Don't Cryout Loud

〜あなたしか見えない〜

The Last Chapter


 アリオスは、レイチェルを真摯に見つめると、何かお婿とがあるかのように目を閉じた。
「俺が、アンジェリークの妊娠をあんなに嫌がったのは、妻と子供を出産で同時になくしたからだ…」
「先生…」
 レイチェルは思わず息を飲む。
 そして、それが彼にとっては、心の傷であったことを悟る。
「俺は学生時代に一度結婚している…。アンジェリークと、妻の姿が、一瞬ダブってしまった…」
 彼がどうしてあんなに女遊びが派手であったか、総ての行動の裏を、レイチェルは見たような気がした。

 アリオス先生は、アンジェの為に、一番の傷を話してくれた…。
 きっと、語りたくない話だったに違いないのに…。

「先生、もう、いいよ。
 ちょっと待ってて…」
 レイチェルは、ふっと微笑むと机に向かい、メモに走り書きをし、それをアリオスに渡す。
「先生、ここにアンジェはいるわ…。アンジェの故郷なの。彼女はここの”天使の家”で育ったの…。
ワタシに言おうとしたことをアンジェに総て話してあげて? そして、二度と離さないのよ?」
 涙ぐみながら話すレイチェルに、アリオスは穏やかな微笑を浮かべた。
「サンキュ」
「電車は一日に一本しかないから、明日の朝追いかけるといいわ…」
「判った」
 アリオスは、しっかりとメモを握り締めて、軽くレイチェルに頭を下げると、部屋から出て行く。

 先生、幸運を祈ってるわ…

 レイチェルは見送りながら、アンジェリークとアリオスの二人のことを思う。

 先生しか、アンジェリークを幸せに出来ないんだからね?
 がんばってね…?

 アリオスは、直ぐに駅に行き、明日の切符を買いに行った。
 はやる心を襲えることは出来ないが、電車がない以上は仕方がなく、今夜は家で過ごすことにした。
 マンションに戻ると、丁度、、入り口でチャーリーに逢った。
「ああ、アリオス丁度良かったわ! 今、あんさんのとこに本を届に行こうと思ってな? ええ感じに出来あがっとるで〜」
 そういう宇土、チャーリーは本をアリオスに二冊手渡す。
「サンキュ」
「アンジェちゃんと二人分や? ほんま、この本ええ出来やわ。きっと“スモルニィ賞”間違ないで?」
 感慨深げにアリオスは本を受け取ると、その重みがどこか誇らしかった。
「じゃあ、俺は会社に戻らなあかんからな?」
「ああ。すまなかったな」
 チャーリーは急いでいるようで、走りながら、手を上げてアリオスに挨拶をした。
「またな〜! アンジェちゃんによろしくな〜」
 アリオスはチャーリーを見送った後、受け取った本に目線を下ろす。

 アンジェ…。
 この本はいち早くおまえに読んでもらいたいから…。

                   ---------------------------

 その日の朝、アリオスは、朝一番の特急に乗ってアンジェリークの元へと急いだ。
 昨日は、村にあるリゾートホテルを予約した。
 勿論、ダブルで。
 その日のうちにアンジェリークを説得しようとアリオスはしている。

 アンジェ…。
 早くおまえに会いたい…

 アリオスは、アンジェリークの笑顔を早くこの手で抱きしめたかった。
 彼は大切にもってきた、婚姻届と指輪、そして本を何度も見つめ、温かな気分になる。

 アンジェ…。
 もう一度俺に笑いかけてくれ…。

 祈るような気持ちだった-----
 彼を乗せた特急は、一路アンジェリークの故郷に急いだ----

                   ---------------------------

 駅に着いたのは2時を少しまわったところだった。
 7時間揺られていた計算になる。
 アリオスは決意を秘めるとタクシーを広い、アンジェリークのいる児童施設”天使の家“へと向かった。


「アンジェおねちゃん〜!」
 ルノーやメルが、アンジェリークに花飾りを作っている。
 “天使の家”の裏は大きな丘があり、そこにアンジェリークは、よく馴れている子供たちと一緒に来ていた。
 みんなアンジェリークが話せないことを知っているせいか、彼女笑顔や表情で判断する。
「お姉ちゃん、花嫁さんみたい〜」
 花飾りをかけてくれたのはとても嬉しいが、アンジェリークは複雑な気持ちだった。

 花嫁さんか…。
 もう私には縁がないな・…


 その頃、アリオスは、“天使の家“の院長、ロザリアの部屋に押しかけていた。
 ロザリアは執務机に着いて、アリオスを見ている。
「アンジェリークに逢わせて頂きたい」
「-----逢わせる訳には参りませんわ」
 きっぱりとした拒絶だった。
 アリオスはそう言われるのは、ある程度予想はしてはいたが、やはり、辛い。
「俺はあわせていただくまで帰らないつもりです」
「頑固な方ね」
「はい」
 ロザリアの眼差しとアリオスの眼差しがぶつかる。
 穏やかに、だが、激しく。
「----アンジェリークはもう完全に心を閉ざしてしまいましたわ…。
 恐らく、一生、声を出すことはないかもしれないと、クラヴィス先生は仰ってました」
「…!!!!」
 アリオスは心臓が鷲掴みにされ、そのまま止まってしまうかのような衝撃を受けた。
「あなたが…、アンジェリークのお腹の中の子供の父親ですね?」
「はい。
 俺は、一度は、アンジェリークに子供は要らないといいました。
 が、それは間違っていたと、俺は今は思っています…」
 ロザリアは目を閉じながらアリオスの話を聞く。
 彼が話し終わったとき、彼女はゆっくりと目を開くと、椅子から立ち上がった。
「レイチェルから、事情は聞きました、昨夜…。
 あなたの気持ちも判らなくもありません…」
 そこでロザリアは一旦言葉を切ると、アリオスを見つめた。
 真っ直ぐ、ただ純粋に。
「-----アンジェリークは裏の丘で子供たちと遊んでいます」
「ロザリア院長…」
 アリオスは心底嬉しかった。
 チャンスを与えてくれたロザリアに、アリオスは深々と頭を下げる。
「行ってください。アンジェリークを幸せにしてやってください…」
「有り難う」
 アリオスはそう言うと、慌てて院長室から出て行く。

 アンジェ…!!
 俺を幸せにしてくれ…



 アンジェリークは白いワンピースに身を包み、頭は先ほどルノーにかけてもらった花冠を載せて、切り株の上に座っていた。
 栗色の髪はそよ風に揺れて美しい。
 表情は、透明感があり、とても美しかった。
 風の色が変わったような気がした。
 アンジェリークは、銀色に輝く、影を見た。
 銀の髪が光に透けて、とても幻想的だ。
 影が形作るのに連れて、アンジェリークは目を見張った。

 アリオス…!!!!

 アンジェリークは呆然と見つめた後、逃げるように切り株から立ち上がる。
 同時に、アリオスもアンジェリークの姿を認める。
 その透明感の美しさに、彼は息を飲んだ。

 綺麗になった…。
 とても…

「アンジェ!!!」
 アリオスがその名を呼んだ瞬間、アンジェリークは逃げるように駆けて行く。
「走るな! 俺たちの子供がびっくりする!」
 アンジェリークはびくりとする。

 今アリオスなんて…

 立ち止まった瞬間。
 アリオスはアンジェリークを背後からしっかりと抱きしめる。
「アンジェ…!!!」
 アンジェリークは越えなく喘ぎ、大きな青緑の瞳に涙をいっぱい溜めている。
「おまえを抱きしめたかった…。
 愛してる…、愛してる…、愛してる!!!」
 アンジェリークは、ほんの二日はなれただけのアリオスの腕が懐かしく、そして甘い痛みを感じた
「話を聞いてくれ…。
 それでもし、俺を許してくれるのなら、一緒になってくれ…」
 アンジェリークは、泣きながら頷くと、アリオスは彼女を切り株に再び座らせ、自分はその前に跪きその小さな手を握った。
「アンジェ、俺は、学生時代、結婚していたことがある…」
 ピくりとアンジェリークは動く。
「俺よりひとつ下の同じ学部にいたエリスと言う女だ。
 俺たちは直ぐに恋に落ちて結婚し、エリスは程なく妊娠した…。
 だが、エリスは、子供の頃から虚弱で、子供も産むなと、医者からは言われた…。
 彼女は産むといってきかなかった…。
 そして、出産は最悪の結末を迎えた。
 エリスは子供を死産し、そのまま亡くなった…」
 アリオスはそこで言葉をきると、アンジェリークの頬に手を触れる。
「おまえは、そのエリスによく似ている…。
 俺は、おまえとエリスを重ねあわせ、もう二度とあんな思いをしたくなかった…。
 結婚という形に拘らず、おまえとずっと一緒にいたかった…。
 子供で、おまえを失いたくはなかった・…」
 アリオスはアンジェリークの、涙で煙った瞳を覗き込む。
「おまえは、エリスとは違うのにな・・・。
 子供は産んで欲しい…」
 アリオスはそう言うと、ポケットから指輪と婚姻届を取り出した。
「結婚してくれ・…。
 そして、俺とお腹の中の子供を幸せにしてくれ…」
 アンジェリークは身体を震わせる。

 信じられる?
 信じる?

 アンジェリークは、大きな瞳から涙を一筋流す。
「愛してる…」
「アリ…、アリ…、アリオス…!!!」
 ようやくアンジェリークは声を発することが出来た。
 その声は、透明感に満ち美しい。
 アリオスは、その声に全身が震えるのを感じる。
 彼女は、アリオスに抱きつき、彼もしっかりと抱きしめる。
「結婚してくれるか?」
 アンジェリークはゆっくりと頷いた。
「有り難う…」
 アリオスは強く彼女を抱きしめ、」その喜びを全身に伝える。
 彼女の小さな左手を取ると、アリオスは薬指に愛の証を填める。
「アンジェ、婚姻届も書いてくれよな? 後で良いから?」
 アンジェリークは何度も頷きながら、嬉し涙を流しつづける。
「それとこの本…。時間があったら読んでくれ…。おまえのことを書いたから」
 アリオスは、出来たばかりの”天使”というタイトルの本をアンジェリークに渡し、彼女はそれも大事そうに受け取った。
「有り難う…」
 アリオスは優しく笑うと、アンジェイー区の顎を持ち上げ唇を重ねる。
 二人にとっては、一生はなれないと誓った口付けだった----- 

                  ------------------------

 アンジェリークは間もなく臨月を迎える。
 今の彼女は以前にもまして、言葉を取り戻し始めていた。
 今の目標は、「子供に子守唄を聞かせること」
 その目標も、クリアーできそうである。
 夫であるアリオスが彼女をモデルにして書いた小説”天使”は、大ベストセラーになり、文学の重要な賞である「スモルニィ賞」を受賞し、映画化までも決定している。

 アリオス、アンジェリーク夫妻は、今ようやく、過去に傷から開放されようとしている。

 お父さんお母さん、アンジェは幸せです…


 エリス…
 俺は今、最高に幸せだ…

 新しい幸せに向けて、また二人は手を取り合い、進んでいくのだ-----
 永遠に…。   

コメント

『愛の劇場』第四弾は、話すことが出来ないアンジェリークと、言葉を紡ぐことを
生業としているアリオスです。

ようやく最終回を迎えることが出来ました。
これも読んでくださった皆様のおかげだと感謝しております。
途中で、だれたりしましたが、この再開のシーンを書きたさにここまでがんばって書くことが出来ました。
読んでくださった方々本当に有り難うございました。
またこういった「メロドラマ」ものを書いていくと思いますので、宜しくお願いいたします。

2002.1.16 雪野ちんく