そのままアンジェリークは、救急車で病院へと運びこまれた。 運ばれている間、レウ゛ィアスはじっと彼女の手を握り締める。 彼には判っていた。 次の発作があればアンジェリークは恐らく命を落とすことになるだろうと。 目覚めることもなしに・・・。 彼女の命は、この発作が起こったことによって、もはや、僅かになってしまった。 「アンジェ・・・」 方法はただ一つ、手術だ。 アンジェ、おまえを失うことがあれば、俺はもう生きて行けない・・・。頼む、助かってくれ・・・。 アンジェリークを集中治療室に運び込んだ後、レウ゛ィアスは直ちに白衣に着替え、エルンストと共にアンジェリークの診察に当たり、二人して”手術”の決定を下した。 レウ゛ィアスは、手術の準備を指示し、一緒に付き添ってきた母親にそのことを話した。 「そう・・・、手術をするの・・・」 「ああ。もう手はない」 その一言は、母には鋭い刃となって胸に突き刺さる。 「アンジェちゃん・・・」 嗚咽を上げる母親に、彼もまた苦しくなる。 「俺とアンジェの結婚を認めてはくれないか?」 「レウ゛ィアス!!!」 母は本当に嬉しそうに頷き、息子を見つめた。 「あなたたちの結婚は、私の夢だったから・・・」 「認めてくれるか?」 「認めるも何も、本当に嬉しいわ」 「有り難う」 深々と頭を下げ、レウ゛ィアスは礼を言う。 ひとりの少女への愛のために生まれ変わった息子を、母は誇らしく思った。 「レウ゛ィアス先生、アンジェリークが気付きました」 エルンストから連絡を受け、すぐさま二人は病室へと向かった。 「アンジェ・・・」 「レウ゛ィアス・・・」 ベッドで眠る彼女は今まで以上に生気がなかったが、瞳は澄んでいて清らかだった。 彼の姿を見て、アンジェリークは気がつく。 「・・・手術するのね・・・」 「ああ。おまえの命は俺が守る」 全てを察知したまなざしが哀しくて、レウ゛ィアスは何とか感情を踏み止どまらせる。 「有り難う・・・。レウ゛ィアスなら全てを預けられる・・・」 話すのも苦しげな声に、レウ゛ィアスは命を掴まえるかのように、華奢な体を抱き締めた。 「レウ゛ィアス、おばさんが見てる」 「構わん。俺たちの結婚を許してくれた・・・」 「ホント!?」 アンジェリークは子供のように顔を上げて、レウ゛ィアスの母親を見た。 「アンジェちゃん、レウ゛ィアスのこと幸せにしてね」 優しい声が心に染み渡り、アンジェリークは嬉しそうに頷いた。 続いてノックと共にレイチェルが入ってくる。 「レウ゛ィアスさん、指輪と証明書取ってきたよ」 「有り難う、レイチェル」 封筒と指輪をレウ゛ィアスに渡し、レイチェルは潤んだ瞳でアンジェリークを見つめた。 レヴィ明日に頼まれて、すぐさまレイチェルが駆けずり回ってくれたのだ。 「よかったね」 「うん・・・」 はかない笑みではあるが本当に嬉しそうにする。 それを見ているだけで、レイチェルは嬉しくて、だけど切なくて。 「アンジェ、これを見てくれ・・・」 封筒から結婚証明書を取り出し、彼は彼女に見せてやる。 「俺たちはちゃんと夫婦になったぞ」 「うん」 証明書には、妻・アンジェリークとなっている。 文字が涙で揺れて見えない。 「私、レウ゛ィアスの奥さんなんだ・・・」 「そうだ。だから、一緒に頑張ろう」 「うん・・・!」 レウ゛ィアスの胸に体を預け、信頼を一身に寄せるアンジェリークの姿が、誰よりも美しい花嫁に、誰もが見える。 「手を出せ、結婚指輪だ」 「うん」 レウ゛ィアスがアンジェリークの細い指に結婚指輪を填める。 「今度はおまえの番だ」 「うん・・・」 震える指で、今度はアンジェリークがレウ゛ィアスの薬指に結婚指輪を填めた。 「有り難う」 誰もが、二人を祝福する気持ちでいっぱいになり、見守っていた。 白い病室での儀式は何よりも崇高で美しい。 「誓いのキスだ」 「恥ずかしい」 はにかむ彼女に口づけて、レウ゛ィアスは周りの目も気にせず抱き締めた。 ふたりはお互いに判っている。 これが最後の抱擁になるかもしれないと---- ノックが非情にも部屋に響く。 「先生、時間です」 無気質な看護婦の声が聞こえ、二人は身を堅くした。 「レウ゛ィアス、あなたに全て預けるね・・・」 「おまえを守ってみせるから」 「うん・・・!」 ふたりは、もう一度だけ強く抱き合い、体を離す。 「いってくる」 「いってらっしゃい!」 見送ってくれる彼女の笑顔を、レウ゛ィアスは心のなかでシャッターを切った。 ------------------------------------- 手術の準備が整い、アンジェリークはレウ゛ィアスの待つ手術室へと運ばれる。 ほとんど成功例のない難手術が始まる。これはレウ゛ィアスとアンジェリークの闘いでもあった 全身麻酔を施された愛する妻が手術台に乗せられている。 異色の眼差しで眼差しでアンジェリークを見つめた後、レヴィアスは第一声を介助の看護婦に掛けた。 「メス-----」 エリス…。 どうかアンジェリークを守ってくれ…!! 手術中のサインランプが点灯し、待合で待つ、レイチェル、エルンスト、アルヴィース夫妻は息を飲んだ。 始まったんだ…! 神様!! どうかアンジェを見守ってください!!! レイチェルは神に心から祈った。 不安のあまり隣にいるエルンストの手を握り締めている。 「大丈夫ですよレイチェル…。アンジェリークは助かります…!! あのレヴィアス先生が、彼女の愛する夫がメスを握っているんですから…!!」 「うん・・、うん…」 二人の様子を見ながら、アルヴィース夫人は夫を見つめた。 「あなた・・・、今日はお守りにこれをもってきました…。覚えていますか…?」 アルヴィース夫人がビニール袋から大事そうに取り出すものを、レイチェルたちは固唾を飲んで見つめていた。 出て来たのは履き古された子供用の靴だ。 「これはアンジェちゃんの…」 夫の声とともに、レイチェルも注目する。 「うちで彼女が暮らすようになって最初に買ってあげた靴です…。大事に大事にはいてくれて、本当に喜んでくれたのが、まるで昨日のように思えます…。これを履いてリハビリに行って頑張っていたのを思い出します…。だから、頑張るあのこをこの靴が守ってくれるような気がして…」 壊れ物を扱うように夫人が靴を撫でるのを見て、レイチェルはエルンストの肩に顔を埋める。 嗚咽するレイチェルを、エルンストはそっと包み込む。 「大丈夫です。アンジェリークは必ず助かりますから…」 「うん、うん…」 張り詰めた緊張感が部屋に流れる。 時計の音だけがこだまする。 長い長い沈黙。 誰もが、ランプに注目せずにはいられなかった。 深夜になった---- うとうととすることすらも出来ずに、誰もがレヴィアスとアンジェリークを待つ。 今の時間も、レヴィアスは必死になってアンジェリークを救おうとしていた。 汗を介助の看護婦が何度も拭く。 アンジェ…!! 頑張れ…!!! 頑張ってくれ!!!! 「縫合」 「はい」 ---------------------------------- 白い静寂に包まれた----- ランプが消えた---- 同時に、ドアの開く大きな音がして、レヴィアスが出てきた。 誰もが立ち上がり、注目する。 彼は心配げに見つめる、アンジェリークを心から思うものたちに深深と頭を下げた---- 誰もが息を飲む。 「…手術は無事終了しました…」 その瞬間。 誰もが、嬉しさのあまり手を取り合った。 ------------------------------------- 手術が終了したものの、アンジェリークは集中治療室に入れられて、まだ予断ならない状況ではあった。 「レヴィアス変わるわ…、疲れたでしょう?」 「いや・・・かまわん・・・」 手術後、彼はほんの少しだけ仮眠を取り、その後は、アンジェリークに付きっ切りだった。 彼女が目覚めてもすぐに抱きしめて上げられるようにと。 ひげは生え、髪はぼさぼさで、とてもでないがいつもの彼の面影はない。 「・・ん・・・」 手術から30時間後…。 アンジェリークはようやく目覚めた。 「アンジェ!!」 ぎゅっとレヴィアスはアンジェリークの手を握り締めその顔を覗き込む。 「・…レヴィアス…」 まだ力ない声で離すが、とにかく彼女は目覚めた。 それがレヴィアスにはどうしようもなく嬉しい。 「よかった・・・!」 「私助かったのね・・・!」 目覚めてすぐ涙ぐむ彼女を、器具がまだ着いているにもかかわらず、愛しくてレヴィアスは抱きすくめてしまう。 ここは自分が医者だということは関係なかった。 「ああ。もう大丈夫だ…」 「レヴィアス…、ひげがくすぐったいわ…」 アンジェリークはほんの少しだけ笑うと、彼の顔に手を伸ばす。 「すぐにそるから…」 「いいわよ」 力の入らない腕をレヴィアスに回して、アンジェリークも彼を抱きしめる。 二人は暫く抱き合ったまま、幸せを噛み締めていた----- ------------------------------------- 「結婚式おめでとう!! アンジェ!!! いままでの中で一番綺麗!!」 「有難う!! レイチェル」 ウエディングドレス姿のアンジェリークは、いままでにも増して清らかでしかも色っぽさも加わってとても美しい。 退院してすぐ、式も上げなければならないと、レヴィアスが教会を探してくれ、この日を迎えることが出来た。 レイチェルも今日はブライズメイドとして出席し、エルンストはベストマンで出席している。 「今日のアナタすごく綺麗だよ!! きっとレヴィアスさんも喜ぶって!!」 「…レイチェル…」 はにかむ天使は、とても美しい。 ノックの音がする。 同時にドアが開き、燕尾服姿のレヴィアスが現れた。 「行こう」 「うん」 差し出された彼の腕にしっかりと掴まって、アンジェリークは祭壇に向けて歩いてゆく。 脳裏に浮かぶはいままでの苦しかった日々。 お父さん、お母さん、エリスお姉ちゃん…。 私はレヴィアスと幸せになります…!! 青空を見つめアンジェリークは微笑んだ。 「何だ…?」 「お姉ちゃんや、お父さん、お母さんにお話したの…。今日幸せになるって…」 「ああ。俺も話をしよう」 昨日ふたりで墓前にも報告に行った。 だがその当日にどこかで見てくれているような気がして、二人は空の高みに話し掛けたのだ。 エリス…、幸せになるからな、アンジェと…。 お父義さん、お母義さん、アンジェを頂きます! そして---- 真っ直ぐ見つめあう。 これからも色々あるだろう。 だが、晴れた日でも、雨の日でも二人でならやっていけると、二人は感じていた----- -------------------------------- 「もう、レヴィアスったら・・・」 「おまえの膝枕は最高だからな…」 「もう・・・」 とある公園のベンチでは、いつも幸せそうな若夫婦が膝枕をして本を読んでいる・・・。 そこだけが時間が緩やかに過ぎているのだ---- |
THE END
メロドラマと私
今回無事に大団円を迎えることが出来ましたことを、皆様に感謝申し上げます。
大体私はメロドラマを書くのが好きです。昔よく見ていたからかもしれませんが。
今回、図らずも、私の連載ものの中では最長記録と本作はなってしまいました。
わりと楽に実は書くことが出来た物語ではありました。
この物語を「好きだ」と仰ってくださった皆様に支えられて、ここまで書くことが出来たのかと思います。
この二人の行く末はもうご存知でしょう。
バカップル(笑)です。
別館(笑)や本館のキリ番リクエストでも暫しなこの二人は登場いたしますので、またお読みくださいませ。
初「レヴィ・アン」連載ですが、また書きたいですね〜。
最後にここまでお読みいただいた皆様、本当にどうも有り難うございました!
2001年8月18日 土曜日 20:51:10雪野ちんく拝
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