アリオスの姿が脳裏に焼き付いて離れず、集中出来ない。 「コレットさん、ずれていますよ!」 「あ、はいっ!」 指摘をされて、大きく溜め息を吐く。 だいたい、あの男性が悪いんだからっ! 私の集中力をかき乱すなんて、最悪・・・! 不機嫌にも眉根を寄せながら、アンジェリークは優雅さなど程遠いステップを踏む。 「もっと優雅に、笑顔で出来ませんか? コレットさん!」 本当に練習中に何度も怒られ、散々たるレッスンだった。 バレエ学校からの帰り、アンジェリークはがっくりと肩を落として帰る。 何だって、あんな男性に振り回されないといけないのよ! ぷりぷりと怒りながら家路についていたせいか、辺りへの注意力と言うのが彼女には全く欠けていた。 本当に今日は厄日と言ってもいい。 「おい、危ないっ!」 低い声を掛けられてはっとすると、目の前に自動車が近付いて来ていた。 鼻先近くで除けようにも躰がすくむ。 「ほら、こっちだ!」 力強い腕に、強引に引き寄せられて、アンジェリークはなんとか道路の端に寄り、車を回避出来た。 心臓が竦んで、鼓動を早めている。 「あ、有り難う・・・」 「よそ見してんじゃねえぞ! ったく」 聴きたくもない憎たらしい声に、彼女は顔を上げた。 そこにいたのは、アンジェリークの不審の原因を全て担っているアリオス。 「ちゃんと前を見て歩け。死んじまうところだったんだぞ!?」 これには胸が突き抜ける痛みを感じる。 道路の端で力強く抱き締められ、アンジェリークは、初めて、自分の置かれていた状況に気がつく。 「アリオスさん・・・」 「ちゃんと、気をはって歩いてたら、こんなことにはならなかった」 急に涙が滲み出てくる。 そんなこと、判りきったことだったのに。 「だっ、だって、アリオスさんが悪いの! そもそもあなたが、今日、学校なんかに来たから、私、動揺して・・・、上手く踊られなかったんだから・・・!」 泣きながら無意識にすがりつかれて、アリオスは苦笑しながら、彼女を宥めることしか出来なかった 結局、落ち着かせるまでと、アリオスが洒落たカフェに連れていってくれ、そこで少し休息を取る。 温かい飲み物は、心までも柔らかくしてくれる。 「落ち着いたか?」 「・・・はい」 アンジェリークは小さく俯いたまま、アリオスを見ようとしない。 恥ずかしさと罰の悪さが責めぎあいになっていた。 「バレエとかは、よく判らねえけど、ああいった物はメンタル面が左右するだろ?」 やはりアリオスは大人だ。 ちゃんと気持ちを落ち着かせるように言ってくれる。 「今日、散々だったから・・・。本当は気にとられていた私が悪いのに・・・。ごめんなさい、当たり散らして」 「まぁ、俺もあんたを動揺させちまったみてえだしな。だが、道路の真ん中で、ぼーっとしてるのは危ねえぜ?」 「はい」 これにはいつものような勢いはなく、躰を小さくさせる。 「素直じゃねえか、益々気にいったぜ?」 真っ赤になって俯くと、アンジェリークは拗ねるように、アリオスを見る。 「また、そんな風にからかうんでしょう?」 「からかってねえよ」 真摯な眼差しを向けながら、アリオスはアンジェリークの手を握る。 「あの・・・」 「からかってねえ。俺は、あんたに惚れてるんだぜ? 惚れてねえ女とキスしたり、手を握りてえとは思わねえよ」 ストレートに言われて、アンジェリークは茹で蛸のように真っ赤になって、目を逸らした。 「やめて下さい」 切ない声をあげると、彼はあっさりと手を離す。 あまりにものあっさりさに、アンジェリークはびっくりとした。 「驚くなよ。俺も引くときは、引く」 「ホント、あなたって、私をどこまで混乱させるの?」 拗ねるように、アンジェリークは口を尖らせた。 「俺の女になったら、そんな混乱はなくなるぜ?」 「あなたの女になるつもりはありません!」 きっぱりと言うアンジェリークに、アリオスは思わず喉を鳴らす。 「笑わないで下さい・・・っ! 先程のことは感謝しています。だけど、これと女になるのは別です」 アンジェリークの頑なな態度に、アリオスは苦笑せざるをえなかった。 不意にアンジェリークは時計を見る。 「あ、私そろそろ帰らなければ…」 アリオスも腕時計を見ると、頷く。 「送る」 アリオスは流れるように勘定を取ると、そのままキャッシャーに歩いていった。 「あ、自分の分は自分で!!」 彼女がほんの少しもたもたとしている間に、彼はもう払い終えていた。 「行くぞ。車は近くの駐車場だ」 「あ、待って下さい」 先にカフェを出るアリオスに着いていきながら、アンジェリークは、財布から自分の分の料金をアリオスに差し出す。 彼はそれを見るなり首を振る。 「かまわねえ。学生はお金を無駄使いするな」 「ですが…。 あなたに借りを作りたくないんです」 キッパリと言うアンジェリークに、流石のアリオスも苦笑した。 「------”借り”じゃねえよ。出世払いだ。あんたが最高のバレエダンスを見せてくれればそれで良い。あんたの妖精のパドゥシャは最高に良かったぜ? あれみたいなステップをまた俺に見せてくれ」 これにはアンジェリークは驚いた。 ちゃんとバレエは見てくれていないと思っていたのに、ちゃんと細かいところまで見てくれていたのだ。 これには彼女の胸は熱く高まる。 「…有難う…。ちゃんと見ててくれたんだ…」 本当に嬉しそうに、アンジェリークは心からの笑顔を初めてアリオスに向けた。 「あんたはそうして笑ってる顔が一番に合ってるぜ? まあ、拗ねた顔も可愛いといえばかわいいけれどな」 アリオスの魅力的な笑みに、アンジェリークは初めて素直に笑えるような気がした。 「あんたのステップが良かったから、俺の目についたんだぜ? あんたから目が離せなかった」 「アリオスさん…」 少しづつではあるが、アリオスへの気持ちが和らいでいくのを感じる。 不意に、アリオスが立ち止まった。 「待っててくれ」 彼はそれだけを言うと、通りにある花屋に向かって早足で歩いていった。 アンジェリークは素直にアリオスを待っていると、彼は小さなブーケを片手に戻ってきた。 「ほら。この間のリベンジ」 カスミ草やミニ薔薇がブーケになっている。 「有難う…」 今日は素直になれるような気がする。 暫くアンジェリークは花のかぐわしい香りを楽しんだ。 「また、良いダンスを見せてくれ」 「はい」 コクリと確信をもったようにしっかりとアンジェリークが頷くと、アリオスもまた笑顔で答えてくれた。 「行くか?」 「はい」 ふたりは、アリオスが停めている駐車場に向かい、そこで、彼のの車に乗り込む。 車は彼らしい、シルヴァーメタリックのジャガーだった。 そのままの流れで、助手席に座る。 「家はどこだ」 「天使が丘です」 「近いな」 アリオスは念のために、ナビゲーションを着けて、車を発進させた。 車の中でも、アンジェリークの気持ちは先ほどと違い、穏やかになっている。 気分もよくなっているといっても良い。 「------今度また、発表会があったら必ず観に行くからな」 「はい。是非実に来てください」 アリオスへの感情のベクトルが反対に向いていることを、彼女は薄々気付き始めている。 だが、余りにもの急激な変化に、戸惑っていることもあるが。 今度の発表会もちゃんと頑張ろう…。 だって見てくれる方がいるって言うのは、張り合いがあるから… 気分は随分と浮上していた。 「もう、天使が丘だ」」 「あ、先の筋を右に回ってください、その先の青い屋根がうちです」 「ああ」 アリオスは正確な運転でアンジェリークの家の前まで車を走らせる。 ゆっくりと車は止まり、辺りを見ると家の前だった。 「ほら、家だぜ?」 「有難うございました!」 アンジェリークが降りようとすると、不意にアリオスに声を掛けられる。 「はい?」 「またな?」 「はいっ!」 素直にアリオスに遭いたいと、彼女は思った。 その気持ちがちゃんと返事に出る。 アリオスは微笑んで頷くと、車を直ぐに発進させた----- ちょっとは…。印象変わったかな? そんなことを思いながらも、胸をドキドキとさせて、アンジェリークはアリオスの車を見えなくなるまで見送っていた。 TO BE CONTINUED |
コメント 135000番のキリ番を踏んでいただいた、桜井吹雪様のリクエストで、 「アリオスは一目惚れ、アンジェはアリオスが大嫌い」です。 少しはアンジェちゃんの心がほぐれたようです。 頑張れアリオスさん! |