Crazy For You

MAIN STORY


「やっぱり先生・・・、私、モデルの話をお受けするわけにはいきません・・・」
 放課後、結局アンジェリークは、一人でセイランに断りを入れにいった。
 レイチェルと二人、考えた挙句のことである。
 レヴィアスに知られる前に、なるべく穏便に彼女はセイランに断ってしまっておきたかった。
 落ち着いて、いつも心も身体も包んでくれる恋人が見せる、少し困ったところ。
 それは独占欲。
 その独占欲はいつもの彼女にとっては心地よいものだが、こういった状況になると、そうはいかない。
 彼の知らないところで片付けるのが得策なのだ。
「どうして?」
 セイランは、怪訝そうに眉根を寄せ、じっとその蒼瞳を彼女に向ける。
 芸術家らしい、鋭く切れるような眼差し。
 彼女はその眼差しを直視することが出来なくて、思わず、俯いてしまっていた。
「----レヴィアスのこと・・・、気にしてるの?」
 言い当てられて、はっとして、彼女は顔を上げてしまった。
「図星のようだね? アンジェリーク」
「あ・・・、いいえ、あの・・・」
 思わず取ってしまった行動に、彼女は臍を噛みながら、少し青ざめて俯く。
「いいよ。君とレヴィアスのことは知っているから」
「えっ!?」
 大きな瞳をさらに大きく見開いて、アンジェリークはセイランを見た。
「どうしてかって、不思議な顔をしているね? ----それは簡単なことなんだよ?」
 言って、彼は彼女の華奢な肩に手を置いた。
 見つめられて、彼女は困ったような戸惑いの眼差しを浮かべた。
「----そんな目はしないで・・・。僕は、いつも君だけを見ていたから、君が誰を見ていたか、判っていたんだよ?」
「----だけど・・・、やっぱり・・・、私にはレヴィアスが一番なんです・・・。彼以外には、誰も考えられない・・・」
 彼女は困ったように少し涙を浮かべる。
 きらりと、穢れのない宝石が輝く。
「ほら泣かないで・・・。君の気持ちは判ったから・・・。ほら、涙を拭いて・・・」
 セイランの繊細な指がついっと彼女の涙をぬぐう。

 美術準備室から、聞きなれた声が聞こえる・・・

 耳に心地よい、彼の天使の声を耳にし、彼はそれに導かれるように近づく。
 偶然、ドアが開いていて、その隙間から、レヴィアスは様子をうかがった。
「----!!」
 そこにいたのは、セイランとアンジェリーク。
 しかも、彼が遭遇したのは、セイランがアンジェリークの涙を拭っている時だった。
「・・・!!!」
 まるで、そこにいたもの誰をも黙らせることが出来るような血の通っていない冷たい視線を、レヴィアスは二人に投げつける。
 修羅のような形相になり、彼の心の衝撃を表している。

 アンジェリーク!!!!

 彼は嫉妬の余り、拳を強く握り締めた。 

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「先生、保険委員会の報告に参りました」
「はいれ」
 いつもに増してそっけない返事に、アンジェリークは頭をかしげながら、保健室の中に入った。
「忙しいから、用件は手身近に頼む」
「レヴィアス!?」
 いつもなら少しぐらい冷たくても、そこに流れる深い愛情を感じることが出来ると言うのに、今日の彼は全く言って冷たい。
 そう、そこから暖かな感情などはまるで感じられないどころか、氷のような冷酷さが心に突き刺さってくる。
 怪訝そうに彼女は眉根を寄せると、彼の顔を覗き込む。
「おい。ここは仕事場だ。私情をはさんでもらっては困る」
 最初に出会ったころのように心底冷たい言葉・・・。
 その冷たさに心を震わせながら、彼女は少し力を落としていつもの席についた。
「先生、これが今週の報告書です。これは・・・」
 言いかけた彼女をレヴィアスの手が制止する。
「いい。後は報告書を読ませてもらう。今日は帰っていい」
「先生?」
 レヴィアスの気持ちが読めず、彼女は不安になって、うっすらと涙を瞳に浮かべる。
「とっとと美術室でもどこでも行って、モデルでもなんでもやれ。俺には関係ない」
 彼はどす黒い嫉妬にまみれた言葉を彼女の投げつける。
「レヴィアス・・・、どうしてそれを・・・」
 彼女は今にもその場で崩れ落ちそうな想いで彼を見つめる。
 立っているのが、やっとだ。
 哀しくてたまらない。
 彼に知られることが、こんなにも恐ろしいものだなんて、彼女は思ってもいなかった。
「おまえ・・・、俺に知られないと思ってたのか? バカにもほどがある」
「そんなの! ちゃんと断ったわ!!」
「だったら、どうしてあの男に涙を拭われていた!?」
「・・・!!」
 アンジェリークの顔から一気に血の気がひいてゆく。

 見られてた・・・

 冷たいものが背中に伝ってゆく。
「そんな顔をしやがって・・・。俺だったら、心配はない。別れてやる・・・」
 その言葉は、彼女の心に最後の楔を打ち込んで、茫然自失地させる。
 大きな瞳が、傷ついた子犬のような表情になる。
 もう何も考ええられない。
 彼女は肩を震わせてふらつく身体を何とか抑える。
 彼に涙でぐちゃぐちゃになった顔を見られたくなくて、礼をする。
「ごめんなさい・・・。もう・・・、来ません・・・」
 震えた声で囁かれた言葉。
 その言葉に、レヴィアスは彼女の心の傷の奥深さを知るが、もう遅かった。
 言ってはならないことを言ってしまったと、彼は臍を噛む。
「さよなら」
「アンジェ!!」
 彼女はそのまま駆け出してゆく。
 そしてその頼りない背中を見つめながら、レヴィアスはうなだれた。

 嫉妬に狂って、俺はどうしようもない男だな・・・

   

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 その次の週から、レヴィアスの元に訪ねるようになったのは、副委員長の生徒だった。
 その理由はアンジェリークが体調が悪いからだと言うことだった。
 その理由を聞くなり、レヴィアスは益々彼女のことばかり考えてしまうようになる。
 彼女に何かあっては困ると、彼の心は痛かった。
 もちろん、内容をまとめて書類にしたのは、アンジェリークだったのだが。
 彼は、もう、二週間も彼女と口を利いていなかった。
 早く誤りたい---
 だが、彼女の傷ついた表情を思い出すたびに、彼は、彼女に連絡をとれなくなっていた。


 一方のアンジェリークも、彼から連絡が来ないことを思い悩んでか、連日穂ほとんど眠れぬ日々を送っていた。
 目の下にはクマが出来、お世辞でも、健康そうには見えない。
 日に日にやつれてゆくのが、レイチェルにも判り、辛かった。
「アンジェ・・・、次、美術」
「あっ、ごめん・・・、用意しなくっちゃ・・・」
 ぼんやりとしていた彼女は、親友の声に何とか自分を取り戻し、机から立ち上がろうとした。
「・・・!!」
 連日の寝不足がたたったのか、彼女は目眩を起こし、そのままバランスを崩す。
「アンジェ!!」
 レイチェルに慌てて抱きとめられ、彼女は何とか倒れこまずに済む。
「アンジェ、次の授業、出ずに保健室へ行ったら・・・」
「いや!!」
 強く言われて、今度はレイチェルがたじろぐ。
 それは彼女の意地。
 こんな姿を彼に見せたくはなかったのだ。

 ったく・・・、犬も食わないって、あなたたちのことをいうのよ!

「ダメ!! 絶対に行かせるわ!!」
 強い調子でレイチェルは言うと、彼女はぐいっと、アンジェリークの華奢な手首を掴み、そのまま強引に保健室へと連れ行く。
「いや! レイチェル!!」
 あくまでも彼女は抵抗する。
「ダメ!!」
 一度言えば、覆さない頑固者であることを、アンジェリークは知っている。
 唇から僅かなため息が漏れる。

 あなたの心の病を治せる名医は、レヴィアス先生だけだわ・・・

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「先生! 急患を連れて来ました!」
 保健室に入るなり、レイチェルは元気一杯に声を出した。
「急患・・・?」
 レヴィアスが低い声で呟きながら振り返ると、そこには、レイチェルに連れられた顔色の優れないアンジェリークがたっていた。
 彼女は気まずそうに俯いてしまっている。
「このこ、目眩をしたみたいなので診てあげて下さい!」
 そのままレイチェルは彼女の華奢な背中をレヴィアスに向かって押す。
「きゃ!!」
「おっと」
 よろけた彼女をレヴィアスが受け止める格好になり、レイチェルはその光景に満足そうに微笑む。
「ということで、ワタシは美術の授業に出なくっちゃならないから、後はよろしくね? 先生?」
 軽くウィンクをすると、レイチェルは鼻歌交じりに、嬉しそうに保健室から出て行った。

 仲直りをしてよね? 二人とも!!

 レイチェルが立ち去るなり、レヴィアスはアンジェリークの華奢な身体を強く抱きしめた。
「先生・・・、止めて下さい・・・」
 懐かしいぬくもり。
 何よりも欲しかった肌の暖かさと、彼の香り。
 それらにみだされまいと、彼女は身体を捩り逃れようとする。
 だが、そうすればするほど彼の腕の力は強くなる。
「おまえを美術室なんかに行かせない!!」
「レヴィアス・・・、止めて・・・」
 泣きながら懇願するも、彼は決して止めない。
「アンジェ・・・、許してくれ・・・。俺が嫉妬深い余り、おまえを苦しめてしまった。すまない・・・。
 おまえだけが愛しいから、ほかの男には指一本触れさせたくないのだ・・・」
 心からの謝罪の言葉。
 彼女の心の氷が溶けてゆく。
「・・・ン・・・、レヴィアス・・・」
「アンジェ・・・」
 彼女の顎を持ち上げて、彼は、愛しそうに、彼女の腫れぼったい瞳を見つめる。
「こんなにしてしまって、すまない・・・」
「ううん・・・、へいきだから、ね?」
「アンジェリーク」
 深く唇を重ねあう。
 何度も何度も求め合って、二人は互いの離れた時間を取り戻す。
 二人は思う。
 今度そんな波風が起こっても、それは二人の絆を高める一つの手段に過ぎないと、思えるだろう。
 そう、それを感じさせてくれた、セイランに少しだけ感謝をする。
「きゃっ!」
 突然、レヴィアスに抱き上げられ、アンジェリークは甘い声を上げる。
「この時間と、家に連れて帰ってからも、この二週間の埋め合わせをしないとな?」
「もう・・・、レヴィアスのバカ・・・」
 彼女はそのまま恥ずかしそうに彼の広い胸に顔を埋めた。
 そのままベットへと運ばれ、授業中にもかかわらず、二人は深く求め合う。
 今回のことは、二人の愛を深めるための、いいスパイスになったようだった----


「お幸せにね、二人とも・・・」
 アンジェリークがいつまでも保健室から戻ってこない意味をセイランは冷静に受け止めて、少し寂しい気分になる。

 アンジェリーク、君が幸せなら、僕は満足だよ・・・

 満足そうに微笑むと、彼は再び授業へと集中した----
 心に、とても幸せな二人を思い浮かべながら----


コメント

16820(いろはにおへど)のキリ番を踏まれた、あいこ様のリクエストで、
「嫉妬する保険医レヴィアス」です。
あいこ様いかがでしたでしょうか?
なんだか中途半端になってしまって、申し訳ないです(泣)