「アナタに良い物件があるの。フラットをシェアするんだけどね」 レイチェルに紙を提示され、アンジェリークは、目を見張った。 立地条件はとても良く、その上、格安。貧乏学生のアンジェリークは、すぐにそれに飛び付く。 「理想的〜!!!」 「でしょ!? 今回、アナタにはすごくもうしわけないことしたからさ、エルに部屋を探してもらったの」 「有り難う〜!」 そもそも、アンジェリークが部屋を失うことになったのは、親友でルームメイトのレイチェルが、恋人のエルンストと同棲することになったからである。 「最高だと思うわ! シェアっていっても、玄関とキッチンが同じだけで、バスルームやトイレは別だし、部屋も広くて、施錠もオッケーだしね」 レイチェルも良い部屋だと頷いている。 「うん。学校からも近いし!」 アンジェリークはもう部屋が決まったような気分で、嬉しそうに笑っていた。 「早速、見に行く? ここからも近いしね〜」 アンジェリークは頷き、その好意に甘えさせてもらうことにした。 カフェから五分ほどのところにフラットはある。 「シェアする相手は、スモルニィ大学の教授だけど若いわ。このフラットは、家に帰れないときの避難場所。まあ、平たく言えば、ルームメイトというよりは、部屋を管理してくれる人を探しているの。ここには、ほとんど帰って来ないらしいし」 話を聞いていると益々好都合に思える。 アンジェリークの腹はもう決まっていた。 「今日、ご本人もいるらしいから、面接して、決めよう」 「うん!」 フラットは高台にあり、遠くには港が一望できる場所にあるうえ、レンガ調の外観も素敵だ。 「素敵・・・」 「でしょ!?」 フラットの玄関先で、レイチェルは最上階のインターホンを押した。 「アリオスだ」 「レイチェルです。連れてきました!」 その声と同時に、ドアの開く音がする。 男の人・・・!? アンジェリークの頭にはもうその事実しかなく、困惑してしまう。 「男の人なの・・・?」 「大丈夫、大丈夫!!」 レイチェルは何ごとでもないかのように言うと、アンジェリークの手を引っ張って、フラットの中に入った。 エレベーターで最上階まで行き、”アルウ゛ィースと書かれた表札のところで、レイチェルはもう一度インターフォンを押す。 「先生、上がってきました」 「ああ」 返事と同時にドアが開き、現れた青年に、アンジェリークは息を飲む。 まだ若く、整った顔立ちをしていたので、思わず見惚れてしまった。 「お話をしていたのはこのコです」 青年はほんの一瞬だけアンジェリークを見つめると、二人を中に促す。 「入ってくれ」 「はい」 レイチェルに後押しされる形で、部屋の中に入ると、そこは本などがちゃんと整理された、”仕事部屋”だった。 生活感がまるで感じられない。 「奥の部屋が空いているから、そこを使ってもらう」 見せられた部屋は、とても広くて使い易そうだ。窓からは海が見えて、とても綺麗にみえる。 うっとりと見つめているアンジェリークに、アリオスは声を掛ける。 「ここではお互いの生活を干渉しないのがルールだ。 それを守ってくれたらかまわねえから。後は、常識の範囲内で、逸脱した使い方をしなければ、いい」 黄金と翡翠の瞳がアンジェリークを捕らえる。 その光には、抵抗できない雰囲気がある。 「はい。よろしくお願いします」 「ああ。よろしくな?」 ふたりは見つめあって握手をし合う。 二人の新生活がスタートした。 引っ越しは日曜日に行われたが、”家主”であるアリオスは現れなかった。 彼は、基本的な休みは、郊外の自宅に戻るからである。 あまり荷物もないせいか、すぐに引っ越しは終わり、アンジェリークは、ひとりっきりのお祝いをした。 立派なコンロで、ごはんを作り、それを綺麗に片付けておく。 ”シェア”と言っても、とても値段が安いせいか、彼女はそれだけでも申し訳ない。 よかった・・・。良い物件に当たって・・・。私は幸せものだわ・・・。 アンジェリークは、幸せの余韻を感じていた。 部屋のお風呂も快適で、とても心地が良い。アンジェリークは、ゆっくりと羽根を延ばす。 その夜は、とても疲れたので、ふかふかのベッドで身体を沈める。 この幸せがいつまでも続くようにと、願わずにはいられなかった。 朝、いつもの時間に目を覚ます。 お弁当を作るので、アンジェリークの朝は早いのだ。 昨日仕掛けておいたごはんが、美味しそうに炊き上がっている。 「今日は、おにぎりいっぱい作っちゃおう!」 歌を歌いながら、おにぎりを作っていると、物音がして、アンジェリークはびくりとした。 アンジェリークが、大きな瞳を、驚いたように見開いて振り向くと、アリオスが髪を乱して立っていた。 「雑音は立てるな?」 「あの・・・、ごめんなさい」 小さな身体をさらに小さくする彼女が、アリオスは可愛いと思ってしまう。 「昨日は遅かったからな、もう少し寝かせろ」 彼はそれだけを言うと、部屋に戻ろうとする。 彼が通った後に、甘い香りがして、アンジェリークは、それが誰かの移り香であることに気付く。 「あ…」 彼女が声を上げると、アリオスは一瞬だけ振り返った。 「愛のないセックスは、”運動と同じ”だぜ?」 アリオスはその言葉だけを残して、部屋に入ってしまう。 アンジェリークはただ彼を見送ることしか出来ない。 カルチャーショックな一日目だった。 |