72 HOURS OF THE ANGEL

The Final Chapter


「こっちだ」
 アリオスはアンジェリークの手をしっかりと引いて、屋敷の裏に向かう。
「セキュリティとかあるんじゃないの?」
「切ればいいんだ、そんなものは」
 彼は、それが至極簡単なことのように言うと、ホルスターから銃を取り出すと、その先にサイレンサーをつける。その作業をするアリオスの横顔を、アンジェリークは思わず見惚れた。
 アリオスは、セキュリティの本体に銃口を向けると、コードを銃弾で切ってしまう。
「セキュリティはずしたら誰か来ないの!?」
「そんなヘマするかよ。行くぜ?」
「あ、うん」
 アリオスは颯爽と風を切るように歩き、アンジェリークもそれに引っ張られるようにして向かった。
 先ずは、彼が玄関門の柵に上り、上から手を差し伸べてくれる。
 アンジェリークは、逞しいアリオスの腕を目指して、柵をゆっくりと上がっていく。
 彼の手を掴むところまで来ると、今度はアリオスが上まで引き上げてくれた。
 アリオスの腕の中で包まれるだけで、アンジェリークは最高に心地が良い。
 だがそこにいるのもつかの間で、彼はアンジェリークを抱えたまま飛び降りてしまった。
 それも、彼女は、一瞬、空の上を飛んでいるような気分になる。
 少しのランデブーはすぐに消え去り、天使は地面に哀しくも着陸する。
 アリオスの、もう離れたくなくなった腕の中にいたの持もつかの間で、直ぐに、その腕からは放される。
「最後の仕事だ…」
 アリオスの言葉には胸が詰まるが、アンジェリークはただ頷いた。
 ふたりは、月の光に照らされながら、中庭をつっきり、窓から屋敷の中に侵入する。
 窓はアリオスが簡単にロックを解除し入った。
 そこは書斎のようで、コンピューターと多くの書籍、そして、ステレオが置いてある。
 アリオスは、ステレオのスイッチを不意に押すと、大音量でワグナーのワリキューレが流れ始めた。
「アリオス…」
 そんな音を出しては家人が起きるといった不安な視線を、アンジェリークは投げかけたが、アリオスは全く平気だった。
「起きてきてくれて好都合だ…。
 ------おまえの一番の敵が起きてくる。十二分に話を訊くんだな…?」
 彼はあくまで落ち着いており、煙草を口に銜えてふかしている。
 ワリキューレを聴いていると、アンジェリークは益々、真の意味での”戦場”に来てしまったと、思わずにはいられなかった。
「誰だ!! 今、何時だと思っている!!」
 初老の男が、ガウンを纏って部屋に入り、電気をつけた。
 その瞬間、アリオスはステレオのスイッチを切る。
「あんたが…、ローゼンバーグか…」
「そうだが、あんたらは…」
 彼は、アリオスの異色の鋭い眼光を見るたびに、おどおどとしており、とてもではないが、今回の首謀者には見えないと、アンジェリークは思った。
「彼女は”Angel”だ…。それだけ言えば判るだろう」
「”Angel”…」
 彼はその名前を呟くと同時に、一瞬にして顔色を変え、アンジェリークを見る。
「あんたどこの部署だ」
 アリオスの眼光に逆らえず、彼はしぶしぶ呟く。
「作戦部中東担当副部長だ…」
「中東担当か…」
 アリオスはすぐさま、ローゼンバーグに銃口を向け、彼女の合図をした。
 訊くなら今だと------
 アンジェリークもそれに頷き、アリオスと共にローゼンバーグに詰め寄っていく。
「あなたはどうして、文学歴史協会の全員を皆殺しにしたの?」
「知らん!!」
 ローゼンバーグはゆっくりと後ずさりしていく。
 今、彼女の心は、波の立たない水のように冷静だった。
 それがとても不思議でならない。

 みんな・・・。
 あなたたちの無念は晴らして見せるわ…

「私の報告書が、あなたの陰謀を暴いたから?」
 アンジェリークは冷静に炉全バーグに迫り、アリオスはそれをサポートするように銃を向けてくれている。
「報告書は読んだの?」
「いや、読んでない…」
 彼は目線をそらし、それは事実を肯定しているのに他ならなかった。
 否定するローゼンバーグに、アリオスは喉元に銃口を突きつけ、彼は息を呑む。
「…読んだ…」
「どこのを読んだの? オランダ? それともフランスの推理小説?」
 彼は普通の顔をして首を振る。
 アンジェリークにしてもこれはもちろん当て馬だ。
「中東?」
 一瞬、ローゼンバーグの顔色が変わる。
「油田の報告書だわ、そうでしょ?」
 更に彼の表情が悲痛になり、どこか焦りが見え隠れしている。額にはびっしょりと汗をかいていた。
「石油…。そんな利権のために、7人もの人間を殺したの!!
 もっとかもしれない…。
 確かに私が書いた報告書には、戦争をして油田の利権を取る物があった…。
 自分たちの陰謀が明らかになるのを恐れて?
 戦争をするの? 侵略をするの? それで石油を手に入ればいいと思っているの!!」
「違う! ゲームだ! これは仮想ゲームに過ぎない!!」
 ローゼンバーグはあせりながら否定するも、アンジェリークもアリオスも、全くといっていいほど冷静だ。
「計画するだけだったら何をしてもいいと思っているの?」
 アンジェリークは怒りで意がこわばり、泣きそうになる。
 いや、泣いていたかもしれない。
「いいか…、これは経済問題なんだ!
 石油のみならず、後20年ほどで、様々なものが枯渇する…。
 プルトニウム、食料・・・。
 石油がなくなれば、車は動かない、部屋が温かくならない…。だったら、国民は何を望む! われわれに手に入れろと言うんだ! それには戦争しか、侵略しかないじゃないか!!!」
 ローゼンバーグは明らかに興奮していた。その論旨はいきり立ち、顔を真っ赤にしている。
「そこまでだ・・・。ローゼンバーグ。よく言った」
 アリオスはそれだけを言うと、トリガーに手をかける。
「-----国家安全評議会だ…。あんたは秘密裏に裁かれなければならない」
 アリオスは低く呟くと、ローゼンバーグの頭に銃口を突きつけ、トリガーを引いた------
 その瞬間を、アンジェリークは目を離さなかった。
 それは、一緒に働き傷ついた同胞へのレクイエムだ。
 ローゼンバーグがアリオスの手によって、”処刑”された後、彼は銃をそのまま、ローゼンバーグに握らせて、自殺に見せかける。

 アリオスは国家から派遣された人だったんだ…。

 手際の良いアリオスの動作を見つめながら、アンジェリークは腰から力が抜け、座り込んだ。
 涙がぽろぽろと流れて止まらない。
「アンジェ…。全部済んだ・・・。さあ、帰ろう」
「うん・・・、うん・・・」
 アリオスに、華奢な腰を抱えられながら、彼女は静か部屋を出る。
 最後に、ローゼンバーグにほんの少し一瞥を送る。

 こうなっても・・・、みんなはもう永遠に帰ってきやしない・・・。

「いくぞ」
「うん…」
 アリオスに抱かれるようにして家の外にでると、空気はとても澄んでいるような気分だった。
 そのまま車に乗せられて、ようやく落ち着く。
 エンジン音が鳴り響いた。
「…アリオスは国家安全評議会の人だったんだ…」
「もっと早く、ローゼンバーグとニューヨーク支部の動きが読めればよかったんだが、あいにく出来なかった。ニューヨーク支部第17課で事件が起きたときからしか、行動が出来なかった。
 俺は、たまたま仕事でニューヨークにいたから、今回の任務に就いた。
 俺の任務は、これ以上被害者を出さないこと。黒幕の特定と、射殺…。
 そして、アンジェリーク。おまえの安全の確保だった」
 アリオスは淡々と今回の自分の任務を話して聞かせる。
 アンジェリークはもう絶望的な気分ではなかった。
 後気になることはただひとつ。
「…レイチェルは…」
「彼女は直ぐに我々が保護をした。彼女の恋人エルンストは、我々の仲間だ。彼女の家族は、ずべてエルンストの保護下にある…。逢いたいか?」
「…うん…」
 アンジェリークは直ぐに頷いて、アリオスに期待を満ちた眼差しで見つめる。
「明日ニューヨークに帰ったときに、逢わしてやる」
「有り難う・・・」
「今夜はB&Bに戻って休もう・・・。ゆっくりな…」
 アンジェリークは頷いた後、ゆっくりと瞳を閉じる。
 緊張感が揺るぎ、彼女はゆっくりと眠りの世界に入っていった------

                   ---------------------------

 深夜、ニューヨーク支部長は慌しい動きになっていた。
 監察官がひとり、支部長の部屋をノックする。
「あなたを今夜限り支部長の任を解きます。
 ラングレーに同行願いたい」

 ついにきたか…。

 彼はうなだれることはなく、覚悟を決めたように、監察官の後を着いて行った。

                  ------------------------------

 B&Bの部屋に戻るなり、アンジェリークは目を覚ました。
 ベッドに寝かされていて、傍にはアリオスが見守るように着いていてくれる。
「…ねえ、これから私はどうなるのかしら…」
「とりあえずは、今までいたところは引越さなければならねえだろうな。仕事は…、俺たちが責任を持って、世話をするから安心しろ…」
 アンジェリークはコクリと幼子のように頷いた後、切なそうにアリオスを見つめる。
 その眼差しには涙が僅かに浮かんでいた。
「ねえ、あなたのそばにずっといてはいけないの…?」
 彼女は縋る様にアリオスに呟くが、彼は表情一つ変えない。
「------おまえが望むなら…」
「…あなたがいれば…」
 アリオスは甘く笑うと、アンジェリークをベッドの中で抱きしめる。
 それが彼の答え。
「愛してる、アンジェ・・・」
「私も…」
 ふたりはお互いにもっとよく知ろうと、あくなき時間を過ごし始めた-----

                ------------------------------

 昼過ぎ、アンジェリークは自分のホームタウンであるニューヨークに戻った。
 事件があったこと知らないかのように、いつものように街は活気に漲っている。
「ニューヨークはもういつもの街だ・・・。
 昨日、支部長たちの処分が行われた。事情聴取の後、本格的な刑が決定される…。
 俺たちにはかかわりのないところでな」
「うん」
 ふたりは、手をしっかりとつなぎあって、約束の場所に向かう。
 親友のレイチェルに逢うのだ。
 あいにく、余り時間がないが、今日はとりあえずはお互いの元気な姿を見たかったから。
「レイチェル!!!」
「アンジェ!!!」
 親友同士はお互いの姿を認めるなり、駆け寄っていく。
 その背後には、二人を見守る男性の影。
 アンジェリークにはアリオス、レイチェルにはエルンストだ。
 ふたりが手を握り合っている間、男たちは静かな微笑を浮かべている。
 何かを成し遂げたような安堵感が二人にはあった。
「良かった・・・、またレイチェルに逢えて…」
「うん、よかったね…」
 アンジェリークとレイチェルはしっかりと抱き合う。
 それだけで、お互いのことは何も訊かなかった。
 ぬくもりだけで、想いは伝わるから。
 しばらく、その温もりを大切に胸に直していた。
「------アンジェ、行くぞ」
 アリオスから声がかかった。
 もうタイムリミットだ。
「じゃあ、また、レイチェル…」
「うん、アンジェ…。またね?」
 どこか希望のある別れに、ふたりは笑みを浮かべあう。
「落ち着いたら連絡するから! またね! レイチェル!!」
「うん、アンジェ!!」
 ふたりは再びお互いに人ごみの中に消えていく。

 天使は、長い、長い、72時間の旅を終え、今、ようやく愛する男性にたどり着いた-----
 平穏な世界へと------

THE END

コメント

ハードボイルドサスペンスです。
ようやく完結いたしました。
今回はテーマが、ほんの少しタイムリーでしたが
ここまでたどり着くのに相変わらずの七転八倒でした。
でも楽しかったです。
アリオスさんの活躍が最後まで地味でしたのが、なんとも残念ですが(笑)

拙い物語をここまで辛抱強くお読みいただいた皆様、有り難うございました。

Wednesday, January 22, 2003 23:40:00 tink

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