでミルクを沸かし、カフェオレを淹れるのだ。いつも彼がしてくれているように。
彼が使うキッチンで作業をしていると、彼が傍にいるような気がして、少しは落ち着いてくる。
「アリオス、大好き…」
それは彼女にとっては魔法の呪文。
食器棚からは、彼が彼女にと買ってくれた、ピンクのマグカップを出す。
耳に蘇るのは彼の言葉。
『おまえは、ピンクがよく似合うからな…』
自然と涙が再び流れ始める。
アンジェリークはそれを必死になって我慢をしながら、マグカップにカフェオレを淹れた。
それを持って、ダイニングテーブルの席も、いつもは彼が座る場所へと座る。
ポケットからは、彼から"約束”の印として受け取ったエメラルドの指輪が入っている、赤いヴェルヴェットの箱を取り出す。そっと、彼の次に大切で堪らない、約束の指をを取り出して、左手の薬指に填めた。
「アリオス…、アリオス…」
それを小さな手で包み込むと、もう涙は止まらなくなる。
堪らなくなって、アンジェリークは寝室へと向かい、彼のベットの上に倒れこむ。
うっすらと彼の香りがするシーツに、彼女は包まった。
何だか、抱きしめられているみたい…
そう思うと安心したのか、アリオスのベットで、シーツに包まりながら、彼女はゆっくりと泣きつかれたのか、目を閉じた。
闇が落ちた空からは、月の光が、ブラインドを通して彼女を照らしていた。
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「何だ、家の鍵が開いてる…」
送別会を早めに切り上げ、今日少ししか会えなかった愛しい恋人と電話で長話をするためだけに帰って来たアリオスは、鍵を閉めていったはずのドアが開いていることへ、眉根を寄せる。
慎重に部屋のドアを開けると、その理由が直ぐにわかった。
小さな革靴がちょこんと隅に置かれている。
「アンジェ…?」
玄関を抜けてダイニングキッチンへと向かうと、テーブルの上には、すっかり冷え切ってしまった手付かずのカフェオレが入ったマグカップが置かれていた。
「どうしたんだ、アンジェ・・」
次にリヴィングを通り抜けて寝室へと向かうと、そこには彼の予想した通りの事が起こっていた。
「アンジェ…」
アリオスのベットで泣き疲れたアンジェリークがシーツに包まり、制服のまま眠っている。
その姿が、余りに無防備で、寝顔が可愛らしくて、アリオスはその頬に手を伸ばす。
思えば、彼が彼女に一目惚れしたのも、この寝顔が余りにも愛らしかったからだ。
愛しさが溢れんばかりの優しい眼差しを彼女だけに向けて、アリオスはフッと甘やかな微笑を浮かべる。
ずっと寝かしてやりたいのは山々だが、それでは彼女の制服が皺だらけになってしまう。
明日から学校は春休みになるが、しわくちゃのままにしておくわけには行かないだろう。
彼はゆっくりとその頬に冷え切った唇を寄せると、甘い声で彼女に囁く。
「おい、起きろよ、アンジェ…」
「…ん…、アリオス…」
彼女の瞼が僅かに動き、ゆっくりと瞳が開く。
「ただいま、アンジェ」
瞳を開けた瞬間、ぼんやりと銀の髪を持つ愛しい男性(ひと)が視界に映り、アンジェリークは直ちに飛び起きる。
「アリオス!!」
起きるなり、彼に抱きつき精悍な彼の胸に顔を埋める。
「おい、どうした、アンジェ?」
彼女を抱きしめながら、彼女を宥めるように優しく呟く。
「あのね…、両親から手紙が来て…、私…、悲しくなって、あなたに逢いたくて堪らなくなって、あなたと離れたくなくって、ここに来たの…」
アンジェリークは涙でアリオスの胸を濡らす。
手紙に書いてある内容は、それだけで怜悧な彼には察しがついた。
「俺だって、おまえと、本当は一秒たりとも離れたくない・・・」
「ん…、私も…」
何度もしゃくりあげながら、彼女は彼の香りを鼻腔に吸い込む。
「泣いて判らねえから、言っちまえ…」
「ん…、アリオス。見せたい物があるから、少しだけ離れて。それを渡したら、また抱きしめてね…」
「クッ、いいぜ。ったく、わがままだな、俺のお姫様は…」
彼女の懇願が可愛らしすぎて、アリオスは、笑みまでこぼしてしまう。
彼の抱擁がとかれ、彼女は少し皺になったエアメールを彼に差し出した。
「これはご両親からのか?」
「うん…。アリオスに読んで欲しい。私を抱きしめながらでも読めるよね?」
「しょうがねーな」
この少女の懇願にはからきし弱い。
彼は苦笑いをしながら、そっと彼女を片手で抱きしめ、もう片方の手で手紙を読む。
字を目にした瞬間、予想できたこととはいえ、彼の目には明らかな動揺が判る。
抱きしめられている彼女にも、それは伝わってくる。
手紙の内容はこうだった----
愛するアンジェリークへ。
あなたのことだから、いつものようにきちんとやってくれているかと思います。
当初2年で済むはずだった赴任ですが、お父様の支店長への栄転が決まり、後5年間、そちらに戻ることが出来なくなりました。
大学進学のためにあなたをそちらに残しましたが、後5年と聞き、出来たらあなたをこちらへと呼びたいのです。
受験のこともあるでしょう。ですから、4月中にはこちらにきていただきたいのです。
5月からは、家を他の方に貸すことにもなっています。
電話でお知らせしようとも思いましたが、学校で忙しいあなたには中々連絡が取りにくいかと思い、この速達のエアメールを送ります。
3月30日に、一度、こちらへと戻ってきます。
父・母より----
「行きたくない!! イヤなの!! アリオスと離れるなんて、私は絶対にいやなの…!!」
「アンジェ…!!! 俺もおまえを離したくない!!」
泣きじゃくる彼女の顎を持ち上げる。
互いの激しい愛で潤んだ瞳で見詰め合うと、彼の唇が、何時になく激しく降りてくる。
「…ん・…!!!」
奪うように激しく、彼女の思いを伝えるように激しく、唇は重ねられる。
互いの想いをひとつに溶かし合った時、唇が離され、アリオスはアンジェリークを激しく抱きすくめる。
「あ…、アリオス…!!!」
「アンジェ、俺と一緒になるのはイヤか?」
彼女は激しく首を横に振る。
「サンキュ。まだ17で、若いおまえを俺に縛り付けるのはどうかと思ったんだが…、今すぐ、一緒にならねえか…?」
甘く囁かれる彼の声は、彼女が一番欲しい言葉を投げかけてくれる。
「うん…、アリオス…、一緒になりたい…!!」
「サンキュ・・・。ご両親には、俺から正式に話すから…」
「うん…」
アリオスはそのままアンジェリークをベットへと横たえる。
「愛してる…」
甘く囁いた後、彼は彼女を激しく求め、彼女もまた彼を激しく求めた----
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コメント
キリ番連作となった「高校教師」のとりあえずは、完結編というか、ゴールイン編です。
サイトを始めてもう直ぐ二月です。(ホントはサーバーに飛ばしたのは11月2日(笑)
皆様に支えられての「キリ番」で、とても楽しい連作を作ることが出来て、感謝でいっぱいです。
特に、リクエストをしてくださいました、優様、ヒナ様、ゆら様にこのゴールイン編を捧げさせていただきます。
有難うございました。tink拝。
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