彼女に出会ったのは秋の初め。 カフェで相席になったのが始まりだった。 あの秋、俺はとてつもなくピュアな恋をした。 運命のように恋の嵐に巻き込まれて、どこまでも俺を連れて行った。 決して抗うことの出来ない"恋”だった---- アンジェリークは、都会に来て初めて”カフェ”と呼ばれるスタイリッシュな場所を訪れ、、親友のレイチェルの待ち合わせをしていた。 「すみません。あいにく込み合っているので、相席はかまいませんか?」 すまなそうにカフェのスタッフは言い、アンジェリークは穏やかに微笑み、頷く。 スタッフは少しほっとしたように微笑むと、待たせている客を呼びに言った。 とにかく午後3時あたりになれば、とてもカフェは込み合ってくる。 田舎のお気に入りの喫茶店は、こんなに込むことは無いのにね…。 あっちのほうが、私は好きだな…。 ぼんやりとしながら、彼女は、行き交う人々をじっと見詰めていた。 「すまねえな」 艶やかな声が聞こえて、彼女は思わず顔を上げる。 そこには、銀の髪をした、背の高い、精悍で魅力的な青年が立っていた。 秋の柔らかな日差しに輝く青年の髪はとても艶やかに輝いて、彼女を魅了してやまない。 うっとりと見惚れながら、”どうぞ”と頷いて、アンジェリークは手で表現をする。 それが彼女にとっては精一杯の表現だった。 「…?」 顔はにこやかなのに、どうして喋んねえんだ? 俺はこんなに気を遣ってるのによ… 少女の態度に、アリオスはほんの少しだけむっとして、席に着いた。 ここでの極秘取材じゃなかったら、絶対、席を立ってるぜ!? アリオスは作家であり脚本家として知られており、今日も映画の脚本題材の取材のためにこのカフェを訪れている。 不意に、横にいる少女を見つめる。 大きな青緑色の瞳が印象的な、澄んだ光を持った少女だった。 「煙草、構わねえか?」 この言葉にも、目の前の栗色の髪の愛らしい少女は、柔らかく微笑んで、頷くだけ。 全く言葉を発さない少女に、アリオスは怪訝そうに眉根を寄せた。 「----なあ、あんた、気にいらねねえなら、そう言ってくれねえか? 黙ってたら判らないから」 少しきつめのトーンで彼が話し掛けると、少女はびっくりしたように目を開いた。 少しだけ切なそうな表情を一瞬だけ浮かべると、彼女は彼に笑いかけ、バッグからおもむろにスケッチブックとマジックを取り出した。 そして一枚をちぎりそれにさらさらと字を書き始める。 何をするのかと、アリオスは益々不機嫌になりながら、その様子を見やる。 すっと目の前に差し出された紙切れに、彼は言葉を失った。 "ごめんなさい…。私の耳は聞こえますが、話すことが出来ません。ご気分をお悪くされたみたいで、ごめんなさい…。直ぐに友達も来ますから、入り口で待つことにします” ニコリと優しく微笑むと、アンジェリークは立ち上がり、入り口へと向おうとした。 「待ってくれ!」 慌てて立ち上がると、アリオスはアンジェリークの行く手を阻む。 「俺が悪かった。ここで座ってろ? 友達と待ち合わせをしてるんだろう?」 彼の真摯な心は、その眼差しを見れば判る。 一瞬、小動物のような表情をすると、躊躇いがちに、アンジェリークは頷いた。 アリオスはほっとする。 席に着いた後、彼女はスケッチブックをもう一度破って、彼にメッセージを書いて渡す。 "有難うございます。気になさらないで下さいね?” 軽く頷いて、アンジェリークは再び外を眺め始めた。 だから都会は嫌い…。 田舎の"ホーム”なら、こんなこと気にしなくてもいいのに・…。 アンジェリーク先生、ロザリア先生の計らい、幼馴染のレイチェルのと一緒に住んで、脚本の勉強と失語症の権威の先生に通うことになったけれど…、帰りたいな…。 ルノー、ショナ、マルセル、メルのお世話をしているほうが、よほど楽しい…。 じっと外を見ている彼女の横顔が、とても清らかにみえる。 アリオスは胸の奥が痛み、同時に清らかに浄化されているような気がした。 「アンジェ!! お待たせ!!!」 明るい元気な声に、アンジェリークの表情も明るいそれになり、友人に向って手を振る。 アンジェリークの友人の姿をみて、アリオスは驚いた。 彼の脚本をしているドラマにも出演している、実力派若手女優のレイチェル・ハートであった。 「レイチェル」 「あら、アリオス先生じゃない!」 姿を見たレイチェルもこれまた偶然と驚く。 『レイチェルのお知り合い?』 アンジェリークは手話で、レイチェルに伝え、レイチェルもそれをすぐさま理解する。 「そう! 私が出ているドラマ”LOVE”の脚本を書いてるアリオス先生だよ! アンジェもいっぱい本持ってて読んでるでしょう!?」 コクリと頷いて、びっくりするように頷く彼女が、アリオスにはとても魅力的に映る。そこにいる、人気女優レイチェルでさえも色あせるような気がした。 「だって、アンジェが、田舎から出てきてシナリオ学校に通い始めたのも、アリオス先生の映画に感動したからよね〜!! 先生は本にも顔を出さないから、顔は知らなくて当然だけれどね〜」 からかうように言うレイチェルに、アンジェリークは真っ赤になって睨みつける。 言葉は交わせないかも知れないが、その表情は、とてもユタが出、アリオスは魅了されてしまう。 「で、ふたりは、どうして同じ席に? 先生、アンジェをナンパした?」 『違うわよ! たまたま混んでたから相席になっただけ』 少し怒り気味に、手話で否定をするアンジェリークに、レイチェルは本当に楽しそうに笑った。 「じゃあ先生、ワタシ、これからこのコとデートだから!」 アンジェリークも席から立ち上がると、アリオスに一礼をして、直ぐにレイチェルの傍に向う。 「じゃあ、先生、またね?」 「ああ」 レイチェルの後ろを、ぎこちなく着いてゆく少女を、アリオスは忘れることが出来なかった。 取材もそこそこに、カフェから出ると、アリオスは真っ直ぐに本屋に向い、迷うことなく一冊の本を買った----”手話入門"であった。 |
TO BE CONTINUED…

コメント
『愛の劇場』第四弾は、話すことが出来ないアンジェリークと、言葉を紡ぐことを
生業としているアリオスです。
頑張りますのでよろしくお願いします。
アンジェの出身地は、山に囲まれた小さな町です。
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