44年式の最大の特徴、それがこのフルフローの2Uエンジンが載っていることであります(11型オーナーの皆さん、ごめんなさい)。従来、このフルフローのエンジンが搭載されていると、ほぼ無条件でミニエースやUP30パブリカのエンジンに載せ代えたと思われてしまいましたが、44年式のスポーツ800に限って言えばこのフルフローエンジンこそがオリジナルのエンジンという車があるとここに明言します。
 大雑把にその構成する部品の特徴を言えば、UP30用のフルフローエンジンに2Uエンジンを足したものと思っていただければ後の説明も分かりやすくなるものと思います。44年式に搭載されたエンジンは、ミニエース、UP30パブリカのエンジンとも違い、カムシャフト、フライホイールなどのスポーツ800の専用部品はそのまま使用して、オイル経路をフルフロー化したものです。
ベンチレーションチューブ ここで簡単にフルフロー2Uエンジンの見分ける方法を披露しましょう。まず、ペンチレーションチューブが2U用であるか。次にオイルフィルターケースがリリーフバルブのついたものであるか。更に見れれば、オイルパン部分右横に油温ゲージの入るユニオンボルトが入っているか。油温ゲージだけが入っているエンジンもよくあるので注意が必要、オリジナルではありません。そして、エンジンナンバーが619495番から64万番台までであるか。最低でもこの程度の条件を全てクリアしている必要があります。もちろん、スポーツ800に搭載するエンジンであれば基本的に必要なこと(例えば、エンジン後ろにつくスタビライザーを付けるなど)を踏まえていなければ、前オーナーの使用状況を疑ったほうがいいでしょう。逆に、ここまで作りこんでいるエンジンがあればそれはそれで前のオーナーの知識の豊富さを物語るものであり、信用してもいいエンジンです。
 心得のあるスポーツ800ファンやオーナーには改めて言うまでもないことですが、ミニエースに搭載されたエンジンにオーバーヒート傾向による油圧低下、オイル上りなどの現象が見られたため、オイル経路を変更してこれに対処したエンジンがこのフルフロータイプのエンジンです。これによってオイルの冷却がよくなり、結果的に耐久性が増し、性能が安定しました。この仕様変更はミニエースに載せる事を考慮して行われたものなので、エンジンルームの空気の通りが比較的いいUP30、スポーツ800にはオーバークオリティとも言えるものであります。そこにもともとの2Uの仕様を加えることによって贅沢(と言っても、現代のレベルからするとごはんに生卵と味付け海苔がついた程度ですが)とも思われるエンジンになってしまいました。
 スポーツ800のドライブフィールを言う言葉に「気が付くとレッドゾーンにタコメータの針が飛び込んで」という表現があります。このようなスパルタンなフィールがあるのはキャブレターの違いもありますが、パーシャルフローの2Uです。対してフルフローの2Uはそのようなフィールがない代わりに、レスポンスがいいのか、アクセルの開度にリニアに反応するフィールがあります。恐らく数値ではほぼ変わらないでしょうが、人間の感性の領域では大きく違います。
 そう、卒業して10年、高校の同窓会で同級生の女の子にあった時の感覚に似ています。確か以前は色黒でおてんばだったが、今はたおやかな仕種にほのかに色気を発している。しかし、話をしてみるとその子であることは変わらない。こんな感じです。
 ただし、生産後有に30年内外の時間が経過しているエンジンなので、個体差が激しいのも事実。気持ちよく回るパーシャルフローエンジンもありますし、全然よくないフルフローエンジンもあります。女の子でも30年経つとどういう事になるかを考えれば想像に難くないでしょう。しかし、そのような変化をするもさせないも、まさにこれを読んでいるあなた、オーナー自身の気持ちと接し方次第です。
 一説には40万基ほど作られた800CCのエンジンの中にあって、このフルフロー2Uが載った車が44年式スポーツ800の一部ということで生産数は多く見積もっても140基ほどという希少なものとなってしまいました。しかし、作った方は気合いをいれて作った訳ではなく、たまたま部品の都合でこうなったというのが実におもしろい。
 とはいうものの、完璧なものではありません。いや、むしろ熟成されていない分、不完全なものと言ってもいいでしょう。このフルフローの2Uはその全てがフルフローエンジンの中でも極初期のエンジンであり、モデル初期にありがちな熟成不足な部分も多分にあります。丁度、未完成のまま戦うキカイダーのようと言えば分かりやすいか(かえって分かりずらいか)。ポテンシャルは秘めながらも弱点も同じように抱えているのです。
 それでは、その細部について見ていくことにしましょう。ここではエンジン本体とその補機類に別けて説明します。