1969年3月、フルフローエンジン誕生
1969年2月に20パブリカの生産が終了。ここでミニエースのエンジンにとって第一の大きい転機が訪れます。オイル経路のフルフロー化です。
ここで主に変更されたのは言わずと知れたオイルの経路です。パーシャルフローエンジンのオイル経路では一部のオイルが冷却されないままオイルパンに戻る構造になっていたのを、オイルパンから全てのオイルをオイルフィルターに送り、その間で十分外気に触れさせて冷却してからエンジン各部に送るオイルラインのレイアウトに変えました。ここで変更された部品はクランクケース、タイミングギアカバー、オイルフィルターケース、オイルパイプなど、エンジンオイル経路に関わる部品です。オイルフィルターケースにはバイパスバルブが新設され、オイルフィルターが目詰まりした場合でもとりあえずオイルだけは流れるようになりました。オイルパイプ内径がそれまでの4.95ミリから6.6ミリになりこれを止めるユニオンボルトの径も10ミリから12ミリに変更。流量の増加に対処した仕様となりました。
ミニエース用2Uエンジンに30パブリカからは先行する形でフルフローエンジンが世に出ました。実際はUP30の生産開始と同時にミニエースもフルフローエンジンとなったと言うべきですが、ミニエースはすでに発売されていたため、30パブリカよりも先行する形になりました。なお、フルフロー化されたエンジンは資料によると2U-619495からです。
しかし、この初期のフルフローエンジン、どうも急拵えの感じをそこかしこに残しています。例えば、30パブリカでは最初から使用していた2穴クランクピンクランクが、ミニエースでは途中から使用されていたり、ユニオンボルトの捩子ピッチはわずか1年2か月で変更となっていたり。それに伴ってオイルフィルターケース、タイミングギアカバー(写真)も別のものとなっています。この時の変更で、捩子ピッチだけではなくオイルの流量調整がされている可能性も否定出来ません。なぜ捩子ピッチが変更されたか、また最初のネジピッチはどうやって決めたかは現時点では研究不足に付き不明です。
