「こっちだ」 アリオスはアンジェリークの手をしっかりと引いて、屋敷の裏に向かう。 「セキュリティとかあるんじゃないの?」 「切ればいいんだ、そんなものは」 彼は、それが至極簡単なことのように言うと、ホルスターから銃を取り出すと、その先にサイレンサーをつける。その作業をするアリオスの横顔を、アンジェリークは思わず見惚れた。 アリオスは、セキュリティの本体に銃口を向けると、コードを銃弾で切ってしまう。 「セキュリティはずしたら誰か来ないの!?」 「そんなヘマするかよ。行くぜ?」 「あ、うん」 アリオスは颯爽と風を切るように歩き、アンジェリークもそれに引っ張られるようにして向かった。 先ずは、彼が玄関門の柵に上り、上から手を差し伸べてくれる。 アンジェリークは、逞しいアリオスの腕を目指して、柵をゆっくりと上がっていく。 彼の手を掴むところまで来ると、今度はアリオスが上まで引き上げてくれた。 アリオスの腕の中で包まれるだけで、アンジェリークは最高に心地が良い。 だがそこにいるのもつかの間で、彼はアンジェリークを抱えたまま飛び降りてしまった。 それも、彼女は、一瞬、空の上を飛んでいるような気分になる。 少しのランデブーはすぐに消え去り、天使は地面に哀しくも着陸する。 アリオスの、もう離れたくなくなった腕の中にいたの持もつかの間で、直ぐに、その腕からは放される。 「最後の仕事だ…」 アリオスの言葉には胸が詰まるが、アンジェリークはただ頷いた。 ふたりは、月の光に照らされながら、中庭をつっきり、窓から屋敷の中に侵入する。 窓はアリオスが簡単にロックを解除し入った。 そこは書斎のようで、コンピューターと多くの書籍、そして、ステレオが置いてある。 アリオスは、ステレオのスイッチを不意に押すと、大音量でワグナーのワリキューレが流れ始めた。 「アリオス…」 そんな音を出しては家人が起きるといった不安な視線を、アンジェリークは投げかけたが、アリオスは全く平気だった。 「起きてきてくれて好都合だ…。 ------おまえの一番の敵が起きてくる。十二分に話を訊くんだな…?」 彼はあくまで落ち着いており、煙草を口に銜えてふかしている。 ワリキューレを聴いていると、アンジェリークは益々、真の意味での”戦場”に来てしまったと、思わずにはいられなかった。 「誰だ!! 今、何時だと思っている!!」 初老の男が、ガウンを纏って部屋に入り、電気をつけた。 その瞬間、アリオスはステレオのスイッチを切る。 「あんたが…、ローゼンバーグか…」 「そうだが、あんたらは…」 彼は、アリオスの異色の鋭い眼光を見るたびに、おどおどとしており、とてもではないが、今回の首謀者には見えないと、アンジェリークは思った。 「彼女は”Angel”だ…。それだけ言えば判るだろう」 「”Angel”…」 彼はその名前を呟くと同時に、一瞬にして顔色を変え、アンジェリークを見る。 「あんたどこの部署だ」 アリオスの眼光に逆らえず、彼はしぶしぶ呟く。 「作戦部中東担当副部長だ…」 「中東担当か…」 アリオスはすぐさま、ローゼンバーグに銃口を向け、彼女の合図をした。 訊くなら今だと------ アンジェリークもそれに頷き、アリオスと共にローゼンバーグに詰め寄っていく。 「あなたはどうして、文学歴史協会の全員を皆殺しにしたの?」 「知らん!!」 ローゼンバーグはゆっくりと後ずさりしていく。 今、彼女の心は、波の立たない水のように冷静だった。 それがとても不思議でならない。 みんな・・・。 あなたたちの無念は晴らして見せるわ… 「私の報告書が、あなたの陰謀を暴いたから?」 アンジェリークは冷静に炉全バーグに迫り、アリオスはそれをサポートするように銃を向けてくれている。 「報告書は読んだの?」 「いや、読んでない…」 彼は目線をそらし、それは事実を肯定しているのに他ならなかった。 否定するローゼンバーグに、アリオスは喉元に銃口を突きつけ、彼は息を呑む。 「…読んだ…」 「どこのを読んだの? オランダ? それともフランスの推理小説?」 彼は普通の顔をして首を振る。 アンジェリークにしてもこれはもちろん当て馬だ。 「中東?」 一瞬、ローゼンバーグの顔色が変わる。 「油田の報告書だわ、そうでしょ?」 更に彼の表情が悲痛になり、どこか焦りが見え隠れしている。額にはびっしょりと汗をかいていた。 「石油…。そんな利権のために、7人もの人間を殺したの!! もっとかもしれない…。 確かに私が書いた報告書には、戦争をして油田の利権を取る物があった…。 自分たちの陰謀が明らかになるのを恐れて? 戦争をするの? 侵略をするの? それで石油を手に入ればいいと思っているの!!」 「違う! ゲームだ! これは仮想ゲームに過ぎない!!」 ローゼンバーグはあせりながら否定するも、アンジェリークもアリオスも、全くといっていいほど冷静だ。 「計画するだけだったら何をしてもいいと思っているの?」 アンジェリークは怒りで意がこわばり、泣きそうになる。 いや、泣いていたかもしれない。 「いいか…、これは経済問題なんだ! 石油のみならず、後20年ほどで、様々なものが枯渇する…。 プルトニウム、食料・・・。 石油がなくなれば、車は動かない、部屋が温かくならない…。だったら、国民は何を望む! われわれに手に入れろと言うんだ! それには戦争しか、侵略しかないじゃないか!!!」 ローゼンバーグは明らかに興奮していた。その論旨はいきり立ち、顔を真っ赤にしている。 「そこまでだ・・・。ローゼンバーグ。よく言った」 アリオスはそれだけを言うと、トリガーに手をかける。 「-----国家安全評議会だ…。あんたは秘密裏に裁かれなければならない」 アリオスは低く呟くと、ローゼンバーグの頭に銃口を突きつけ、トリガーを引いた------ その瞬間を、アンジェリークは目を離さなかった。 それは、一緒に働き傷ついた同胞へのレクイエムだ。 ローゼンバーグがアリオスの手によって、”処刑”された後、彼は銃をそのまま、ローゼンバーグに握らせて、自殺に見せかける。 アリオスは国家から派遣された人だったんだ…。 手際の良いアリオスの動作を見つめながら、アンジェリークは腰から力が抜け、座り込んだ。 涙がぽろぽろと流れて止まらない。 「アンジェ…。全部済んだ・・・。さあ、帰ろう」 「うん・・・、うん・・・」 アリオスに、華奢な腰を抱えられながら、彼女は静か部屋を出る。 最後に、ローゼンバーグにほんの少し一瞥を送る。 こうなっても・・・、みんなはもう永遠に帰ってきやしない・・・。 「いくぞ」 「うん…」 アリオスに抱かれるようにして家の外にでると、空気はとても澄んでいるような気分だった。 そのまま車に乗せられて、ようやく落ち着く。 エンジン音が鳴り響いた。 「…アリオスは国家安全評議会の人だったんだ…」 「もっと早く、ローゼンバーグとニューヨーク支部の動きが読めればよかったんだが、あいにく出来なかった。ニューヨーク支部第17課で事件が起きたときからしか、行動が出来なかった。 俺は、たまたま仕事でニューヨークにいたから、今回の任務に就いた。 俺の任務は、これ以上被害者を出さないこと。黒幕の特定と、射殺…。 そして、アンジェリーク。おまえの安全の確保だった」 アリオスは淡々と今回の自分の任務を話して聞かせる。 アンジェリークはもう絶望的な気分ではなかった。 後気になることはただひとつ。 「…レイチェルは…」 「彼女は直ぐに我々が保護をした。彼女の恋人エルンストは、我々の仲間だ。彼女の家族は、ずべてエルンストの保護下にある…。逢いたいか?」 「…うん…」 アンジェリークは直ぐに頷いて、アリオスに期待を満ちた眼差しで見つめる。 「明日ニューヨークに帰ったときに、逢わしてやる」 「有り難う・・・」 「今夜はB&Bに戻って休もう・・・。ゆっくりな…」 アンジェリークは頷いた後、ゆっくりと瞳を閉じる。 緊張感が揺るぎ、彼女はゆっくりと眠りの世界に入っていった------ --------------------------- 深夜、ニューヨーク支部長は慌しい動きになっていた。 監察官がひとり、支部長の部屋をノックする。 「あなたを今夜限り支部長の任を解きます。 ラングレーに同行願いたい」 ついにきたか…。 彼はうなだれることはなく、覚悟を決めたように、監察官の後を着いて行った。 ------------------------------ B&Bの部屋に戻るなり、アンジェリークは目を覚ました。 ベッドに寝かされていて、傍にはアリオスが見守るように着いていてくれる。 「…ねえ、これから私はどうなるのかしら…」 「とりあえずは、今までいたところは引越さなければならねえだろうな。仕事は…、俺たちが責任を持って、世話をするから安心しろ…」 アンジェリークはコクリと幼子のように頷いた後、切なそうにアリオスを見つめる。 その眼差しには涙が僅かに浮かんでいた。 「ねえ、あなたのそばにずっといてはいけないの…?」 彼女は縋る様にアリオスに呟くが、彼は表情一つ変えない。 「------おまえが望むなら…」 「…あなたがいれば…」 アリオスは甘く笑うと、アンジェリークをベッドの中で抱きしめる。 それが彼の答え。 「愛してる、アンジェ・・・」 「私も…」 ふたりはお互いにもっとよく知ろうと、あくなき時間を過ごし始めた----- ------------------------------ 昼過ぎ、アンジェリークは自分のホームタウンであるニューヨークに戻った。 事件があったこと知らないかのように、いつものように街は活気に漲っている。 「ニューヨークはもういつもの街だ・・・。 昨日、支部長たちの処分が行われた。事情聴取の後、本格的な刑が決定される…。 俺たちにはかかわりのないところでな」 「うん」 ふたりは、手をしっかりとつなぎあって、約束の場所に向かう。 親友のレイチェルに逢うのだ。 あいにく、余り時間がないが、今日はとりあえずはお互いの元気な姿を見たかったから。 「レイチェル!!!」 「アンジェ!!!」 親友同士はお互いの姿を認めるなり、駆け寄っていく。 その背後には、二人を見守る男性の影。 アンジェリークにはアリオス、レイチェルにはエルンストだ。 ふたりが手を握り合っている間、男たちは静かな微笑を浮かべている。 何かを成し遂げたような安堵感が二人にはあった。 「良かった・・・、またレイチェルに逢えて…」 「うん、よかったね…」 アンジェリークとレイチェルはしっかりと抱き合う。 それだけで、お互いのことは何も訊かなかった。 ぬくもりだけで、想いは伝わるから。 しばらく、その温もりを大切に胸に直していた。 「------アンジェ、行くぞ」 アリオスから声がかかった。 もうタイムリミットだ。 「じゃあ、また、レイチェル…」 「うん、アンジェ…。またね?」 どこか希望のある別れに、ふたりは笑みを浮かべあう。 「落ち着いたら連絡するから! またね! レイチェル!!」 「うん、アンジェ!!」 ふたりは再びお互いに人ごみの中に消えていく。 天使は、長い、長い、72時間の旅を終え、今、ようやく愛する男性にたどり着いた----- 平穏な世界へと------ THE END |
コメント ハードボイルドサスペンスです。 ようやく完結いたしました。 今回はテーマが、ほんの少しタイムリーでしたが ここまでたどり着くのに相変わらずの七転八倒でした。 でも楽しかったです。 アリオスさんの活躍が最後まで地味でしたのが、なんとも残念ですが(笑) 拙い物語をここまで辛抱強くお読みいただいた皆様、有り難うございました。 Wednesday, January 22, 2003 23:40:00 tink |