翌日から、育成や学習の帰りは、必ずアリオスのいる丘に寄立ち寄るようになった。 あれから彼とは色々なことを話した。 何を育ててるかはいえなかったが、”獣”を育てるためにここにいることは話した。 不思議な顔をアリオスは舌が、何も訊かないでくれた。 一緒に雲を眺めたり、昼寝をしたりと、牧歌的な午後を過ごしている。 今日もまた彼に逢いにあの丘へと行く。 「じゃあね、レイチェル、夜御飯の時間でね」 明るく話すと、アンジェリークは嬉しそうに駆け出して行く。 「最近、あのコ明るいけど何かいいことあったのかな? 育成も上手く言ってるし、なんだか…、輝いてる。ひょっとして…、ね?」 「アリオス〜!!」 制服をはためかせながら、まるで子犬のように駆け出し、手を振る少女に、アリオスは手を上げ、応える。その翡翠のまなざしは、今までにないほど、温かく、満たされている。 本当は、こんなことはしてはならねえことぐらい、判ってる・・・。 だが、あの日だまりのような温かさを無くしたくない”アリオス”がいる・・・。 「待った?」 急いで来たのだろう、少女の息はかなり乱れている。 「汗くせえ・・・」 「やだ、嘘!!」 思わず体の匂いを確かめる姿の彼女が可愛らしくて、彼は喉を鳴らして笑う。 「嘘だ」 「もう、アリオスのバカ〜」 アンジェリークは真っ赤な顔をして、アリオスの胸を叩くしぐさをする。暖かな光景。二人はそれを無くしたくないと思ってはいたが、現実も判っていた。それは出来ないことだと。 「どうだ? 最近、”育成”とやらは?」 「うん。今日もご機嫌だったわ。このままだとうまく行きそう」 微笑んだものの、少女の笑顔はどこか寂しそうだ。 「アンジェ? どうした、嬉しくねえのか?」 その表情を覗き込むように顔を近付かれて、彼女は益々はかなくなる。 「嬉しいわ。嬉しいけれども、アリオスにあえなくなるから、ヤダ…」 華奢な肩はうち震え、声はうわずっている。その震えを止めてやりたくて、アリオスは無意識に天使の身体を包み込んでいた。 「私・・・、本当は、新しい宇宙の女王を選ぶ試験を受けているの・・・」 アリオスの身体は身動ぎもしない。 少女に魅了されたその日から、その全てを知りたくて、色々と調べて、そのことは知っていた。最初は、エリスの器にと考えて少女を調べた。 だが、それは詭弁に過ぎなかった。 今は、エリスの器としてでなく、少女をひとりの女性としてみている。 「アリオス、驚かないの?」 「おまえの雰囲気をみればタダモノじゃあねえことぐらい判るさ」 低く優しい甘く響く声。その声が胸に響いて泣きたくなる。 「ああ。もう、逢えなくなるな…」 その言葉に、アンジェリークは身体をピクリとさせる。 側にいたい!!! あなたの側にいたい!!! 脳裏にアルフォンシアやレイチェルの姿がよぎる。 その姿が彼女の中に輝きを増して呼びかける。 ”側にいて”と---- だが、少女には、それが今は苦しい。 レイチェル、アルフォンシア、私の宇宙・・・ごめんね。 アンジェリークは決意を固める。 それ以外には選べないことは、わかっているから…。 「確かに新しい宇宙を愛してるわ・・・。だけど・・・」 彼女は顔を上げると、意思の強い、大いなる決意の秘められたまなざしを彼に向けた。 「あなたの側にいたい!! 連れて行って…」 少女はそこで言葉を切る。 「私はあなただけを選ぶわ!」 そして、迷いのない意志を突きつける言葉を放ったのだ。 遠い昔、聞いた台詞。 少女と同じ瞳を持つ者から。 『レヴィアス!!!』 耳元に蘇る声。 だが、色あせている。 今、目の前にいる少女の言葉だけが、生きているのだ。 それを今、彼はようやく悟る。 はっとした後、彼は瞳を深く閉じ、その言葉を心の中に閉じ込めた。 忘れないように。 心の宝箱にそっと仕舞って。 「後悔はしねえのか?」 「うん…」 少女の返事は迷いがなかった。 「そうか…」 彼は強く彼女を抱きしめ、また、彼女もしっかりと彼の背中に腕を回す。 ぎこちない腕。 だが、それすらも彼を魅了せずにはいられなかった。 「----今夜、迎えに行く…。待ってろ…」 「ン…、判った…」 アンジェリークはコクリと頷く。 夕日が落ちてくる----- 二人は、時間が許す限り、じっと、抱き合っていた---- アンジェリーク…。 おまえを側におきたい…。 だが、おまえはどう思う? 俺が女王の力を吸い取り、この場所を侵略しようとしていると、知ったら…? おまえはついてきてくれるだろうか…。 俺は…。 信念を曲げる生き方など…、今更出来やしないから…。 ---------------------------------------- 「アンジェ? 今日のアナタ何だか変よ?」 夕食後、そわそわとするアンジェリークにレイチェルは怪訝そうに呟く。 「あ…、なんでもない」 全てを捨てていくと決めたアンジェリークは、今の状態が、とてもやるせなくて。 レイチェルに申し訳が立たなくて。 「あ、判った!!」 声を上げられて、彼女は思わず身体をびくつかせる。 「な、何っ!」 「はは〜ん。エルンストが言ってたんだけどね〜、今夜あたり、宇宙に星が満ちるらしいわよ? アナタに女王が決まるみたいだって、 ね〜」 からかうように彼女を見つめるレイチェル。 「あ、あの・・・、ね」 「ワタシが補佐官なんだからね!」 「うん…」 今夜満ちるのね…。 ごめんね…。 私とレイチェルが育てた宇宙…。 アルフォンシア。 レイチェル…。 陛下、ロザリア様… 守護聖の皆様や教官の皆様も…。 ホントにごめんなさい!! 「まあ、明日、アナタが晴れやかな顔を見るのが楽しみよ? おやすみなさい!!」 ぽんと肩を叩かれて、レイチェルは部屋へと戻る。 アンジェリークはその後姿を何度も眼差しに、心に焼き付ける。 「レイチェル…」 「ン、何?」 振り返った親友を、アンジェリークは涙目で見つめた。 「何でもない。また・・、明日ね?」 「うん。明日ね?」 にこりと微笑んで、レイチェルは今度こそ、自室へと消えた。 ドアをしまる音を聞いて、彼女は寂しそうに俯いた。 レイチェル・…。 ホントに」ごめんね? --------------------------------------- アリオスとの駆け落ち準備も整ったアンジェリークは、彼が迎えにくるのを今や遅しと待ち構えていた。 カツン---- 窓に石があたる音がして、彼女はそのまま窓辺に駆け寄った。 カーテンを開ければ、その下には、銀色のライダースーツを着こなしたアリオスが、エアバイクとともに立っていた。 闇夜に浮かぶ、彼女だけの騎士はとてもかっこよくて…。 彼女は窓を開けて、手を振る。 「アリオス!!」 「アンジェ、飛び込んで来い? 俺が受け止めてやるから!」 「うん!!」 アリオスが手を伸ばしてくれたから、勢いよく返事をしたものの、やはり、二階の高さから飛び降りるのは怖い。 掌に冷たい汗が滲む。 ええい…。 飛び込まなきゃ!! 覚悟を決めた彼女はそのままアリオスの腕に目掛けてダイビングをした。 うわ〜っ! 飛び降りたのはほんの一瞬で、次の瞬間には、もう、彼の腕の中にいた。 「な、怖くなかっただろ?」 「うん…」 アンジェリークはアリオスの首に腕を絡ませて、感謝の意を表す。 その温かさが、今の彼には何よりも癒されるような気がする。 「ほら、降りて。バイクに乗れ? これで、行くからな?」 「うん…」 腕の中から離されて、彼女はチョンと地面に降りると、嬉しそうに彼に笑いかけてきた。 「アリオス…、ホントに”銀色の騎士”みたい…」 「おまえにとっては、俺は騎士だろ?」 「そうね。これからそうなんだわ・…」 うっとりと笑う彼女の微笑が、彼には痛い。 これから何が待ち受けていようとも、彼女を愛しぬく自信はある。 だが---- 「行くぜ? とっとと行かなきゃな」 「うん!!」 促されて、エアバイクの後ろに乗るアンジェリークには、最早迷いなどはない。 彼についてゆくという意志だけがそこにある。 アリオスがシートに乗り込むと、彼女はその精悍な背中に腕をしっかりとまわす。 もう、二度とはなれないように。 それを合図にエンジンが掛けられる。 そのまま静かな音を立てて、バイクは、寮を後にした。 夜風が二人の髪をなびかせる。 アリオスは背中に、何よりも欲しかった温もりを感じ、そしてそれを精一杯そこに刻み込む。 忘れないように。 彼女を永遠に忘れないように。 もう…。 エリスが色あせるほど…、おまえを愛してしまった…。 魔導生物なんかいらない…。 ホントは…。 だが… アリオスはバイクをいつも二人で逢っていたあの丘に停めた。 「おい、忘れねえように、この夜景を刻み付けておけ?」 「うん…」 アンジェリークも、最後に、この場所を見ておきたかった。 愉しかった日々。 最高の親友も出来た。 そして何よりも、愛する男性とこの場所で出会ったのだ。 心に、夜景が染み込んでゆく…。 風が栗色の髪をなびかせる。 心に刻み込んでおこう…。 この風景を・… いつしか熱い涙が溢れてくる。 「アンジェ…」 泣いていたら、いつしか優しくアリオスに抱きすくめられていた。 彼の温かさが、空洞になった場所を癒してくれる。 「愛してる・…」 初めて言ってくれた愛の言葉。 アンジェリークは嬉しくてタマらbなくて、今度は別の意味の涙を流す。 「私も…、愛してるわ・…」 その言葉に反応して、彼は彼女を自分お顔のほうへと身体を向けさせる。 顎が持ち上げられると、彼女は感極まったように彼を見つめる。 「愛してる…、アンジェリーク…」 深い思いで告げたたった一言。 そのまま唇が近づいてくる。 二人の唇が優しく触れ合った。 アリオスはそのまま彼女を抱きすくめる。 抱きしめながら、自分の体全てに、彼女の記憶を留めるために、心に刻み込んだ。 互いの唇は、思いを伝え合うために、動く。 そして---- アンジェリークの瞳に涙が光った瞬間、彼女は意識を失った。 ぐらりと崩れ落ちたアンジェリークを、アリオスは抱き上げる。 そして、そのまま、空間移動を遂げた。 目的地は、彼女の寮の部屋---- 彼女の部屋に入り、ゆっくりとベットに寝かしつけた。 「愛してる…」 その栗色の髪をかきあげて、彼は額に口付ける。 その眼差しは痛いほど切なくて、彼女への愛が溢れている… 彼は優しく頭を撫でる。 すると、彼の腕から柔らかな光が溢れ、暗い部屋に一瞬光ると、そのまま消えてなくなった。 いつのまにか、アリオスはそこになく、黒髪、翡翠と黄金の異色の眼差しのレヴィアスがそこにいた。 すまない…。 やはり、おまえを地獄には連れて行けない…。 俺は…。 俺の信念を変えることなんて出来やしないから・…。 そのまま、アリオスはそこから空間転移を行った---- 愛しい少女を残して----- ------------------------------------- 翌朝、アンジェリークの目覚めは良かった。 「う〜んっ!!!」 伸びをして起きた彼女は、自然と唇に手を触れていた。 なんだろう…。 とてもいい夢をみていたきがするけど…。 思い出せない… 大きな音がして、突然、部屋のドアが開かれた。 「アンジェ!!! あなたに新宇宙の女王が決まったって!!!おめでとう!!!」 親友が部屋に入ってくるなり、アンジェリークは目を大きく見開いて驚いた。 嬉しさがこみ上げてくる。 だが----- 嬉しい!! 嬉しいけれども・…。 何か大切なものをなくしてしまったような気がする・…。 そう。 アリオスは昨夜彼の記憶を全て消した。 だが、彼女の心の”感覚”までもは、消し去ることが出来なかったのだ・…。 ------------------------------------------ 数ヵ月後聖地---- 陛下のためにも、頑張らなければ…!! 少女は、”新宇宙の女王”となり、今、”侵略者”から宇宙を救うために、自分の宇宙からやって来た。 そして---- その様子をアリオスは、今度はその”侵略者”として見つめる。 女王になったんだな・…。 再び…、おまえとの再会を神は約束した。 皮肉なもんだぜ・…。 だが---- おまえを愛する気持ちには、絶対変わらないから… 宿屋が火事になり、アンジェリークは気を失い、親切な人の家で寝かされていた。 目を開いたときその瞳に映ったのは、翡翠の瞳を持つ、銀の髪の青年。 「…あなたは・…」 「アリオス。ただの旅人だ----」 初めてじゃない気がする・…。 いつか、どこかでこの人に出会った・…。 ったく、俺もバカだな…。 もう一度、”夢”を見たいと思うなんて・…。 再び、二人の恋は始まる・…。 |
コメント
25000HIT記念、、由由様のリクエストによる、「白銀の騎士」エピソードのときに、二人があっていたら…、です。
「天空」のエピソードに繋がる、tinkなりの我流「白銀の騎士」です。
無駄に長い、へぼい
ホンマヘンなので申し訳ないです〜。。

