CHAPTER 1


 一発の銃声が、穏やかな花園を引き裂いた。
 男は興奮していた。
 何かを成し遂げた充足感がそこにある。
 彼は感涙し、天を仰ぐ。
「GOD SAVE THE QUEEN!!」
(女王陛下万歳!)
 その声は、狂気にも、アルカディア王国の空に響き渡った----

                   -------------------------------

 未来永劫、俺はおまえを守ると誓ったから----



「じゃあね、レウ゛ィアス、ママンはお仕事に行ってくるから」
 何度も我子を抱き締め、頬擦りをして、アンジェリークは刹那の別れを惜しんだ。
「アンジェ、そろそろ時間だ」
「うん」
 夫であるアリオスに声を掛けられ、彼女はようやく息子をナニーに渡す。
「頼みました」
「お任せ下さいませ」
 余りにも切なそうにするアンジェリークの肩を、アリオスはそっと抱いた。
「レウ゛ィアス、行ってくるからな? パパやママンがいなくても、リモージュお姉様の言うことを良くきけよ」
 アリオスはつんと我子の頬をつついて、愛しげに微笑む。
「王太子様のことはご安心なさって下さい」
「ああ。信じてるぜ」
 リモージュは、ナニースクールを優秀な成績で出た、プロフェッショナルなナニーであり、フレイム公オスカーの婚約者でもあった。
「いつまでもぐずくずしてはいられねえからな? 警備にはオスカーも付いてくれるんだ」
「はい、それではお願いします」
 後ろ髪を引かれる思いで、アンジェリークは部屋を後にした。
 アンジェリークは、ヨーロッパの資源豊かな小国”アルカディア”の女王である。夫のアリオスは、名門アルヴィース家の出身で、本名をレヴィアス・ラグナ・アルヴィース。
 だが、アンジェリークは、彼のもう一つの名前である、"アリオス”と愛情を込めて呼んでいる。
 今回、二人は外交のため、思い出の地アメリカに公式訪問をしていた。
 出産後、アンジェリークにとっては初の海外訪問である。
 生後半年の愛息をここまで連れて来たのだが、公式行事に出すわけには行かず、レヴィアス一人が留守番をすることとなった。
「アンジェ、心配なのは俺も同じだからな?」
「うん、ごめんね、アリオス」
 宥めるように、腰を優しく抱いて歩いてくれるアリオスに感謝しながら、アンジェリークは駐車場へと向った----

                  --------------------------------

 二人が駐車場に着くと、懐かしい顔との再開が待っていた。
「お待ちしておりました、女王陛下、大公様」
 恭しく畏まった風の旧友ウ゛ィクトールに、アリオスは吹き出しそうになる。
「おい、おっさん、堅苦しいのはやめてくれねえか? 俺もアンジェも居心地が悪ぃ」
「そ、そうか!?」
 二人のやり取りがおかしくて、アンジェリークはくすりと笑った。
「お久し振りです、ウ゛ィクトールさん。結婚式以来ですね?」
「ああ、お久し振りです」
 すっかり女王姿が板に付いたアンジェリークに、少し緊張しているようだ。
「お久し振りです、アリオスさん!!」
 ランディが爽やかに駆けて来る。スーツ姿が以前よりも板に付いてきて、成長を伺わせた。
「よお、頑張ってるみてえだな」
「はい! あれからウ゛ィクトールさんにしごかれまして」
「こんにちは! ランディさん」
 アリオスの隣にいるアンジェリークに艶やかに微笑まれて、ランディは真っ赤になる。
「ひ、久し振りです。き、綺麗になられましたね」
「おい、おまえ、こいつは俺んだからな」
 あからさまに、アリオスはアンジェリークの腰を抱きよせる。
「もう・・・」
 恥ずかしそうに俯く彼女に、ウ゛ィクトールたちは二人の仲が睦まじいことを感じる。
「お子さんは」
 ランディはアンジェリークの周りをきょろきょろと見た。
「ええ。今日はお留守番です」
「かわいいぜ? 俺とアンジェの子だからな」
ランディは、アリオスに当てられっぱなしで、真っ赤になって二人の話を聞いていた。
「そろそろ時間です。じゃあお二人ともお車に」
「はい」
 ウ゛ィクトールに促され、二人が車に乗り込もうとした、その時だった。
「大公どの!!!」
 オスカーの壮絶な声が駐車場に響き、アリオスはすぐ様、異色の眼差しに厳しく鋭い光を湛えた。「どうした!?」
「本国からの火急の知らせです」
 息を上げながら話すオスカーに、事態の深刻さを感じる。
「本国で、パロス伯が暗殺されたと!」
「何・・・!?」
 彼は美眉を寄せて、険しさを顔に現した。パロス伯は亡くなったフィリップ大公の側近としても知られており、反感感情を、アンジェリークやアリオスに持っていた。
 その者の暗殺となれば、女王側としてはあまり芳しい知らせではない。
「死因は・・・?」
 あくまで冷静にアリオスは訊く。
「マグナム弾でズドンです」
「プロか?」
「いいえ。素人です。銃の発射の際”女王陛下万歳”と叫び、取り調べの際も、”陛下のためにやったと・・・」
 苦虫を潰したようにオスカーは言い、アリオスのまなざしにもさらに厳しいものが宿っている。
「私のため・・・?」
 アンジェリークは背筋に冷たいものを感じながら、呆然と呟いた。
 ぴくり。
 彼の研ぎ澄まされた感覚が殺気を捕らえる。
「危ない!!!」
 まるで野生に生息する獣のようにしなやかにアンジェリークの体に飛び、彼女の身体に覆いかぶさる。
 その瞬間、銃声が駐車場にこだました----
 アリオスは、彼女を腕の中に包み込みながら、その頭を手で押さえて下げさせる。
「アリオス…」
「大丈夫だ…。じっとしてろ…!!」
 彼は、護身用に持っていたS&W38チーフスペシャルをスーツに忍ばせていたホルスターから抜くと、応戦を始める。
 アンジェリークを片手でしっかりと守り、彼女に指一本触れさせまいと、銃を構える。

 そこだ…!!

 尋常ではない研ぎ澄まされた感覚で、相手が見えないにもかかわらず、彼はあたりをつけた方向に向けてトリガーを引いた。
「うわあああっ!!!」
 銃弾は見事に命中し、駐車場には悲鳴が響き渡る。
「流石だな…。CIA一の掃除屋(クリーナー)であっただけある、腕は落ちちゃいない…」
 ヴィクトールは、かつての相棒だった男の、正確な射撃に舌を巻く。

 俺も負けないぜ、アリオス…!!!

 銃声は複数の個所から響き渡り、駐車場の壁に反響する。
 複数のものがいる証拠。
 だが、反響のせいで場所の特定が難しい。
 しかしアリオスはそんなことも諸共せず、正確な場所に銃弾を撃ちこんでいる。
 それはもう奇跡としか思えなかった。
 アリオスを援護するように、ヴィクトール、オスカー、そしてランディが後に続く。
 彼らは、あくまで援護射撃のようになる。
 アリオスの精確な銃捌きに、彼らは聞き惚れさえする。
 アンジェリークは、愛する夫がしっかり腕の中で守ってくれるのに、安堵しながら、銃声を聞く。

 あの時も…、こうしてあなたは守ってくれた…。
 だから何も怖くない…

 何度か、彼が薬夾を捨て、饐えた火薬の匂いが鼻を突く。
 だが、それこそがアリオスの香りだと、彼女は思う。

 神様・…。
 どうかアリオスをお守りください…!!!

 アリオスは彼女を包み込んだまま、ほとんど同じ場所から動かず、正確にトリガーを引く。
「あああああ!」
「ひいいいい」
 トリガーを引くたびに聴こえる、悲鳴と、ドサリと大きな身体が倒れる音。

 クソっ! こんなに腕がいいやつがいたなんて…!!!

 最後に大きな人が倒れる音がして、銃声がやんだ。

 …終わった…

 アンジェリークは、アリオスの身体の中で少し身じろいだ。
「もう殺気はしねえ…。大丈夫だ」
 ゆっくりとアリオスが立ち上がると、続いて、ヴィクトール、オスカー、ランディと続く。
 辺りを見回せば、そこにあるのは、アリオスの銃弾に倒れた、死体の山だけ。
 感覚が戻ってくる。
 彼の勘が不意に引っかかる。

 …まさか…

「きゃあっ!!!」
「アンジェ、来い!!!」
 アンジェリークの華奢な腕を引っ張り、アリオスは、レヴィアスの元へと急ぐ。

 まさか…。
 オスカーを俺の下に来させたのも、あの雑魚どもも…。
 だとしたら話につじつまが合う…!!!

「アリオス!?」
 夫の異色の眼差しが野獣のように鋭く光っている。
 冷たく、真摯な表情。
 彼のその表情を横目で見、アンジェリークははっとする。

 まさかレヴィアスの身に!?

 エレベーターなどを一切使わず、アリオスは、我が子レヴィアスとナニーのリモージュのいる部屋に急ぐ。

 間に合ってくれ…!! 頼む!!!

「レヴィアス!!!! リモージュ!!!」
 番と、ドアを蹴破り、部屋の中に入った。
 だが----
 その部屋は、一発の銃弾の痕だけが残され、中はものけのからだった。
 気配すらない…
「…ウソ…、レヴィアス・・・、レヴィアス…」
 アンジェリークは信じられないといったように我が子の名を呼び、あちこちを探し始める。
「レヴィアス、レヴィアス!!! レヴィアス!!!!!」
 ありとあらゆる場所を、泣き叫びながらアンジェリークは探し始める。
「アンジェ!!!」
「いやあああっ!」
「アンジェ!!!」
 そのままアンジェリークは、余りもの動揺の余り、意識を失った----

                    ----------------------------

 アンジェリークは、すぐさま呼ばれた、精神科医のクラヴィスによって鎮静剤を打たれ、今は、落ち着いて眠っていた。

 アンジェ…

 急にドアのノック音がして、アリオスはそこに気を集中させる。
「アリオス、ヴィクトールだ…」
「ああ」
 アリオスはその気配と声で彼だと判断し、ドアをそっと開けた。
「ヴィクトール…」
「長官から…、預かり物だ…」
 彼はそういうと、アリオスの前に、銃のケースと、IDカードを差し出す。
 アリオスはそれをじっと見つめた後、静かに手の中に収めた。
「おまえの銃、”コルト・アナコンダ”とCIAのIDカードだ…」
「ああ…、恩に着る」
 懐かしそうにアリオスはケースから銃を取り出しホルスターに収め、IDカードを胸ポケットに仕舞いこむ。
「おまえが動きやすいようにとの配慮だ…。長官から伝言だ。
 -----お還り、”DESPERADO”」
 彼の戦いが、再び幕を開ける----
 愛するものたちのために-----
TO BE CONTINUED…

コメント

Lynne Sawamura様の『BAGDAD CAFE』開設記念のお祝いです。
リクエストは、「DESPERADO」の続編で、アリオスが、愛する妻子を護る為、
再び、ヴィクトール、オスカーたちと戦いに挑んでいく…。
ものの、第一回です。
プレゼントなのに、こんなに長くていいのか(苦笑)
すみませんLynne様。


ここからはうんちくをたれさせてください(笑)
タイトルの「ACE OF SPADE」は、実は、軍隊用語で「死」を意味します。
今回出てきた言葉で、「CLEANER」はCIAで使われる言葉で、跡形もなく消し去る暗殺者。
を意味しております。